顕進様を支持する有志の会
事必帰正
郭錠煥(カクチョンファン)先生

神様と創造理想に徹して生きてきた理想主義者であり現実主義者

慶北地区長を経て本部に来て、大学生部長として活動していた時のことです。 ある日、お父様が尋ねられました。 「そうだ、お前、大学を卒業できなかっただろう」 「お父様、大学の卒業証書が何の意味がありますか」 「いや、大学に復学しろ」「復学ですか」 「そうだ。大学生を指導し大学教授などを相手にするなら、卒業証書が必要だ。人々はその人の実力よりも看板を先に見るものだよ」 お父様は是が非でもと言われましたが、現実的に困難でした。当時は大学入学競争率が相当なもので、復学自体が不可能な大学が多かったのです。 「お父様、復学も簡単ではなくて…」 「それではどこか夜間大学にでも編入するようにしなさい。ソウル近郊の」 言われた通りに調べて、新設大学に編入しました。 お父様は天道に精通した方ですが、一方でその天道をこの地に実現するために「具体的な計画と、それを実現する人間の責任分担」が不可欠であることを強調し、また手本を見せる実践家でもありました。 「私は世の中を信じて働いて来たのか。神様を信じて働いてきたのだ」 「先生は天国に行くことができる教本の生活をしてきた。あなたたちも天国に行くことができる教本の生活をしなさい」 「入教年月日を考えるな、自分の庭(心霊)に何が育ち、どんな実を結ぶかをもって語れ」 「先生の前に、全ての人は責任を果たす時だけ、子女の因縁が決定される。先生の実の子供であっても責任を果たすべきであり、それができなければひっかかる」 お父様は、神様と創造理想に徹して生きられる理想主義者でした。一方、信じただけで行くことができる天国ではなく、人間が地上で天国をまず成すべきであると教えられながら、徹底して実践される現実主義者でもありました。祈りで生きられる方であり、同時に人と世界を変えるのに極めて論理的であり、また率先される方でした。 私たちが30年前に大韓民国の首都ソウルで、どのようにして日刊紙「世界日報」を刊行することができたのでしょうか。 キリスト教の長老が文教部長官をしていた時代に、どのようにして神学大学を含む総合大学校の認可を受けることができたのでしょうか。 全て、現実に基づいたお父様の綿密な計画と戦略によって得られた、驚くべき奇蹟のような勝利でした。 大学教授招請原理公聴会を開催している私に、お父様は神様の摂理に寄与することができる教授団体を結成するようにと言われました。世界巡回に出発する直前に「平和」と「教授」の2つの単語を名称に入れなければならないと言われました。その当時、自由陣営では「平和」という言葉をほとんど使いませんでした。共産圏でのみ好んで使っていました。 「お父様、平和という言葉をなぜ使いますか」 「今後ロシア、中国など共産圏の教授たちまで参加させるには、平和という単語が必ず入らなければならない」 やはりお父様は、優れた戦略家でした。私自身も6、7年後になって、その摂理的慧眼に感嘆することになりました。 世界平和教授アカデミー(PWPA)を創設した1973年は、私たちに対する社会的偏見が余りにもひどい時で、教授たちを公聴会に招請することも容易ではありませんでした。私たちと連携した組織の会員になること自体を敬遠する雰囲気でした。 難しい中で準備委員会を設けて、数ヵ月間走り回りましたが、最後の段階で目の前が真っ暗になる出来事が起こりました。組織事務局長に欲を出した準備委員が「教授組織なので、事務局長は必ず教授がならなければならない」という主張をしてきたのです。その仕事を引き受けるだけの食口教授がいなかったため、実に厄介な状況でした。 この教授組織が世界的に拡大し、神様の摂理と人類平和の具現に大きな役割を担わなければなりませんでしたから、お父様のみ旨を正しく理解していない外部の教授が事務局長になったとすれば、調整者の役割をどうしてこなすことができるでしょうか。
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