顕進様を支持する有志の会
事必帰正
郭錠煥(カクチョンファン)先生

本部原理講師、そして生活原理

平沢教会から馬山教会の引導者として発令を受けて、先生にご挨拶するために本部を訪問しました。ちょうど水曜日でしたが、「お前、今夜の礼拝を担当して原理講義をしてみなさい」と言われるではありませんか。震える心で復活論を講義しました。先生の前で行った最初の講義でした。 礼拝が終わり、先生が劉協会長に指示されました。 「錠煥は馬山に送らず、本部原理講師として勤めるようにしなさい」 そして、私はもう一度持ち上げられて、先生に間近で侍り学び、体恤する驚くべき恩恵に与ったのでした。 私は熱心に研究し講義しました。中央会館での講義、指導者修練会での講義、特別講義、伝道講義、大復興集会での講義などと駆け巡りながら、大きな生きがいを感じました。劉協会長の特別な原理講義指導は、今でも忘れられません。特に標準的な講義をする講師になれと賞賛され、刺激を与えてくださりながら、私を育ててくださった、またとない貴い師匠であられました。 真の父母様の聖婚式後しばらくして、本部原理講師として40日指導者修練会の講義をする時、お父様の指示で、お母様も私の講義を毎時間、傾聴されました。私は前後編の原理講義をお母様に詳しく講義して差し上げた喜びを大切にしている講師です。その時も、『原理解説』のほかには他の教材がなかったのですが、「原理講義案」が必要だと言われるので、私は私の講義案を精誠を込めて筆写し、お母様の原理の勉強を助けました。今でも忘れられない光栄だと思っています。 1960年、真の父母様の聖婚式場で、私は未来を代表する3人のトローリーの一人に選ばれ、この聖なる式典に出席しました。この聖婚式は単なる結婚式ではなく、真のお父様が天宙史を蕩減され、新天地を開く聖なる式典でした。この日、お父様が選び立てたお母様は満17歳、清純で美しいながらも、その厳粛な式典を立派なお姿で迎えられる様子はとても印象的でした。 その後、私はお父様がお母様を教育しながら、何を強調し、また期待されているのか聞いて、そのような内容を、私の一生の原理講義と摂理認識の重要な指針としてきました。 この世の中でお父様の教えである「神様」と「天道」、そして「摂理の基本原理」と「み言葉」を教育する原理講師以上に生きがいのある職責が、またどこにあるでしょうか。 生命のみ言葉を伝え、また死んだ生命の上に生気を吹き込む生きがいも貴いですが、原理を勉強して瞑想し、これを講義することにより、原理の主人公と心情的にさらに近づくことができました。また、私は『原理講論』の中でも最も貴重な部分がどこかについて、新たな理解と発展を重ねることができました。 そのたびに感じる喜びは、私の生活全体を新たにしてくれました。原理に対する継続する悟りを通した歓喜は、私を内的に肉付けし、み旨に従う私の道に常に希望を吹き込んでくれました。 原理の本の内容だけでなく、お父様のみ言葉を通しても、原理をより深く理解しようと努めました。原理について理解すればするほど、判断と洞察力も一層発展することを実感することができたのです。 原理講師になっていなければ、はるかに多くのサタンの試練を受けたことでしょう。しかし、原理を考え、原理を語る生活の連続だった訳ですから、どこにサタンが容易につけ込むことができたでしょうか。 これまで、様々な役職を務めましたが、この世の果てまで共にしたい役職の一つがまさに原理講師という役職です。原理講師の経験、私の生涯で本当に幸運をもたらした履歴です。 神様に対する観念は、個人の世界観に甚大な影響を与えます。原理とお父様が教える神様は偏狭であったり、制限的なものではありません。神様は権能と主管、審判の神様ではありません。父母の心情、真の愛を中心とした無形の真の父母様です。 神様は、極めて高いところで自足し、超越者としておられる方ではありません。私たちの近くでいつも情を分かち合いたく、私たちの悪行と無知に対して審判の心ではなく、憐憫の痛みを感じておられる真の父です。受けるより何でも与えたい方です。 このように神様を理解し、これを生活の中で実践する時、「原理」は講義室の外に出て、私たちの「生活原理」になるのです。 本部でお父様に侍り、成長した土台の上で、私は慶北地区長の発令を受け、7年を務めました。お父様が地区長を自ら陣頭指揮されていた時のことです。 ある日、お父様が全国の地区長たちに指示されました。 「原理的な観点に立脚した勝共理論を熟知して、全国民を啓蒙するようにしなさい」 その後、勝共講義の必要性を悟らせ、教育する機会を与えてくれるように政府機関を訪ね回りました。最初は反応が良くありませんでしたが、従来の感情的な反共と次元が違う、私たちの勝共理論の教育によって、その基盤は急速に拡大していきました。 勝共連合慶尚北道団は間もなく、誰も否定することができない愛国の実績で、官民全てから歓待される団体となりました。初めて公式認定を受け、警察局長から勝共講師委嘱状25枚(地域長を含む)を受け取って戻って来るミニバスの中で、これまでの無理解を克服し、国を挙げた勝共教育の公認を受けた感慨に、湧き上がる涙を抑えることができませんでした。他の乗客が見ていようがいまいが関係なく、涙があふれ出た記憶は今でも鮮明です。 その委嘱状で、地域長が町々を訪ねて講義をすることができました。各級学校と公共機関、軍部隊、警察学校、郡単位の勝共要員修練教育などは、私が直接行い、地域長たちも邑・面・洞単位で、私たちでなければできない勝共講演と思想講演を大々的に実施しました。 その後、教会と勝共連合慶尚北道団の愛国的な活動実績が公認されて、私は政府支援機関の「学生農漁村開発奉仕団慶北支部長」に委嘱されました。全国の地区長のうち、私だけが政府から委嘱されたので、お父様も非常に喜ばれました。そのおかげで地区長の生活を終えるまで、2年半の間、自動車と各種物資、医療スタッフ(軍医官)の支援を受けながら、慶尚北道の町々を回り、実質的で効果的な奉仕と啓蒙運動をすることができたのです。 1971年6月1日付で、私は全国巡回師室長の職務に就き協会本部に赴任して、京畿道と江原道一帯を隅々まで巡回しました。また、短い期間ではありましたが、ソウル教区長として機動隊を率いて市内の各教会を回り、復興集会を主導しました。 1972年からは協会本部大学生部長職を務め、大学原理研究会(CARP)運動を展開し、大学生の信仰指導と学内活動に注力しました。また世界平和教授アカデミー(PWPA)を結成して、事務局長を務めながら、国際的な活動を始めました。
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