第四次アダム圏時代―その本質的意味

先日、教理研究院が「“存在しない“み言にもがき苦しむUCI」(https://trueparents.jp/?page_id=5582)というタイトルで反論を提示した。このタイトルからして、こちらが語ってきたことの論旨を「全く理解していない」ことが分かる。必死に「み言」を引っ張り出し、それをもって反論しようと躍起になってきたのは教理研究院のほうであって、こちらはその必要すら感じてこなかった。なぜなら、こちらの主張は、基本的な原理観・摂理観をもって十分に理解し得るものと考えてきたからである。

確かに「第四次アダム」に関して言うなら、お父様が直接、公式的な場で「第四次アダムは顯進だ」と明言されたことはない。しかし原理的に考えれば十分に推し量れることであって、こちらはそれをごくごくシンプルに、従来の原理観に基づいて説明してきたに過ぎない。今さら「直接的なみ言がない」としてもがく理由も、苦しむ理由もない。ただ、様々な御言を引っ張り出してきては論点をずらし、言葉の揚げ足を取って本質的な議題と向き合おうとしない教理研究院の対応に、呆れ果てるばかりである。

「第四次アダム圏時代」が意味する本質的なテーマは、蕩減時代を越えて勝利された真の父母の勝利圏を「子女たち」が受け継ぎ本然の時代を神の創造理想を果たしながら生きていくことであって、その中心的立場(“中心”という言葉が気に喰わないなら“主体的”立場でも“代表的”立場でもいい)は当然、子女様であり祝福家庭であろう。98年の顯進様の就任式は、教理研究院が言うように、単に「息子が公的機関に就任したことを父が喜んだ」等という次元の話ではない。顯進様家庭が立つことで、神様―父母様―子女様という縦的三代が立ち、第四次アダムの勝利圏が受け継がれた摂理的事件であったことは、当時の御言だけで充分理解できよう。

「…3代を見ることができなかったことが堕落であり、3代の歴史をもう一度起こすためのものが救援摂理であり復帰摂理の完成であることを考える時、この3代を中心として天の公的な責任を任命することは天宙史的な事件であると考えます」「天の直系の子女が家庭を中心として第四次アダム勝利圏を引き継ぐことのできる、そのバトンを受け継ぐことのできる出発がなされたという事実は、驚くべきことであるということを、皆さんは知らなければなりません」

これ以上、何を論証する必要があるのだろうか?お父様は当時、顯進様を次の時代、子女の時代の中心軸として立てられ、縦的三代の代表として立てられた―。それは疑いようもない事実であろう。

教理研究院がやってきたことは、そのシンプルな内容に対し、「いや、第四次アダム圏時代を開いたのはお父様なんだ!」「お父様は祝福家庭を第四次アダムと言われたんだ!」「第四次アダム圏時代は四代目のお孫様の時代なんだ!」と言っては、その論点をずらそうとしてきたに過ぎない。

何度も繰り返しになるが、もう一度言う。こちらは上の主張のどれ一つ、否定したことはない。

父母様の勝利なくして第四次ダム圏時代は開かれることはなかった。しかし、そこには「父母様と共に立つ子女様」があっての家庭的勝利であろう。また、祝福家庭は当然、第四次アダムに「ならなければならない」。しかし、それは「勝利した子女様と一つになって」である。第四次アダム圏時代は当然、お孫様の時代とも言えよう。「三代圏確立」とは三代にわたって四位基台が立つことであって、過去の王(父母様)―現在の王(子女様)―未来の王(お孫様)が共に立つのが「第四次アダム圏時代」だからである。その第四次アダム圏時代における「現在の王」、実質的な責任を担っていかなければならない中心的立場は誰だろうか?

教理研究院のこれまでの反論は、何一つ、第四次アダム圏時代の中心、「第四次アダム」が一義的に、次の時代の摂理的責任を担って立つ「真の子女」を指し示すものだということの反証にはならない。一つ一つ回答していくのに先立ち、まずそのシンプルな事実を指摘しておきたいと思う。(つづく)


2件のコメント

若枝 · 2019年10月26日 10:46 PM

私は、顯進様が共生共栄共義主義を唱えていらっしゃるならば是認しますが、今のところ唱えていらっしゃる様子がないので是認することが出来ません。再臨のメシヤが人類にもたらしてくださったものは共生共栄共義主義です。これを相続しなければ勝利したとは言えないでしょう。

櫻井節子 · 2019年10月28日 3:24 PM

いいですね!胸がすっきり、溜飲が下がります。

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