第四次アダムとは誰か ―お父様か?息子か?

第四次アダムとは、真の父母の勝利圏を受け継ぎ家庭理想を成した「祝福家庭」を指す―。この点は、双方に異存はないだろう。こちらは上記の内容を踏まえ、「それなら当然、第四次アダムとは、一義的に真の子女様を指すものである」と主張した。

祝福家庭とは、「真の子女」と一つとなることを通して双子の弟妹の立場に立ち、真の父母より愛と生命と血統とを譲り受けた立場に立ち得るからである。真の子女と双子の兄弟である祝福家庭が、真の父母の勝利圏を受け継ぐ第四次アダムの立場に立ち得るのだとすれば、真の子女がその中心的立場になるのは自明の理であろう。しかし、教理研究院はこうした原理観には一切触れようとせず、ただ、「み言に根拠がない」という点を繰り返すのみだった。

一方で、顯進様の就任式でお父様が語られた、「天の直系の子女が家庭を中心として第四次アダム勝利圏を引き継ぐことのできる―出発がなされた」という部分については、即座に反論して言う。彼らの最初の主張では、上記の言葉と、その後の「顯進の息子、娘たちの話だ。それは四代ではないか」という御言をつなぎ合わせ、お父様の言われた「第四次アダムの勝利圏を引き継ぐ」という言葉は顯進様ではなく、お孫様を指すのだと主張した。

※前回既に指摘しているように、「第四次アダム勝利圏を引き継ぐ―出発がなされた」という言葉と、「顯進の息子娘たちの話だ」という話は直結していない。実際は、通訳者の質問(聞き取り不可)を受け、お父様は「祝福家庭とは顯進の息子娘のことだ」と回答しながら、「三代を越えた家庭的勝利」を強調されている。(https://align-with-god.org/movie13 6:00~6:50参照)*日本語字幕は正確ではない

では、「お孫様が第四次アダムなのか」と指摘すると、教理研究院はその点は曖昧にしたまま、「神様から見て四代目にあたるお孫様まで立った」(父母様を中心として三代圏が立った)ことが、就任式で語られた「第四次アダム勝利圏」なのだとして言葉を濁した。その「三代圏確立」こそ、正に神様から見て三代目にあたる顯進様の家庭が、真の父母の勝利圏を相続して立ったことの意義であろう。教理研究院の言う「真の父母の三代圏」(父母様―子女様―お孫様)とは、神様から見て三代目にあたる子女様の家庭(顯進様の家庭)が本然の四位基台を築くことで初めて形成されるのであり、それをこちらは「第四(次)アダムの家庭」だと最初から言っているのである。

※こちらが記した図は、教理研究院の言うように、父母様を度外視した図などではない。父母様が神様(中心)の位置、即ち「祖父母」=過去の王であるなら、子女様が「父母」=現在の王であり、お孫様は「子女」=未来の王の位置である。これが正しい四位基台の図であって、教理研究院が示した図こそ、「神」を意図的に外した誤った図であろう。

すると前回、今度は下記のみ言をもとに、お父様こそ「第四次アダム」(一代目)であり、その勝利圏を祝福家庭が受け継ぐのだ、という見解を示している。※ここでも教理研究院の表現は極めて曖昧であり、言い逃れしようとしている意図が見られる。

「再臨主、次の主人として来られる方、最初のイエスは失敗したので、次に来られる方が来て、後のアダムが四次アダムの立場に立って、サタン世界の結実である地獄を、地上地獄と天上地獄をきれいにしておいた後にプレゼントをあげようというのです」(2005年10月14日)

先生が一代になるのです。四次アダム勝利一代から二代、三代、四代にすーっと下りていくのです」(2001年1月2日)

今一度、尋ねる。あなた方、教理研究院の見解は、「第四次アダムは一義的に真のお父様の立場を指す」ということで間違いないだろうか?三代圏家庭を築いたお父様こそ第四次アダムであり、その三代圏理想を成就することで全祝福家庭が第四次アダムの勝利圏を相続するのだ、と。

正直、こちらとしては、お父様を「第一代目の第四次アダム」と定義したところで、今、その勝利圏を受け継ぎ、三代圏家庭を築いて立っておられる顯進様を「第四次アダム」として主張することに何の支障もなければ、上記の主張を躍起になって否定する理由もない。しかし、もし本当にお父様がご自分を「第四次アダム」であると認識しておられたのだとすれば、そのことの言及が殆ど見当たらないのはなぜだろうか?

「第四次アダム圏時代」ということについて、お父様はあれだけ膨大な量のみ言を語ってこられたにもかかわらず、「お父様が第四次アダムだ」と明言されているみ言はない。上記のみ言も然り、「お父様が第一代目の第四次アダムである」とは言われていない。ただ、「第四次アダム圏勝利一代」と言われているだけである。

前述したように、「第四次アダムの勝利圏」とは「家庭的勝利圏」であって、その一代目の勝利を果たした立場は、間違いなく、第三次アダムとして勝利されたお父様であろう。アブラハム家庭の勝利を見ても、勝利が結実したのはヤコブにおいてであるが、それは単にヤコブ個人の勝利とはみなされていない。どこまでもアブラハムーイサクーヤコブ三代にわたる勝利とされたのである。ちなみに、「イスラエル」とはヤコブに対する称号であるが、そのイスラエル民族における出発点、信仰の祖(一代目)とされているのはアブラハムである。

※仮にアブラハムが最初の摂理で失敗していなかったとしても、「アダム家庭」を復帰するには、アブラハム[父]とイサク[子]の二代、神から見て三代が勝利しなければならなかった。実際は、アブラハム・イサクが「父」の立場、ヤコブが「子」の立場で勝利したことがアブラハム家庭の勝利であったことを付け加えておく。(ここでは深堀しないが、我々は三次アダム・四次アダムが一つとなって本然のアダム家庭=三代圏理想を成就するものと考えている。)

また、前回、文尾に記したみ言のように、三代圏の勝利「三代が完全に一つ、一代と同じ」 (2002年6月1日)であり、「アダム、イエス、再臨主、自分第四次アダム、全体四人が一つとなった実体圏をもって一人のように表示されなければならない」(2001年11月15日)というみ言から考えれば、「後のアダムが四次アダムの立場に立って地獄を整理した」(2005年10月14日)という上記のみ言も、三代を通して共に四次アダム圏の勝利を成したことを示すものと理解できよう。

何より、お父様ご自身が「第四次アダム」ということを語られる時、常に(ご自分ではなく)「次の世代」に向けて語られていたことが分かる。97年9月、最初に「第四次アダム圏時代」を宣布した時も、皆さんが第四次アダムとして父母様のように、イエス様のように天を愛して家庭を愛さなければなりません」と語られ、夫婦の絶対性について説明しながらも、こう語られている。「これが第四次アダムの家庭に先生が与える最高のプレゼントです。」 ここには、「お父様が第四次アダムだ」というニュアンスはない。

下記のみ言では、第四次アダムの立場を「息子の立場」と語られながら、お父様と第四次アダムとを分けて話しておられることが分かる。

「その次に第四次アダム心情圏還元です。第三次ではありません。第三次メシアはです。第四次完成した息子の位置です。第四次アダム心情圏還元です。」(2004年12月3日『国を求めることと自叙伝の記録』)

「四次アダム時代に越えて行くと言って、四次アダムが先祖になるのではありません真の父母を中心として真の父母のもとでそのことを始めるのです。(1998年6月2日 『第四次アダム圏の意義』)

再臨主は天地の、地上・天上天下の解放圏を作っておきました。四次アダム圏をすべて作ってあげたでしょう?ですから、四次アダムたちが四次アダムたちを編成してその国を探せというのです。」(2001年8月24日 『自然の主人になれ』)

お分かり頂けただろうか?お父様が「第四次アダム」ということを語られる時、それがどの世代に向けられ、どこに期待と願いをかけておられたのか、み言を研究している者であれば分かるはずである。顯進様の就任式でお父様が語られているように、神様は三代(目)を見ることができなかった。三代を失ったのが堕落であり、三代を立てることが復帰摂理の目的であった。ゆえに、この三代目の家庭をもって定着が成されるのである。

なぜお父様は祝福家庭を指して「第四次アダム」と言われたのだろうか?それは、祝福家庭が子女様方と共に、定着を意味する「三代目」に該当するからである。真の父母の勝利圏を受け継いだ子女様を中心として祝福家庭が家庭理想を果たすようになる時、祝福家庭の子女たち、二世たちはちょうど神様から数えて四代目、お孫様のような立場で本然の時代を生きることになるだろう。

三段階です。そうすれば定着するのです。父母と子女が一つになることで初めて定着するのです。広がっていたものが実をもたらせます。これが子女の時代です。」(1999年12月29日 『一心定着時代』)

「神様が一代なら、二代はアダム・エバであり、三代を失ってしまいました、三代。息子娘、孫がいませんでした。真の父母様が皆さんを祝福してあげたのが何かと言えば、神様の孫の位置の家庭として入籍させてあげるのです。分かりますか?」(2002年1月26日、『自主国勝利圏時代と再創造の道』)

三代から連結しなければ神様のみ旨を完成する道がありません。だから祝福中心家庭が何かと言えば、この三代圏を言うのです。祝福中心家庭、アダムが堕落したため、三代を、三代の血筋を残せなかったので、血筋を連結させることなのです。」 (2001年11月23日『天宙平和統一国と神の三代圏』)

「三代です、三代。三代がすべて断ち切れたため、三代を見出すことが神様の願いだというのです。理論的なのです。例外がありません。そうだ、四次アダム解放圏というのは万民が感謝すべきことでしょう。」(2001年11月9日 『天宙平和統一国と一族祝福』)

「……神様は第一創造主、アダムは第二創造主、孫は​​第三創造主です。ここから蘇生・長成、三を越えることによって定着です。それで四次アダムを立てることで、全て皆、アダムの息子娘から繁殖していくのです。」 (2004年10月16日 『サタン世界の最高の天敵、真の愛と統一原理』)(『天聖経「成約人の道」編の「第四章 成約時の道 6」第四次アダム圏自由自主の時代」』より訓読)

さいごに。神様からみて三代目真の子女様の代において家庭的四位基台が立ち、神―真の父母―真の子女の家庭に連なる三代圏理想が打ち立てられた―。そのことを神様・父母様が共に喜ばれた「歴史的事件」こそ、顯進様の就任式であった。その位置は摂理史的観点から見る時、どんな位置よりも尊く、絶対に失ってはならない立場だったはずである。サタンが打つとしたら、どこを、誰を打ちたいと願っただろうか?

本当に教会指導部が喧伝してきたように、顯進様ご自身がお父様に背を向け、自分本位な観点をもって、その位置を離れて行かれたのだろうか?それとも、我々がこれまで復帰歴史の中に見続けてきたように、時の指導者たちがキリストを排斥し、再臨のメシヤを迫害してきたことと全く同じような歴史的過ちが、成約の時代においても起こってきてしまったのだろうか?

今一度、読者の方々に問いたい。現時点において、お父様の原理観・摂理観に立ち、本気でその伝統を守ろうと、今に至るまでたゆまない歩みを続けて来られたのは誰か―。また、その方の言葉に耳を傾けず、石を投げつけ、文字通り、ピラトの法廷に突き出し、「十字架にかけよ」と叫んでいるのは誰か―。聖書で言う「耳のある者は聞くがよい 」という言葉を今一度、思い起こして頂きたい。原理講論は当時の人々の無知に触れながら、次のようなパウロの言葉を引用している。「この世の支配者たちのうちで、この知恵を知っていた者はひとりもいなかった。もし知っていたなら、栄光の主を十字架につけはしなかったであろう」―。

今、現実において、何が起こってきているのかを、自らの目でしっかり見据えて頂きたい。そうした中、組織の力で「民の声」を抑え込もうとする教会指導部のくびきから抜け出て、真実を求める知恵と勇気をもち、過ちや不正に対し、沈黙を破って立ち上がる者たちが現れることを心から信じたい。(完)


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