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顕進様の真実〜希望の未来へ
真実を求めて
(祝福家庭の皆様へ送るメッセージ)
櫻井正上氏ブログのまとめ

9.父の思い、兄の思い ヘリコプター事故の背景 (2008年)

前編

「長男」という響きは、幼い頃から、私の中に「僕が家庭を背負っていくんだー!」といった小さな誇りと自負を与えてくれました。その割には、私は極めておっちょこちょいで、「抜けてる」ところも多かったのですが、「責任感」だけは人一倍、強かったように思います。よく「長男は保守的(伝統を重んじる)、次男は革新的(新しい発想をする)」などと言われますが、それも長男の「家庭に対する責任感」故なのでしょう。親(特に父親)の期待に応えようとする思いも、ひときわ強いのかもしれません。 親の側からしても、息子と娘、上の子と下の子では、願うことも異なるように思います。我が家は長女、長男、次女の3人ですが、父親からすると、娘はただただ愛らしく(=親バカです)、ひとえに「幸せになって欲しい!」と思うばかりです。ただ、息子に対しては、「何かを成し遂げてくれるだろう!」という期待が強く(=親バカです)、その分、厳しくもなるのでしょう。また、上の子には、親の願いや事情を分かって欲しいと思う一方、下の子には、もっと自由にさせてあげたい、と思うのです。 私は三兄弟のうち、一番、父に似ていると言われてきました。父は直接、私に多くを語りませんでしたが、私は父から「長男にかける思い」のようなものを感じてきました。無論、誰よりも父と付き合いが長く、父を最もよく知る人間は母だと思いますが、「男としての志」のような部分に関しては、私は母以上に、父と通じ合う世界をもっていたように思います。 真の家庭において、顯進様はそのスケールや発想において、最もお父様によく似た方だったと私は思います。特に孝進様が難しくなって以降、お父様の顯進様にかける期待や思いは並々ならぬものがあり、それゆえに指導も厳しかったのでしょう。同時に、顯進様からも常に「自分が家庭を背負っている!」といった責任心情を強く感じました。恐らく、御旨を背負って立つお父様の事情や切実さを、誰よりも感じておられた子女様が顯進様だったのではないでしょうか? 2000年、お父様は「母子協助時代」(92~99年)から「父子協助時代」に入ることを宣言され、「子女の責任」を強調して行かれるようになりました。天一国創建を果たすのは「父母」ではなく、「子女」の責任だと語られたのです。同時に、この時期、重視されたことが、「アベルの子女とカインの子女の一体化」ということでした。 2005年、お父様がその間、カインの指導者を相手に「孤軍奮闘」してきた顯進様と共に、國進様、亨進様を立てられ、三人が一つになるように言われたのは、「アベル圏の基台」を作るためだったように思います。実際、人には個性があるため、顯進様にはつながりにくいリーダーが、國進様や亨進様には心を開いたというケースも少なくなかったことでしょう。 しかし、一方で、既に述べたように、顯進様は弟の子女様方がカインの指導者の文化と勢力争いに「巻き込まれる」ことを強く危惧しておられました。実際に、その危惧はその後、現実のものとなっていくのです。 顯進様に付いて行けなかったり、反発を覚えた人々が弟の子女様方に近づくことは、ある意味、当然かも知れません。しかし、言わば、カイン・アベルの間で心情一体を果たせなかったその間の課題が、アベルの子女様方に覆い被さるのです。 結果、2008年、真の家庭内に「嵐」が吹き荒れました。3月には孝進様が昇華。お父様はお母様と共に大きな悲しみを背負われながら、翌4月、ハワイ・コナにて一つの特別な儀式を執り行われます。お母様の両側に顯進様・國進様を立たせ、「お母様を中心にカイン・アベルが一つになれ」と言われるのです。 「アダム家庭の復帰」といった説明でしたが、それは言わば、真の家庭を守る「防波堤」としての「祝福家庭の基台」が崩れたことにより、真の家庭が深刻な危機に晒されるようになったことを意味していたように思います。また、「お母様を中心に」というのは、言い方を変えれば、「子女様(カイン・アベル)を一つにする責任をお母様に託された」ということでしょう。

後編

同時に、同月(4月)、お父様は亨進様を家庭連合の世界会長として立てられます。顯進様がUPF議長として、世界摂理を担われる構図に変化はなかったにせよ、教会内部の全責任を亨進様に一任し、その中心に据えられた訳ですから、これは大きな決断であったに違いありません。私は振り返ってみて思います。お父様はこの時、亨進様が「潤滑油」のようになって兄たちを結び、真の家庭とカインの指導者たちを一つにまとめ上げる、その可能性に「賭けて」おられたのではないか、と。亨進様の就任式におけるお父様の表情は深刻でした。また、お父様は亨進様の就任に先立ち、何度も責任者たちに念を押されました。「亨進をどう思うか」と。カインの指導者たちが亨進様を尊重していたこと―、そこを重く見られたのです。(顯進様は正にそこに、指導者たちの「政治」を見ていましたが…。) ところが、亨進様就任以降の展開は、お父様の期待とは違っていました。顯進様が力を入れてきたW-CARP、MTF(宣教プログラム)は一方的に閉鎖。STF、Jr.STFプログラムも内容の中断と名称変更が求められ、私たちは当時、二世圏の教育ラインを如何に保持するかで苦心したことを覚えています。顯進様の取り組みや教育が全否定されたことで、教育者の中には、少なからぬ混乱も生じました。そもそも家庭連合会長の離就任式も、W-CARP会長の離就任式も、顯進様不在(世界巡回中)の中で執り行われたことに、私は一種の不自然さを感じてなりませんでした。 こうした中、起こってきた出来事が、かの「ヘリコプター事故」(7月)でした。真の父母様の専用機が墜落。全員が奇跡的に生還するも、お父様は大きな負傷を負われ、入院されました。お父様はそこで顯進様、國進様、亨進様の三名を呼ばれてこう語られたといいます。「兄を中心として一つになれ」。 それは当時、顯進様が御自分のもとのリーダーに伝えたことですが、顯進様はその時、こうも付け加えられたといいます。「このことは周りに伝える必要はない。お父様に言われたとしても、弟たちが自ら兄を立てようと思えなければ意味がないのだから」。 顯進様は本当に自分たちがお父様の願いのもと、「一つにしなければならない」という切実な思いをもっておられたのだと思います。かつて2001年、指導者たちとの間に葛藤が生じた際、顯進様は三女の信禮様(当時1歳)を亡くしておられます。孝進様の昇華も、父母様の事故も、その時と重なって感じられたに違いありません。顯進様は以前、信禮様を原殿に埋葬された際、こう語られました。
「父として、真の家庭の一員として、この信禮の昇華を、皆さんが新しい出発と決意をする機会としてくださることを願います。神様、真の父母様、真の家庭に、祝福家庭は接ぎ木されたのです。そのため、一つの家庭なのです。それは血統を通して誓い合った立場です。今、本当に、神様と真の父母様と真の家庭と一つになりましょう。(2001年5月)
ヘリコプター事故の後(8月)、お父様は顯進様に真の家庭を代表し、祝福家庭の前でメッセージを語るように言われます。顯進様が「何を語ればよいか」を尋ねた際、お父様はこう答えられたといいます。「お前は皆、分かっているじゃないか」。当時、顯進様が涙で言葉を詰まらせながら語られたことが、次の内容でした。
「父母様の枕もとへと急ぎ、お父様の部屋に入ると、お父様は私の名を呼ばれ、私の手を握り、目には涙を浮かべられ……私は何も言うことができませんでした。私の心の中では、世界はようやく変わり始め、祖国創建という大いなる希望は手の届くところまで来ているということを、指導者として報告し、今までのお父様の全ての歩みを明かしたいと思いました。しかし、その瞬間、息子として、父の顔を見つめる時、私にとって重要だったのは……お父様が再び健康になることだけでした。そしてお父様が自らの目で、何年も前に、若かりし頃、神様と結んだ約束が、人類に対する約束が成し遂げられ、その夢が成し遂げられる日をご覧になることでした。(中略)お父様はこの日は新しい出発の日だと言われました。私たち統一運動と家庭が一つの目的、一つのビジョンをもって一つになる日である、と。」
この時の父の思い、兄の思いは叶わないまま、翌年の「事件」へと至るのです。お父様はこの年の暮れ(08年12月)、クリスマスの集会で、三人の子女様を前に、こう語っておられます。
「一つにならなければいけません。中心なく、神様なく、真のお父様と真のお母様が一つになる道がなく、お兄さんなく、中心なく、弟たちが一つになることはできないのです。」
前編:2017-11-27 18:15:23
後編:2017-11-27 18:23:42
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