顕進様を支持する有志の会
事必帰正
郭錠煥(カクチョンファン)先生

乾いた土地が水を吸い込む勢いで

22歳、大学3年生だった1958年10月23日に大邱世界基督教統一神霊協会(世の中では「統一教会」または統一運動と呼びます)に入教しました。 大邱市中区鳳山洞22番地の狭い路地の中に、30坪程度の日帝時代に作られた家屋を家賃で借りて教会として使っていた時です。残念ながら早くして他界しましたが、36家庭の一人である羅淳烈氏が私をみ旨の道に導きました。驚くべき精誠と情熱を持って、私の模範になった人です。 当時、私は霊界と死後の世界に興味が多かったのですが、既存の宗教理論や説教や説法では満足のいく答えを得ることはできませんでした。そんな中で、原理に触れてどれほど嬉しかったか解りません。「神様と霊界は存在するだけでなく、条件だけ備われば誰とでも行き来することができる」という教えに触れてからは、自分で体験してみたいという気持ちが起こりました。 形式も内容もきちんと整っていない祈祷でしたが、熱い火の役事を体験しました。生きて働かれる神様を「なぜ疑うのか」と責めるように、また存在する霊力を味わってみろというように、突然、胸に押し寄せる熱い火の玉を抱いて、途方に暮れた記憶が今でも鮮やかです。理論や理性の枠を超えた、もう一つの領域である本体世界に対する確信は、私の人生観を完全に変えてしまいました。 そのようにして、教会での献身生活が始まりました。それが何であったか具体的に説明できませんが、本心から湧き起こる生きがいを覚え、毎日がただ楽しいだけでした。 ある日、イエス様を中心にかすかな一群の人たちが十字架を掲げて、みすぼらしい黄土色の装いをして泣きながら通り過ぎる夢の啓示を見て奇異に思い、再び眠りに落ちました。その後、輝かしい白色の十字架を前面に立てて、はっきりとした容姿の人物を中心に、白い衣と明るい顔で栄光をお返ししながら後に続く群れが登場する夢の啓示を続けて見ました。 当時は解釈もできませんでしたが、神様が日の浅い私に全摂理路程を要約して見せてくださったのでした。特に夢の啓示を通して、文鮮明先生に初めてお会いするようにしてくださったのです。 先生に初めて会ったのは、入教してから約1ヵ月後でした。 予定された復興会が始まる1日前の午後に教会を訪ねました。10数人の青年の中のある人が、白い布を床に広げて、筆で「原理大講演会」という文字を書いているところでした。復興会の横断幕を直接作っているところでした。近くに行って見ると、筆跡がとても独特で、格好良かったのです。それで私も思わず、「おお、名筆だね! 」とつぶやいてしまいました。すると、そこにいた人たちが一斉に振り返って、私を見つめるではありませんか。筆を持っておられた方が、まさに先生であられ、その周りの青年たちは慶尚北道地域の伝道師でした。 その日から、先生のみ言葉を直接聞くことになりました。簡単ではない内容でしたし、平安道のなまりで聞き慣れませんでしたが、宇宙と歴史、神様の摂理と恨(ハン)、世界と人間に対する深い洞察力を中心に、縦横無尽に続いていくみ言葉を聞いていくと、数時間があっという間に過ぎていきました。すでに何回も読んだ『原理解説』のおかげで、その偉大な摂理的精神世界を少しずつ理解することができました。全生涯を尽くして進むべき道、灯台のように明るく照らす真理の光に、そのように出会ったのでした。 普段から猜疑心が強いほうではありませんでしたが、何か新しいものに触れた時は、何事にも一つひとつ細かく問いただして確認する性格なのです。学校の授業を受ける時も、誰よりもたくさん質問をし、一人で勉強する時も、癖のようにあれこれ疑問をもつほうでした。 しかし、その方のみ言葉に接する時は、ただの一度も疑う気持ちが起きなかったのです。否定的な疑心や懐疑のようなものが一度も、不思議なくらいに生じたことがありませんでした。理論や論理の前に、何か強烈な力に導かれたとでも言いましょうか。その方が話される言葉であれば、初めから良く、当たり前のように、信頼を持って聞こえたのです。まるで乾いた土地が水を吸い込むように、光輝く希望と力と喜びを味わうことができたのです。 先生は復興会の期間中、大邱で過ごされ、朝夕何時間も説教されました。み言葉に臨まれる、その方の炯々(けいけい)たる眼差しと表情は、大変強烈で切実なものでした。「人間堕落後の神様の恨を解怨して差し上げなければならない」という主題のみ言葉でした。 聖書に対する知識があまりなかった私でしたが、既存の牧師やお坊さんなど、他の宗教指導者の説教や教えとは、最初から最後まで次元が違うという印象を受けました。絶対者に何かを願い、頼り、恩恵を祈願するのではなく、神様の願いを叶えて差し上げ、恨を解いて差し上げるという内容でした。私の心の中で戦慄が走っていました。何とも説明できない感動が私の中であふれていました。 情熱的に語られる間、たびたびお父様は、私を特にじっと見詰めておられるようでした。密かに格別な期待を混ぜて、何か暗示を与えているようでもあり、実際に私を別に呼んで話されたりもしました。これがその方と私の、運命的な出会いとなりました。
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