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顕進様の真実〜希望の未来へ
真実を求めて
(祝福家庭の皆様へ送るメッセージ)
櫻井正上氏ブログのまとめ

18.王子の帰還 顯進様が悔い改めて戻るべき? (2011年~)

前編

私たちが幼かった頃、「『神の子』が見ていいテレビ番組」(?)はごくごく限られていたように思います。規制が厳しかったある家庭では、ドラえもんまで閲覧禁止だったそうです(!)。理由は「しずかちゃんの入浴シーンがあるから」(汗)。ところが…、それほど厳しい基準であったにも関わらず、なぜか「北斗の拳」だけは許されていたそうです(!?)その理由は…、あの漫画の副題が「世紀末・救世主伝説」(=乱世にメシヤ現る)、即ち「『メシヤ思想』だからオッケ~!」だったんだとか…(汗) ^^; 人は皆、混乱期、ピンチの時に「救い主」の登場を求めるものです。イエス様当時、ユダヤの人々が求めていたメシヤとは、キリスト教のメシヤ像(=人を罪から救う存在)とは違い、かつてモーセがイスラエル民族をエジプトから導き出したように、人々を困難から救い出す「力ある指導者」というものでした。こちらのほうが現代人の「救世主」のイメージに近いかもしれません。 悪代官の所業に苦しむ庶民たちが「黄門様」の登場を期待するように、人々は苦境にある時ほど、英雄の出現を願い、誰かが自分たちを救い出してくれるという「奇跡物語」を欲するのでしょう。しかし、それは現実において、極めて起こりにくいからこそ、「奇跡物語」なのかもしれません。 私たちの教会が「混乱期」の真っ只中にあった2011年、「マイティ・ソー」という映画が大ヒットしました。少し長くなりますが、あらすじを紹介します。当時、この映画を見ながら、何か状況が重なるように思えたからです。 神の国アスガルドに、かつて闇の国の軍団を打ち破り、世界を救った英雄(王)がいました。また、彼には二人の息子(王子)がおり、その第一王子が主人公、ソーでした。年老いた父が、国中の人気を博していたソーに、いよいよ王位を継がせようというところから物語は始まります。あこがれの父から王位を受け継ぐことに歓喜の表情を隠せないソーと、それをやや沈鬱な表情で見つめる弟ロキ。 しかし、就任直前、休戦中だった敵国のスパイが武器庫に進入。大騒動となり、式典は中断となりました。栄光の日を台無しにされたこともあり、「この事件を黙認すれば、敵を思い上がらせることになる」といきり立ったソーは、王の言いつけを破り、ロキと親しい仲間たちを連れて、敵国に進入するのです。 これが原因で休戦協定は決裂。「お前は国の平和を脅かした」と激怒する父に対し、「徹底的に闘うべきだ!父は甘すぎる!」と激昂するソー。この態度が、父の逆鱗に触れます。「お前に期待した私が間違いだった!お前は王にふさわしくない!」 王はそう言うと、ソーから全ての力を奪い取り、地球に追放するのでした。 失意の中、地球人との穏やかな出会いと、人生で経験した初めての挫折が、ソーに大切な気付きを与えていきます。 一方、アスガルドでは父が病に倒れ、深い眠りについていました。そのため、弟ロキが代わって王座につきますが、彼はソーの帰還を願っていませんでした。兄に負の感情を抱いていたからです。彼はソーを連れ戻しに行こうとする仲間たちを制して言います。「王である私の命令として、ソーを連れ戻すことを禁ずる」。 さらに、ロキは自らの交信能力で地上のソーを訪ね、故国に戻りたいと願う兄にこう告げました。「父は今回のことで気を患って急死した。敵国とは兄の永久追放を条件に休戦を結んでいるため、兄の帰還は母が良しとしない。力になれずにすまない…」。それは真っ赤な嘘でしたが、ソーはこれを聞いて泣き崩れ、言いました。「いや、俺のほうがすまなかった」。 ロキには計画がありました。それは、敵軍を国に導き入れ、窮地に陥った国を自らが救うことで、親に認められ、人々からの信頼を得よう、というものでした。 そんな中、ソーの仲間たちは「掟を破って 故国を抜け出し、地球に向かいます。国を収拾できるのはソーだけだと見たからです。これを知ったロキは刺客のロボットを地球に送り込み、ソーと仲間たちを殺し、町を破壊することを命じます。ソーは仲間たちと出会って、真実を知りますが、刺客ロボットの出現で、町は大参事となりました。 ソーは必死に、傷ついた仲間と、地上で知り合った友人たちを逃がします。そして、刺客ロボの前に、一人、立ちはだかり、交信先のロキに話しかけました。「俺のせいでこうなった。でも、他の人に罪はない。俺の命を奪って終わりにしてくれ」。 ソーが相手の攻撃で打ちのめされ、死を迎えようとしたその瞬間、彼に全ての力が戻るのです。こうして、「真の王子」は刺客を倒し、仲間を伴って、混乱を収拾するために故国への帰還を果たすのでした。 王子の帰還―。当時、私たちが期待していたのは、こうした奇跡物語であったに違いありません。摂理的中心人物というのは、常に、迫害、困難が絶えませんでした。当時、教会は顯進様を、「父から祝福されなかったエサウ」と説いていましたが、私にはむしろ、「天の御旨ゆえに荒野に逃れたヤコブ」に見えました。ヤコブは21年の苦役を経て、再びカナンに帰還するのです! しかし一方で、私たちは、どこまでも、ただ、そうした「奇跡」だけを待ち望み、自らが果たすべき責任と向き合おうとはしていませんでした…。

後編

さて、2011年に入り、「王子の乱」は激化の一途をたどりました。5月、「真の父母様宣布文」の発表を受け、その実行大会という名で、再度、全世界で批判集会(7~12月)が行われます。また、同じく5月に●●●訴訟が始まったことを受け、月刊誌「新東亜」6月号には「統一教王子の乱―二人の主役・電撃インタビュー」という記事が掲載されました。そのうち、國進様との対話を記したページには、大きくこう記されていました。「兄はサタンであり、堕落した天使長」。 日本教会にとって、國進様は2009年初頭に起こった危機を乗り換えるために指揮を取られ、経費削減、組織の正常化に努めてくださった方でした。また、それまで忘れ去られていた信徒の人権問題に関心をもって取り組まれたのも國進様です。しかし、度を越えた顯進様批判は容認されていいものではありませんでした。國進様一人の意向ではなかったにせよ、莫大な経費を賭して訴訟を断行し、統一運動の社会的信頼を失墜させたことの被害は深刻、且つ甚大であったと言わざるを得ないでしょう。 ただ、その当時、私が顯進様側から聞いていた話は意外でした。「多くが國進様を問題視するが、実は顯進様がより危惧しておらえるのは亨進様なのだ」と。その思想や神学がお父様の伝統を崩してしまう、ということでした。 亨進様は当時、全食口に慕われていた方です。日本食口は格別でしょう。私もそうでした。ただ、語られる御言や指導される方向性に、不安や疑問を覚えていたのも事実です。私が同時通訳をさせて頂いた頃(07年)、亨進様は常に創造本然の希望あるメッセージをくださいました。「自分を罪人などと言わないでください、神様はあなたをそう見ていません」…。 しかし、徐々に「私たち=罪人/父母様=救い主」といった、既成神学のような話に変わり、父母様の功績は(真の家庭理想の実現ではなく)人類の救いのために七度、十字架にかかったこと、とされました。祝福家庭に求められたのは「主人意識」よりも「罪意識」だったのです。当時、亨進様は「統一教の後継者」としてマスコミに頻繁に登場されるようになりますが、語られる内容に、当時の本部の教理担当の方々も困惑していたところがありました。 「天福宮」では独特な宗教儀式やその関連の物品販売が始まり、2012年1月には、真の父母様の価値を世に知らしめるといった主旨で「天福祝祭」が開催。父母様の「人形」を乗せた宣伝カーを含む大行列が、ソウル市内を一斉にパレードしました。そこでは、お父様が拷問される様子のパフォーマンス等も行われています。人々の目に「統一教」はどう映ったのでしょうか? また、この頃からお父様の人事は露骨に通らなくなり、基元節までに果たすべきことが果たされていないとして嘆かれるお父様の姿を、神山先生はヨスの研修所で、度々、目にされたと言われます。 顯進様に戻って来て頂きたい―。当時、様々な混乱を見つめながら、私は思いました。周囲でもそうした声が囁かれていたように思います。そんな時に放映されたのが上記の映画でした。誰もが「王子の帰還」を、そうした摂理的勝利という「奇跡」を、心待ちに期待し、願い、祈ったに違いありません。 顯進様もまた、お父様との出会いを願っておられました。そのため、基元節に向けた摂理的基台を整え、父母様に自らの精誠をお捧げしようと、それまで黙々と備えて来られた基台を、2012年の韓国大会につなごうとされていたのです。言わば、「ヤコブの帰還」でした。それが果たされていたなら、どれほど大きな勝利につながっていたことでしょうか? しかし、当時の教会は、あたかも「四百の軍勢を率いてヤコブを迎え撃とうとしていたエサウ」のようでした。批判集会を継続し、顯進様に石を投げ続け、「放蕩息子」のレッテルを貼り続けていました。そんな折、顯進様が沈黙を破り、祝福家庭に向けた、初めての公開書信を発信されるのです。
「今この瞬間まで、私の立場は変化していません。そしてこのことこそが、私の下にある組織を神様の摂理に正しく一致するように指導し続ける理由であり、私の下にある組織を掌握しようとする企てに反対し続ける理由でもあるのです。(中略) この混乱した世界にビジョンを提供しなければならないこの時に、その運動の焦点が、単なる盲目的服従を最高の倫理とする宗教団体を建設することに変わってしまいました。 (中略) 私は多くの皆さんが、早く私がお父様とお会いして、私たちの運動の歴史における恥ずべき時期に終止符を打つ日が来ることを祈っておられることを知っています。それは私も同様であり、私も再びお父様と抱擁して、昔のように胸を開いて話をすることのできる日を切望しているのです。しかし、それを可能にするためには、皆さんが拡大家庭の一員として、そのような出会いを可能にする道を開くよう、助けて下さらなければなりません。 (中略) 彼らは私が戻ることを自分たちの体制に対する深刻な脅威と考えています。その結果、彼らはあらゆる手段を動員し、お父様との出会いに『毒を注ごう』とするでしょう。」
顯進様の「帰還」を望まない指導者たちも当然いたことでしょう。あれだけ激しく批判してきたのですから。また、顯進様の帰還を願う人々も、その殆どは、あくまで「顯進様が悔い改め、全ての基盤を返還した上で戻ってくるべきだ」という理解であったに違いありません。多くが「問題の発端は顯進様にあった!」と思い込んでいたからです。しかし、それは違いました! 本来、悔い改めるべきは教会のほうだったに違いありません。父母様と顯進様との双方に許しを乞い、「顯進様の帰還」を願い出るべきは私たちのほうだったと思うのです。正確には「帰還」というよりも、(お父様との)「再会」でしょう。実際には、顯進様はお父様のもとを「離れた」ことなどなかったからです! 無論、顯進様にも、アベルとして、兄としての不足な点はあったことでしょう。しかし、顯進様が「帰還」できなかった理由が「顯進様に反省や悔い改めの思いがなかったから」などとは思いません。下記は、顯進様が涙ながらに語られた時の御言です。
「私は真の家庭に対しても、正直、恥ずかしい思いがあります。私が、兄の立場を守れなかったために、このようになりました。兄の位置で責任を全うできなかったと思います。だから今、すべてを整理して責任を果たします。ここに統一教会のスパイがいれば、よく聞いてください。私が本当に間違っているとしたら、何が怖くて食口が行かないように妨げるのでしょうか?」(2012年5月)
私たちは「奇跡」を待っていました。しかし、それを果たすには、カインとしての最低限の務めがあったのだ…と、今更ながらに思います。問題の発端は、私たちカイン(教会指導者)の側にあったと思うからです。上記の映画で、王子の仲間たちが自らの首をかけ、指示を破ってでも、王子を迎えに行こうとしたように、小さな者でも、教会の公職者として、責任を担う者として、最善を尽くし、顯進様を迎える環境を築くべきでした。顯進様が帰還するための「道」を開く努力をすべきでした。私たちはそれを「しなかった」のです。 のみならず、その後、2012年、基元節に向けた最後の年、私たちは顯進様の心情を抉るような、一つの過ちを犯すことになるのです…。
前編:2018-01-24 09:55:14
後編:2018-01-24 10:00:00
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