顕進様を支持する有志の会
事必帰正
郭錠煥(カクチョンファン)先生

ヨイド敷地の開発過程

ヨイド敷地は上で説明した通り、競売の危機を辛うじて免れましたが、確かな開発計画がなければ、債権者たちが競売申請の条件でいつまた立ち上がるかも知れない状況でした。 財団は、1978年からヨイド敷地に世界宣教本部を作るために、20年間何度も建築許可を申請しましたが、あれやこれやの理由で毎回、差し戻されました。最大の理由は既成教団の反対でした。 2000年11月30日、財団は国内の反対世論を克服するだけでなく、将来必要な天文学的な開発費を誘致するために、「海外法人トリエステ・インベストメントに、ヨイド敷地に対する開発と75年の条件付き地上権(*14)を委任」する契約を締結し、これを債権者たちにも知らせました。敷地が開発されれば、債権者たちの資金が問題なく回収されるという確信を与えることができ、競売申請を事前に防ごうとする事前作業でもありました。 どうしたら「お父様の生前に宿願を果たして差し上げるか」というのが、常に財団理事長としての私の最大の悩みの一つでした。 債務償還はもちろん、天文学的な建設費用をどのように調逹するかも大きな難題でした。さまざまな情況から私たち自体の費用で建設する方案から、外部から資金を調達する方向に、大きく方向展開しなければなりませんでした。 トリエステは海外法人だったので、国内にヨイド敷地の開発事業や建築管理などのための特殊目的法人としてMREという開発会社を設立し、これと関連して、2001年2月27日に財団とトリエステとMREの間で契約を締結しました(第1次修正契約)。 統一グループがある程度、再起の段階に上がった後には、より具体的な開発計画が盛り込まれた新しい特殊目的法人であるYIFCに、MREの全ての権利が継承されました。2004年5月4日には、地上権を75年から99年に延長しましたが、これは国際慣例に従い、安定的な投資を保障することによって、開発のための外部投資者を円滑に誘致するためでした(第2次修正契約)。 2005年の初め、国内法人税法が改定され、不動産開発会社、資産運用会社、金融機関が特殊目的会社(SPC)に共同出資し、不動産開発や賃貸分譲および管理事業を推進するプロジェクト金融投資会社制度が初めてできました。そして2005年4月28日、施行会社側は新たな制度に従い、ヨイド敷地を開発するためのY22プロジェクト金融投資会社を新たに設立しました。 2005年5月6日、財団とトリエステ、MRE、YIFC、Y22プロジェクト金融投資会社(Y22)の間で、ヨイド敷地関連契約に関する第3次修正契約が締結されました。「第2次修正契約におけるYIFCは、Y22を指すものと見なし、YIFCの全ての権利と義務は全てY22が引き受け継承する」というのが契約の要点でした。そして、YIFCの全ての権利と義務を継承したY22は、同日付で財団と地上権設定契約を新たに締結しました(基本契約)。そして、直ちに地上権設定登記をしました。 契約の主要内容は、
  1. 地上権の存続期間は、契約締結日から満99年
  2. 地料は、毎年当該年度の公示地価の3.5%に該当する金額
  3. 地上権が消滅する時は、Y22が建築して残存するY22所有の建物、その他の付加物一切に対して、所有権を財団に無償譲渡し、譲渡するまで通常的な維持保守を行う義務
  4. 基本契約に従い、Y22に地上権設定登記を行うこと
などでした。 ところが、2005年1月3日、國進様が韓国財団に赴任すると、ヨイド敷地開発事業に多くの困難が生じ始めました。國進様は、統一グループの不渡りで債務がまだ整理されておらず、財団が開発の前面に出ることが難しいのにもかかわらず、このプロジェクトを直接進めることを願いました。 約1年間、國進様との葛藤により開発事業の進展が難しく、2006年2月、開発実務責任者であるポール・M・ロジャース氏と國進様との間の激しい衝突によって誤解が生まれ、開発の責任を國進様が引き受けるようにしました。しかし、さらに約2ヵ月が過ぎ、後になって國進様の過ちを確認されたお父様は、2006年4月23日に緊急召集したニューヨークのイーストガーデンでの集まりで、最終的に「國進様はヨイドから手を引き、顯進様とUCIが開発の責任を担当するように」と整理してくださいました。また、私にはその仕事を横で続けて助けるようにと依頼されました。 2006年5月4日、私がお父様に侍って帰国した時も、ヨイド聖地で祈祷された後、その場にお迎えに来ていた國進様に、再度「ヨイドから手を引くこと」を強く指示され、私には顯進様を手伝って早く進めるようにと依頼されました。その日に財団理事会が開催され、維持財団とY22の間で2005年5月6日に締結された基本契約を変更する地上権設定変更契約が、締結されました。國進様はこの日の理事会に参席されず、金孝律理事を含めた残りの理事全員が賛成しました。 その主要な内容は、
  1. 地料は当該年度の公示地価の3.5%から5%とし、
  2. 建築予定である建物の中で、最初に使用承認を受けた建物の使用承認日から満3年が経過した日までは無償とする
というものでした。 地料を公示地価の5%に変更したのは、ヨイド敷地の前にあるAIGの開発事業においてソウル市とAIGの間で締結された賃貸借契約の地料が、公示地価の5%だったからです。 この日までも、維持財団の代表はまだ私で、Y22の代表はポール・M・ロジャース氏でした。 2006年5月8日、財団理事長に國進様が公式就任しました。しかし、しばらく後に事情が生じて表向きは文國進理事長が一時的に退き、彼が推薦した安珍善理事長が業務を遂行するようになりました。 2006年5月29日9時30分、安珍善理事長によって財団理事会が召集されました。この理事会で維持財団とY22の間に、新しくかつ完全な最終契約が議決されました。理事会に先立ち、司会者が契約の主要内容を朗読しました。理事会の案件によると、2006年4月23日、ニューヨークの会合でお父様は、「ヨイド開発は韓国財団だけの問題ではなく、摂理的に世界財団であるUCI次元で開発しなければならない」と語られたのです。この内容に関して、お父様のみ言葉を直接聞いていた私はもちろん、國進様と金孝律氏も何の異議も提起しませんでした。 新しい契約によると、
  1. この新しい契約は財団とY22との間の完全な契約であり、過去の全ての契約と表現された意図に対して優先権を持つ。
  2. 財団の権利と義務を具体的に明示(6項目)
  3. Y22の権利と義務を具体的に明示(6項目)
最終契約の内容が理事会で議決されることによって、財団とY22との最終契約は、2006年5月30日に締結されました。この契約の代表は、財団は安珍善理事長、Y22はポール・M・ロジャース氏でした。 この契約による地上権更正登記申請は、翌年の2007年2月7日、文國進財団理事長の名義に変更登記されました。 2006年7月11日、待ちに待ったヨイド敷地建築許可がソウル市から承認されました。7月12日には基盤施設分担金に関する法律が施行される予定でしたので、一日でも建築許可が遅れていたら莫大な基盤施設分担金が賦課されるところでした。どれほど肝を冷やしたか知れません。実際、建築許可も7月11日夕方6時頃に下りたため、最後まで大変な思いをしました。内的にも外的にも、実に多くの試練と峠を越えて、26年ぶりに建築許可が下りたのです。これもまた、神様の助けであったと思います。 ついに2007年4月14日10時30分、いわゆるヨイド世界宣教本部起工式がありました。 ヨイド敷地は当初、宗教用地として払い下げを受けたのにも関わらず、20年余りにわたり、宗教用建物の建築許可が得られなかったため、商業用の用地に地目(土地の用途による区分)を変更していました。この建物の最上階に世界本部事務室を置き、その象徴性を活かそうという意味から、世界本部起工式と名付けたのです。お父様とお母様ご夫妻と真の子女様、家庭連合元老、機関企業体責任者たちが参加した対内的な起工式でした。残念なことに、財団からは文國進理事長をはじめとする幹部たちは、ついに参加しませんでした。国家的に暗うつな経済状況の下、共に漂流してきたグループ危機の中にあって、この地を保存しようとされてきたお父様の心情を余りにもよく知る私としては、実に感激的な瞬間でした。 この瞬間のために、どれだけ多くの困難を越えてきたでしょうか。 お父様の喜びもまた、到底言葉で言い尽くせるものではありませんでした。 起工式までの大まかな過程を経過報告する途中で、お父様は「苦労した郭会長に拍手しよう」と称賛してくださいました。私としては、それまでの苦労と悔しさが全て解消される瞬間でした。 6月5日には、Y22の主管でヨイドParc1起工式が開催されました。対外的な行事でした。呉世勲(オ・セフン)ソウル市長、国会議員、在韓英国大使、商工会議所所長などが参加して祝賀してくれました。施工は、国内最高の建設会社であるサムスン物産が担当しました。 Y22は、初期工事費を国内金融機関を通してブリッジローン(*15)で調逹しました。約2兆ウォンが投入される全プロジェクトの資金を調逹するために、新韓銀行を主幹事とするPF(*16)が推進されました。巨大資金が必要な事業は、大部分このような方式で事業が推進されます。「工事が始まった」ということは、すなわち、「この事業が金融機関から肯定的に評価された」ことを意味します。 地下掘削工事が盛んに進められていた2008年11月10日、父母様ご夫妻が家庭連合幹部たちと共にヨイド工事現場を訪問しました。工事現場事務室で、顯進様から現場説明の報告を受けられた父母様は、非常に満足され、記念写真も撮られました。
  1. 他人の土地にある建物、その他の工作物や樹木を所有するために、その土地を使用できる物権を言う。
  2. ブリッジローンは、一時的な資金難に陥った場合、一時的に資金を連結する橋(Bridge)となる融資のことであり、いわゆる、その場しのぎの融資である。つまり資金が急に必要だが十分な資金を集めるまで時間がかかる場合、短期借入等により必要な資金を一時的に調達するのがブリッジローンである。
  3. PF(不動産プロジェクトファイナンシング):不動産開発関連の特定プロジェクトの事業性を評価し、その事業性で発生する将来のキャッシュフローを、提供された借入元利金の主な返済財源とする貸付を意味する。
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