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顕進様の真実〜希望の未来へ
真実を求めて
(祝福家庭の皆様へ送るメッセージ)
櫻井正上氏ブログのまとめ

10.白衣従軍 束草事件の背景 (2009年)

前編

私が祝福を担当して間もない頃の話です。マッチングの翌々日、男性側に断られ、泣き止まない姉妹をケアしていたところ、話を聞きつけたお父さんが血相を変えてスタッフ室に飛び込んで来られました。娘をもつ父親としては、気が気でなかったのでしょう。ところが、私を見るなり、こう言われたのです。「あんたが主体者かー!」 完全に私のことを「娘を泣かせた張本人」と勘違いしておられるお父さんを前に、冷や汗をかきながら、事情を説明したことを覚えています(汗) 身に覚えのないことで誤解を受けた時、冷静でいることはなかなか難しいものです。相手が激昂していれば尚更でしょうし、「善意」で為したことが誤解されれば、それこそ切なくもなるでしょう。本部で仕事をしていると、言わば「伝言ゲーム」のように、こちらの発言がどこかで「違った話」として伝わり、「そんなこと、言ったんですかー!」となったり、現場の担当者が当事者を説得するのに、「まぁ、本部の指示ですから~」と伝えてしまう等、ちょっとした「濡れ衣」を着せられてしまうこともありました(汗) そんな時は、身に覚えがなくても、責任の一端を認めて謝罪すべきか、或いは、あくまで事実を主張して誤解を正すか、迷うこともありました。下手に事実でないことを認めてしまうと、本部の責任問題にもなり得るからです。その点、事実は事実、誤解は誤解と、はっきりさせることも大切でしょう。 ちなみに、顯進様は小さい頃から「弁明」をしない方だったといいます。少年時代、お父様が別の子女様のやったことを顯進様の仕業と思い込み、叱りつけてしまった時も、口答えせずに、罰を受けられたそうです。後日、事実を知ったお父様から、「なぜ弁明しなかったのか」と聞かれたそうですが、顯進様は、事実なら、弁明しなくともいずれ分かる、と、そう考えておられたようです。しかし、一つの認識の誤りが「全体の責任問題」や「天の摂理」にかかってくるとなると、話は別でしょう。自分一人が誤解され、処罰を受けて済む問題ではなくなるからです。この辺りに、かの「束草」(ソッチョ)での出来事を読み解く、一つの鍵があるように思います。 2009年3月、お父様は束草に子女様方を集め、重要な決定事項を語られました。一つは「子女様に関する役割分担」について。一言で言えば、「亨進様が全組織の中心に立つ」ことの発表であり、もう一つは「顯進様に対する職務停止」の指示でした。また当時、周囲からは、顯進様がこうした指示内容に憤慨し、会場を出て行かれたとも聞きました。しかし、後で知ってみると、その一連の出来事は、あたかも、李舜臣(イスンシン)将軍が受けた「白衣従軍」(はくいじゅうぐん)の処分のようでもありました。 李舜臣と言えば、李氏朝鮮時代、秀吉による朝鮮出兵の際に、水軍を率いてこれと戦い、国を守ったことで知られます。しかし、彼は最初の海戦で大きな戦果を挙げた直後に、王の誤解と政敵の陰謀により「濡れ衣」を着せられ、全ての職位を剥奪されて、「一兵卒」の立場に落とされるのです。これを「白衣従軍」と言います。後に「束草事件」と呼ばれた出来事にも、これに似た、穏やかでない背景があったように思えてなりません。 まず、当時の責任者によって読み上げられた「子女様の役割分担」に関する指示事項ですが、お父様はこれを「最後の訓令」と言われ、その内容は「訓母様を通して与えられた霊界メッセージだ」とされました。これが物議を醸します。何故なら、当の訓母様が「私はその文書に関わっていない」と言われたからです。 また、これを読み上げた責任者(Y会長)は、後日、「直前に読み上げた孝進様の書簡だけが霊界メッセージであって、子女様の役割分担に関する文書は、お父様が事前に指示した内容を本人が書き留めたものだ(=訓母様が知らないのも当然)」と釈明しますが、それがさらなる疑惑を呼びました。何故なら、当時の御言を読み返せば、お父様がこの文書を、霊界メッセージだと「信じて」語っておられることは明らかだからです! さらに、その頃、とても気になる噂が流れました。それは「顯進様が脱線した」というものです。

後編

2カ月前の1月、お父様は3度にわたり、「神様解放圏戴冠式」を挙行されますが、その際、父母様と共に王冠をかぶり、真の家庭と全人類を代表して、父母様から御言を授かったのは亨進様ご夫妻でした。お父様はあくまで「神様の戴冠式である」とされましたが、一般食口から見れば、それは「後継者の相続式」のように見え、指導者たちもまた、当時、そのように取れる説明をしていました。(今は否定していますが…) 「真の家庭の代表は顯進様から亨進様に代わったのだろうか…」と意外に思った人々にとって、顯進様に関する「脱線の噂は「だからか…」と受け止められてしまっていたように思います。 上記の「霊界メッセージ」が読み上げられた際も、意見を尋ねられたお母様がこう答えておられます。「絶対性から考えてみる時、霊界から見る観点 (=亨進様を中心とした体制)が正しいと思います。」 純潔な子女様は亨進様しかいない…、それは父母様が子女様を立てて行く上で決定的なファクターであったに違いありません。今や、過去の噂は、根も葉もない話として葬り去られていますが、これが仮に何らかの意図をもって流されたものだったとしたなら、これほど恐ろしい話はないでしょう。少なくとも、当時、「父母様ご自身がそう思い込んでおられたからです! 次に、「顯進様に対する職務停止」の指示ですが、その原因は、米国家庭連合の理事会問題にありました。教会指導部が、半ば顯進様の「対抗馬」のようにして、仁進様を米国家庭連合の「総会長」とする公文を発信したのは、前年の7月下旬のことでした。即ち、ヘリコプター事故の直後、それこそ「兄を中心に一つになれ」と言われていた時の話です。ちなみに、この仁進様の人事が「お父様の人事でなかった」ことは、後に、当時の米国大陸会長が明かしています。 顯進様にとって、2008年はGPF(グローバルピースフェスティバル)が爆発的に広がって行った年でした。私たちもそこに大きな可能性と希望を感じたものです。まさか、そうした勝利の直後に「白衣従軍」が待ち受けているとは予想だにしていませんでした。しかし、様々な課題が水面下で進行していたのです。 私は亨進様・國進様が当時進められていた食口の復興や組織整備にも、深い感謝の思いを抱いている者の一人です。しかし、教育観やビジョンについては、危惧するところが多々ありました。顯進様は9月、GPFの大会準備で日本を立ち寄られた折、こう言われました。「二世をしっかり教育しなさい。失われた教育プログラムはいつか立て直す。しかし、今、私は世界の摂理に集中しようと思う」と。 しかし、その世界摂理の基盤であった米国家庭連合の足場さえ崩されるような事態が起こっていたのです! 7月の公文発信から、米国本部は「中心は顯進様なのか、仁進様なのか」で混乱し、仁進様に関する情報も「総会長である」「いや祝祀長である」と、話が二転三転しました。お父様の指示と世界本部の指示が「違って」いたからです。こうした中、8月には、仁進様が米国家庭連合理事会の改変を強行されますが、これが後の「火種」となるのです。 2009年2月、世界巡回に先立ち、米国教会内の方針一致を重視した顯進様は、「米国の総責任者は顯進だ」とするお父様の意向を確認された上で、改めて米国家庭連合の理事会を原状復帰しようとされますが、他の子女様方がこれに反対。最終的には、これが「顯進様側の理事会占拠」、言わば「クーデター」のようにしてお父様に伝わり、顯進様の職務停止を命じる直接的な原因になるのです! 尚、この時の職務停止の指示は、顯進様一人に終わりませんでした。当時の大陸会長を含め、顯進様のもとにいた指導者全員が要職から離れることになるのです。顯進様は「彼らの話も聞いてください!責任を問うなら私一人で十分でしょう!」と言われ、出て行かれたといいます。 「顯進様にどんな事情があったとしても、お父様に従順屈服すべきだった…」。信仰をもつ者として、その考え方はよく分かりますし、否定したいとも思いません。ただ、一つ言えることは、少なくとも、お父様の当時の事実認識は現状と違っており、顯進様はその結論が下される背後に、様々な良からぬ「思惑」があったことを知っておられた、ということです。 ただ、もっと言えば、顯進様はこれを単なる「人間的な葛藤」とは見ておられませんでした。これらの一連の出来事は即ち、「長子」を潰し、世界摂理を破壊し、統一運動の方向性を見失わせようとする「サタンの業」であって、それ故に、顯進様はこれを「天宙史的葛藤」として見つめられたのです。 李舜臣将軍は、あらゆる誤解と屈辱に耐え、暫くの間、「白衣従軍」に服することで、再び将校の位置に返り咲きました。顯進様にもその可能性はあったのかもしれません。しかし、李舜臣将軍が再度、起用されたのは、朝鮮軍が日本軍に「惨敗」を喫した後のことでした。彼は「壊滅寸前」だった水軍を立て直し、僅か数隻を率いて再び日本と闘うのです。当時、「御旨の勝敗」がかかっていたとすれば、どう考えるべきだったのでしょうか? 最後に。あまり知られていませんが、顯進様は束草において、一度、退席された後、お父様が呼ばれていることを聞かれ、再び会場に戻られます。そして、父母様の前で、食口たちの前で、「良くない姿を見せた」として謝罪されるのです。お父様はそこで顯進様に歌を歌え、と言われますが、顯進様は涙で歌うことができませんでした。下記はその翌日の訓読会で、お父様が語られた御言です。
「顯進、どこに行った?来ているか?(来ていません) 顯進が出て行ったのを呼び戻しましたが、アボジの言葉を立ててくれたことをありがたく思います。自分がこのような団体に会いたくないとして出て行ったのに、呼び戻され、自分が言ったことが間違っていたと、その場で解こうとしました。それでもアボジの言葉に従おうとしたのです。体面も顧みずに…」。
顯進様の本当の苦悩と決断のための日々は、ここから始まるのです。
前編:2017-11-30 13:55:38
後編:2017-11-30 13:57:44
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