顕進様を支持する有志の会
事必帰正
郭錠煥(カクチョンファン)先生

胸が痛むお父様の誤解

その翌日(26日)、ドイツにいらっしゃるお父様から電話がありました。競技場でサッカー関係者も含めて観客全員に祝福を与える構想について語られました。とても行うことのできない指示でした。これといった道理もなく、ただただ叱られるしかありませんでした。 7月31日は準決勝の日でした。この日は真の父母様も競技場に来られて観戦されました。前半戦が終わってから父母様が観戦されているスカイラウンジに行って、しばし父母様に挨拶をしました。するとお父様がまた難しい事を語られるのです。 「試合が終わったら、運動場に降りて行って、ロナウドのような代表選手たちと握手して激励し、記念写真を撮ろうかと思うので準備をしなさい」 目の前が真っ暗になりました。後半戦がすぐに始まる状況でもありましたが、問題は時間ではありませんでした。欧州や南米の世界的な選手たちにはそのほとんどが、身辺保護のために膨大な額の「対人保険」がかけられています。選手の身辺に何かあった場合、想像を絶するようなお金が支払われるシステムなので、公式的なプログラムを任された者でないかぎり、そのような選手たちの近くには行けないのが現実でした。 そのような事情をなんとか申し上げると、お父様は私の話を聞こうとはされず、また叱られるのでした。申し訳ない思いでした。ピースカップの主人であられるお父様に、望まれることをして差し上げることができないことを、重ね重ね申し訳なく思いました。 午後10時に始まった準決勝が終わり、午前0時をはるかに過ぎてホテルに戻りました。すると幹部が全て召集されていました。その場で、午前5時の訓読会まで夜通し叱責されなければなりませんでした。 内的困難の中にあっても、8月3日、決勝戦と共にスペイン・ピースカップのフィナーレの幕が下りました。 その翌日、午前5時の訓読会の時間になりました。いつもの大会の時には、祝勝会をして、ケーキカットもし、責任者に報告もさせてという雰囲気ですが、この日は何か違いました。ケーキカットの後、訓読をされた後ですぐに空港に向かわれたのです。 スペインでのピースカップを振り返ってみると、サッカーの本場スペインで世界的なプロチームが競う大会を行ったということだけでも、奇蹟のような大会であったと思います。神様が役事せずには不可能な大会であったと思います。内的には紆余曲折がたくさんありましたが、メディアを通して世界80ヵ国のサッカー関係者に、お父様の平和理想を知らせることができたので、本当に感謝であり喜ばしい祝祭でした。特に世界の若者たちがピースカップを通して平和運動をされるお父様を知り、お父様に対する良いイメージを持ったことは、大会のために長い間、昼夜を問わずに苦労してきたスタッフ全員にとって大きな希望でした。 誰よりもお父様は、いつもピースカップの主人であり、誰よりもピースカップを愛された方でした。 ところが、何よりも残念であり胸が痛かったことは、お父様が苦労して築かれた「サッカー摂理」全体がお父様の聖和以降、中止されてしまったということです。本当に胸の痛いことです。 お父様の願われる通り、継続する神様の役事の中で、ヨーロッパ地域、さらには全世界を巡回してピースカップ大会が続いていればどうなっていたでしょうか。世界のサッカー史にお父様の名前が大きな足跡として残ったことでしょうし、お父様の平和運動にも大きく貢献したことでしょう。 スペイン・ピースカップは、私にとって大きな生きがいと共に、胸に痛みとして残る大会でした。この歴史的な大会を前後して、お父様が以前とは違って激昂されるお姿にたびたび触れるようになったからです。 どうして、そうなってしまったのでしょうか。 振り返って見ると、いつの頃からか、お父様が何か誤解しておられるように思えました。スペイン・ピースカップ大会を、「お父様を差しおいて、郭錠煥が顯進様と2人で開催しようとしたのではないのか」と考えておられるというような感じが、私に伝わってきたからです。 どうして、そのような誤解をされるようになったのでしょうか。 いったい誰が、そこまでお父様を誤解させるようにしたのでしょうか。 私にはいまだ、その答えが正確にわかりません。
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