顕進様を支持する有志の会
事必帰正
郭錠煥(カクチョンファン)先生

顯進は生まれつき恵まれた息子

お父様は顯進様が特出していることを昔からよくご存知でした。私に一度このように話されたことがありました。 「顯進は生まれつき恵まれた、天が送ってくれた息子だ。指導者として器が非常に大きく主観がはっきりしている。大きなことをする人なのでよく育てなければならない」 お父様は幼いときから顯進様を格別に強く育てられました。難度の高い訓練を通して将来の準備をさせました。10代の頃から多方面に渡り鍛錬してこられたその姿を、私もまた近くで見守ってきました。米国にいらっしゃるとき、お父様はときどき遠くの海に出ていき、数日、数ヵ月に渡って波と戦いながら精誠を捧げられるのですが、指導者にもマグロ釣りを通した海洋修練を受けさせることがありました。米国東部の大西洋沿岸に位置するボストンに、このための前哨基地がありました。顯進様は少年期からこの修練に参加されたのですが、14歳でマグロ釣りボートのキャプテン(船長)になり、厳しい修練過程を消化されました。このような修練を積まれたのは、男性のご子女様の中でも顯進様ただお1人です。 重さが数百キロにおよび、人の身長よりも大きいマグロを獲ろうとすれば、ボストンの港から遠く離れた海までボートを運転して行かなければなりません。明け方の4時になると、地域の漁民たちと競争するように陸地を離れ、遠海に向けて出発しました。互いに良いポイントを確保するための競争を繰り広げながら、約2時間ボートを走らせ、大西洋の遠海に出ると、マグロがよく獲れる「海中高原」という有名なポイントに200台近くのマグロ釣り漁船が集まります。腰を据えて錨(いかり)をおろした後は、一日中休む暇もなく、その日の日課をこなしていくのです。 のんびりと釣り竿を垂らして、海の景色を鑑賞しながら鼻歌を歌う、そのような余裕を楽しむ時間ではありません。深海に住むマグロが朝食を取るために、中間サイズの魚が集まっている海中高原へと上ってくるのですが、その前にマグロが好きなイワシを大きな釣り針に丸ごと刺して流しておかなければなりません。適当に仕掛けを投げればいいのではなく、海中高原の地形、海流と海風まで緻密に計算して投げ込まなければならないのです。一隻の船で、深さを変えて、普通12本ほどの釣り糸を一定間隔で垂らします。本当に壮観です。 子供の手の指くらいのとても丈夫で太い釣り糸を使います。マグロの当たりが来て凄まじい速度でラインが引き出される時に絡まないように、かごの中にきちんと重ねておかなければなりません。マグロを引き寄せるために、強い日差しを受けながらひどい臭いのするスケトウダラを切って、絶えず海に投げ込むことも忘れてはいけません。 準備を全て終えたからといって、誰もが容易くマグロを獲れるわけではありません。1ヵ月間1匹も獲れず、徒労に終わることもよくあることでした。そんな中で、突然マグロが餌に食いつく瞬間、白くて大きいウキが矢のように素早く海のなかに落ちていくとともに、かごの中の太い釣り糸が瞬く間に海の中に吸い込まれていきます。船に乗っている人たちは喜びの歓声を上げながら、各自、任された役割に従い、一糸乱れずに動きます。誰かが錨に風船をつけて船から放り込んでおかなければなりません。マグロが力尽きるまで重い船をひいていくようにするためです。またある人は残りの釣り糸を迅速にたくしあげます。釣り糸同士絡まってはいけないからです。周りの船も、羨望と嫉妬が混じった眼差しをマグロのかかった船に向けながら、自分たちの釣り糸を皆巻きあげて、道をあけるのです。 釣り針に苦痛を感じているマグロは、海の中を物凄いスピードで力いっぱい走ります。 太い釣り糸が早いスピードで引き出されるのですが、ここで下手をして体が絡まってしまったら、間違いなく海のなかに落ちてしまうでしょう。命を失う危険もあります。30分から1時間前後、熾烈な死闘を繰り広げて、マグロを釣り上げるのですが、その達成感は言葉では言い表せないものがあります。 お父様はそのような大変なマグロ釣りに、指導者たちとご子女様まで連れていかれ、長い時間修行されました。神様の摂理に対して精誠を捧げる一方で、強靭な生存訓練をするためでした。 親であれば大抵、子の安全を最優先に考え、可能な限り危険のない環境で教育しようとするのではないでしょうか。お父様の教育方法はそれとは全く違いました。だからと言って、顯進様がさまざまな言い訳をして逃げ回ったならば、お父様も器がないと判断して、いち早く断念されたかもしれません。 「この親にしてこの子あり」というように、顯進様はお父様の気質をそのまま持って生まれた方でした。諦めるということを知らない、何にでも粘り強く、最高の目標に挑戦する性格の持ち主でした。 重要なことがある度に、顯進様は大自然の奥深くに入っていかれ、精誠を捧げるのですが、それは幼い頃からお父様を通して経験し、受け継いだ方式そのものでした。 顯進様の家庭を近くで見守る度に、私はいつも心温まるような感動を覚えました。お父様から受け継いだ内容と経験に、創意工夫を加味して子女たちに伝授している、立派な子女養育の姿勢は、実に見ていて感動させられるものでした。 顯進様は、ご父母様から立派な品性とすらりとした容姿だけでなく、壮健な体格まで受け継いでおられます。学生時代には、アメリカンフットボールをはじめ、さまざまなスポーツに卓越した才能を見せ、大韓民国の乗馬国家代表選手として、88年のソウルオリンピックと92年のバルセロナオリンピックに、2回連続で出場しておられます。学業においても常に頭角を現され、世界最高学府と呼ばれるコロンビア大学で歴史学を学び、ハーバード大学MBA(経営大学院)まで卒業した才子です。また、UTS神学大学院修士課程を首席で卒業されました。このような息子がいるということは、お父様にとって常に誇りであり、摂理を経綸していくにおいて心強かったことと思います。 顯進様がいわゆる「金のスプーン (*19)」で、何の苦労もせずに育ち、親の七光りで後継者の位置に上ったと考えている人がいるかもしれません。それはお父様の基準や絶え間ない努力で、最高の資質を培ってきた顯進様の立場からすれば、とんでもない誤解です。 過去10年間、顯進様は統一家から、筆舌に尽くしがたい反対と迫害を受けてきました。そうした中においても、世界を舞台にして人類平和のための幅広い活躍を繰り広げ、特に韓半島の平和統一のために身を投じてこられました。その事実だけを見ても、なぜ顯進様がお父様の後を継ぐ息子として選ばれたのかが、よく分かります。 私は家庭連合をはじめ、お父様が創設されたさまざまな団体の責任を担ってきました。公的な立場で働きながら、いつも一つの考えを持ち続けていました。それはいつか、お父様のご子女様の中でお1人が立たれれば、その方にこの全ての責任を託さなければならないということです。顯進様が準備を整えられ、1998年、公的な責任を担い、お父様の後を継ぐ方として認められた時、その時の喜びと感謝の思いは言葉では言い表せないほど大きいものでした。摂理歴史において、「この地上に真の父母と真の家庭が顕現すること」が神様の願いの中の願いであるように、真の父母として来られたお父様のご子女様が成長して大人になり、摂理的な責任を担われるということは、余りにも当然なことだったからです。
  1. 金持ちの親のおかげで、特に努力しなくても贅沢な生活ができる人のこと。
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