※このシリーズは、教理研究院の動画、「『特別祝福式』の誤り」に関する率直な講評である。ここでは、先日、教理研究院が発表した動画「『特別祝福式』の誤り」を視聴した有志の寄稿文をシリーズで紹介する。

第二に、教理研究院は「顯進様は真の家庭/統一家の長子ではない」と主張する。特に次のようなお父様の御言を引用しながら、長子と言うのであれば、「真の家庭の子女様全員」が長子であり、また、真の家庭にあっては孝進様が「中心的長子」であるとしてはばからない。

「尹博士、統一家において長子は誰ですか。(「孝進様です。」)孝進より、先生の息子・娘です。12支派が長子なのです」(1984年7月19日)

「私は孝進に尋ねるが、これからはお父さんの代わりに、この統一家のいかなる食口にも負けないように中心的長子の責任を果たして行かなければなりません」(1985年8月16日)

「この人(孝進様)が長子の福を受けていくことを誇りに思って、お祈りをたくさんしてあげて……」(2008年3月19日、孝進様聖和式より)

正直、このくだりの論理展開はあまりに稚拙に思えてならない。真の家庭の子女様と祝福家庭の関係は「兄姉・弟妹」の関係であり、「長子」と「次子」の関係にある。即ち、真の家庭の子女は皆、祝福家庭の前に「長子」の立場にある。否定する由もない。しかし、だからと言って、「顯進様が長子である」ということが間違いになるのだろうか?

また、本来(上記の御言の表現を借りるなら)真の家庭における「中心的長子」の立場に立っておられたのは、間違いなく孝進様であった。「(孝進、あなたが)中心的長子の責任を果たしなさい」というお父様の御言を引用するまでもないだろう。

ちなみに1985年8月16日は、お父様が孝進様の内的勝利を喜ばれ、「一勝日」を宣布された日である。お父様がこの時、1945年からの40年荒野路程に終止符を打たれ、子女責任時代の出発を謳われながら、孝進様を名実共に、真の家庭、並びに統一家の中心的立場(中心的長子)に立てられ、皆が孝進様を中心に一つになることを願われたのは、古い食口なら誰でも知っていることだろう。しかし、心痛くも、孝進様はその立場に立ち続けることができなかった。そのこともまた、多くが知る事実である。

神の摂理にあって「中心的長子」の立場とは、人為的に定められる立場ではない。神の摂理の中心に立ち、真の家庭の伝統を守って、三大王権を打ち立てる軸となる立場である。お父様の伝統を受け継ぎ、全人類の前に、真の家庭を代表して立つ立場である。90年代以降、お父様が孝進様を深く愛されながらも、「中心的長子」の立場に立てることができなかった理由は、厳正、且つ曲げることのできない「神の原理と摂理」ゆえであろう。

教理研究院では尚も、孝進様の聖和(昇華)の折、お父様が「長子の福を受けていくことを誇りに思い」と言及されたことに触れながら、「長子」は最後まで(顯進様ではなく)孝進様であると主張している。こんなことは説明するまでもないが、孝進様がお父様・お母様の家庭にお生まれになった長男であることを否定する者など、どこにもいない。真の家庭を背負って立つことに支障が生じようと、どれほど深刻な課題が生じようと、長男が長男でなくなることなどあり得るだろうか。

霊界に行かれる孝進様を、真の家庭の最初の長男として、「長子」として祝福してあげようとなさるお父様の心情と、神の摂理を進めていく上で、お父様の勝利圏とその使命を受け継いで立つ「中心的長子」が誰か、という話とは、全く別の話である。それでも尚、孝進様の家庭こそが、真の家庭の三大王権を受け継いで立つ代表家庭である、と主張するのであれば、それはもはや、お父様が立てられた原理の基準、真の家庭の基準とは「別のものさし」が適用されていると言わざるを得ないだろう。

顯進様は「長子とは、権利や位置でなく責任である」と語られた。この時代にあって、中心的長子、摂理的長子は誰なのか―。それは、神の御旨に責任をもち、真の家庭の伝統を守り、人類(カイン圏)の前に長子としての、兄として責任を果たそうとしている存在が誰なのかを追い求めれば、おのずと明確になるだろう。家庭連合がどんなにナーバスになり、とってつけたような理論を構築しようとも、「実体」を否定することなどできないからである。

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