顕進様を支持する有志の会
事必帰正
郭錠煥(カクチョンファン)先生

「メシヤも人」という原理

お父様のみ言葉と原理は、2000年の歴史を持つキリスト教神学の多くの根本的な間違いを、正確に指摘しています。イエス様は神様の息子であって、神様そのものではありません。にもかかわらず、イエス様の弟子たちと神学とがイエス様を神格化し、信者たちはそれをそのまま漠然と信じてきました。これは「イエス様を余りにも尊敬して絶対的に信じた」からと言って、看過してもいい些細な間違いではありません。イエス様は十字架の道に関して、3度も顔を地に伏せて祈祷されました。 「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさってください」 神様の息子として父の理想を地上に成そうという一念に徹して生き、最後を終えられたイエス様の生涯を、私たちは正しく理解する必要があります。十字架の死は当時、責任を果たせなかったユダヤ教と社会的指導者の反対、そして未熟な弟子たちの活動や行動など、与えられた状況の中で選択するしかない道ではなかったでしょうか。 これを知っているにも関わらず、間近でお父様に侍りながら、その心情と日常におりおり接してみると、ある瞬間から、私は神様とお父様を同一視するようになりました。祈る時も瞑想する時も、お父様をすなわち神様と感じたりしました。 1980年代初め、米国で、キリスト教の牧師を同伴して韓国に来て、統一原理公聴会をする時でした。個人的に付き合いがなかったある方が、私に伝える言葉があると言うことで、少し会ったことがありました。「神様が必ず伝えるようにと言われたメッセージ」があるという前提でした。いつでも霊媒に接する時にそうしたように、尊重する心で彼に対しました。 「神様は郭会長をとても愛していらっしゃいます。ところが近ごろ、郭会長が神様とお父様を一緒にし、ある時はお父様を前に立てて対しておられるようで、神様が寂しいと言っておられます」 はっと我に返りました。これまで私の心境を誰の前にも言ったことはありませんでした。ところが神様は、韓国にいる霊媒を通して、私の心の姿勢を悟らせてくださるのだと思いました。その後、米国に戻ってお父様にこのことを報告しました。ただにっこり笑われながら「神様も面白いだろう」と言われました。 私たちはメシヤも「人」であるという原理を学びながら、いざ実生活では、しばしばメシヤを神格化し、またこの誤った信仰をそれとなく誇示する間違いを犯したりします。その一方で、真の父母様が犠牲と至誠で成しとげた摂理的成就を、「全知全能なる絶対者の位相によって、自然に成しとげられた結果」として片付けてしまうこともあるのです。
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