教理研究院より公開質問状への回答がありました。
公開質問状に対する回答
ところが時間を掛けた長文の割には論旨がはっきりせず、質問の根幹には答えていないようなのです。

この文章は質問者を貶める表現で圧倒し、論点を巧妙にずらし、責任の所在を曖昧にし、挙句質問には殆ど答えていない、そんな内容でした。
一方で膨大な聖書やみ言葉の知識が総動員されており、第三者が読めばそれなりに反論している印象は受けるようになっています。

我々が過去の家庭連合vsサンクチュアリ教会の法廷証言を紹介した意図は、法廷記録には嘘や改竄がないため、「お母様の問題発言は分派の伝聞情報(なので信用に値しない)」という批判に反論したかったからです。

(3)いわゆる「法廷証言」は、サンクチュアリ教会との間でなされた記録である
 ちなみに、今回のいわゆる「法廷証言」はサンクチュアリ教会と家庭連合との裁判における記録のはずです。それにも関わらず、この記録を、この裁判とは全く関係のない三男の顯進様を支持する「有志の会」がしきりに取り上げ、真のお母様批判に借用することは、俗にいう〝他人のフンドシで相撲を取る〟といった印象を免れ得ません。三男の顯進様に付き従う「有志の会」は顯進様が、サンクチュアリ教会の亨進様やその後ろ盾となる國進様が、〝自分を組織から追い出した張本人ら〟と見なし、忌み嫌っているにもかかわらず、利用できる物は何でも利用するとして、いわゆる「法廷証言」なるものを持ち出してきていますが、これは節操がなさ過ぎると言わざるを得ません。

文章の大部分はこのように質問の意図を無視したはぐらかしばかりで、大事な答えはどこにあるか探すのに苦労しました。
唯一我々が探していた答えらしきものが、ここにあるようです。

「有志の会」は、「まともな祝福家庭であれば、法廷でお父様の原罪の有無について問われたなら、『お父様は無原罪で誕生された神のひとり子である!』と信仰をかけて叫ぶであろう」などと述べますが、真のお母様は、真のお父様やイエス様と同様に、天の知恵を使って答えておられるのです。
 なぜならば、長年にわたって反対派の人物・浅見定雄氏などは、真のお父様に兄弟がいることを理由に真のお父様の〝無原罪性〟を否定し、真のお父様を貶めようとしてきました。兄弟には原罪があるのに、どうして文鮮明氏だけが無原罪であると言えるのかといった主旨から、次のように批判したのです。
 「彼の父親の名は文慶裕という。彼はその次男として生まれた。『次男』というのは男子だけ数えるからで、彼には一人の兄のほか、実は姉が三人いた。……文鮮明の父母は……他の全人類と同じく、彼らのいうアダムとエバの末裔だったわけである。どうしてこの両親だけがアダム、エバ以来の血統的・遺伝的罪を受け継いでいなかったのか、これはだれにも解けないミステリーである。そもそもこの両親がすでに無罪だったのなら、龍明の兄や姉たちも無罪の『再臨主』だったはずだし、さらに両親の親たちもそうだったはずである」(『統一協会=原理運動』日本基督教団出版局、70~71ページ)。
 真のお母様、家庭連合を〝敵〟と見做すサンクチュアリ教会側の弁護士は、真のお母様を何とかして貶めようと言葉じりを狙いながら尋問してくる反対派弁護士と同じです。もし、無原罪か否かについて、直接的な表現をもって答えたとするならば、「ない」と言っても「ある」と言っても、浅見定雄氏と同じようにさらに追及してくる可能性があります。相手の言葉じりを捉えて貶めようとする裁判の場において〝神学論争〟をしたとしても、実りある議論はできず、埒があかないものです。


反対牧師の浅見定雄がサンクチュアリ教会と同じだという説明は、この裁判の背景を考えると全くの失当です。

前者は「文鮮明は偽メシアでありサタンだ」と攻撃する反キリストであり、後者は依然としてアボジとその直系子女をメシアとして慕っているからです。


家庭連合側の弁護士がこの法廷証言で一番警戒していたのは、アボジの生前に夫婦の会話にあった「離婚するぞ」発言が取り沙汰されることにあったと伺えます

真のお父様の「離婚するぞ」「文総裁の妻の位置もいません」発言


裁判の目的はサンクチュアリ教会の正当性を否定することにありましたから、家庭連合側は当然「それは事実ではない」と答えないと不利になってしまいます。

法廷記録によれば確かにそのように否定されており、(裁判を有利に運ぶため)弁護士が入念な対策をしていたことが伺えます。


問題はこのように弁護士の対策と「天の知恵」があったとして、なぜ「お父様は無原罪で誕生された神のひとり子である!」と発言されなかったかにあります。

サンクチュアリを異端として断罪したいのであれば、原告は何よりも「正当な教義」を伝えることに専念しなければなりませんでした。

おそらく家庭連合側の弁護士は、「文鮮明師に原罪があったなどと、口が裂けても言ってはいけませんよ!」と釘を刺していたのでしょう。
その点で「原罪があった」と一度も発言していない点においては、事なきを得たのだと思います。


ところが「お父様に原罪があるはずがない!」と一蹴すればそれで済んだところを、「明言はしないが考えれば分かるじゃないか」という含みのある発言をされるものだから、サンクチュアリ側の弁護士も徹底的に追及したのです。


教理研究院は「『ない』と言っても『ある』と言っても、浅見定雄氏と同じようにさらに追及してくる可能性」と深読みしていますが、韓鶴子女史の法廷証言と反対牧師の発言が正確に一致するという事実に気付いているのでしょうか。

つまり韓鶴子女史の含みを持たせる発言を素直に解釈すると、「文鮮明が無原罪である訳がない」という反対牧師の意図そのままに取られてしまうリスクがあったのです。


ところで再度我々がこの法廷証言を持ち出した背景に戻れば、この法廷発言がどちら側に有利に働いたかが関心事ではありません。

「お母様の心の中があなたに分かるのか」というそのまさに「心の中」が、執拗な弁護士とのやり取りによって浮かび上がってくる点が重要なのです。


「公式のみ言葉」を恣意的に解釈したところで、所詮は「お母様にはこうあってほしい、食口にはこう説明しなければならない」
という願望が投影されているに過ぎません。

編集された動画の「麗しいお姿」ではなく、「聞かれたくない痛い質問」にどう対応するかのヒリヒリした局面でこそ、隠し切れない本音が現れるのではないでしょうか。


教理研究院は、有志の会がサンクチュアリ教会の法廷証言を引用することを「節操がない」と批判しますが、これは少しも不思議なことではありません。

韓鶴子女史の原罪認識が間違っていることは有志の会のみならずサンクチュアリ教会、聖和グループなど、天の父母様聖会以外の「すべての分派」で一致した見解です

その点で私はサンクチュアリ教会を「忌み嫌った」ことなど一度もなく、悲しい現実を前に異なる選択をした兄弟姉妹だと思っています。

この状況で異端とか分派とかいう単語は、公金で生活しながら教義を節操なく書き換える教理研究院にこそ、ふさわしいのでしょう。

カテゴリー: 意見

2件のコメント

   光太朗  · 2021年4月10日 11:30 PM

回答を見る限り質問したい核心部分は煙に巻いて、糾弾する矛先を巧みに利用し煽りつつ相手に向けて返しながら、印象を貶める口上を言いたい放題に述べています。
教理研究院という御用学者みたいで、教団に忖度して生活の糧を得る宗教サラリーマンの隷属性なのか? 内心は恐れ怯えて、精一杯の虚勢を張っているのかもしれません。
本部中枢である処が、神性を彷彿させる崇高な心霊の威厳や貫禄など全く皆無なので、ただ呆れるばかりです。

歴史的にエバの実体蕩減を担うのは最も過酷でしょうから、お母様も昔と別人の如く様変わりされてる事態を、懇親に助け出し救える方が誰なのか!?
取り巻き食口の体質は何処も似てますが、顕進様まで分派の頭みたいな表現で蔑む言い回しが、何とも狡猾で悪辣な印象さえ感じられ異常に見えます。
偽善者の極みで原理を捨てたのか?余りにも下世話な感覚でなりふり構わずなのか?、一般社会の宗教団体より劣る姿に、何か得体の知れない不気味な感触さえ覚えます。

そこいら辺のシック · 2021年4月12日 8:15 AM

わたしはずっとシックのみなさんと生活圏を共にしてきました。
現状を理解するなら家庭連合にとどまるシックの方々には14万4千人の思考が中心にあると感じています。
どこまでもついていくと。

創造主ハナニムは、もはや地獄を忍耐されることはありません。

天の血統は男性の子女様がおもちです。創造原理です。

結論はもうはっきりでています。
シックの皆さま個々人の賢明な判断を願うだけです。
 
 
 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。