顕進様を支持する有志の会
事必帰正
郭錠煥(カクチョンファン)先生

お父様の意向と無関係な天一国憲法制定

お母様と教権指導部は御言選集の削除と縮小、「八大教材教本」の解体、独自の天一国経典制作に続き、天一国憲法をも拙速に制定しました。 天一国憲法にまで手を出した目的は何でしょうか? 「真の子女様も皆、必要ない。誰でも天一国憲法によって選ばれた人が導けば良い」という意図が「天一国最高委員会」にそのまま現われています。 彼らは天一国憲法に最高議決機関として天一国最高委員会を作っておき、「真の父母様の権限の委譲、または有事の際には、委員長を中心とした天一国最高委員会が、憲法と法律の定めるところによって、真の父母様の権限を代行する」という条項を入れました。それをもって、「真の家庭の血統中心ではなく、家庭連合を押し立てた法統中心に進むことができる道」を開いたのです。このために、神様の摂理原則とお父様が立てた意向を全て無視しました。このために、お父様の本来の意向と無関係な天一国憲法を作ったのです。 彼らの天一国憲法は、お父様が指導してくださった根本の教えから完全に逸脱した代物です 私はそれを誰よりもはっきりと、また自信をもって語ることができます。 お父様はずいぶん前から、憲法の草案を作成する責任を私に任せられました。この時、草案作成に必要な指針も、詳しく語ってくださいました。 お父様が憲法の必要性を語られ、同時に制定を指示されたのは1997年からでした。同年4月における世界平和統一家庭連合の公式的出発と共に、「宗教を越えて家庭を中心とした時代に合う規範と体制」を本格的に準備していた時です。 当時、お父様が語られた次のようなみ言葉を、皆、記憶しておられることでしょう。 「これからは祝福に問題が起これば、家庭憲法をもって処理する時代だ」 私はこの家庭憲法を制定するために、鮮文大学の神学科教授にプロジェクトを任せたり、教会法と一般社会の法をよく知る祝福家庭に委託したこともありました。 しかしその結果は、お父様の基準とは程遠く、それ以後、特別な進展もないまま、時間が過ぎ去りました。そうした中、2005年5月1日、麗水で「新しい時代の平和祝祭」大会が終わった後、お父様が再び「『天一国憲法』を持ってきなさい」と指示されました。「天一国憲法」という表現を、その時初めてされたのです。恐らくお父様は、1997年から語っておられた「家庭憲法」と「天一国憲法」を同じ次元で考えられていたようです。準備ができていないとご報告したところ、「3日以内に作成して持ってきなさい」と指示されました。それと共に、天一国憲法に対する基準と指針を初めて明らかにされたのです。 「家庭盟誓が憲法だ。家庭盟誓が憲法になるようにしなさい」 憲法が3日で完成できるでしょうか。それでもお父様の指示だからと、とにかく憲法制定委員会を構成し、歴史編纂委員会、成和社、財団、摂理機関を総動員しました。そうして1ヵ月で天一国憲法の草案と法源となるみ言葉資料まで制作したのです。 以後、お父様からは(2008年12月まで約3年間)憲法に関して特別なお話はなく、草案を持ってきなさいといったお話もありませんでした。ただ時折、訓読会で「家庭盟誓が憲法だ。家庭盟誓を憲法の中に溶け込ませるようにしなさい」というみ言葉だけを私に繰り返されるばかりでした。 そうした中、2008年12月初旬、お父様が再度、天一国憲法の草案を求められました。そこで以前にはなかった新しい指針と方向を追加されたのです 「天一国憲法には堕落、復帰、救援、罪悪のようなものが一切入っていてはいけない。その影さえないようにしなさい! 天一国憲法は創造本然の秩序だ。もし現実的に復帰や救援摂理のための手続きや組織が必要ならば、全て付則の経過措置として処理するようにしなさい! 」 このみ言葉に従って、2005年6月に準備された天一国憲法の草案が大幅に修正されました。救援、復帰に関わる内容と摂理的組織を皆、付則の経過措置の条項として編入させ、「家庭盟誓」が志向する方向によって、天一国の体制と法的秩序を構成しました。 ついに2008年12月30日、憲法の草案を差し上げました。お父様は天正宮でこの憲法草案をくまなく検討され、鉛筆とサインペンで直接修正されました。その場面を、私はそばで何度も見守りました。その後、2009年初め、お父様は訓読会で数回、「天一国憲法の草案が完成した」と語られました。 「私が天一国憲法を作っておいたというのです。金孝律、分かるか?(はい、そのような話を伺いました)全て私が作っておきました。2013年1月13日、基元節を中心として発表するのです」 お父様が直接修正され、最終的に完成された憲法草案がお父様の聖和後どうなったのか、私はいまだ気になります。今なお、その行方がはっきりしないからです。 ところが、2013年7月、「天一国憲法制定公聴会」という行事が開かれました。家庭連合が『天聖経』と『平和経』を独自の経典として出版したことで、大変騒がしかった時のことです。それは家庭連合側が結成した「天一国法制委員会」の共同運営委員長を務めていた金孝律氏が主管した行事でした。 彼らの思惑は明白でした。全世界の統一家の食口たちの同意の下、「民主的な手続きによって、教会法である天一国憲法が制定された」という法的根拠を備えようとする意図だったのでしょう。しかし、憲法制定公聴会を持とうとするのであれば、憲法草案を事前に公知するのが当然のことではないでしょうか。しかしそうした手続きもなく、その場でセミナーで発表するようにして、要式行為のようにやり過ごそうというものでした。 2013年8月、真のお父様の聖和1周年の行事の折、お母様に奉呈された天一国憲法と比較し、公聴会で公開された憲法草案を調べてみた私は、大きな驚きを覚えました。 それはお父様が1997年から、家庭憲法に関して、天一国憲法制定の基準や指針として語られてきたものとは、全く異なった内容でした。 それは、神様が再臨のメシヤである真のお父様を通して発展させてきた摂理的進展の内容を、逆戻りさせる内容でした。「家庭盟誓が憲法だ」というみ言葉とも全く程遠い内容でした。 結果的にそれは、教権指導部が教会権力と有形無形の資産を手に入れようとする意図で制定された「教会法」に他なりませんでした。 2013年1月7日、新年祝賀会で、お母様は金孝律氏を「全ての制度の上にいる特別な人」として褒めたことがありました。その理由が初めて分かったように思いました。 金孝律氏はお父様の特別補佐官として、お父様の一挙手一投足を誰よりもよく知る人です。お父様が天一国憲法をどのような基準と観点で制定しようとされたか、分からないはずもありません。お母様ご自身の意図に合った天一国憲法を作るためには、金孝律氏のような人の協助が絶対に必要だったのです。 顯進様は、教会組織を越えて「ワンファミリーアンダーゴッド」のビジョンの下に、摂理運動を起こそうとしました。お父様が夢見ておられたのは、正にその内容でした。 しかし、彼らはこうしたお父様の意図とは全く異なった天一国憲法を制定し、統一運動の組織と資産を統制しようとし、ひいてはこれをもって食口たちと統一家の将来を統制しようしています。ここにどうして神様のみ旨と愛が共にあることができるでしょうか。
■ 免責事項
当サイトは「有志の会」のメンバーの主観をまとめたものであり、各種資料は自主的な調査により収集したものです。
当サイトのご利用によって生じたいかなる損害につきましても、「顯進様を支持する有志の会」は一切の責任を負いません。
当サイト内の 動画、画像、テキスト、その他 につきまして、無断引用・無断転載は固くお断り致します。
しかし、顕進様を非難するのは間違っている!と思われた方は、どんどん引用・転載・シェア・拡散してください ^^)
© 2019 顕進様を支持する有志の会