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顕進様の真実〜希望の未来へ
文顯進会長、彼は誰なのか3
Knowing HJN

【本論2】顯進様の信仰と神学的観点金慶孝FPA世界副会長

文顯進会長、彼は誰なのか:金慶孝FPA世界副会長による証し
本論の第一パートでは、顯進様の人生と人格を明らかにすることで、その方が果たして神様が選び準備された摂理の中心人物なのか? についてお話しました。時間の制約と私の限界のため、極めて一部の断面のみをご紹介したという点を、ご理解いただければと思います。

二.顯進様の信仰と神学的観点

それでは本論の第二パートとして、顯進様の信仰と神学的観点について考えてみたいと思います。 顯進様の信仰と神学的観点の核心を最もよく理解しようとすれば、顯進様が提示された4つの神学的質問を持って説明する必要があります。 (※ 顕進様の4つの質問 → こちら) 私はこの4つの神学的質問を解き、次の7つの質問を持って、この第二パートの主題について分析してみました。 7つの質問とは次の通りです。
  1. 神様中心か、真の父母中心か?
  2. 真の家庭か、教会か?
  3. 主人信仰(責任信仰)か、盲目信仰か?
  4. メリットベース(merit base)か、特権意識か?
  5. 文化が優先か、構造が優先か?
  6. 基元節は進行形か、完了形か?
  7. 祝福は実際か、概念(条件)か?
このように分析する目的は、顯進様と現在の統一家が属した教会(=家庭連合)間の、本質的な違いが何なのかを明確に表す為です。また、顯進様が摂理の中心人物なのかを判断することができる 確かな判定基準を提示する為です。

1.神様中心か、真の父母中心か?

第一の質問は「神様中心か、真の父母中心か」です。これは顯進様の第一の神学的質問である「摂理の中心は誰なのか?」につながる質問であり、顯進様とこの教会を分ける最も根本的な境界線です。 顯進様にとって摂理の中心は神様であって、真の父母様ではありません。神様が人類を救うための摂理歴史を経綸して来られたのです。そして、顯進様が理解する真のお父様は、神様の息子であり第三アダムとして来られた人間であって、神様ご自身ではありません。 真のお父様とは、神様とイエス様を同一視した信仰の誤謬を正し 神様中心の信仰の伝統を立てて来られた方でした。ところが現在、教会は食口たちの信仰を、神様中心から真の父母中心に変えてしまいました。真の父母を神様と同一視して、過去の信仰人たちが犯したのと全く同じ誤ちを犯しています。 顯進様は神様を中心に侍って生きる方です。祝福家庭たちは神様を忘れてしまったと叱咤されます。顯進様の神様信仰はずっと以前に形成されたものです。17年前に私がカープの会長になった直後に顯進様に「真の父母様を中心として一生懸命頑張ります」と申し上げたことがありました。その時、顯進様は「神様を抜かしてはならない。神様が先だ!」と語られ、私は非常に慌てたことがありました。 私たちは見えない神様をいつも意識し侍って生きることが難しい上に、見える真の父母様が神様と一つとなっておられるのだから、「真の父母様に絶対的に侍れば、それが即ち神様に侍ることである」と思ってきました。それも一理ありますが、正確には神様と真の父母様は別個の存在であり、私たちが信仰する根本目的は 神様との父子関係を回復し、神様を私と私の家庭の中心として侍って生きることです。 神様の摂理を率いて行く中心人物がいるならば、その方は全人類が神様を中心に侍って生きていく道を教えて下さる方であり、彼らが模範として従うことができる実体的な先例を立てて下さる方です。そういう方が正にイエス様であり真のお父様でした。したがって、その方たちの伝統とレガシーを正しく守って行かれる方が、真のお父様の後を継ぐ摂理の中心人物なのです。

2.真の家庭か、教会か?

第二の質問は「真の家庭か、教会か」です。この質問は顯進様の第二の神学的質問である「メシヤの使命とは何か?」と第三の神学的質問である「真の父母様と真の家庭の顕現は何を意味するのか?」と関係があります。 顯進様が理解されるメシヤの使命は、理想家庭の実現です。したがって、メシヤとして来られたお父様の使命は「理想家庭を実現すること」であって、「教会(組織)を建てること」ではありません。お父様が作られた家庭は、神の創造目的実現の為に顕現した 人類史上初の真の家庭です。このような真の家庭が現われたからこそ、初めて人類歴史に最初の真の父母が現われたのであり、その真の家庭を基盤として人類救援の道が開かれたのです。 このような基準から見れば、真の家庭はお父様の最も貴い業績となり、神様の摂理の最も重要な基盤です。したがって、真の家庭が中心であって、教会が中心ではありません。真の家庭が破壊されれば、神様の摂理が決定的な被害を受けるようになりますが、真の家庭が健在であれば、崩れた教会の基盤はいくらでも再び立てることができるのです。 そして真の家庭が地上に顕現したために、神様の摂理は教会ではなく真の家庭の血統を中心として発展するようになるのです。神様-真の父母様-真の家庭につながる縦的な軸に祝福家庭が連結され、真の家庭の三大王権が定着する新しい伝統が立てられるのです。これが顯進様が持っておられる神学的な立場です。 ところが現統一家は、教会を中心に立てて真の家庭を中心とした根本秩序と伝統を破壊し、祝福家庭が縦的な軸に正しく一致していく道を妨げました。真の家庭の長子である顯進様を追い払い、お母様の死後には法統に進もうとする意図を持っています。 お父様の後を継ぐ方であるならば、何をお父様の最も貴いレガシーとして守っていくべきでしょうか。真の家庭ですか、教会ですか? 神様の摂理に従っていく祝福家庭ならば、何に一致して行くべきでしょうか。真の家庭ですか、教会ですか?

3.主人信仰(責任信仰)か、盲目信仰か?

第三の質問は「主人信仰(責任信仰)か、盲目信仰か」です。この質問は顯進様の第四の神学的質問である「祝福家庭の責任とは何か?」と関係があります。 顯進様は主人信仰を教えてこられました。二世たちに「神様の夢の主人になれ」と語られました。カープのコアバリュー第二がオーナーシップ、即ち主人意識です。 「最高の孝子とは、父の夢の主人になってその夢を成し遂げて差し上げる人だ」と語られました。主人信仰は責任分担が核心です。主人が責任を負うのであって、僕(しもべ)は責任を負いません。この信仰の基準は、特に復帰摂理時代と荒野時代を終え、成約時代、定着時代へ入って行く時に必要なのです。それゆえお父様は、祝福家庭たちを天一国主人と名付けて下さり、子女責任時代を出発させられました。そして家庭盟誓を天一国主人の責任に関する誓約として制定して下さったのです。 ところが統一家の指導者たちは顯進様と正反対に、食口たちに盲目的信仰のみを強要して来ました。食口たちをまるで僕の立場に落とし、真の父母様の指示であれば無条件に従い、組織の命令にだけ服従するように手なづけてきました。 特に亨進氏は家庭連合の責任を担っていた時から、真の父母様の前に絶対服従のみを強要していました。食口たちは真の父母様の僕と奴隷であると教えました。彼は摂理の時代的な変化も読み取ることができず、創造原理の基本原則も分かりませんでした。それのみならず 亨進氏がお父様を絶対視したのは、お父様の権威を利用して正統性の無い自分自身の不安な地位を守る為でした。 神様の摂理の中心人物であれば、果たしてどのような信仰を、食口たちに、さらには人類の前に指導しなければならないでしょうか? 神様の真なる息子娘として生きていくようにする、真なる主人信仰ではありませんか? 盲目的な服従に手なづけられた信仰ではなく、真の自由と責任で真理と正義と善を追求する信仰ではありませんか?

4.メリットベースか、特権意識か?

第四の質問は「メリットベース(merit base)か、特権意識か」です。この質問も顯進様の第四の神学的質問と関係があります。 顯進様は昔から真の家庭は勿論、教会において特権意識を徹底的に排撃されました。先輩家庭だから、指導者だから、二世だから、真の子女だから、もてなしを受け、恵沢を受けるべきだというのは、統一家の文化で消え去るべき代表的な「弊害」と見なしました。顯進様がそう言われたのは、特権意識は文化を病ませ組織を腐敗させる温床になるからです。 顯進様が立てようとされた文化は「メリットベース」でした。言い換えると、自ら功績と実績を立て、相応しい資質と資格を備えた人が責任者の座に就かなければならないと見られたのです。こうしてこそ道徳的・革新的リーダーシップを備えた最も優れた指導者たちが統一運動を率いるようになり、神様の摂理が持続的に発展するようになると見られました。 顯進様はこの基準を自分自身と御自身の家庭の子女たちに最も厳格に適用してこられ、顯進様に従う指導者たち、そして祝福子女たちを教育するにおいても、厳格に適用しました。 顯進様は1998年に真のお父様から長子として任命されましたが、一度も自分の特別な権威を先立てることなく、自ら実績を立てて権威を認められて来られました。ご子息の方々に米陸軍士官学校を卒業させ将校としての道を歩ませたのは、彼ら自らが真の子女として相応しい資質を備えることを期待されたからでした。 ある時、顯進様の家庭内で行われた礼式を参観したことがありました。その時に顯進様は長男であられる信元様に、「真の家庭は全人類の手本となる理想家庭の先例を立てなければならない最も重要な責任がある」ことを強調されながら、特に長子がそれを知って、それに相応しいメリットと先例を立てるようにと指導されました。先に生まれた長子だからといって自動的に父の権威を継承する立場に立つのではないことを訓戒されました。 今日この統一家を台無しにしたのは特権意識と言っても過言ではありません。
  • 草創期から開拓の道を歩んできた先輩家庭なので、教会から優遇されなければならない。
  • 父母が苦労したから二世たちは苦労なしに生きても良い。
  • 真の子女は如何なる地位や責任を任されても構わない。
  • 真のお父様の任命さえ受ければ、その地位と権限と責任が私のものになる。
こういった特権意識の文化が真の家庭の中にまで侵透し、汚染させた結果、今日の天宙史的な葛藤が発生したのです。 神様の摂理に責任を担った方であるならば、統一家の中に蔓延した特権意識を清算し、徹底的に「メリットベース」で摂理を率いて行かなければなりません。正しい先例を通して霊的、道徳的権威が賦与されるようにしなければなりません。 果たして誰がこの時代にそのようなことをしていらっしゃるのかを知れば、その方が正に「お父様の後を継いでおられる方だ」ということを悟ることができます。

5.文化が優先か、構造が優先か?

第五の質問は、「文化が優先か、構造が優先か?」です。 一般的に、あるリーダーが組織の責任を任された場合、一番先に何から始めるでしょうか。理事会を変えるなど、人を替えることからするとか、組織のシステムを変えることに、真っ先に手を付けませんでしょうか? 顯進様は、これとは全く違ったタイプのリーダーでした。顯進様は組織革新よりも文化改革に集中されました。それゆえに「Culture drives structure」、即ち「文化が構造を導く」という名言を残されました。 顯進様は何故そうされたのでしょうか。顯進様は6千年間続いた摂理の大きなパラダイムが変わりつつあるのを、目の当たりにされたからです。復帰摂理時代から成約時代への大転換、荒野時代から定着時代への大転換、父母責任時代から子女責任時代への大転換。 このような大転換の時代において、長年にわたり復帰摂理に手なづけられてきた祝福家庭の生き方パラダイム、指導者のリーダーシップパラダイムが変わらなければならないと見られたからです。 顯進様は今も変わらない基準を持って、公的な道を進んでおられます。このような顯進様の影響を受けたリーダーたちは、摂理の現場で良い成果を挙げています。 一例として、フィリピンのGPF組織を挙げることができます。今年フィリピンGPFは数年間の活動の末、フィリピンにある数万のNGO団体の中で約300程度の団体だけが持っている最高地位を獲得しました。一般のNGO団体にとってこの資格を得ることは、夢のまた夢です。一度資格を取ると、物凄い恵沢が与えられます。驚くべきことは、フィリピンGPFの職員はパートタイムを含めて9人しかいないという事実です。文化がどれほど大きい力を発揮して成功的な結果を収めるのかを、見せてくれる例です。

顕進様のGPFがフィリピンNGOで最高地位を獲得(クリックで拡大)

これまで顯進様は想像できない迫害を受けられながらも、このような原則を守ってこられ、その結果、世界が認める基盤を築いてこられました。一方、全く同じ期間にこの統一家はどのような道を歩んできたでしょうか。彼らが本当に見せて誇ることができる実体的な文化や精神がありますか? そういうものがないので、人だけ替え続け組織だけ改め直しているのではないでしょうか。内的な意識改革よりは外形的な変化にだけ気を使っているのではないですか。清平に豪華な建物を造ることも、行事の度に派手な文化行事を先立たせるのも、この教会が何に執着しているのかをそのまま示している例ではありませんか? お父様の権威を継承した方であれば、今 何を優先すべきでしょうか。文化ですか、構造または組織ですか。その方が病んだ統一家を治療するとすれば、一番先に何を革新しますか。腐敗してしまった統一家の文化ですか、それとも持って行く必要すらない統一教会の組織ですか。

6.基元節は進行形か、完了形か?

第六の質問は「基元節は進行形か、完了形か?」です。この質問は顯進様の第二第三第四の質問と全て関係があります。 皆さん、基元節とは何でしょうか? この地上でお父様のメシヤの使命を全て成して、新しい歴史が出発する日です。 それでは、お父様は基元節として予定されていた日から約6ヵ月前に聖和されましたが、その基元節が既に来たと思いますか? 顯進様は「基元節を宣布するには、この地上に本然のアダム家庭である真の父母と真の家庭が定着しなければならない」と見ていらっしゃいます。そしてこの真の家庭が定着しようとすれば、真の父母と真の家庭だけで良いのではなく、「カイン圏を代表する祝福家庭がアベル圏を代表する真の子女と一つにならなければならず、何よりも次世代を率いていく中心として立った長子と一つにならなければならない」と見ておられます。 1998年にお父様が顯進様を立てられた時、何故全ての祝福家庭が顯進様と一つにならなければならないと強調されたのかを、この脈絡で理解することができます。それゆえに、祝福家庭にも基元節を成す為の責任があります。 この基準から見ると、今、真の父母と真の家庭は定着していますか? カインとアベルが一つになり、祝福家庭が責任を果たしましたか? 当然そうではなく、これはお父様以後の摂理に責任を担った方の課題として残されました。 基元節は進行形であって完了されたのではありません。ですから今年の真の神の日に顯進様は、「真の家庭を再び収拾し、基元節を再び成す為の道を出発する」ことを宣言され、祝福家庭には全て悔い改め顯進様と一つになれと仰ったのです。 ところが今、家庭連合やサンクチュアリ教会を見ると、各々別の日を定めて基元節を記念しています。彼らは基元節を迎える為のあらゆる条件が成立したと見ています。基元節に対する観点が顯進様と根本的に違うということが分かります。 神様の摂理に責任を負った中心人物は、この基元節に対し如何なる観点を持っている方でしょうか。

7.祝福は実際か、概念(条件)か?

第七の質問は「祝福は実際か、概念または条件か?」です。これは顯進様の第三の神学的質問である「真の父母様と真の家庭の顕現は何を意味するのか?」と第四の神学的質問である「祝福家庭の責任とは何か?」につながる質問です。 食口たちが顯進様についていくといった時、家庭連合は顯進様側に行けば祝福も受けることができず、聖和式も行うことができないと脅しました。このような事情を聴かれた顯進様は、彼らは間違いなく祝福と聖和の意義と価値を分からずにおり、これを持って食口たちを束縛し、教会体制の維持の道具として使っていることに嘆息されました。そして混乱している食口たちに、心配せず私についてこいと仰いました。 それ以後 顯進様は、「祝福は実際か、概念(条件)か?」に対する多くのみ言葉をくださいました。直接祝福式を挙行され、家庭平和協会主管の神山威会長の聖和式には、特別なメッセージを送られたりもしました。 顯進様にとって祝福とは、受けさえすれば良いという天国のドアを開ける鍵ではありません。神聖な人間の責任分担遂行を通して各家庭の構成員が正しい先例を立て、神様を中心とした本然の家庭を作って行くための出発なのです。 神様は祝福家庭がどのように生きたかということに相対されるのであって、どのように考え信じるかに対して相対する方ではありません。したがって祝福を受けた家庭は、各自の努力と後代の継続する努力によって 祝福の結実を実際的に現さなければならない責任があるのです。 もし祝福家庭が具体的な生活を通して漸進的に結実を表すならば、結局その祝福は人類の普遍の理想として拡散され、人が追求する最高の善と幸福の価値基準として定着し、これによって究極的な平和理想世界が到来すると見ておられるのです。 この祝福は最初から全ての人類を対象にしたものであり、ある教会の専有物としてその教会の体制を宣伝する宗教儀式ではありません。より根本的には、真の家庭が定着するようになるにつれて、この祝福は真の家庭と切り離すことができない、祝福の根が真の家庭なのだということが現れるようになるのです。

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