顕進様を支持する有志の会
事必帰正
郭錠煥(カクチョンファン)先生

宗教と教会の時代を越えて家庭の時代に

世界基督教統一神霊協会は1954年5月1日、ソウル城東区北鶴洞の小さな家で創設されました。避難所のような釜山ボムネッコルの草庵からソウルに来て、みすぼらしい家屋を賃貸で借り、その入口の門に「世界基督教統一神霊協会」という看板をかけました。門が低く、看板も高いところに付けることができず、大人が中に入ろうとすれば頭を下げなければなりませんでした。 世界基督教統一神霊協会は、その長い名称の代わりに、よく「統一教会」と呼ばれました。この統一教会という名称は、お父様や私たちが作ったものではありません。既成のキリスト教会や世間の人々がそのように呼び、いつのまにか私たちの間でも使われるようになった呼び名です。 統一教会が出発した当時、お父様は確かに言われました。 「私は新しい宗派や教派を設立するために、この道を出発したのではない。一日でも早くこの教会の看板を下ろす日を待っている」 多くの人がその大きな意味を理解していませんでした。しかし、その後、長い歳月にわたり、お父様が歩んで来られた道を振り返ってみた時、そのみ言葉をお父様が自ら一貫して実践して来られたことを知ることができます。 1970年代後半から、私はお父様の意向に従い、超教派および超宗教運動(NewERA)、神様に関する年次会議、世界宗教青年セミナーなどを担当してきました。 1983年4月25日、お父様はこれらを総括する国際宗教財団(The International Religious Foundation:IRF)を創設され、私は理事長という重責を引き受けて超宗教活動をしてきました。1985年11月には、第1回世界宗教議会が開催されて、宗教と宗派を越えた最高位の聖職者、宗教学者、神学者、霊的指導者たち600人余りが集まった開会式の場で、お父様は強調されました。 「私が知っている神様は分派主義者ではありません。神様は小さな教理の内容にはとらわれません。私たちは、教理や宗教的儀式に盲目的に服従して生じた神学的葛藤から、私たち自身を解放させ、その代わりに神様との生きた会話に焦点を合わせる必要があります」 そして閉会の辞では、次のようなみ言葉で宗教間の一致を訴えました。 「小さな川が海で出会うように、私たちのさまざまな信仰と伝統は、結局、一つに出会うのです。生きて流れる川の目的地である大洋は、地上における神様の国の建設です」 これほどさまざまな宗教的伝統、民族的背景、文化、生活様式をもつ人々が、一堂に会して和合を論じ、この地球の将来のために深い討論をしたことは、これまでにないことでした。それはただ、お父様の一貫性のある構想の下で、無限の犠牲と投入があったからこそ可能になったことなのです。
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