こんにちは。 二世祝福家庭のイム・ヒョウォンです。

昨年の5月に私が書いた文に関する問い合わせが今もあります。「誰かが書いてくれたんだろう」「いくらもらってそっちに行ったんだい」「前々からスパイだった」等と言った陰謀論も提起されました。そのような問い合わせに関する回答を当事者である私から正式にしたことがなかったので誤解もあるだろうとは思います。ですから、今ではもう古くなった私の話をしたいと思います。

文を書きながら最大限に感情を節制し、刺激が強すぎるかなと思い排除した内容も付け加えて率直に話したく、再びペンをとりました。

2012年、軍隊から戻ってくると学校には「郭グループの信者」と呼ばれる人たちがいました。以前ともに活動した先輩たちであり友人であった彼らは、私を訪ねて来て奇妙な話をしました。正確な内容は覚えていませんが、核心は「教会指導部がお父様を騙して顯進様を追い出そうとしている」というものでした。2012年はお父様が聖和される前でしたので「生きておられるお父様を騙す」という表現は、衝撃を越えて抵抗を感じました。

複雑な思いになりましたが軽く聞き流せる話でもなく、顯進様の事情についてもっと詳しく聞いて調べなければならないと思いました。しかし、公職者である父に私の思いを伝えた時、さらに衝撃的な話を聞きました。

「顯進様は脱線したので後継者になることができない」

その噂は事実なのか、私は父に強く聞き返しました。すると、その噂の出所は他でもなく「真のお母様」であるということを聞くことになりました。興奮した感情は簡単に収まりました。真のお母様がそのように語られたので、当時の私には間違いのない「事実」となりました。どうして顯進様がそうなってしまったのか、悲しくもあり、恨みさえ感じました。それからしばらくの間、私の心から顯進様はいなくなりました。

 その後、その内容を学舎長にも報告し、数日の間、学舎に隠れ、彼らを避けて過ごしました。そして、もうそれ以上、彼らに会うことはありませんでした。

数年という時間が流れ、忘れていた顯進様を再び思い出すことになりました。独立した亨進様が、突然、真のお母様を非難する動画に接するようになりました。真のお母様に深く侍り、天を証すかのようにお母様を証した亨進様の心変わりはとてもショックでした。亨進様はお父様の聖和式の時まで真のお母様を変わることなく証しました。ところが今になって真のお母様のことを非難する内容は「神様、真のお父様とひとつになられた真のお母様」と証したまさにその時のことであり、その時には隠されていた話でした。

「亨進様ははっきりとその瞬間を記憶し非難するのですが、今、主張していることがもしも本当であるなら、その時、そのように深刻な状況でありながらどうして真のお母様を天を証かすかのように証したのだろうか」

「そうするしかなかった摂理的、原理的な理由があったのだろうか。理由があってのことであるならば、なぜ今になってその問題を持ち出して真のお母様からお母様の資格を奪うことができるのだろうか」

疑問は尾に尾を聞いて、真の家庭内で後継構図の政治的争いが存在していたのかもしれないという思いに初めてなりました。

亨進様が真のお母様を非難する内容の中に、家庭連合が顯進様について作り上げた噂と類似した点があり、特にお母様に対して「バビロンの淫婦、レズビアン関係」等と言った性的非難が真実ではないならば、顯進様の脱線関連の噂も政治的争いの過程で生まれた根拠のない嘘である可能性があるという思いになりました。

今更そう考えてもどうしようもありませんでした。それらについて、それ以上噂を聞くこともなく、また、鞍山教会の二世部長として「ビジョン2020」の実績を真のお母様に捧げたいと熱意を燃やして集中していたからです。

知らない後輩たちも多いと思いますが、かつて「2012南北統一」というスローガンがありました。2012年までに復帰された主権の国を神様に奉献しようという内容でした。今になって考えてみれば、どういう意味だったのか、過去の私は明確に理解できていなかったのではないかと思うのですが、純粋にエネルギーを投入し懸命になった20代前半の頃でした。熱かっただけにその夢が成就できなかった時は怒りを覚え、何よりも摂理が延長されるしかないという天宙的次元の悲しみに囚われ、無気力になるほどでした。

ですから「ビジョン2020」に対する真のお母様の意志を聞いた時、していたことをやめてまでも本格的に公職を開始し、子女として必ず喜びの結果を返したいと思い決意しました。

決意するほどには上手くいかないものです。どれほど難しいのかを改めて感じました。4年間で最も重要だと考え、多くの時間をかけて教育した内容は「祝福」でした。世の中をリードする価値(神様と真の父母様、み言葉など)が私たちにはありますが、それを伝える祝福家庭の姿、コミュニティの文化は成熟できていないといつも考えていました。今から祝福を受けて成長する後輩たちに「神様と共に生きる家庭を築こう」「社会に発生している家庭問題の直接的な代案となろう」と、さまざまな教育をしたかったのです。

そのような多様な教育の一つに私たち夫婦の結婚式がありました。社会の友達たちと二世の後輩たちを前に、神様と真の父母様によって結ばれた私たちの家庭を紹介することができ、幸せでした。

そして結婚式の知らせを聞いた予想外の知人から連絡がありました。私に原理と信仰を教えてくれた先生であり、現在ではFPAの教育担当者からでした。それほど抵抗感はありませんでした。その方にも「STF団長時代に多額のお金を不正使用した」等といった多くの噂がありましたが、そのような噂は嘘だという思いが大きかったからです。

軍隊に行く前に会ったのが最後でしたから、8年ぶりの再会でした。師弟の関係ではなく今では同じ教育者という立場で再会したので、話題は自然と教育に関連した内容になりました。顯進様の話が聞きたいとも思いましたが、ある意味で責任を負う自信がなく、聞くことができませんでした。その代わりに誰からも聞くことのできなかった(答えてくれなかった)原理的質問をすることにしました。返ってきた答えと原理的な見解は、今の家庭連合では聞くことのできない貴重な内容だと感じました。同時に、その内容は全く新しいものではなく、私たちが忘れていた、以前、二世たちが教育を受けた正しい原理的な内容でした。後輩たちに伝えたいという思いから、原理についてもっと聞きたいとお願いしました。

その次に会った時、私は勇気を出して顯進様の近況と過去の事情を聞いてみることにしました。待っていた質問だったのか、先生は溢れんばかりに話し始めました。私もその時代に属する人間だったので、記憶を噛みしめながら様々なことを考えをしました。

事実、家庭連合の不正については、公職をする多くの知人を通じて聞いていました。お父様がいらっしゃった時代にも明らかに不正は存在し、不正と過ちに対するお父様に姿には様々なエピソードを通じて私なりに認知していました。今まで、不正などというものは私には関心外のものでした。私にはどうしようもないことであり、当事者の問題であり、本人が負わなければならない霊的責任だと思っていたからです。おそらく多くの方々もそう思っていらっしゃると思います。

しかし、不正により真の家庭が引き裂かれ、その価値が損なわれるとあっては話は別です。単にどこの組織にもある問題であると軽く片付けることのできるレベルではありません。

昔の師から二度にわたって聞いた話により、私たち夫婦は深く悩みました。どちらか一方の話や主張だけを聞いてはいけないと感じました。直接見て、聞いて、事実を把握し始めました。

6ヶ月という時間のかかった作業の結論。三つのグループは皆、真のお父様のみ言葉を根拠に自分たちの正統性を主張していましたが、解釈と原理的整合性はまちまちでした。そして、様々な「噂」に関する明確な真偽を追求することができました。全体的な状況に対する理解が不足している断片的で歪曲された内容がほとんどであり、むしろ真実に近い話は隠されていました。そのような歪曲された情報によって、何も分からないまま拒否するしかなく、無視するしかない環境圏が創られていました。

公職者から提供される偏った情報だけで判断し傍観することは、最終的には「自分の罪」になると思いました。私の良心が揺れ動き始めました。もしも私の良心が叫べば、現実的、経済的な困難に合うことでしょう。しかしそんなことよりも、真実を無視したという摂理の裏切り者という立場に立つことの方がもっと恐ろしく感じました。私たちが決意することになった最も大きな要素は、み言葉の解釈と摂理観による方向性でした。今後どのような平和活動を展開していくのか、最も重要な「どのようにして神様と真の父母様を人類の前に証すのか」ということでした。長く深刻に悩んだ結果は皆さんもご存知の通りです。

顯進様の家庭に再びお会いした時、最も大きく感じた感情は「罪悪感」でした。明らかに私は顯進様の事情を無視しました。単に一人の人間に対して無視したのではなく、神様の摂理に対する裏切りだったと強く感じています。今後、いかなる困難があっても、摂理を中心に堂々と勝ち進む祝福家庭になろうと決意しています。顯進様の家庭がそうされたように…

今回のGPCの行事を通じて感じたことは「2012南北統一」というスローガンを叫びながら神様の主権を立てようとした摂理は終わってはおらず、顯進様が先頭に立って継続されているということです。過去に私たちが叫んだ主権復帰、基元節、天一国は、宣言することによって成される抽象的な概念ではないということを改めて感じました。それは、まだ成されていない祝福家庭の先決課題です。争っている時ではありません。顯進様の話を聞くだけでも脅し抑圧する組織の顔色を見る時間などありません。すべての祝福家庭は顯進様と共に、このような課題を成就しなければならないと感じました。

統一教会の二世として育った私は、幼少の頃からいつも他の宗教から非常識的な迫害を受けてきました。教会の掛札には「カルトは悔い改めろ」という大きなステッカーが貼られ、親しかった友人の母親からは、宗教が違うという理由で私と友達の間を強制的に引き離されました。授業時間、私を立たせて「君の両親はカルト宗教を信じているが、君はそんな両親とは違う正常な宗教を持たなければならない」と皆の前で恥をかかせられた小学校の先生も一生忘れることはできません。こういった経験は私だけではなく、ほとんどの食口の皆さんが生涯を通して経験してきたことだと思います。

幼い私はいつも疑問を持っていました。彼らは一様にして直接見て聞いたように、自分の言っていることが「事実」であるかのように描写し、皆を扇動しました。疑問はさらに人間の醜悪性に対する悩みともなりました。「なぜ人間は、本人、もしくは本人が所属する集団を正当化させるために他人を踏みにじるのでしょうか」

そして、去る7ヶ月間、私に関する嘘の噂を聞きながら、辛かった子供時代を思い出しました。小さな私に向けられた醜態を見ながら、可笑しくも感じました。そして、顯進様が過去10年間、どれほどまでに人格殺人に合ってこられたのか実感しました。

祝福家庭の食口の皆さん。私たちは長い間、理解できない矛盾した多くの噂を聞いてきました。お互いに相反する主張に接してきました。矛が盾を貫くのか、盾が矛を防ぐのか、直接確認しなければならないとは思いませんか。真実は一つです。本当に顯進様は真の父母様を否定しているのでしょうか、それとも、真の父母様をさらに価値深く栄光あるものとしているのか、直接確認し判断してくださることをお願い致します。

カテゴリー: 祝福家庭の声

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