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顕進様の真実〜希望の未来へ
真実を求めて
(祝福家庭の皆様へ送るメッセージ)
櫻井正上氏ブログのまとめ

19.ブルータス、お前もか! 日本二世圏の背信 (2012年)

前編

時々、移動中、時間に空きができた時など、駅の構内にある書店で、立ち読みをすることがあります(→控えましょう ^^;)。先日、「君たちはどう生きるか」という漫画本を、丸々さらっと立ち読みしました(→やめましょう ^^;)。 それは、昭和初期の本を漫画化したもので、15歳の少年、コペル君(→あだ名です)と叔父さんとの間で交わされる会話や、コペル君に向けて叔父さんが記した「ノート」を通して、人生や社会の意味を深堀していく物語です。思春期の少年が直面する課題や疑問に対して、叔父さんが知恵深い答えを投げかけるのです。 ある時、コペル君は、自分たちに危害を加えようとする上級生に、仲間と一緒に立ち向かう約束を交わします。しかし、いざ上級生を前にした時、足がすくんでしまい、親友たちが殴られるのを傍観してしまうのです。「僕は友達を裏切ってしまった」―。そんな自責の念から、彼は学校に行けなくなってしまいました。 親しい仲だったからこそ、裏切った側も、裏切られた側も、苦しみが大きかったのでしょう。叔父さんの助言を受けながら、コペル君がもう一度、友人たちを訪ね、自らの行動を謝り、仲直りを願い出るまでには、相当の時間を要しました。背を向けた友達と向き合うにも、自らの「弱さ」と向き合うにも、本当の強さと勇気が必要だったからです。 裏切ったり、裏切られたり…。思春期に限らず、人間関係に「裏切り」は付き物なのかもしれません。歴史上でも、数々の「裏切りの物語」が登場します。例えば、織田信長を裏切った明智光秀の本能寺の変。通説だと、それは、信長から幾度となく罵倒されたり、母が死に追いやられたこと等に対する彼の「復讐劇」だったと言われています。(諸説あります ^^;) また、西洋史で言えば、シーザー(カエサル)を裏切ったブルータスも有名でしょう。シーザーが独裁的な権力を握るようになったことが、当時の共和制に反するものとして周囲が結託。ブルータスはシーザーから息子のように愛されていた立場ですが、周囲と意向を共にし、シーザー暗殺に加わるのです。この時、彼を目にしたシーザーが発したとされているのが例の言葉です。「ブルータス、お前もか!」 利権、保身、色情、恨み、復讐…等、裏切りの背景は様々ですが、最も大きな苦痛を伴うのは、上述のコペル君のようなケースでしょう。即ち、「最も親しい関係性」における「不本意な裏切り」です。しかし、それこそ、私たちにとって、最も身近なケースなのではないでしょうか? 「周囲に同調せざるを得なくて…」「自分まで不利益を被りそうだったので…」「職場での立場があったから…」。そのために、「口をつぐんだ」「見て見ぬフリをした」「彼と距離を置いた」「助け舟を出さなかった」といった行為に出てしまう―。それは皆、一言でいうなら、自らの「弱さ」故の行為でしょう。   新約聖書に登場する弟子たち ―自らの命惜しさに主を裏切り、信仰を捨てた者たち― の中に、私たちは自らの内にある同じ「弱さ」を発見します。最後まで共に歩むと約束しつつも、信仰を貫くと誓いつつも、いざ自らの身の安全や生活に直接、危険が降りかかってきた途端、神も仏も、信仰も信念も放り出してしまうのです。人間というのは、それほど弱く、脆いものなのかもしれません。 第一弟子のペテロは、イエス様に対して、自分は「獄にでも一緒に行く覚悟だ」と言い切った人物でした。実際、彼はイエス様を心から愛していたのでしょう。連行されたイエス様の後を追い、一人、大祭司邸に紛れ込みました。が、いざ、「あなたも仲間の一人だ」と周囲から詰め寄られた時、それを否定して言うのです。「私は彼を知らない」。 彼が三度、それを言い終わらないうちに鶏が鳴き、その時、イエス様は振り返って、ペテロを見つめられました。あなたは鶏が鳴く前に、三度、私を知らないと言うだろう―。ペテロはイエス様の言葉を思い出し、外で激しく泣くのです。彼もイエス様を見捨てたかった訳ではないでしょう。ただ、「弱かった」のです…。 遠藤周作著の「沈黙」という本があります。神はなぜ、信仰ゆえに苦痛を受ける者たちを救われず、沈黙され続けるのか―。昨年、映画化されたこの作品は、日本のキリシタン迫害を背景に、「神の沈黙」というテーマをもって描かれています。しかし、この作品にもう一つのテーマがあったとすれば、それは恐らく、「人間の弱さ」であるに違いありません。 キチジローという人物が登場します。家族は皆、信仰を捨てなかったがために刑罰を受け、命を落としますが、彼にはそれができませんでした。何度も信仰を決意しては、迫害に耐え切れず、裏切ってはまた戻って来るのです。彼は泣きじゃくりながら言います。「パードレ(司教様)、許してくだされ。私の弱さを許してくだされ。こんな時代じゃなければ、私も真っ当な信者になれたかもしれない。でも、弱い私はどうすればよいのですか…」。 人間はかくも弱いものです。だからこそ、何度も「許し」が必要なのかもしれません。人は自分で思うほど、強くはありません。だからこそ、少なくとも、「己の弱さ」を認めるだけの「強さ」と、「自らの過ち」を受け入れる「勇気」が必要なのだと思うのです。

後編

さて、2011年8月、日本でも「真の父母様宣布文実行大会」が行われますが、この時、顯進様批判の講義を担当したのは「二世の先輩」でした。先輩は冒頭で「私は今日、自らの考えや思いを一切介さず、書いてあるまま、読み上げようと思います」と述べました。それは本人の最大限の「抵抗」だったに違いありません。それは「不本意」な行動だったからです。 その先輩は顯進様に対する強い心情をもっていました。私はその先輩が、國進様や亨進様を相手に、数回にわたって、顯進様を証ししようと努力して来られたことを知っています。顯進様が自らの歩みを決意された時、先輩はそれを止めに行かれました。顯進様を父母様に対峙するような立場に立たせたくない、と思っていたからです。 当時、私たち日本の二世リーダーが考えていたことはこうでした。「顯進様は必ず帰って来られる。だから、その日のために、教会内の環境を整えなければならないし、それまで、顯進様から学んだ教育の種を絶やしてはならない」…。 私は思います。これまで、困難な環境の中でも、それでも、日本の二世教育が「生き続けてきた」のは、当時、顯進様から正しいビジョンやリーダーシップを学んだ者たちが、今に至るまで、現場の二世教育、青年教育を担当してきたからだ、と。こうした私たちの思いは、当時、顯進様側の先輩たちにも届いていました。また、顯進様もそれを信じてくださっていたようでした。ある事件が起こるまでは…。 2012年6月、顯進様が8月の韓国大会に向け、日本でGPLC(グローバルピースリーダーシップカンファレンス)、並びに食口集会の開催を決定したことを受け、日本本部はにわかに色めき立ちました。上から、これを「阻止」するように指示が下りたからです。そして、この対策の代表に立てられたのは、また一人の二世の先輩でした。 それは、本人にとっても不本意な役回りでしたが、衝突させてはいけないと考え、顯進様側に、日本教会の事情を踏まえ、「集会開催の再検討」を求めるメッセージを発信しています。 しかし、顯進様は基元節を見つめ、2012年中に韓半島の平和統一に向かう一つの流れを作ろうと必死でした。日本にこれをサポートする基盤がなかったからこそ、当時、その後の摂理推進に向け、一つの楔(くさび)打ち込もうとしておられたのです。しかし、その先輩を通して伝え聞いた対策会議の様子では、「是が非でも集会を阻止する」というのが日本本部の方針でした。 私たちは対策問題については常に蚊帳の外でしたが、それでも、当時の本部内(少なくとも私の局内)の二世圏の声としては、皆、「集会阻止には反対!」であり、その先輩にもそうした意見を無責任にぶつけていました。教会としてできる範囲は、せいぜい、信徒たちに「食口集会に参加しない」ように呼びかけるくらいであって、他団体が平和運動を行おうとするのに「集会そのものを阻止する」等という行為は、普通に考えても「非常識」でしょう! また、この時期、教会公文として、「郭グループの活動に対する注意勧告」として、かつて共に御旨を歩んでいた方々の実名が写真入りで流されました。あたかも「指名手配」のように。「そこまでするのか…」というのが私の率直な思いでした。 集会は最終的にどうなったのか―。対策の担当者が集会会場とされていたホテルを訪ね、「集会の主催側は教団の指導に従わないメンバーたちであり、当日、教団信徒とのトラブルが生じる恐れがある」といった旨を説明。さらには、ブラジル教会で起こった事件の映像まで見せ、集会中止を促したといいます。 最終的にホテル側は直前になって「ホテル側の安全が保障できない」として会場の貸出を拒否。集会は中断、変更を余儀なくされたといいます。顯進様の取り組みに対するこうした教会側の措置は、日本だけで起こったことではないでしょう。しかし、この日、何よりも顯進様がショックを覚えられたのは、この集会の中断措置をとらせた教会側の代表者名が「日本二世の先輩」であったことでした…。 私は当日の夜、顯進様側の姉妹から連絡を受け、この事実を知りました。彼女は以前、このブログで説明したカープカフェの管理者でした。私が話して状況を理解してもらい、日本教会に支障をきたすような記事があった際、彼女を通して削除してもらっていたのです。組織的な立場は違っても、日本の二世圏が同じく顯進様を慕い、いつしかお支えするその日のために、日本教会で残って歩んでいるのだと、そう信じてくれていた姉妹です。 その彼女が憤りながら、また泣きながら言いました。「顯進様がどれほどショックを覚えたか分かりますか!? 顯進様はオッパたちのこと、疑ってなかったんですよ!信じていたんですよ!教会の他の指導者たちと、オッパたちと何が違うんですか!何を信頼しろと言うんですか!?」 人が最も力を失う時というのは、「信じていた者」から背を向けられた時でしょう。ローマのシーザーは、暗殺者たちの中に、自分が愛していたブルータスの姿を見た時、闘う力を失い、自らの死に対して抗うことをやめたといいます。「ブルータス、お前もか…」。顯進様のそんな言葉が聞こえてくるようでした。 私たちにも、自らを正当化し得る言い分があったのかもしれません。「仕方がなかったのだ…」と。教会を代表し、二世圏を代表する立場故に、組織故に、信仰故に、全体に対する責任故に…。しかし、私は彼女に何も言えませんでした。率直に言うなら、私たちがこの時、この措置を食い止めることができなかったのは、ひとえに、私たちの「弱さ」故だったと告白せざるを得ないでしょう。 先輩一人の責任などとは思っていません。困難な立場にあったと思うからです。周りにいた私たちはその時、蚊帳の外でガチャガチャ言っていただけで、本気でそれと向き合い、声を挙げ、食い止めようとはしませんでした。いえ、「私たち」と言っても、若手の後輩たちは殆ど状況を分かっていなかったでしょう。 当時、顯進様側の情報に一番通じていたのは、恐らく、先輩たち以上に「私」でした。私ともう一人の兄弟でした。何度も対話し、議論する中で、顯進様が何を思い、どんな心情で歩まれているのかを聞かされていたからです。しかし、声を挙げませんでした。 かつて、キング牧師は言いました。「最後には、我々は敵の言葉など思い出すことはない。思い出すのは友人の沈黙である」。 今になって、顯進様を弁護し、証しする資格など、本来、私にはないでしょう。しかし、立場故に、組織故に、様々な事情ゆえに、語りたくても語れない、多くの二世たちに代わって言います。神の御旨を為そうと、必死な思いで歩まれる顯進様に対し、日本教会がこの時とった行動は、決して正しい行動ではありませんでした! それは、父母様のためでも、摂理のためでも、食口を守るためでもありません! 過去の過ちを「なかったこと」になどできませんが、過ちを過ちとして受け入れることはできるはずです。 私たちは皆、弱くて、愚かな人間の一人です。過ちだって、間違いだってあるでしょう。しかし、大切なことはその「弱さ」を認める「強さ」であり、「過ち」を受け入れる「勇気」なのではないでしょうか。今からでも、そうした姿勢を持ち得ないのでしょうか? 2012年9月、私たち全食口が「お父様の聖和」という信じ難い現実に直面するのは、それから3ヶ月ばかり後のことでした…。
前編:2018-01-27 11:41:00
後編:2018-01-27 11:44:00
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