お父様の聖和後、お母様は統一運動の経営資源を清平に集約させました。
華やかな建造物が次々と披露され、バチカン市国のような宗教都市が生まれようとしています。
その地はかつてお父様が定めた聖地であり、清平役事が一人の霊能者によって開拓された歴史は忘れ去られようとしています。

2015年3月、清平公認の霊能者であった金孝南女史が更迭されました。
食口の記憶から薄れつつある金孝南女史は、清平役事をゼロから開拓した功労者です。
洪順愛大母(テモ)様と並んで、金孝南「訓母(フンモ)」という称号が授けられていました。

元々清平はアボジが定めた聖地の一つで、木造の聖殿はアボジ自ら建造に携わったのです。

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草創期の清平は聖殿に加えてプレハブや簡易テントで増築しただけの、質素な場所でした。

大母様は晩年深刻な祈祷を捧げながら、祝福家庭の身体に無数の悪霊が取り憑く様子を霊視されます。
悪霊の怨みは強く、堕落性を誘発して家庭不和に陥らせたり、病気を引き起こしたりしたのです。
大母様は聖和された後、1800双の金孝南執事(当時)を選んで再臨しました。
天総官の興進様と共に天使を動員し、悪霊分立の役事を行うためです。
深刻な霊的問題を抱える3人の食口を呼び寄せて、按手(あんしゅ)で悪霊を分立したのがそのはじまりでした。

清平摂理は順調に発展し、天城旺臨宮殿を皮切りに巨大建造物が次々と建設されます。
総合病院に老人ホーム、学校法人、国際会議場と手広く拡大し、雪岳面の片田舎が様変わりするのです。
先祖解怨や祈願書、天運石、絶対善霊の家など、「かたちを変えた天地正教」が日本食口に大好評だったからです。
当時はそれでも、「清平はしょせんご利益信仰だ、より公的な摂理献金を推奨するべき」と見下す風潮もありました。

 

オモニはたった一人の肉親である大母様が聖和されたとき、本当に気の毒な程憔悴されていました。
その大母様が再臨した訓母のことをどれだけ信頼したか、想像に難くありません。
訓母は清心財団の資金力に加えて、オモニという最強の政治的後ろ盾を得たのです。
やがて訓母の長男は大母様の養子(韓賢秀氏=お母様の弟)となり、この世の春を満喫するのでした。

束草事件によってUCI財団のコントロールが不可能になると、清心財団の政治力は更に増しました。

國進様は清心財団を掌握しようと監査を要求したものの、オモニのご威光を傘に拒絶されてしまいます。
最終的に訓母は夫と息子の女性問題、公金横領で足下をすくわれ、宮廷政争に破れる結末を迎えました。

 

霊的役事が途中で逸脱したのは、これがはじめてではありません。
興進様が黒人食口に再臨協助された役事(ブラック興進)も、悲惨な顛末を迎えました。
しかし驚くことに清平役事は、訓母の更迭に全く影響を受けなかったのです。

 

現在も清平でスタッフを続ける横井講師などは、訓母が更迭される際に何が起きたかを目撃したはずです。
公認霊能者だった訓母は神のように崇められ、清心財団の中で絶大な権力を掌握していました。
その主人が粛清されたというのに、誰一人口を開かずその場でスタッフとして残ったのです。
おそらくその場で見たことは、全員が墓場まで持って行く覚悟なのでしょう。

 

かくして2015年以降の清平は、霊能者不在のまま運営されています。
「霊界のお父様と地上のお母様が一つになった恩恵」
「霊界のお父様と孝進様が役事を協助してくださる」
と喧伝されるのを聞きながら、当たり前の疑問が湧いてきます。
霊能者がいないのに、誰がそれを確認したのでしょうか?

 

家庭連合本部は、その後二代目訓母を立てることはしませんでした。
霊能者が強大な権限を握り、執行部ですらコントロールできなくなった失敗に懲りたからです。
そして何より、日本食口は想定したよりも遥かに殊勝で、どんなお粗末な説明でも受け入れて献金してくれることが分かったからです。

日本食口は、「お母様と一つになれる場所」「お母様のために精誠を捧げる喜び」という信仰で、そこに行く意義を見出しています。
清平に行けば懐かしい兄弟姉妹と再会することもあり、そういう楽しみもあるようです。
しかし清平がそもそも聖地であったこと、悪霊分立の役事がはじまった経緯を思い返すと、いまの清平が「商売の家(ヨハネ2章16)」に堕したことは明白でしょう。

霊界が分からない人間が運営する清平は、オモニの庇護によって更なる発展を遂げています。
コロナ禍が終息するとき、その地はバチカン市国のような宗教都市として輝いているのでしょうか。
それは絶対善霊の恩恵や天運ではなく、お金の力で実現したことに気付く人は幸いです。

カテゴリー: 意見真実

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