教理研究院は、韓鶴子女史がお父様が無原罪誕生と言っておられると主張するために、「天地人真の父母様聖婚57周年記念式」のスピーチを何度も引用しています。
「1960年4月11日は、原罪なく生まれた独り子と独り娘が万難を克服し、天のみ旨に従って『小羊の婚宴』を挙げた日です。天にとっては栄光の日であり、人類にとっては喜びと希望の日となったのです」(2017年4月12日、『韓鶴子総裁御言選集1』p.55、編集:鮮鶴歴史編纂苑、発行所:成和出版社、2017年11月15日発刊)
ここでは「原罪なく生まれた独り子と独り娘」と出てきますので、韓鶴子女史があたかも「お父様も無原罪で誕生された」と話しているように見えます。
ただ問題は、この時のスピーチの編集無しの一次資料は明らかにされておらず、複数の異なる翻訳が出ているということです。以下は『世界家庭』に掲載された、同じスピーチの同じ部分です。
「しかしきょう、この日、万難を克服して独り娘は・・・。イエス・キリストは二千年前、原罪なく生まれました。独り娘も、原罪なく生まれたのです。これが真実です。原罪なく生まれた独り子、独り娘が、天の願いに従って子羊の婚宴を挙げた日です。天にとっては栄光、人類にとっては喜びと希望の日となったのです」(『世界家庭』2017年5月号)
ここでは「1960年4月11日」という日付は出てきませんし、太字のイエス様に関する言及は最初に紹介した翻訳では出て来ていませんでした。
一次記録が公開されていませんし、教理研究院も一次記録を確認できませんので、韓鶴子女史が本当は何を語られたのか、誰も分からないのです。
では、その場でそのスピーチを聞いていた責任者達はどのように感じたのでしょうか?
以下はこのスピーチがあった12日後、韓国の教区長を集めた戦略会議の録音からです。この日、金振春博士が教区長に講義を行い、教区長たちは内容に懸念を感じ、意見を述べています。ちょうど、「聖婚57周年記念式」でのスピーチの件が話題に上ります。全文は音声(リンク先3:08あたり~)から確認できますので、ここでは要点のみ取り上げます。
ーーー引用開始ーーー
教区長G)
過去に何と仰ったとしても、お母様に進言をされて、「私は独生女として来た。お父様も原罪のない独生子として来られた。私たちが聖婚式をすることで真の父母となった、分かったか」これで終わるんです。このように進言をして、完全に、公開席上で、大きな大会で、「私は独生女として来た。お父様も独生子として来られて私たちが聖婚式をすることで真の父母になった、分かったか」こう一言仰ってくだされば、過去の事は全部なかったことになるんです。
教区長C)それでとても敏感な、このお父様に原罪があったという事実はとてつもない衝撃であるし、そういう話は前には出てきましたが、これはちょっと何と返答すればいいのか、私たちの統一家に大きな混乱が来る敏感な問題だと思うのです。お母様がそういうみ言を語られたのは事実じゃないですか。その部分もとても敏感な問題ですし、しかしそういうみ言を語ったならば私たちは食口達が質問をした時に説明できる何か根拠がなければいけないと思うんです。ただ単に知らないふりをしても、先ほど教授もおっしゃいましたが、お母様のみ言は外に出て行かざるを得ないので。そうだとすればそれを根拠を持ってお父様がおっしゃったみ言だとか、いかなる根拠を持っておっしゃったみ言だとするならば、教区長達も後日食口達が質問した際には返答できるそういう内容がなければいけないのではないか、そう心配になります。
≪中略≫
教区長F)私たちが誤解され得る部分の一つが、その話が出るとするとどうなるかと言えば、「お母様には、お父様ではなく他の方であったとしても可能だったのか、真の父母が可能だったのか」という質問まで出てくるという部分です。
≪中略≫
教区長H)
聖婚記念日の日にお母様がそう仰ったんですが。
教区長G)
だから、そうやってお話ししなければならないというんです。
教区長D)
原罪がないものとして結論付けなくては。そうでしょう。原罪なく生まれたと。
教区長H)
お母様が聖婚記念日に独生子、独生女が出会って小羊の婚宴をした。聖婚をされることで完成した、そう宣布されたんですよ。
教区長K)
お母様はお父様が独生子だという事は仰らないんです。イエス様が独生子だとはお話しされました。正確に理解しなければいけません。ですからお母様を変えることができないんです。お母様がどういった考えを持っていらっしゃるのかを伝えようとするならば正確に伝えなければなりません。先ほどもおっしゃったように、私がその日聞いたのは、お父様が独生子だというみ言は、お母様はされませんでした。イエス様が独生子だとはおっしゃいました。そしてお母様が独生女だとおっしゃいました。
2017.04.24 全国教区長戦略会議
ーーー引用終了ーーー
この教区長たちは、「聖婚57周年記念式」にも参加していたようですし、その他、韓鶴子女史が様々な場所で語られた内容を直接聞いている人物たちです。
彼らの会話から分かることを以下に箇条書きします。
- 韓鶴子女史が「お父様に原罪があった」と語ったことを教区長は事実だと言っている。
- 「聖婚57周年記念式」では、イエス様と韓鶴子女史が無原罪だとは語ったが、お父様が無原罪の独生子だとは語っていないと言っている。
- 金振春教授の講義内容は真の母は韓鶴子女史しかあり得ないが、真の父はお父様でなくとも、他の男性でもあり得たと捉えられ得る内容であると言っている。
以上のようなことが分かるでしょう。
「聖婚57周年記念式」の一次記録を確認できない教理研究院に質問します。
- その場に参加していた教区長Kが、「私がその日聞いたのは、お父様が独生子だというみ言は、お母様はされませんでした。イエス様が独生子だとはおっしゃいました。そしてお母様が独生女だとおっしゃいました。」と話しています。有志の会もこのように述べてきました。その日のスピーチの内容をもって韓鶴子女史が「原罪なく生まれた独り子と独り娘」と語ったという教理研究院の説明は、教区長Kが語っているように、正確性に欠けるのではないですか?
- 教区長Cは、韓鶴子女史が「お父様に原罪があった」と語ったことを事実だと認めていますし、他の教区長も反論していません。一次記録を確認できない教理研究院には確認しようもないでしょうが、法廷証言のように、韓鶴子女史は実際にお父様有原罪について語られているのではないですか?
- 教区長Fが懸念を示しているように、「お母様には、お父様ではなく他の方であったとしても可能だったのか、真の父母が可能だったのか」というのは、正に金振春博士の講義スライドに出てくる下図の意味を端的に表しているのではないですか?
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