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顕進様の真実〜希望の未来へ
真実を求めて
(祝福家庭の皆様へ送るメッセージ)
櫻井正上氏ブログのまとめ

7.三本の矢 兄弟間不和の背景 (2005年〜)

以前、雑誌のコラムで「兄弟構成による性格の違い」が紹介されていました。 *長子は
「やるべきことをやる」 *末子は
「やれそうなことをやる」 *中間子は
「みんながやらないことをやる」 *一人っ子は
「やりたいことだけやる」 *長子は
「価値観が合う人と結婚する」 *末子は
「気が合う人と結婚する」 *中間子は
「自分を好きな人と結婚する」 *一人っ子は
「自分が好きな人と結婚する」 …etc. どれだけ適格に言い当てているのかは分かりませんが、要するに、兄弟でも三者三様ということなのでしょう。我が家も三人の子どもたちがいますが、やはり三者三様。誰一人、同じ個性の子はいません。集まれば、やりたいことも、食べたいメニューも、見たいテレビ番組も違うのですが、違う者たちが共に集うからこそ、多様性や創造性が生まれるのではないでしょうか? 「三本の矢」―。戦国武将、毛利元就が三人の息子たちを諭した時の教訓として知られる話です。どんなに強靭な矢でも、一本なら折れてしまう。しかし、三本がまとまったら折れることはない―。即ち、三兄弟が力を合わせば、強靭な力になる、という教訓です。真のお父様もかつて、これと同じことを言われました。「三兄弟が一つになれ」 顯進様は就任以来、お一人で真の家庭を担い、孤軍奮闘して来られましたが、2005年1月、お父様は顯進様、國進様、亨進様の三人を立てられ、2006年2月には「三兄弟が手を取って一つになれ」と語られました。「亨進様が宗教、國進様が経済、顯進様が世界摂理」とされたり、「亨進様が韓国、國進様が日本、顯進様が南北米」と言われたり、説明は様々でしたが、三兄弟が立ったことに、多くの食口が希望を覚えたに違いありません。 どんなに有能な人でも、一人の力には限界があります。私は当時、顯進様から多くを学ばせて頂きましたが、國進様・亨進様の中にもまた、顯進様とは異なる天稟を見出し、希望を感じたものです。 例えば、顯進様は「お父様似」で、「神の摂理」が中心。「リーダー」を重視し、「教会文化」を改革し、「外」に向かって世界摂理を展開して行こうとされましたが、下のお二人は、どちらかと言うと「お母様似」だったように思います。「食口」を慰労し、「組織運営」を正常化すること、即ち「内」を整備することに意識をもっておられました。それは「両側面」共に大切であり、同じ目的に向かって補い合えたなら、これほど心強いことはない!と思わされたものです。しかし…、当時、気になることがありました。それは、下のお二人の顯進様に対する、ポジティブでない感情です。 それは或いは、顯進様に対して、というよりも、顯進様を取り巻く親族やリーダーたちに向けられた感情であったのかもしれません。かつて父母様が一世の指導者たちを愛し、その傍らにあって子女様方が寂しさを覚えたように、顯進様が身近な親族やリーダーたちを愛し、彼らが兄を取り囲んでいる姿は、他のご兄弟からすれば、何か「疎外」されているように思えたに違いありません。 「兄は王様になりたいだけ―」。当時、下のお二人がそう話されていたといいます。だとしたら、当時、顯進様に付き従っていた私たちにも責任があるのでしょう。確かに顯進様ばかりを見つめ、他のご子女様方がそれをどう見つめておられるのかを考えたことはありませんでした。しかし、顯進様がご兄弟の話をされる時は、いつも大きな期待と責任心情を抱いておられるのを感じました。 顯進様は当時、下のお二人が公的責任を担うことに対しては、「まだ早い!」として反対しておられたといいます。それは一つには、「摂理観」が確立されていないと見られたからでした。他のご兄弟は「なぜ兄だけが公的立場を掌握するのか、兄弟で等しく配分すべきじゃないか」と考えておられたようですが、顯進様は違いました。「統一運動は文家の資産じゃない。公的観点と意識が必要だ」と。それが顯進様の観点でした。顯進様はご兄弟に「摂理」を理解させようとし、ご兄弟はそれを「兄の強要」と感じていた―。それが実際に近い状況だったに違いありません。 また、顯進様が何よりも危惧されていたことは、弟のお二人が、誤った指導者文化の犠牲になり、そうした「政治」に利用されることだったといいます。顯進様がその間、「改革」しようと闘ってきたのは、そうした指導者の文化であり、そこに反発を覚えていた者たちが、兄弟たちにどう働きかけるかを察しておられたからです。そして、この後、正に顯進様が危惧されていた通りの状況が展開していくことになるのです…。 顯進様のご兄弟への対し方が厳しかったからだ―。そんな話も聞きました。しかし、ご兄弟を愛していたのは、私たちにも感じられましたし、2004年頃までしても、仲睦まじいご兄弟の姿が見られました。組織問題や指導者間の政治が入り込まなかったなら、決して、その後のような展開にはならなかったでしょう。決して「三本の矢」が分かれることはなかったに違いありません! かつて孝進様に課題が生じ、マスコミ問題に発展した時、それこそ教会から孝進様を締め出そうとする動きに真っ向から反対し、これを守ろうとしたのが顯進様だったといいます。「真の家庭に起こった問題は私の問題である。必ず解決するから批判するな!」、顯進様はよくそう言っておられました。顯進様は真の家庭のご兄弟に対して、人一倍、厳しかったのだと思います。しかし、それは公的意識ゆえであり、兄弟たちへの愛情と責任心情からの言動であったと思うのです。 顯進様はよくエルヴィスプレスリーの歌を好んで歌われました。以前、ある先輩からその理由を聞いたことがあります。それは顯進様にとって、それらの歌が、思春期、外の迫害の真っ只中にあっても、兄弟たちの間にはまだ何のわだかまりもなく、皆で楽しく歌っていた頃の、思い出の歌だからだといいます。
2017-11-09 13:03:11
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