顕進様を支持する有志の会
事必帰正
郭錠煥(カクチョンファン)先生

「イエス様平和の王戴冠式」を奉呈

振り返って見た時、節目ごとに私の人生を支えてくれた力は、無形の神様はもちろん、お父様と共にあることで感じる、感激と喜びでした。 神様が追求する価値のために全世界を開拓して行きながら、険しい苦痛の瞬間がどうしてなかったでしょうか。しかし、瞬間瞬間の試練と危機を、私はいつも神様のみ旨と考えました。感激として、喜びとして理解しました。そうだったからか、国際会議のような場で学者や宗教指導者たちに会えば、しばしばこのような言葉を聞きました。 「いつも笑顔ですね」 「いつも晴れやかで、明るい姿が本当に素敵です」 ある方からは、このような話を聞きました。 「文鮮明総裁の近くで侍っているので、そのように幸せでいらっしゃるのですか」 どうでしょうか。それは合っているとも言えますが、そうではないとも言える言葉です。あれほど高く貴い目上の方のそばにいることが、実はそれ自体でいつも幸せだとばかりは言えませんでした。精神的にも肉体的にも大変なことがどうしてないでしょうか。 例えば、お父様の一日の睡眠時間は3時間にしかなりません。おかげで私も、他の人たちよりも、とんでもなく少ない睡眠時間で生きていく訓練をずいぶん受けなければなりませんでした。米国や漢南洞時代には、それでも近くに家があり大丈夫なほうでした。ところが清平にいらっしゃる時には、毎日午前3~4時にソウルの家を出なければなりませんでした。高速道路が開通する前でした。ある時は、ソウルから清平まで1日2回、往復する日もありました。 肉体的な困難もそうですが、もっときつかったのは精神的な圧迫でした。 私にたびたび指示を出しては成果を望まれるのですが、その方の持つビジョンがとても高く膨大であるため、私の能力の限界を超えることが多かったのです。「心配しないで早く処理しろ」と催促が続いた日には、本当に大変でした。もちろん、その方自ら「この仕事を早く成しとげなければならない」という切実さに徹しておられたがゆえであることを、私もよく知っていました。いつだったか、あるプロジェクトを急いで催促しながら、このように語られたことを思い出します。 「人類の中のどれほど多くの人が毎日、神様の真なるみ旨を知らずに地獄に行くか知っているか。その霊たちがどれほど苦労するだろうか。私たちが彼らを早く生かすべきではないか。そうじゃないか」 ところが、本当に不可能に見えるとてつもないミッションが私に与えられた後、ある瞬間にいろいろな事が奇蹟のように解決したりしました。そんなことは1度や2度ではありませんでした。 2000年末のある日、お父様がいきなり言われました。 「国連に行って祝福行事をしなければならない。さあ準備をして」 国連がどのような機構でしょうか。そこで私たちの聖婚祝福行事をするというのですから、目の前が真っ暗になりました。 瞬間的に「お父様が今、無理強いをしているのではないか」とまで思いました。 さまざまな曲折がありましたが、実際に2001年1月、UN会議場で130ヵ国から210組の善男善女がそれぞれ、固有の民族衣装で真の父母様の祝祷を受ける「国際平和祝福行事」が奇蹟のように実現しました。本当に幸いであり驚くべきことでした。 また別の例として、2003年12月22日と23日の両日、世界平和超宗教超国家連合(IIFWP)主催で、エルサレムでユダヤ教、キリスト教、イスラームはもちろん、ヒンズー教、仏教、儒教など約3,000人の指導者と信徒が、超宗教会議と超宗教平和行進をした時のエピソードを挙げることができるでしょう。行事の最後の式順で、約2万人が集まった独立公園で、「イエス様平和の王戴冠式」を奉呈して差し上げる奇蹟のようなことがありました。 大会を主管するためにそこにいる時、お父様から国際電話を受けました。 「神様の平和理想実現の夢を成すために来られた罪のないイエス様を、十字架でなくなるようにしたことに対して悔い改め、イエス様を人類平和の王に推戴する儀式を挙行するように」 瞬間、目の前が真っ暗になりました。それで、泣くような心情で訴えました。 「お父様、このように様々な宗教指導者たちが一堂に集まって、平和大会を開催すること自体、奇蹟です。それなのに、イエス様に対する見方が明確に違うユダヤ教、イスラーム、キリスト教の代表がいる場で、イエス様の戴冠式を行うことは難しいと思います」 もちろんお父様は、ご自分の意志を曲げられません。言い争いになる電話がなんと1時間40分も続きました。その長い通話時間から、お父様の切実さを知ることができたのです。最終的には「私がやってみましょう」と答えてしまいました。結論として、この行事も紆余曲折はありましたが、神様の特別な恩賜の下で成功裏に終わり、お父様はとても喜ばれました。 しかし、不可能が可能に転換される恵みの奇蹟が毎回、私を危機から救ってくれた訳ではありませんでした。指示された事に粉骨砕身しましたが、残念ながら面目なく失敗に帰してしまった事がらも少なくありませんでした。ありがたかったのは、お父様はそんな時でさえ、私を許し励ましてくださったということでした。 お父様は理想が大きく、あきらめる事を知らない方でした。その一方で、現実的に準備がもっと必要であることも、誰よりもよく知っている方でした。
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