※このシリーズは、教理研究院の動画、「『特別祝福式』の誤り」に関する率直な講評である。ここでは、先日、教理研究院が発表した動画「『特別祝福式』の誤り」を視聴した有志の寄稿文をシリーズで紹介する。

  

教理研究院の動画で必死に否定しようとしているのは、顯進様が「第四次アダム」であり、「長子」であること。そして、顯進様に「祝福の祝祷権がある」ということの3点である。

第一に、教理研究院は下記のお父様の御言を引用しながら、「第4次アダムとは、真の父母様を中心とした祝福家庭を言うのであって、特に顯進様を指しているのではない」という主張を展開している。

「地上では祝福を受けた家庭が、真の父母と縦的な関係における第四次アダムの資格をもちます。…真の父母は第四次アダム圏時代をつくられましたから、祝福家庭としてこの時代に生きる人は皆、第四アダムになります」(1997.9.11)

祝福家庭は皆、創造本然の時代にあって、「第四次アダム」として生きるべき存在であった―というのは分からなくない。実際に祝福家庭が「そうなれているか」は別として、その「資格」をもつ者であったことは誰も否定しないだろう。なぜなら、祝福家庭本来の立場とは、真の父母によって真の家庭に接ぎ木され、子女様と共に真の愛と生命と血統を共に譲り受けた「真の子女」だからである。

しかし、祝福家庭が「真の父母から生まれた子女」となり、「真の子女」となるためには、明白な前提があった。それは「直系の子女様」の存在である。

「我々(あなた方)は真の父母、及びその父母から生まれた真の子女と一体化することによって、再び生まれるための条件を立てていくのです。…彼ら(真の子女たち)と一体化することにより、我々(あなた方)は復帰された子女として、同じ恵みを受けることができるのです」(1972.4.1『御旨と世界』p140)

祝福家庭が本然のアダム、「第4次アダム」として本然の時代に生きようとすれば、その中心に真の家庭があり、「直系の子女」が立つことは自明の理ではないだろうか?第四次アダムの中心軸、即ち、神―真の父母―真の子女に至る「真の家庭の中心軸」(縦的軸)が立たないとすれば、その時点で、真の父母の基台も、真の家庭の基台も失われてしまうだろう。真の家庭とは、神の愛の主権が過去から現在、未来へとつながる三大王権が打ち立てられた家庭を言うからである。

それとも、「ひとたび真の家庭が立ち、祝福家庭が誕生した以上、その後は、真の家庭が崩れようと、中心軸が失われようと、祝福家庭は第4次アダムとして生きていける」とでも言いたいのだろうか?子女様方不在でも、真の父母と祝福家庭だけいれば、第四次アダム圏時代、本然の時代を迎えることができる―。それはもはや、御子息方を放逐し尽くした現体制を正当化するための論理の擦り替えではないだろうか?

お父様は顯進様の家庭連合世界副会長就任式に際して、「天の直系の子女家庭を中心として第四次アダム勝利圏を引き継ぐことのできる、そのバトンを受け継ぐことのできる出発がなされた…」(1998.7.19)と述べられた。顯進様(の家庭)が「第四次アダム」(の家庭)として縦的軸を立てられたため、その子女様と共に歩む祝福家庭もまた、「第4次アダム圏時代」にあって、第四次アダム(圏)として生きる恩恵に与るのである。

教理研究院は尚且つ、上記のお父様の御言の少し後に続く「顯進の息子、娘たちの話です。それは四代ではありませんか?」という部分をとって、「第四次アダム」というなら、むしろ「お父様のお孫様の立場ではないか」と主張する。一体、「第四次アダムは祝福家庭だ」という話と「第四次アダムはお孫様だ」という話とを、どうつなぎ合わせれば整合性がつくのだろうか?原理の本質を見つめないまま、お父様の「言葉」だけを追いかけ回すから理論が破綻してしまうのだろう。

真の家庭の中心軸(縦的軸)が立ち、お父様の家庭(神からみて二代目)のみならず、顯進様の家庭(三代目)まで立ったことをもって、「第四次アダムの勝利圏」と言われているのは明白であろう。お父様は同じ御言の中で次のように語られながら、顯進様の就任式の意義を強調しておられる。

「アダム家庭において、神様が1代であればアダムは2代であり、アダムの息子・娘たちは3代ですが、この3代を見ることができなかったことが堕落であり、3代の歴史をもう一度起こすためのものが救援摂理と復帰摂理の完成であることを考える時、この3代を中心として天の公的な責任を任命することは天宙史的な事件と言えます」(1998.7.19)

また、「第四次アダム圏時代」を宣布された時の御言にはこう記されている。「第四次アダム圏時代には定着時代に入らなければなりません。第四次アダムを中心とした本然的家庭から天が始まるのです。」(1997.9.11)

「第四次アダム圏の中心軸となる子女様(=第四次アダム)が立っておられる、祝福家庭としてそこにつながろう」という話のどこが非原理的なのだろうか? 批判したいなら、本当にこの方が神の御旨の前にどんな生き方をし、どのような家庭を築き、社会の前にどんな実体を示してきたのかをよくよく調べ、学んでからにして頂きたい。

その1「真の父母はアルパでオメガ?」

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