近畿在住の姉妹からのマイストーリーをご紹介します。
私は2003年から2008 年まで、CARPに在籍していた者です。
当時、私たちは顯進様のみ言と実体から、神様と真のご父母様に対する本然の孝の心情を学びました。顯進様の弟妹というアイデンティティを誇りとし、私たちが勝利することで、アベルのご子女様とカインの子女である私たちが、一緒にご父母様の前に立つことができる、という思いで歩んでいました。前線では、右にお父様、左にお母様、前には顯進様がおられると思いながら歩みました。
神様と真のご父母様の息子娘としての絶対的アイデンティティを持つこと、真の家庭の拡大家庭の一員であること、そして、私が信じる前に真のご父母様と真のご家庭が、私を信じていてくださること、神様の夢を自分の夢とすること、 One Family Under Godのビジョン、Core Value、真のアベルとはどういう者なのか…
すべて顯進様が教えてくださいました。
変革を起こし、私たちがわかるように、実体となれるように、投入してくださいました。
しかし、CARPの世界会長が顯進様から亨進様に変わられた後、顯進様に関する情報は、徐々に私たちの元へは届かなくなりました。
2009年、就職してからは、顕進様はご自身の活動を続けているらしい…という不確かな情報程度しか分からなくなっていました。中には、ご父母様が大会をするなと言われているのに、各国で大会をされている、お父様がご自分の元にいなさいと言われたのに、お父様の指示に従わずに勝手に活動をしている、というような話もありました。
2010年、所属していた教会のアベルに、顕進様が今どのような状況になっておられるのかを尋ねてみました。アベルからは「顕進様がご父母様の元に帰ってくることを祈っている」という答えを頂きました。私は顕進様がご父母様から離れておられるということが、とてもショックでもありましたが、正直理解することが難しかったのです。
しかし、教えてもらえたことはそれだけで…、顕進様が何をしようとされているのか、何を語っておられるのか、なぜお父様がそれを止めようとされるのか、なぜお父様の指示を振り切って活動を続けておられるのか、何ひとつわからないままでした。
そのような中、だんだんと顕進様の活動が、『郭グループ』と呼ばれるようになり、教会の財産を奪い、UCIを乗っ取った分派として認識されるようになっていきました。
私は、顕進様はご自分の活動のために、教会の資金をアテにするような方ではない、位置によって愛の減少感を持たれるような方でもないし、持たれたとしてもそれを超えられないような方ではない、絶対にそんな方ではないはずと、ずっと腑に落ちないでいました。
教会で何が起こっているのか、講義を受けたことがあります。かつて孝進様を支えるはずであった洪家庭が崩れたために、孝進様が立たれることが難しくなり、顕進様を支えるはずであった郭家庭にサタンが入ったため、顕進様が難しくなった。そのような内容でした。それを聞いて、一食口としてはそうなんだ…と受け止めるしかありませんでした。
しかし私の中では、顯進様が相対者の家庭に影響されるような方だろうか?全淑様、珍満さん、郭先生が、そのように変わってしまわれる方だろうか?と、疑問が重なるばかりでした。
私は、郭先生や郭先生のご家庭のこと、また、全淑様のことをよく知っているわけでありません。ただご長男であられる信元様が、全淑様のことを「義理の娘として、ご父母様の前に深刻な姿勢を持っている方」と言われたと、聞いたことがありました。そのような方が、ご父母様と顕進様の間の妨げとなるようなことが、そんなことがあるのだろうか?むしろ、取りなそうとされるのではないか?と、想像ばかりが頭の中を巡りました。
2011年、教会で真の父母様宣布文を聞いたとき、これは真のご父母様ご自身の言葉ではない!と感じました。お父様はどんなに重い罪を犯した食口だったとしても、例えば霊的生命を奪うようなことや、摂理を後退させてしまうようなことをしてしまった者に対してさえも、このように排斥されるようなことは決してありません。むしろ、そういう者たちが、過去に立てた実績や一度結んだ因縁を覚えておられ、残していこうとされたのがお父様です。ですから私はこの宣布文は、ご父母様ご自身が書かれたものだとは思えませんでした。
基元節を迎える前の数年間は、お母様がお父様の前にご子女様を一つにする責任がありました。そしてその責任がまだ残っていると言われていました。何も知らない私は、色々ありながらも、基元節までには、真のご家庭が一つになるのではないかと…、それが基元節には不可欠であるし、摂理歴史上の必然だろうと考えていました。
2012年、お父様が危篤になられた時には基元節が数ヶ月後に迫っており、この時が真のご家庭が一つになる最後の機会なのではないかと思いました。しかし、顕進様が排斥された状態のままで、むしろ、真のご家庭の分裂がより明白になるような状況下の中、お父様の聖和式がなされました。
ここでは、お父様の聖和に関してはあまり詳しく言及しませんが、当時、真のご家庭がこのような状況のまま基元節を迎えることは、私にとってはとても信じ難く、悲しく、苦しいことでした。
その後、清平における様々な建設の計画を耳にした時は、なぜそのようことをするのか?天国はどこかに作られて見せてもらえるようなものではなく、一人一人が、一家庭一家庭が築くものであるはずなのでは?と違和感を覚えました。
就職して教会に所属するようになってから、祝福を授かり、家庭出発をして、子女を授かりました。その間、様々な中心者や先輩家庭、兄弟姉妹との出会いに恵まれました。私の中で、教会にいる私たちは正しい選択をした、分派へ行ってはいけない、行ってしまった兄弟姉妹も、いつか帰ってきてほしいという考えが当たり前になっていました。
時が経ち、2017年、CARP時代にお世話になったアベルが連絡をくださり、私は顕進様の真実を知りました。
お母様のことをはじめ、多くの信じ難いことがありました。真のご父母様は勝利され、完成されて直接主管圏におられ、サタンの侵入する余地はないという、私たちの信仰の根幹に関わる部分が揺らぐような事実に対して、にわかに受け入れられるはずもなく、混乱しないはずもありませんでした。しかし知ってみれば、事実はそうだったのかと、納得することばかりでした。気持ちはなかなかついていかず、折に触れて、お母様を思っては涙が出ました。
CARPにいた頃、堕落性ばかりで弱い私は、自らに葛藤する時、お父様や顕進様は堕落人間が自らの堕落性に苦しむその苦しみはわからないんじゃないか、などと考えたこともありました。自分自身を諦め、もうCARPを去ろうと思った時もありました。そんな中、真のご家庭の中で唯一、堕落人間として生まれ、生み変えられて勝利された真のお母様が、私にとって揺るぎない希望であり、そのみ跡を慕って歩んできました。
今も、お母様のことを私の母と思い、愛する気持ちに変わりはありません。
CARPにいた私たちは、顕進様がどのようなお方かということを、どれほどよく知らされていたでしょうか。その顕進様を証しし、お支えしたいと、どれほど願っていたでしょうか。それなのに、これまで何も知らずに傍観してきたことを、悔しく申し訳なく思います。けれど何より、顕進様は変わっておられなかった、ということを知り、本当にうれしく感謝でした。
真実を知って間もなく、私は顕進様の夢を見ました。顕進様は私に「私のことを兄だと思っているのか?」と尋ねられました。「はい」と答えても、また繰り返し尋ねられ、3回目にこれで終わりかと思ったのに、更に4回目も尋ねられたので、私は大きく「はい!」と答えました。
私は顕進様に確信を持ち、主体者と話をしてきましたが、主体者と合意して顕進様の下で、祝福家庭として再出発するのに、2017年から今年まで4年間かかりました。
その間、顕進様が、あらゆる迫害と困難の中、すべてを消化し、愛し、許し、ご自身の責任として背負い、越えて来られ、今なお前進するその歩みに、あまりにも感動と感謝の思いが大きく、私自身の課題や環境を克服する勇気を与えられてきました。
10年以上のブランクを経て、再び顕進様の指導される内容に触れてみると、自分の歩みや考え方が、とても自分なりになっていたことを自覚させられます。み言の通りに、その実体になろうと、その基準を目指して挑戦していたかというと… 私は、その基準や挑戦しようとする精神さえ、ほとんど忘れてしまっていました。
今、顕進様がされていることを見ると、神様の夢の実現に向けて、私がCARPにいた時代より、はるかに進み、現実味を増してきていることがわかります。顕進様が、神様の夢、お父様が生涯をかけて成そうとされたことを、本気で成そうとされていると、実感させられます。
私のような小さな者を、不足な家庭を、信じて導いてくださる神様に感謝し、神様の夢のために、共に歩んでいこうと思います。
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