顕進様を支持する有志の会
事必帰正
郭錠煥(カクチョンファン)先生

アフリカ・ケニアで収めた成功

パラグアイでの行事の成功について話そうとすると、自然と4年前の2010年の状況が思い出されます。 2010年は、顯進様を非難する人々の活動が最も激しく展開された年として、後世に記録されることでしょう。お母様の介入によりお父様の異端者・爆破者の自筆文書が作成され、その場面を撮影した動画が流布され、顯進様は堕落したアダム、郭錠煥はサタンであるとする非難と共に、牧会者に強制的に忠誠を誓わせるビデオが撮影された時期でした。 深刻な人格殺人行為が強行されただけでなく、訴訟も始まりました。 そのような状況下にあって、顯進様は幾万もの凄絶な事情を何も語らずに消化されながら、超然として、自らがなすべきことをなさいました。各大陸別に主要国を訪問し、直接GPF運動の基盤を築き、準備された指導者を探し求められました。驚くべき闘魂であり、誰も真似することのできない平常心でした。 顯進様は常に自然の中で神様と交感し、精誠を尽くして来られました。 どんな困難をも克服し目標を達成していくことのできる力と知恵とを、そこに見出して来られたのです。 多くの人が条件として精誠を尽くしますが、顯進様が自然の中で精誠を尽くすのは次元が違います。神様との関係を確かなものとし、神様のみ旨に自らを100%一致させるための過程でした。目標にしたことを必ず達成するための万全の内的準備を、実体的に備える期間でした。 そのような生活をされるので、顯進様はどんな波が打ち寄せてきてもビクともしない巨大な岩のように、自らの位置を守りながら、屈することなく前進することができたのです。 2010年の後半にケニアのナイロビでGPC行事を開催することを決定された顯進様は、ケニア政府の協力を得るために、2010年2月16日、ケニアのムワイ・キバキ大統領に会って支援の約束を取り付けました。ケニアの国営放送はその時の会談に関する大統領室の発表を全国に放映し、ケニアGPC行事が政府次元で準備されることが知らされました。最近の顯進様の基盤から見ると、さほどのことではありませんが、当時としては状況も難しかった上、GPFが独自に発足してから3ヵ月にもならない時期だったため、大変な快挙でした。 キバキ大統領が顯進様の提案を快く受け入れることができたのは、ケニアでGPFが見せた注目すべき成果のゆえでした。GPFは、2008年からケニアの「種族間の葛藤と紛争の問題を解決するための具体的なプログラム」を進めており、国連からもその実績が認められています。 また、キバキ大統領の心を動かす上で、ケニアで最も尊敬されている2人の指導者の役割も大きかったと言えます。2009年12月にフィリピンでの第1回GPC行事で顯進様と縁を結んだ方々でした。 1人は、ケニアで事業に成功し、東アフリカ経済人連合を率いていたコムクラフトグループのマヌ・チャンダリア会長。インド人で夫人と共に篤い信仰を持ちながら多くの慈善活動を展開し、マザー・テレサとも親交の深かった方でした。 もう1人は、ケニアの国教とも言える聖公会の最高責任者エリウッド・ワブカラ大主教。フィリピンで顯進様と単独会談した方です。その時、大主教は顯進様に「あなたのアジェンダは何ですか」と丁重に尋ね、顯進様は大主教の目を見つめてこう答えたそうです。 「私にはただ一つのアジェンダしかありません。それは『ワンファミリーアンダーゴッド(神様の下の人類一家族)』の夢を成すことです。これは神様の神聖な夢です。大主教もこの夢の実現に同参してくださることを願います」 チャンダリア会長の手配により顯進様と会ったキバキ大統領は、どうしても顯進様の背景が負担に感じられたようでした。そのため、自らの精神的指導者ともいえるワブカラ大主教に意見を求めたといいます。 「大主教、韓国から来た若い指導者をどう思いますか」 大主教は顯進様に会った瞬間の記憶を蘇らせ、キバキ大統領に決定的なアドバイスをしたそうです。 「大統領、彼の背景は私も知っています。しかし、前回のフィリピンでの行事で彼の考えを理解することができました。彼がしていることは今、ケニアでも非常に必要です」 大主教の意見に支えられた大統領は、最終的にGPC行事を積極的に支援することに決めました。 2010年11月18日に開催されたケニアでのGPC行事は、ケニアとエチオピアの2人の現職大統領、そしてケニア首相と全閣僚が参加する中で、成功裏に行われました。40分ほどあった顯進様の基調講演にキバキ大統領は大きく感動し、GPC開催成功のニュースは、その演説の内容と共に、ケニアの在外公館を通じてアフリカ諸国に伝達されました。 また、この行事にナイジェリアの大統領特使も参加しましたが、これをきっかけにGPF活動はナイジェリアにまで広がります。数年後、ナイジェリアのアミナ・サンボ副大統領夫人が積極的に後援する中、GPF活動は本格的にスタートしました。 ナイジェリアはアフリカの主要な大国ですが、イスラームとキリスト教に分かれ、過激なイスラーム勢力であるボコ・ハラムの挑発が後を絶たないなど、常に宗教対立の絶えない厳しい国です。GPFはナイジェリアの慢性的な宗教紛争の問題を解決するために大きく寄与してきました。 敬虔なイスラム教徒であり副大統領夫人でもあったサンボ夫人は、2013年にマレーシアで開催されたGPCの行事に30人以上の代表団を率いて参加しました。その時に費やされた費用全額をサンボ夫人が負担しました。 顯進様に会ってサンボ夫人はこのように語りました。 「文顯進博士、『ワンファミリーアンダーゴッド』のビジョンは、神様からのメッセージだと私は考えています。あなたは神様のメッセージを伝えているのだと誇りを持って構いません」 ケニアGPCの後、ウガンダでもGPF運動が始まりましたが、ウガンダのヨウェリ・ムセベニ大統領は特別な関心を持って、毎年、世界で開催されるGPF行事に代表団を派遣しました。ムセベニ大統領は4年前からウガンダで東アフリカ諸国の首脳を招待して、ウガンダ政府とGPFが共同主管する指導者会議(GPLC)を開催することを提案してきました。費用は全てウガンダ政府が負担するとのことでした。 ムセベニ大統領がGPFと顯進様のリーダーシップに注目したのは、国連からも認定されたケニアとナイジェリアで成功裏に展開されているGPF活動の実績ゆえです。さらに、GPFのビジョンをモットーにした道徳的革新的リーダーシップが「アフリカのルネサンス」を成し、アフリカを腐敗と紛争のない豊かな地域に変えることができると見たからです。 彼は顯進様の心を動かし、今年の8月1日と2日にウガンダの首都カンパラでGPLCが開催されました。ウガンダの大統領、南スーダンとブルンジの副大統領、ケニアとタンザニアの公式国家代表など、東アフリカ地域を代表する現職国家首脳が一堂に会し、この地域では過去最高の国際的行事であったと言っても過言ではないでしょう。ウガンダは国会の日程までも休会し、主要な政府省庁が全てこの行事の成功のために物心両面の支援を惜しみませんでした。 驚くべきことに、これは政府と5つの国際的な民間団体が共同で主催した行事であり、その行事の中心は顯進様でした。開会式の壇上にはウガンダ大統領をはじめとする国家首脳がいましたが、最も中心には顯進様がおられ、顯進様が基調講演をされました。アフリカの指導者たちを感動させる名演説でした。特に、この演説でさらに感激したのは、顯進様はアフリカの問題の解決策と今後の方向についてのみ言及されたのではなく、韓国でコリアンドリームを中心に展開されている南北統一運動と3.1運動の精神を紹介し、アフリカ大陸の指導者の積極的な支持と参加を呼びかけました。 韓国からは政界の重鎮である数人の議員が行事に出席しましたが、彼らは一様に顯進様のアフリカにおける基盤と韓国人としての愛国心、統一運動への情熱に感動したようでした。彼らも大韓民国を代表する最高の愛国者、政治家家門の末裔でしたが、亡父の精神と使命、リーダーシップをそのまま継承し、世界のために歩まれる顯進様に対して、心から尊敬の思いを示しました。 顯進様は、遠く韓国から訪れた国家指導者たちと個別に会い、こう質問したそうです。 「私は今、韓国だけではなく、このように世界的な基盤を持って南北統一を支援していますが、皆さんは私と共に生命をかけて、統一運動に力を合わせることができますか」 行事ごとに大きな成功を収め、国際的な活動で基盤を広げて行かれる顯進様を眺めながら、私は長い間お父様に侍って国際会議を準備し進めてきた者として、自らの力不足をとても恥ずかしく思いました。公的な立場にあった時、お父様の声援や全面的な財政支援など、教勢全てを挙げての協力体制のもと、それなりにやってきたと思っていた私の実績と、今家庭連合からの支援どころか、反対や人格的な侮辱まで受けながらも、ひたすら天の加護の下、奇蹟のように成してこられた顯進様の成果とは、比べものにもならないからです。
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