今回から家庭連合ブログ村でブログを書いておられたパシセラ氏からの寄稿をシリーズで掲載していきます。


1.初めに

悔い改めの時

このシリーズは、神様を信じ、文鮮明師の教えを信じた方たちへのメッセージです。今、日本で一教会と呼ばれる教団の名を知らない人はほぼいないでしょうし、その伝えられる姿を簡単に言うなら、最悪の宗教団体です。

もちろん、文鮮明師の教えを信じた方達は、素晴らしい本質もご存じでしょう。でも、自身教会内部の過ちを沢山見ました。それを正そうとしても、壁が厚すぎるのも見て来ました。大きな挫折も味わいました。ですから、メディアやS N Sを通じて伝えられる、旧統一教会の過ちはよくわかります。旧統一教会人々を欺き、違法行為をしたことをはじめ、様々な問題を起こしたのは、内部にいた人達なら知っていることです。それに対して社会が怒るのは当然なことで、信仰の自由で弁護できるものではありません。

“旧統一教会”は社会の前に悔い改める姿勢が無くむしろ脅しをかけているかのようですが、では、神様の前に悔い改める内容は無いのでしょうか?社会から糾弾されていることで、過去を振り返るチャンスとなっているはずです。では、神様の前に反省し、悔い改める事は無いでしょうか?社会に対して教団を正当化しようとしているように、神様の前でも「何も悪いことはしていない」と自分達を正当化しようとしていないでしょうか?そして、教会員には、教会内部のリーダーの言うこと以外、「見るな、聞くな」と言っていないでしょうか?

旧統一教会の過ちは、違法行為をしたことだけではありません。神様を信じるという看板を掲げる宗教団体でありながら、神様に反した団体となっているのが現実です。今、それがさまざまな形で目に見えるようになっています。それを伝えながら神様の御旨を伝え、統一運動とは何か、私たちは何を信じ、何をしている人なのか、ということを、もう一度見直そうとするのが、この文章を書き始める意図です。

統一運動と“旧統一教会”は違う

統一運動といわゆる“旧統一教会”は違います。文鮮明師がしていたのは、一つの教会をつくることではなく、統一運動と呼ばれる、包括的な運動であり、その統一運動を本格的に展開したのは、統一教会という看板を降ろすことを宣言した1990年代半ばからでした。“旧統一教会”が霊感商法などで大きな社会問題となったのは、主に1980年代からで、本来なら、1990年代半ばに、縦的に組織化された宗教団体から、宗教と人種と国の壁を越えて、神様を中心とした家庭をつくる運動へと転換されなければなりませんでした。

でも、現実には、“旧統一教会”は、従順に従うように訓練された教会員を組織化するという、まるで中世のキリスト教か何かを真似たかのような宗教団体的な色が一層強くなりました。免罪符のようなものまで販売されるようになり、巨大な宮殿建設のためにお金が集められました。世界平和統一家庭連合という名前への変更も、ほとんどの教会員にとっては、ただの名称変更に過ぎなく感じられたことが多いはずです。内部では霊感商法などによる資金集めが続けられ、今、世の中に知られるようになった長い年月の過ちも、その当時から続いていました。それが今、噴き出していると見ることができます。

なぜ、文鮮明師が宣言しても、内部は変わらなかったのでしょう?それは、ブレーキも無く一度坂道を降り始めた車は止まらないようなもので、世界の教会組織が日本で集められた資金を当てにするようになり、リーダーたちの権力と位置が出来上がると、その体制を維持しようとする強い力が働くようになるからだと見てきました

文顯進会長と“旧統一教会”の対比

同じことは、文顯進会長が文鮮明師の後継者であると皆の前で明らかになった、1998年から繰り返されました。文顯進会長は統一教会から世界平和家庭連合へ転換しようとしましたしかし、教会のリーダーたちは、文顯進会長の家族を巻き込んで、文顯進会長に反逆し教会の体制を維持しようとしました

30以上の訴訟を世界で起こして文顯進会長を社会から抹殺しようとし、教会内部では、あらゆる嘘を用いて、文顯進会長に対する教会員の信用を失墜させました。文顯進会長に忠義心を持つ人をあぶり出して追い出すために、教会のリーダーたちは、文顯進会長をカメラの前で貶すように指示されました。教会員に人間バリケードを作られて葬儀場への道を阻止された文顯進会長は、父である文鮮明師の葬儀にも行くことができませんでした。文顯進会長に対しての不信感と反感を抱かせるキャンペーンを信じた方達は、教会のリーダーたちにだまされて利用されたのです。

そこまでしても、統一教会は、文顯進会長を葬り去ることはできませんでした。2022年8月25日、最後に残った訴訟である米国での裁判の控訴審の判決が出ました。 2018年、下級裁判所は、“旧統一教会”の主張を受け入れ、文顯進会長をはじめとする被告を罰する判決出していました。その下級裁判所の判決には、700億円を超える賠償を文顯進会長をはじめとする被告4人に命令する判決が含まれていました。それは、その被告達の人生を葬り去るに等しいことです。しかし、昨日、控訴裁判下級裁判所の判決は憲法で保障された信仰の自由を侵害するものであるとして文顯進会長と被告たちの控訴の主張をほぼ全面的に認め判決をました。この判決は、下級裁判所の判決とは違って、決定的な意味を持ちます。

同じ8月の12日には、韓国ヨイドの最高層ビルであるParc1の開館を記念する式典が催され、韓国の閉塞を打開する方策と韓半島統一のビジョンを語る文顯進会長の姿は、テレビのインタビューなどで放送されましたParc1は、ご存じのように、“旧統一教会”が訴訟とデモにより、建設を妨害したビルです。さらに8月15日には、韓半島統一のための大会で、堂々たるスピーチで2万人の聴衆を感動させ、2023年は10万人、2024年は100万人、2025年は1000万人の大会をするための出発をしました

この期間での文顯進会長の活動に関する報道は160を越えました。

一方、7月11日の記者会見の後、旧統一教会は、連日非難を浴びることになりました。8月25日までの間で、統一教会に寄せられた脅迫のメールや手紙は一万以上、という報道がありましたが、声として届いていない非難は、数え切れないでしょう韓国や海外からの援助を願って行った8月18日のソウルでのデモは、韓国内ではメディアから完全に無視されました。また、旧統一教会VIPを招いて行った韓国での行事は、韓国メディアに無視されました。そして、8月13日には、旧統一教会内部の教義の混乱を表沙汰にして、さらに、教会内部の実権を握るのが、韓鶴子総裁ではなく、世界本部のユン・ヨンホ氏であることが明らかになる公文が発表されました。

7月から8月にかけて、文顯進会長は上がり、“旧統一教会”は下がるという極端な状況が展開しました。文鮮明師の教えの本質は、文顯進会長の側にあり、“旧統一教会”の側には無いのを説明するにはこの紙面では足りませんが、文鮮明師の教えの本質はどこにあるのかを再吟味するように、運勢が向かっていると見ることができます。

統一運動は3つに分裂した

この夏の、文顯進会長と“旧統一教会”を対比しましたが、統一運動は2009年以降、韓鶴子総裁の旧統一教会”(現世界平和家庭連合)、7男の文亨進氏のサンクチュアリ教会、そして、文顯進会長の包括的な運動の3つに分裂しました。本来の統一運動は、文顯進会長のしている包括的な運動であり、神様が認定したアダム的人物に率いられている運動のことです。

報道はされたものの、世の中の多くの人はまだこの統一運動の分裂をよく知りません。また、統一運動の内部にいた方達のほとんどは、“旧統一教会”そが正当な本体である思い込み、文顯進会長を分派と見下して“旧統一教会”こそが、巨大な分派であるのに気がついていません。

旧統一教会のリーダーたちは、「お母様を批判している」と言うでしょうが、そうではありません。韓鶴子総裁や文享進氏は被害者です。批判されるべきは、韓鶴子総裁や文享進氏を誤った道に引っ張った、旧統一教会のリーダーたちです。「見るな、聞くな」と教会員に言っている、その人たちです。ブレーキが無く坂道を降りる車の例えを使いましたが、そのようにしてしまったのは、旧統一教会の中で、教祖と教会員の間に立つことによって、尊敬を受け、位置を持ち、金銭的メリットを得ることができた、旧統一教会のリーダーたちです。

なぜ統一運動に関して書くのか?

私は7年の間、ほぼ毎日ブログを書きながら、“旧統一教会”が間違った道を行っていることを訴え、文顯進会長が行く道が正しいと訴えた時期があります。それは、私が2001年に文顯進会長の指示の下で日本の“旧統一教会”を監査し、その後で文顯進会長が“旧統一教会”を改革しようとして、大変な苦難を通過したのを見た、自分の体験があったからです。それは、たとえ自分が悪いことをしたではなくても、文鮮明師の教えを信じた人の一人として、責任を取ろうとする思いのゆえです。

日本は、信賞必罰的な考え方が強いですが、韓国のドラマなどを見ていれば、善人が殺されたり追放されたりする不条理で終わることも多いのを見たりします。実際に、そのような不条理を体験して乗り越えるのは簡単ではありません。「神などいない、善も悪もない、全ては嘘だ」と放棄するようになる可能性もあります。

私自身がその2001年からの試練を乗り越え始めるには、2005年の頃までかかりました。神様観点を悟ったことがきっかけとなりました。2009年からの分裂を見ながら、きっと多くの信徒が、信仰の試練を受けるようになると感じました。また、分裂が始まってから、私自身も自分の人生を再吟味するようになりました。犯罪の被害者が、自分が悪かったかのように思い込むことがあるのですが、私も自分が悪かったのではないか、と何度も思ったこともあります。

2010年1月、私はオバマ政権で働いたこともあるアメリカの友人と共にケニアのナイロビにいました。国の閣僚と電話でいつでも話ができるような、ケニアの要人と会いながら、大統領選挙から生じる乱を防ぐために、文顯進会長を招きたいという訴えを聞きました。その夜、2007年の選挙の後に起きた暴動のビデオを見ながら、「一体、自分は何のために生きているのか」と自分に問いかけたことがあります。

その頃、文顯進会長はまだ、統一運動の分裂がどこから生じたかを明らかにせず、私も何年もの間、文顯進会長と会わないで歩んだ時期の後だったので、“旧統一教会”の状況は完全にはつかめていませんでした。当時、“旧統一教会”は、文顯進会長に従う者をサタンの群れのように扱っており、ケニアで文顯進会長と共に歩もうとすることは、サタンと呼ばれ破門されること意味していました。しかし、それでもその国の人たちのためになることをすると心を固めました

その頃は、統一運動で何が起きたのか理解する資料も限られていましたが、今は、郭錠煥先生の本である「事必帰正」や、ハワード・セルフ氏の文書シリーズ、櫻井会長の講義などを通して、様々なことが明かされている時期となりました。「見るな、聞くな」という“旧統一教会”リーダーたちの声を乗り越えれば、道を知ることができます。私がこの文書を通してしようとしているのは、そのための橋の一つ掛けようとすることです。人にはそれぞれ、自分に合った橋のようなものがあるからです。

このような文章を書くことは、今の日本の社会でも、“旧統一教会”でも歓迎されないでしょう。でも、私は、全世界の人を家族とみなすビジョンを信じる人です。家族であるとみなすのであれば、何か不足があっても、それでも働きかけ続けることになります。米国に住んで40年近いので、多少、日本語が上手くいかないこともあります。また、走りながら考えるようなことをしているので、整理が上手くできない内容となるかもしれません。それでも書き始めようと思います。この「初めに」の文章で、「この人はこうだ、ああだ」と決めつけたくなるかもしれませんが、忍耐を頂きたいと思います。


1件のコメント

黛 敬子 · 2022年8月30日 11:15 AM

ありがとうございます。 大変大きな希望をいただきました。感謝です。

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