顕進様を支持する有志の会
事必帰正
郭錠煥(カクチョンファン)先生

宗教と洋の東西と人種を一つに調和させる宇宙的革命

世界平和教授アカデミーは、翌1974年に日本と台湾でも創立されました。 その後、国際文化財団(International Culture Foundation、ICF、米国)の支援を受けながら、さらに世界的な組織に拡大していくことができました。ひいては米国とカナダ、ドイツ、スウェーデン、フランス、イギリスなど西ヨーロッパ諸国をはじめ、トルコ、バーレーンなど中東諸国、東ヨーロッパ諸国、そしてロシアでも創設されるなど、全世界120ヵ国に大きく拡大しました。分野を超えた学者たちの共同研究活動を通して、「現代文明の危機克服に効果的に寄与」していくという趣旨に、世界の知識人たちが幅広く共感したおかげでした。 世界平和教授アカデミーは国内外をあわせて、各種学術セミナー、月例教養講座、地方学術講演会、出版活動、アカデミー賞授賞など、国と地域別に活発な活動を展開しました。特に2年周期で開催された「PWPA世界大会」では、当時の世界情勢の中で実に驚くべき成果を数多く収めたのでした。 1983年12月、大韓民国ソウルで開かれた第1回PWPA世界大会では、「多元化された複合的な世界的危機状況の中で、良心的な学者たちが自ら厳重な責任と使命を誓う」として、その火ぶたが切られたのでした。 1985年8月、スイス・ジュネーブで開かれた第2回世界大会では、「ソ連帝国の崩壊とその後の共産圏世界」を予見して、大きな論争と話題を呼び起こしました。後で詳しく紹介しますが、私としても実に忘れられない思い出です。 1987年8月、フィリピン・マニラでの第3回世界大会の時は、「新時代における中国」「中国の未来と役割を省察」する研究討論の時間を持ちました。今日、米国と共にG2の隊列に上り、まさに世界的な影響力を行使する中国の姿を見る時、30年以上前の当時としては本当に素晴らしい先見の明が作用したテーマの選択でした。 1989年8月、英国ロンドンで開かれた第4回世界大会では、「自由民主社会、その現況と未来」を展望しました。これもやはり今日の世界を見た時、実に時にかなったものであり、意義が大きいテーマでした。 お父様は、歴史上どの経世家や聖人もできなかった、とてつもないことを計画し、当代で成しとげられました。東西の碩学たちに専攻と国境を越えた研究の場を設けてくださり、彼らが人類の平和と神様の理想を実現するための研究の方向を持って、公的に奉仕するように悟らせてこられました。人類文化史の新しい転機を準備された、歴史に足跡を残す業績です。 また、ユダヤ教、キリスト教、カトリック、イスラーム、ヒンズー教、仏教、儒教などの最高指導者が一堂に集まったことが、歴史上一度でもあったでしょうか。 地球上の全ての宗教の碩学たちが集まり、心の扉を開いて建設的な討論をする場面が、過去にただの一度でもあったでしょうか。 各宗教団体の未来のリーダーとなる青年たちを集めて、「一つの神様の下の一つの世界」理想に目覚めさせる一方、これに対して確信するようにしたことが、世界の歴史に一度でもあったでしょうか。 これこそ人類精神史における革命ともいえる出来事でした。 お父様は神様の真の愛を中心として、宗教と洋の東西と人種を一つに調和させる、宇宙的で荘厳な革命を主導なさることによって、将来予想される宗教戦争、人種戦争を予防してこられました。 お父様の大命を頂き、生きがいの中で走りながら、私は「一つの父母、神様の下の人類一兄弟」の理想が実現されるひと日に対する確信を伝播しながら生きてきました。 それぞれの教義と信条に確信を持っている宗教団体の長と、最高位聖職者たちが、宗教団体間の高くて硬い壁を越えて、「神様に関する会議」「世界経典編纂」「世界宗教青年奉仕団活動」「世界平和超宗教超国家連合運動」を一緒にするということは、当代の誰も考えなかったことでした。 お父様の優れた慧眼は、特定分野を問わずいつも新しいものでした。これは、世界的に権威のある国際会議でも、いつも新鮮に受け止められました。 お父様は2005年6月には、米国で、全世界を一日生活圏で結び、人種、文化、宗教、国家の壁を壊して5大洋6大州を連結する高速道路とベーリング海峡「トンネル」プロジェクトを発表されました。すでに1981年にソウルで開催された科学者大会で、国際平和高速道路時代の到来を宣布して、韓日海底トンネル計画が相次いで発表され、研究所を作り、日本ではトンネル試錐、掘削調査も行いました。 また、大規模な財政的支援をして、世界文化体育大典(World Culture and Sports Festival-WCSF)を定期的に開催し、神様の理想である「一つの心情文化世界」を成していくように指導されました。このようにお父様の教えと実践は、一つの教派や宗教の次元ではありませんでした。 1996年6月10日、イスタンブールで154ヵ国の代表が参加した国連ハビタット会議に招請された時のことです。当時、国連は「人類の住居問題」を大々的に扱っていましたが、国連に登録された3,000のNGO団体の中から選ばれた講演者17人のうちの一人に私が選ばれました。 各国代表と発表者は、大同小異に「都市化」を既成事実化して、都市環境、貧民、教育など日増しに深刻化する問題点に対して、あらゆる対策を打ち出しました。しかし、根本的な解決策を提示することはできませんでした。 この時、私は「未来IT新技術の発展により在宅勤務が拡大される」という予測を前提に、「脱都市化」を主張しました。 「このような社会構造の変化が、公害問題など都市化によって発生する多くの問題を解決することでしょう。ところが、家族が一緒に過ごす時間が多くなればなるほど、家族間のつながりを強固にすることは何よりも重要となります」 それによって、大きな関心と共感を得ることができ、後にウォーリー・エンダウ大会事務総長が大きく称賛しました。 もちろん、このような内容は全て、お父様のみ言葉から得たものでした。お父様は「家族が湖畔の自然の中に住みながらも、そこでコンピュータを利用して、大学まで卒業することができる時代が来るだろう」と語られたのでした。
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