顕進様を支持する有志の会
事必帰正
郭錠煥(カクチョンファン)先生

文國進理事長の独善

國進様が財団の仕事をするようにお父様が語られた次の日(2005年1月3日)、私はお父様に辞意を表明しました。もはや重い荷から解放されてもよい時が来たと判断したのです。しかし、お父様は首を横に振られました。 「駄目だ。彼(國進)が韓国を知っているのか、経験があるのか。足元にも及ばない。郭会長の下で最低1年半は学ばなければならない」 國進様が私から何かを学ぶ人でしょうか。それにも関わらず、財団理事長職に留まれということでした。その日は、もうそれ以上懇請できずに退きました。 國進様が財団に初めて出勤した2005年1月4日、國進様にお会いして丁重にご挨拶申し上げました。 「國進様は経営学を専攻しておられますので、財団の運営もよくされると信じて、お父様に辞意を表しましたが、すぐに許諾されないので、一旦公式的には私が理事長のタイトルを持っています。しかし、実務においては、財団や各会社と関連した全ての仕事は、國進様が管掌してください。財団の印鑑もそのまま、お預けしますので、必要に応じて決裁してください。財団理事長事務室もそのままお使いになり、業務に関しては財団職員たちに直接指示してもかまいません」 その後、私は実際に、企業に関連したことは報告も受けず、決裁もしませんでした。そして2005年中盤から、國進様は各会社を直接巡回しながら、社長たちから報告を受けるなど、実質的な財団理事長の役割を遂行しました。 ところが、どうしたことでしょうか。 財団の実質的な運営を任せられた國進様が、私に関して非常に否定的な報告をお父様に挙げ始めたのです。一言で言うと、「全ての会社の経営がめちゃくちゃで、不正まみれであり、嘆かわしいことこの上ない」といった内容でした。本当に話にもならないほど歪曲された報告でした。 1月4日の最初の会議の時から、國進様はこう言いました。 「1992年に統一重工業を整理しようとする私の計画を、郭錠煥理事長が反対して実現されず、それによって約20億ドルの損害が出た」 財団に初めて赴任して財団理事長である私に、根拠もなくこうしたことを言うのです。 空いた口が塞がりませんでした。私が統一重工業の整理や存続を決定することができたでしょうか。20億ドルなら2兆2000億ウォンを超えますが、財団と全ての会社資産総額よりも大きな金額の損害が私によって出たというのでしょうか。 それにもかかわらず、國進様は、財団と会社役職員たちと面談しながら「郭錠煥理事長の不正事実を報告せよ」と催促しました。 私に対する國進様の非難と暴言は続きました。さらには「世界日報敷地開発やアパート分譲などの出納を、郭錠煥が不正に記録した」という嘘を、お父様の前に並べ立てたりもしたのです。さすがにお父様も気に障ったのか、「國進! 郭会長に謝れ」と言われましたが、どうしようもありませんでした。 國進様は、初めから私を不正な人と断定し、國進様が直接採用した財団の会計士と弁護士たちを全て動員しました。不正と非道の嫌疑を立証するという名目で1年以上、私の周辺をしらみつぶしに調査しました。疑惑が全て事実であるかのように公的場で非難しながら人を泥棒扱いして追い込みました。 どんなに調査しても背任や横領の明らかな証拠が出てこないと、今度は「企業が赤字なのに黒字として報告してきた」というように、非難の矛先を変えました。 私は、理事長職から退きますとお父様に何回も申し上げましたが、お父様は結局は受け入れられませんでした。 その同じ非難と不信は、私だけに限ったことではありませんでした。國進様から見ると、当時の全ての幹部たちと会社役職員たちは無能で不正な人たちでした。 また、過去の統一グループの不渡りに対して、國進様は「満足に専門教育を受けることができていない牧師出身の経営陣たちのせい」という先入観を持っていました。IMF通貨危機 (*4)を前後した韓国経済の特別な状況や、社会的に私たちに非友好的だった特殊な国内環境、リストラなどを最大限後回しにしてきたお父様の設立精神や運営方針などはまったく考慮しない一方的評価でした。そのうえ、国家的な危機状況において全ての障害を克服し再起に成功した実績は、全く認めませんでした。 根本的な問題は、國進様が「統一グループに対するお父様の摂理観」を理解できていないという点でした。 お父様の企業経営は、利潤のみを追求する一般的な事業とはその次元が異なります。統一グループは、目の前の事業成果とは無関係に、「韓国の産業化に必要な技術を確保するために巨額を投資」する方式が多かったのです。 一和天馬サッカーチームの創設も、単に企業のイメージや収益のための事業ではありませんでした。スポーツ発展を通して、青少年たちに健全な精神を植えつけ、世界における韓国の位相を高めて、その運勢に乗って平和的な南北統一の道を拓くための布石でした。 荒れ地のようだった環境から、今日の韓国が世界の先進諸国と肩を並べることができるようになったのには、このようなお父様の献身的な投資が大きく寄与した面もありました。 もちろん企業に責任を持った者であれば誰であっても、より大きな実績をお返しできていないことに対して、常に自責の念を持つのは当然のことです。しかし、彼らは誰よりもまず、お父様のみ旨を理解しており、お父様が信じて仕事を任せることができた最善の人たちであり、生涯献身的な姿勢で職務を遂行してきた人たちでした。だからこそ、統一グループの不渡りを阻止しようと、喜んで個人連帯保証人になり、そのために個人的には信用不良者の生活を10年以上もした方々もいます。 当時、最高責任者だった立場で、私一人が非難され悪口を言われることは何とか忍耐できましたが、全ての経営陣の苦労が無視されたまま、むしろ非道徳的で不正な人たちとして非難される状況は余りにも心痛く遺憾でした。 呂英秀秘書室長は、私と一緒にIMF通貨危機を克服し、M&Aを通して財団が再起できる基盤を築きながら、実務の責任を引き受けてきた人です。國進様は彼に対しても、想像もできないような陰湿な攻撃をし、濡れ衣を着せて、公職から解任するようにお父様に要求しました。お父様はその言葉をそのまま信じて、呂室長の解任を何回か指示されましたが、私はその都度、事実の通りに説明しようと努力しました。國進様はこの件に関しても、「郭会長は信仰は良いようだが、お父様のみ言葉に従順でない者」として公然と非難しました。 結局、呂英秀室長は自ら公職を辞任してしまいました。
  1. 韓国は、金融機関の不実、借入中心の放漫な企業経営による大企業の連続倒産、対外信用度低下、短期外債の急増などで、外債を返済することができる外貨準備高が急激に減少し、1997年の通貨危機を経験した。これに対して韓国政府は、IMF(国際通貨基金)に救済金融を申請し、通貨危機の峠を越えたが、IMFは資金支援の条件として韓国経済の体質全般の改革を要求し、このような過程で、多くの企業や銀行が倒産し、大量失業が発生して、深刻な社会的苦痛を経験した。
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