顕進様を支持する有志の会
事必帰正
郭錠煥(カクチョンファン)先生

家庭連合世界会長の交代

このような葛藤が遠からず「津波のように押し寄せてくること」を、顯進様は誰よりもよく見抜いておられました。すでに2006年、お父様に送った手紙を通して、深刻化する兆候を吐露していたのです。
「お父様、重要なのは、私でも國進でも亨進でもありません。『天のみ旨が成就されるか否か』です。『真の父母様の真の家庭が正しく立つかどうか』です。 お父様、私はお母様と争いたくはありません。私は兄弟たちとも争いたくはありません。しかしこのまま放置すれば、長期的に見た時、神様のみ旨、お父様が生涯を投入して築かれた基盤が、摂理の最終目標に向かって行くことができず、全て引き裂かれるようになってしまうことでしょう」
手紙の文章を読んでみると、内部の葛藤の根源がどこから始まったのか、充分に推測することができます。すでに2006年から葛藤の深い溝が生じていたのです。 当時お父様は、手紙の内容を真剣に受け止めておられなかったようでした。ご自身が、そのような状況を充分に主管できると信じておられたようです。 時が流れ、お父様は目に見えて気力が衰え、事案に対する判断と決定に多くの混線が起きていました。清平の天正宮に移住された後は、さらに孤立していかれました。そうして顯進様が憂慮していた状況が、現実に現れ始めたのです。 2009年から本格化する大混乱を予告するように、2008年4月中旬、急な変化が訪れました。 末の息子である亨進様が、家庭連合世界会長に就任されたのです。 公式的には、当時の世界会長であった私が離任したのですが、実質的には世界副会長として家庭連合を率いてきた顯進様を押しのけたも同然でした。このような重大な人事交代を控えて何の議論もされず、さらに顯進様には公式的な連絡すらありませんでした。突然の通知を受けたのですから、ただ当惑するばかりでした。さらに、離就任式の行事がわずか3、4日後にあるという伝言を受けました。 私の危惧はさらに深まりました。今回の人事交代が決定されるまでの背後の事情をある程度推測することができたからです。 しかし、すでに発表された内容を巡ってお父様を訪ね、相談するというのは、私の信仰の原則に反することでした。ただ心中深く、思い悩むばかりでした。 当時、顯進様はこうした事の詳細を知らされないまま、南米6ヵ国を巡回中でした。「1 2千人の南米の平和大使を組織し教育しなさい」という、お父様からの特別な要請があったからです。 後で分かったことですが、顯進様はコスタリカからパナマへ出発する前日にこの知らせを伝え聞いたそうです。離就任式の4日前でした。2日間のパナマでの公式日程を終え、一睡もできずに夜を明かされたといいます。早朝に、同行していた指導者たちを呼び、「私がどうすべきだと思うか」と一人ひとり尋ねられたと聞きました。 「ここで私が全てを手放すなら、お父様のレガシーは母と亨進中心に決定されていくでしょう。逆に、私が今のような道を進み続ければ、お父様のレガシーは守られますが、真の家庭とこの運動は2つに別れるようになるでしょう」 多くの人は、亨進様の就任を(1998年の顯進様の場合のように)、真の子女様の1人が公的責任を担うものとして理解しました。しかし、顯進様はそうではありませんでした。将来、私たちの運動の中で、どのようなことが起こるかを明確に見通す一方、将来自分がどのような道を歩むことになるかということもよく分かっていたように思います。
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