顕進様を支持する有志の会
事必帰正
郭錠煥(カクチョンファン)先生

韓国と米国での変化

韓国は完全に國進様の手中にありました。 9月2日、私は鮮文大学院財団理事長の職から退きました。韓国で持っていた最後の家庭連合の肩書きでした。 離任した翌日、韓国財団から派遣された数人の監査が、大学課傘下の中・高等学校に押しかけてきました。きっかけ一つでも見つけようと、私の周辺をしらみつぶしに探し回りました。しかし鮮文大のお金で渉外費一つ使ったことがないので、何も出てくるはずがありません。ただ、それは予告編に過ぎませんでした。後日、私に対する無差別の訴訟が次々と殺到し始めたのです。 國進様は私の後任に、石俊淏理事長と方永燮常任理事を送りました。方理事は引き継ぎの過程で、「韓国財団からは年俸2億ウォンをもらっていた」と言いながら、それに準ずる待遇を要求してきました。鮮文大では、そんなに多くの給与が与えられる訳もないでしょう。しかし、そこはもはや私の管轄ではないため、身軽な気持ちで最後の公職を下りました。 米国では、仁進様の牧会が次第に奇形的な形となって展開していきました。 亨進様と仁進様は、ロサンゼルスやシカゴ、首都ワシントンD.C.を経て、9月6日にニューヨークで合同礼拝を持ちましたが、仁進様は2度目の21週間の路程を出発すると話しながら、「9月6日から米国家庭連合傘下の全教会は、21週間、毎週1回、21週礼拝ビデオを視聴する礼拝キャンペーンに入る」と語りました。各レベルの教会の礼拝を、21週間も、「仁進様の過去の説教と礼拝映像」をもって代替する無理なやり方は、現場の不満を呼び起こしました。 それにも関わらず、このキャンペーンが終わると、仁進様はマンハッタン本部教会で実施される礼拝を、全国にインターネット中継して同時視聴し、礼拝を捧げるようにさせました。結果的に、現場の牧師たちは説教権を喪失したまま、真っ暗な聖殿で、単に司会者レベルの役割をこなす立場に転落しました。結局、2010年に入ってから、全国の教会の平均礼拝参加者数は目立って減り、「半分に減った」とまで言われる始末でした。 この渦中にあって、顯進様はワシントン・タイムズ問題解決のために、お父様に何度も手紙を差し上げましたが、その内容の一つがお父様の心を動かしました。 当時、お父様と顯進様の間でメッセンジャーの役割をしていたのは金起勲会長でした。顯進様は、お父様周辺の指導者たちに対して極度の不信感を表わしており、お父様に伝えたいメッセージは金起勲会長を通して直接、伝達していました。金起勲会長から手紙の内容を聞いたお父様は、この時、顯進様に会ってみようとされました。顯進様もお父様に再びお会いし、摂理をめぐる深い話を交わしたいと願っていました。 お父様がラスベガスで待っておられる間、顯進様は山奥で2週間の精誠期間を送りました。お父様と顯進様がすぐ会われるという知らせに、当時、統一家においては精誠を捧げる食口たちが急増したといいます。 精誠を全て終えて山から下りてきた顯進様の耳に最初に入ってきた消息は、「タカエの手紙事件」でした。イーストガーデンで長年にわたり働いてきたタカエという日本婦人食口がいますが、お母様がこの婦人を通して、顯進様家庭の長男夫婦に手紙とメッセージを伝達したのです。ところがその中にあった「父が祖父と一つになっていないので、いつも祖父に従わなければならない」という内容が問題になりました。 顯進様はこの事件を極めて深刻に受け取りました。 顯進様は、真の家庭と統一運動内で起こっている全ての問題から、何とかしてご自身の子女たちを介入させずに保護しようとしてきたのです。ややもすると、子女たちが持ってきた真の父母様、すなわち祖父母と真の家庭に対する基準が崩壊していく恐れもあったからです。顯進様の子女たち、特に成長した子女たちは顯進様がどういう基準でどのように生きてきたのかをよく知っていました。米陸軍将校に任官した長男の信元様は、ウェストポイントの卒業式で父親を「真の原理人(Youareamanofprinciple)」と証して、部隊上官にも父を誇らしく証すほどに、父に対する信頼が堅固でした。ところが、祖父母がこうした父を不信する姿を見たら、幼い子女たちとしては大きな衝撃を受けないでしょうか。 顯進様は、モンタナまで直接出迎えに来た金起勲会長を通して、「お父様と単独面談したい」という意思を伝達しました。顯進様としては神様のみ旨と摂理について、お父様と深い対話を交わしたいと願い、息子としていつもそうだったように、お父様に全てのことを率直に申し上げたかったのです。お母様が横におられると、対話が円滑にできないことをよく知っていたのです。 9月9日夕方、ラスベガスに到着した顯進様は、直ちにお父様に会うことを願いました。ところが、到着報告を申し上げに行った金起勲会長が、約1時間後に顯進様のところに戻って来てお父様のメッセージを伝えました。「顯進様が精誠を捧げて遠い道を来たので、この日はゆっくり休んで、翌日いつでも訪ねて来れば、話を充分に聞けるだろうし、精誠期間に天からどんなメッセージを受けたのかも聞きたい」という内容でした。顯進様の目には涙が浮かびました。息子の事情を理解してくださったお父様が余りにもありがたかったのです。 翌日9月10日の夜明け前、朗報が飛びこんできました。真の父母様の4代孫であり顯進様家庭の初孫が予定日より1週間早く生まれたのです。朝、その消息を聞いたお父様は、喜んで「定男」という名前を下賜されました。 全ては順調に見えました。
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