顕進様を支持する有志の会
事必帰正
郭錠煥(カクチョンファン)先生

慶尚北道達城郡玄風面大里

大邱から遠くない私の故郷の村の入口には、「忠孝世業、清白家声」と刻まれた自然石が大きく立っています。「忠と孝を子々孫々家業とし、清廉と潔白で家門の名声を受け継ぎなさい」という意味の宗訓でしょう。 村の入口には、また玄風郭氏十二旌閭閣があります。宣祖36年(1598)から英祖(1776)まで儒教倫理の核心である忠・孝・烈を模範的に実践した玄風郭氏門中12人を称えるために建てられた旌閣です。このように多数の旌閭閣は、唯一私たちの玄風郭氏門中だけが保有している、文化財資料29号に登録されている遺跡です。 私はこのようにこの上ない儒教家門で、父・郭柄銓(クァク・ビョンジョン)と母・成快喜(ソン・クェヒ)の2人息子の長男として生まれました。 私たちの村は、戴尼山東側の麓の端に位置しています。戴尼山の北東には琵瑟山が高くそびえ、大きな屏風のように囲まれていますが、頂上の岩がコムンゴ(琴の一種)を奏でる神仙に似ているというところから名付けられた山です。琵瑟に王の文字が4つも入っているからなのか、昔から神霊的な山とされてきました。 1945年解放となり、世の中全体が変わりましたが、生きていくのが困難なことには変わりがありませんでした。中学校を卒業する時になりましたが、民族全体が6.25韓国動乱で非常に大変な時でした。農業高校を卒業した後、果樹園をしながら自分なりに農村の発展のために働き、余裕ができたら、村の子供たちも教え、未来を育てたいと思いました。沈薫(シム・フン)の小説『常緑樹 (*1)』の主人公、蔡永信(チェ・ヨンシン)と朴東赫(パク・ドンヒョク)が繰り広げた農村啓蒙運動を内心夢見ていたのです。 しかし、私の意見を聞いた父からは、厳しく叱られました。 「世の中に慶北中学校を卒業して、農業高校に行く奴がどこにいるか」 高等考試(国家公務員上級試験)に合格して、裁判官になることが身分を上げる最高の近道だった時代でした。両親も、私が素晴らしい裁判官になることを望んでいました。田舎の面事務所(村役場)の職員だった父と暇あるごとに農作業をし、家の難しい生計を立ててこられた母。その時代の父母として十分持つことができる希望でした。 両親の言葉に背いたことがなかった私は、仕方なく考えを変えました。それで慶北高校に進学し、慶北大学校法学科に入学しました。 高試の準備の真っ最中だった大学校3年の時、偶然に身なりのみすぼらしい一人の手相家に会いました。その方がいきなり話してきたのです。 「あなたは宗教の道で大成する運命だ」 当時、高等考試の準備の真っ最中だった私にとっては、とんでもない言葉でした。そこで周りにいた親戚たちと一緒に笑ってしまいました。 それから6ヵ月後、運命が目の前に訪ねてきました。 はっと我に返るほどに驚くべき原理のみ言葉に触れ、偉大な真理の世界に目を開いて、高試生という自負心でいっぱいだった自分が余りにもみすぼらしくなるのを感じました。手相家に対して犯した無礼が今でも心残りです。天はその時から私を訪ねてくださり、身に余る賜物を予定しておかれたのです。
  1. 民族意識と日本に対する抵抗意識を持った沈薫が、1934年に執筆した小説のタイトルで、常に木が緑で激しい風雨にも屈しない青い節介、その如何なる逆境の中でも変わらない精神を象徴する。清貧、無所有、自由、平等を基本精神とし、無知と貧困で極度に疲弊した当時の農村を積極的な農村奉仕と文盲撲滅で、貧困打破のために命を捧げて献身的に犠牲となった主人公に関する物語である。韓国近代化と発展を導いた精神として知られている。
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