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顕進様の真実〜希望の未来へ
真実を求めて
(祝福家庭の皆様へ送るメッセージ)
櫻井正上氏ブログのまとめ

11.二者択一 顯進様がお父様から離れた? (2009年)

前編

人生は「決断」の連続です。食事の注文一つとっても「決断」が求められるでしょう。パンかライスか、スープかサラダか。「どちらでも」と真顔で言われても、店員が困るでしょう。それは本人が決めるしかないからです。 無論、塩ラーメンか味噌ラーメンか、ポークカレーかビーフカレーかで、人生が変わる訳ではありません。或いは、朝起きるか・起きないか、宿題をやるか・やらないか、今日の礼拝に行くか・行かないか(?)等は自らが「腹を括るかどうか」であって、「選択」の問題ではないでしょう。 本当に難しい人生の決断というのは、「答えのない選択」であり、「人生の岐路」に立たされた時の決断であるに違いありません。起業するかしないか、転職するかしないか、海外に移住するかしないか、この人と結婚するかしないか…。 かつて、「二者択一」で迷った際に使用するPCソフトがあったそうです。その名も「決めるんだ、君」(‼) 迷った選択肢を入力し(例:家を買うか買わないか)、「判断」ボタンを押すだけ。結果はランダムに決定され、中央に立つキャラクターが「〇〇したまえ!」と決めてくれるそうです。実に笑えますが、実際は、大切な人生の決断を「他人」に委ねることなど、できないでしょう。 私はかつて、進路問題で大きな決断をしたことがありました。芸術高校に通い、「音楽」を専攻していた当時の私にとって、音楽は人生そのものでした。が、今後について本気で悩み抜いた末、神学校に進む決断を下したのです。しかし、その時の私の結論は、決して、「音楽よりも神学」ではありませんでした。私はその間、「どちらがより価値あることか」「どちらが天の願いに適うか」で苦悩してきましたが、最後に至った答えは「何をやるか」ではなく、「何のためにやるか」だったのです。どちらの進路を決断するにしても、天がとれる動機をもつこと―。それが、最終的に至った私自身の答えでした。 当時の決断が「正解」だったかどうかは、人生を生き切ってみないと分からないでしょう。いつか娘からこう言われたことがありました。「アッパ、音楽やってたほうが、もうちょっとお金になってたんじゃないの~?」(汗)。人生の決断において「どちらが正しいか」は私にも分かりません。ただ、大切なことは、自らの決断に「責任をもつこと」であり、「振り返らないこと」だと、私は思っています。 2009年3月以降、顯進様は暫く山にこもられました。聞いた話では、顯進様は当時、二つの選択肢の間で迷われた、といいます。一つは、お父様の指示に従い、全ての公職から退いて、お父様のもとに身を置くこと(=人事に応じる立場)。もう一つは、神の摂理に最後まで責任をもって、天一国創建(世界平和運動)に身を投じること(=人事に応じない立場)です。 いったん指示に従えば、「謹慎」は解かれたはずだ―。多くの方々がそう考えているに違いありません。しかし、束草での人事発令(子女様の役割分担)そのものは、お父様が「最後の訓令」とされたものであり、実際、組織体制はそれに合わせて移行して行きました。本当に覆る人事だったのでしょうか? 米国の理事会は、決して、お父様の意向通りにはなりませんでした。また、同年9月、UPF会長の離就任式(顯進様→亨進様)が行われ、顯進様は摂理機関の責任者の位置からも追われますが、この人事については、お父様が数日後の訓読会で、「誰がUPF会長を変えたか!」と激怒されています。当時、このニュースは本部職員に一斉メールで知らされましたが、その日のうちにメールを全削除するように言われました。そして、その後、この人事が改められることはなかったのです。

後編

当時、顯進様が欲したものは、自らの位置でも立場でもありませんでした。顯進様が重視したのは「統一運動の方向性」です。教会に神の摂理があるのではなく、神の摂理に教会が一致しないといけない…。アベルとは「神の御旨」に立ち、「カイン」のために生きる立場であって、私たちが神の御旨や社会(カイン圏)を見失い、「教会のための教会」になってしまったら、この運動のアイデンティティーは失われ、お父様の伝統は破壊される…。自分が黙って引き下がったら、この運動はお父様の本来の願いから確実に外れていくだろう…、それが顯進様の危惧でした。 この年の5月、一期の先輩が顯進様を訪ね、こう訴えられたといいます。「顯進様、ここはいったん馬鹿になってください!」。多くの誤解があり、背後に様々な思惑があったとしても、ひと度、お父様の指示となった以上、これに応じないと、「お父様に背を向けた」とならざるを得ないからです。 しかし、顯進様の判断はこうでした。もし、お父様の指示(=偽りの情報による判断)にしたがったために御旨を果たせなかった、となった場合、その全ての責任は父母様が負われることになる―。天一国創建の時代、これを果たすのは子女の責任であり、本当の孝子とは、「天一国主人」とは、父母様から受け継いだ神の御旨を自らの責任とし、その御旨成就に責任をもつ者なのだ、と。 ある人々は言います。それでも、顯進様はかつてのお父様のように、黙って「ダンベリー路程」を歩むべきだったのではないか、と。それも、そうなのかもしれません。ただ、当時、お父様に脱税容疑がかけられた際、反対する人々が願ったことは「これでレバレントムーンも米国から退くだろう」ということでした。そうしていたなら、「受刑」(ダンベリー収監)は免れ、日本やヨーロッパ全土からの排斥(入国禁止)の憂き目に遭われることもなかったはずです。そのほうが「無難」だったのではないでしょうか?しかし、お父様が何よりも重視されたのは「神の御旨」でした。今、ここで御自分が米国から退けば、「摂理」が果たせなくなる…、それがお父様の判断でした。 顯進様にとっても、「黙って退く」ことのほうが「無難」であったに違いありません。そうすれば、その後の「受難」はなかったはずであり、教会から「排斥」されることもなかったはずです。顯進様にとって、どちらが「ダンベリー路程」であり、「御旨の一線を守る」ことだったのでしょうか? 私はこのことに対する「答え」をもち合わせてはいません。ただ、一つ分かることは、顯進様の動機は、神の御旨に対する思いであり、父母様を思う心情であり、その決断に、自らの全責任を賭け、全信仰生命を賭けられた!ということです。 無論、顯進様はそれでも即、行動を起こした訳ではありませんでした。顯進様は当時、お父様に理解を求め、数回にわたって、切実な書簡を綴られています。
「私はこの困難な時期にお父様をお助けするという、神様との約束の印として、その言葉を、私の胸の奥深くに銘じてきました。(中略)私がお父様の権威に挑戦し、別動部隊を作ろうとし、更には私が行うすべてのことは、私自身のためであり、全体をコントロールするためのものだと鞭打ってきた者たちがいるということを知っています。 しかし、お父様の息子として、私の全生涯を通して、お父様から、私が何かを要求したことがあったでしょうか? 私自身のためにお父様が持っているものを欲しがったことがあったでしょうか?(中略) お父様が私に対して持っておられるいくつかの誤解や疑惑に対して、私はお父様に深く許しを求めます。しかし、お父様、私がお父様を離れ、お父様の権威に挑戦しているというどんな言葉にも耳を傾けないでください。」(09年8月)
こうした書簡がお父様のもとに届いていたのかどうか、私には分かりません。当時、顯進様が願われたことは、お父様との「一対一」の対話でした。しかし、それが叶わないまま、顯進様は覚悟を決められ、その年の暮れ、2009年12月、フィリピンでのGPF大会を決行されるのです。それが顯進様の「お父様への不服従」が確定された瞬間でした。 そうして翌年2010年1月より、顯進様に対する批判集会が始まっていくのです…。
前編:2017-12-02 13:09:12
後編:2017-12-02 13:11:02
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