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顕進様の真実〜希望の未来へ
真実を求めて
(祝福家庭の皆様へ送るメッセージ)
櫻井正上氏ブログのまとめ

8.出る杭は打たれる? 問題勃発の背景 (2006~2008年)

かつて、タバコの銘柄「マルボロ」がこんなチャレンジングなキャッチコピーを掲げました。「一寸先は」、「二兎を追う者だけが二兎を得る」、極めつけは「出る杭は打たれ強い」。これとタバコと、一体、何の関わりがあるのかは分かりませんが、この言葉、なんだか「勇気」が与えられるような気がします。^^; 出る杭は打たれる―。「和を乱す」ことを極度に嫌がる、日本のような横並び社会にあっては、とにかく「周りと同じく!」といった意識が働くのでしょう。或いは、そこには、「どうして彼だけ?」「私だってやれるのに…」といった羨望や嫉妬、または自らの立場が脅かされることからくる不安や焦りもあるのかもしれません。しかし、人の目ばかりを気にし、「打たれること」を恐れていては、何もできなくなってしまうでしょう。 正論を言おうとすれば、社会の潮流に抗うことだってあるでしょうし、正しいことをしようとすれば、「出る杭」になってしまうこともあるに違いありません。社会人の食口であれば、それこそ、酒・タバコをやらないことからして、「勇気」の要ることではないでしょうか。いっそのこと、「周りに流された」ほうがよっぽど気楽に生きられるに違いありません。私たちの信仰観や正義感、貞操感などが、実直に生きようとする私たちを「出る杭」にしてしまうことが、往々にしてあるからです。 さて、既に記したように、顯進様は決して現状の教会文化を「本然のもの」とは考えておられませんでした。自らを現状に「合わせよう」としたのではなく、むしろその体制と文化とを「改革しよう」とされたのです。そのため、顯進様の立場は、現状に安住しようとする一部の指導層にとっては「脅威」にも感じられたことでしょう。言わば、「出る杭」だったに違いありません。顯進様がただ、周囲に調子を合わせ、「流されること」を選んでいたなら、その後、叩かれることもなかったでしょう。 また、この時期、お父様から「模範家庭」として称えられ、教会内の中心的役割を担っていたのは、顯進様の義父に当たる郭先生であり、その家族(親族)が顯進様を支える基台となっていました。無論、「模範家庭だから欠陥がなかった」などとは思いませんが、少なくとも、郭家の先輩方の信仰姿勢から見る時、私は郭先生や郭家の先輩方が「権限」を欲してその場にいたとは思いませんし、それが「安易な立場」だったとも思いません。が、責任者の位置や立場を「権限」とみる人々から見る時、郭家の存在は「羨望の対象」であり、「出る杭」として映ったに違いありません。 國進様が当時、人一倍、郭先生とその親族に対する警戒心を強く持たれたことも、こうした周囲の状況と無関係ではないでしょう。2005年1月、國進様は韓国財団(統一教維持財団)に勤務し始めた直後から、韓国内のUC企業、並びに機関の監査を始められますが、関係者の話によれば、そのねらいは何よりも、郭先生個人に対する徹底した身辺調査であり、地盤崩しだったといいます。それは公正さ・透明性を図るための調査というより、あたかも、韓国の政権交代時に起こる「前任者叩き」のようでもあり、指導間の「覇権争い」にご兄弟が巻き込まれて行くようでもありました。
【補足】2006年2月、國進様はヨイド開発プロジェクト(後日説明)の権利を巡り、郭先生の下の担当者を訪ねて衝突。同年4月、お父様を交えた会議を通して、改めて顯進様(及び元の担当者)が当プロジェクトの責任を担うものとされた。尚、同月、世界財団(UCI財団)理事長に顯進様が就任。本来は韓国財団の理事長まで兼ねるとされたが、翌5月には國進様が韓国財団理事長に就任。そこには「國進様に立場を与えたい」とするお母様の願いがあったと言われているが、その人事は、お父様が後に「知らなかった」と語られている。
顯進様が欲したのは、教会内の権力や立場などではありませんでした。顯進様の関心はただ、神の摂理の推進にあったのです。顯進様は当時(2006年8月)、次のような書簡をお父様に宛てておられます。
「重要なのは私でも國進でも亨進でもありません。天のみ旨が成就されるか否かです。真の父母様の真の家庭が正しく立つかどうかです。お父様、私はお母様と争いたくありません。兄弟とも争いたくありません。しかしこのまま放置しておいたら、長期的に見た時、神様のみ旨とお父様が生涯を投入しながら築いた基盤が摂理の最終目標に向かって行くことができずに全て崩れてしまうでしょう。」
尚、これらは単に「兄弟間の不和」がもたらした出来事ではなかったように思います。私は2007年に2度、まだ世界会長になられる前の亨進様の日本巡回に、通訳として同行したことがありました。亨進様には、顯進様とはまた違った魅力を覚えましたが、一点、強い違和感を覚えたのは、私が顯進様に対する感謝を語った時の亨進様の反応でした。亨進様が顯進様の果たして来られた内容に対してあまりにもネガティブであり、一方的な情報をもって判断しておられたからです。 日本の二世教育の流れを作り出したのは、紛れもなく、顯進様の投入ゆえでした。今いる二世指導者の多くも、当時、顯進様の教育と指導を受けた者たちです。しかし、そうした事実は、亨進様にも、國進様にも、あまりに歪んだ形で伝わっていました。 当時、顯進様は「お父様に喜んで頂けるまでには困難な過程が多かった」とされながら、よく「私が取り組んできたもののうち、お父様に『反対』されずに始まったものは一つとしてなかった…」と語られたことがありましたが、私は亨進様に触れた時、思わされたのです。「ああ、お父様にもこうした偏った情報が伝わっていたのか!」と。 初期、顯進様とカインの指導者たちとの間で起こった葛藤は、2005年以降、そのままアベルの子女様間の葛藤に転じて行ったように思います。2005年からの4年間は、2001年から基元節に向かう12年間のうちの、ちょうど「長成期」に当たります。2008年はそれこそ「長成期完成級」だったと言えるでしょう。この年の3月、顯進様がお父様に送られた書簡には、当時の真の家庭を巡る葛藤と、その中で信念を貫こうとされた顯進様の思いが現れているように思います。
「偽りの考えが事実のように形作られ、私が真の家庭に関心を持たないで、強欲にも全てを支配しようとし、周囲の人たちの謀略に振り回されているとされました。根拠のないでっち上げに私の兄弟たちが同調し、ご父母様さえも心が揺れ、ある時にはそれを認められるような印象を受けた時、私は当惑せざるを得ませんでした。(中略)どのような困難と誹謗が私の前を塞いだとしても、お父様とみ旨のための私の覚悟と行動は続くでしょう。」
これは顯進様がお父様から「全ての公職停止」を言い渡される、ちょうど一年前のことです。
2017-11-25 18:17:05
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