顕進様を支持する有志の会
事必帰正
郭錠煥(カクチョンファン)先生

共産主義は70年を越えることができない

カーキ色の囚人服を着て、面会室に出てこられたお父様の意思は確固たるものでした。 「それでは、文総裁、『maybe』という表現を使っては如何でしょうか」 とうとう、カプラン教授がこのように一歩譲歩したのです。しかし、返ってきた答えは依然、確固たるものでした。 「いいえ。ソ連崩壊は必然だと、はっきりと、釘を刺しておいたほうがいいです」 「しかしですね……」 「ソ連崩壊は歴史進行の一つの過程です。心配しないで、私の言う通りにしてみてください。後で先見の明に優れた学者だったという評価を受けるでしょう」 結局、カプラン教授は、お父様の意思を受け入れることにしました。そうして、第2回世界平和教授アカデミー世界大会には「ソ連帝国の崩壊」という、史上初のテーマが登場することになったのです。当時としては学界だけでなく、社会全般においても破格的なニュースでした。ソ連帝国崩壊論が世界の学界の公式談論として浮上した最初の事例だったからです。 ところが、分野別碩学たちの研究調査を総合的に討議する会議の場で、それが予測可能なシナリオだという点が認められました。表面上は、あれほど堅固にみえたソ連帝国が、ふたを開けてみると、意外にも問題が少なくありませんでした。国家エリート間の葛藤、党と国民との乖離、思想と宗教の問題、ロシア人と非ロシア人との間の反目、生産力の低下など、内部的な問題が深刻に進んでいたのです。 お父様はすでに、ずっと前から、統一原理の摂理史観に基づいてお話されていました。 「共産主義は70年を越えることができません。長くもっても73年を越えることはできません。また、ソ連共産党書記長も8代を越えることはできないでしょう」 ソ連共産党の最高指導者をみると、レーニン、スターリン、マレンコフ、フルシチョフ、ブレジネフ、アンドロポフ、チェルネンコ、そして8代目がゴルバチョフでした。 レーニンの主導したボルシェヴィキ革命が起きた1917年から70年目となる1987年、そして73年目となる1990年の間にどのようなことが起きたでしょうか。 ベルリンの壁が崩壊(1989年)し、米国のブッシュ大統領とソ連のゴルバチョフ大統領が地中海のマルタ島で行った米・ソ首脳会談(1989年12月)で冷戦終結に正式に合意し、ゴルバチョフ大統領はソ連共産党の解散とソビエト連邦の解体を宣言(1991年)しました。 ついに1991年末、ロシアのボリス・エリツィン大統領と、ウクライナのレオニード・クラフチュク大統領、ベラルーシのスタニスラフ・シュシケビッチ大統領の3人が一堂に会して、「ソビエト社会主義共和国連邦は、これ以上存続しない」とする合意に至ります。 お父様が正確に予言した共産主義帝国としてのソ連の崩壊と共産陣営の没落、その大きな現代史の流れの裏側に、世界平和教授アカデミーの行事の責任者という、言わば助演としてであれ、共に同参できた事実に、私は今でも少なからぬ誇りと感動を胸に抱いています。
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