顕進様を支持する有志の会
事必帰正
郭錠煥(カクチョンファン)先生

世界日報創刊と敷地開発

世界日報創刊と敷地購入に関する話を、龍坪リゾートと関連付けてまずお話したいと思います。 1987年秋、米国ニューヨークの世界本部を中心にしてきた仕事を止めて、しばらく帰国の途に就きました。当時、お父様から重大な使命をいくつか受けていましたが、その一つがソウルに中央日刊紙を創刊することでした。 お父様は普段から、言論の使命、正しい言論の重要性に対して深い関心を持っていました。生涯を通して言論から甚だしい被害を受けながら、言論による偽りの噂や情報が、社会にどれほど大きな害悪になるかを切実に感じておられました。言論が、社会の公明な教育機関として、極めて重大な責任を持っていることを、お父様は常に強調してこられました。このために既に、日本や米国、中東、南米で日刊紙と通信社を直接支援してきましたし、責任言論を主題に国際会議も十数回、開催しました。 韓国社会の雰囲気が大きく変わったと言っても、中央日刊紙の創刊は依然として容易なことではありませんでした。法が変わったと言ってできることでもなく、お金があるからと言って可能なことでもありませんでした。統一運動に対する偏見がひどい状況ではなおさらでした。それでもお父様の知恵と機会を逃さない推進力により、日刊新聞社の設立認可を得ることができたのです。 1988年初め、神様の大きな恩恵を実感しながら、待望の中央日刊紙創刊認可書をお父様にお伝えしながら申し上げました。 「これから発行人と社長を任命しなければなりません。そうすることで、創刊実務を進めることができます」 すると返って来たお父様のみ言葉は余りにも意外でした。 「お前がすべきだろう、他に誰がするのか」 その頃、ニューヨーク世界宣教本部では、世界的に重大な仕事が溜まっている状態で、私が来ることだけを待っていました。そのため、必要な手続きを経た後、第2事務局をソウルに置いて、同時にさまざまな仕事を進めることにしました。 私は世界日報の初代発行人兼社長として、1989年2月を創刊日に定め、準備作業に入りました。当時困難だったことの一つは、社屋を準備する問題でした。限定された予算では、地下に輪転機を入れるに足る空間を備えたビルを見つけるのは簡単ではなかったからです。虚しく歳月が過ぎること1ヵ月余り、ソウル龍山に位置する前鉄道高等学校敷地が競売に出されたという消息を入手しました。輪転機を設置し、事務空間から駐車場まで、今すぐ使用するのに不足はありませんでした。予算が心配でしたが、広い敷地に対する将来価値に希望を託しました。 定められた日に競売の現場に行きました。ところが、競売会場の奥の部屋には職員を同行することができず、当事者である私一人だけしか入れませんでした。 当惑しました。その日、競売に参加したのは15人程でしたが、皆、財閥企業系列の会社や大型建設会社の最高役員たちでした。私だけ何の経験もない宗教人でした。規定用紙が一枚ずつ配られて入札価格を書けというので本当に当惑しました。苦慮したあげく、思い切って292億7,400万ウォンという金額を書いて出しました。敷地の地価から見て300億ウォンに近くならないといけないだろうと予想したからです。1988年当時としてはものすごい金額でした。 入札者たちから用紙を回収して30分余り過ぎてから発表されましたが、私が落札したというのです。一緒に入札に参加した、とても有名な建設会社の社長たちが私をちらっと横目で見ながら過ぎ去りました。「どこからか化物のような奴が現われて、これをひったくって行った」と言いたげな表情でした。1ヵ月後、米国から帰国されたお父様は、空港を出るやいなや、「落札した前鉄道高等学校の建物に案内せよ」と言われました。広い運動場と、3~4階の建物の教室の中まで見て回られて、「よくやった、すばらしい」と満足しておられました。大きな仕事をやり遂げて、お父様がどんな反応をされるかを焦る思いで待っていた私が、一息ついた瞬間でした。こうした事情を経て、龍山区漢江路に、私たちのヨイド敷地面積にほぼ匹敵する敷地36,681㎡(11,115坪)の鉄道高等学校が、最初の世界日報本社として使われて以来、16年の歴史を経てきたことになります。 これまで、統一グループ全体が不渡りの困難な状況を経験し、借入金と運営赤字の累積により、「世界日報自らの財政状態も困難なので敷地を売り渡そう」という意見が数年目に提起されました。そうした2001年にお父様は、世界日報社長でも財団理事長でもない私の責任で、「世界日報の敷地開発を推進せよ」という案を提示されました。黄善祚財団理事長など8人で開発準備委員会が構成され、何度かの熟考を経て、「私たちの側に最大の利益を保障してくれる事業者を選定」することにしました。説明会を開催し、確定利益金として最大金額(1,780億ウォン)を提示したポスコ建設とハイテクハウジングが開発業者に選定されました。あらゆる紆余曲折と陰湿なデマの中、最終の署名捺印を控えた段階にきて、突然、開発中止の指示が下されました。頼みこんだ末、「礼儀がない」と猛反発する建設会社の了解を取り付け、なんとか無かったこととして収拾されました。 2002年の後半、再び開発決定が下され、私は前回の事業者に選定されたポスコ建設の会長に会って丁重に参加を要請しましたが、断られました。結局11月19日、再入札の結果、大宇建設が事業施工会社に選定されました。開発確定利益金として提示された契約金は2,050億ウォンでした。 世界日報の広い敷地は、2000年代初め、都心再開発事業地に指定され、買入価格の7倍に及ぶ超高値の土地に様変りしました。驚くべき結果でした。共同開発会社である大宇建設から受け取った2,050億ウォン以外にも、近隣住民の土地と合わせた共同開発区域に含まれる私たちの半端な敷地に、26階のオフィスビルが建てられれば、その収益の半分を、追加費用の負担なく、新聞社の分け前として受け取るという特約まで締結されました。また、後にそのビルに新聞社が入居すれば、事務空間を除いた多くの階の賃貸収入で新聞社が財政自立できるだろうという夢も持ちました。その後、財団がその建物をどのように活用しているのか興味深いところです。結果的に、世界日報敷地の購入は、いわゆる「怪我の功名」で、何も分からずに競売に出たことが大いに幸いし、極めて成功的な投資につながり、グループ再起のための確固たる基盤となりました。
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