郭錠煥先生は2009年以降、統一運動の中で「背信者・反逆者」あるいは「泥棒」などと呼ばれてきましたが、ずっと沈黙を貫いてこられました。

その理由は、お母様や真の子女様方の位相を守るためでしたが、天宙史的葛藤が収拾されずに継続される中、特にお母様自ら語られる内容が原理と摂理から大きく逸脱するようになりました。

これ以上の沈黙は真のお父様の貴い遺業までも台無しにしてしまいかねないという判断から、郭先生は10年間の沈黙を破り、語り始められました。

今回はシリーズで公開されているインタビュー動画の第一遍を文章で掲載します。

第一編『沈黙を破る-郭会長が10年間沈黙した理由』

インタビュアー:お元気でしたか

郭会長:はい、元気でした。

インタビュアー:このように天気の良い日に、貴重なお時間を割いていただき本当にありがとうございます。

郭会長:いつも忙しくご苦労してくださり私もありがたく思っています。

インタビュアー:質問をたくさん準備しました。多くの食口が気になることがたくさんあると思います。特に郭会長にお伺いしたい内容がたくさんあると思うので、長時間インタビューすることになると思います。

郭会長:私が経験してきたことを率直にお話しします。

インタビュアー:ありがとうございます。最近10年間どう過ごしてこられたのか簡単にご説明いただけるとありがたいです。

郭会長:それはとても無理な要求ですが…。この10年は簡単ではなく、本当に果てしなく困難な期間でした。

22歳の時に原理に触れ、お父様にお会いし、この道に人生を捧げみ旨に専念し、物心ついてからは公的な生活を今まで過ごしてきました。

神様に夢中になり、お父様の尊貴さに心酔してきましたが、それが突然 背信者・反逆者、お父様と財団の公的な財産を全て盗んでいった泥棒などと…私だけでなく息子娘まで大罪人の一族だと宣伝されてきたのですから、どれほど開いた口が塞がらなかったことでしょうか。

しかしそこに落ち込んでいたなら、私は恐らく今まで生きることはできなかったでしょう。とても耐えがたい状況だったのです。

考えてみてください。真の子女様までもが、協会長・財団理事長・36家庭、さらには専門講師まで育てて全国の教会を回り特別講義を実施して人格殺人をし、全世界・日本・アメリカ・ヨーロッパ・南米・アフリカまで講師を送り「郭錠煥は殺すべき奴だ」と宣伝しているという噂を聞いて、どれほど開いた口が塞がらなかったでしょうか。

私のアパートのすぐ隣の棟に72家庭の食口が住んでいました。江東教会にその72家庭の夫人が行き、婦人食口たちにした話を間接的に聞きました。

その方がこう言いました。「私が先日、郭会長の家に行き驚いたのは、行ってみるとお父様の写真が堂々と掛かっていた」と、本当にその話を聞きながら、「私がこのように扱われているのか」と再度実感しました。

私にとっては結果的に良い経験になりました。韓国で隣に住む72家庭がそのように思っていたぐらいなので、外国で世界宣教本部長として巡回も行い信仰指導を行ってきた郭錠煥という人が、それほど酷い人だったのかと、真の家庭からして(私を)サタンと言っていたので、これ以上言うべきこともありませんが、どれほど色々と言われてきたでしょうか。

しかし常に私の心の中には、このように真のお父様が生きておられ、生きて役事される神様をそのまま感じながら果たしてきましたが、この悔しい事情がいつかは真実のまま明らかになるだろうという思いをもって、自分にはやましいことなどないのに何を心配しているのかという知恵が湧いてくるのです。

彼らは不義な心をもってあらゆる言葉を尽くして宣伝しているが、お前がどうしてそれを気にかける必要があるのか。生きておられる神様を信じるお前が、自分がそんなことをしていないなら、何の心配をする必要があるのかと、彼らがいくらそうしてみたところで、彼らは嘘つきであり、無駄な骨折りをしているだけだという誇りと自尊心が生まれてくるのです。

私は自分に対する誇りがなかったなら生きることはできなかったでしょう。

インタビュアー:今短く語ってくださったお話だけ聞いても、本当に想像がつかない程、容易ならざる時間を過ごされたように思いますが…。もちろん誇りをもって生きてこられたとのことですが、それでも人は誰かが自分をそこまで誤解し迫害するとするなら、そうではないと釈明したい思いが生まれるのが当然のことではないかと思います。あまりにも長い時間ほとんど事実をお話しされませんでしたね。沈黙されました。最近ではこのような書信も書かれ本も出しておられますが、とても長い間沈黙され静かに過ごされました。そうされた最も重要な理由が何でしょうか。

郭会長:郭錠煥という人が祈祷をたくさん行い修養をたくさんし、道をたくさん究めて磨いてきたわけでもなく、ただ踏まれても平気な骨なしだという訳でもありません。

まして私に誤りが多くて反論も提起できず、告訴もせず、ひと言も言えずに沈黙して生きてきたというのは到底あり得ないことです。

その理由はただ一つです。

生涯にわたり神様と真のお父様の愛に酔って生きてきましたが、自分にかけられた咎を晴らし、自分に着せられた誤解を解こうとして話をするとすれば、私が語るその事実と真実の中には、自ずと真の父母様と真の子女様の話が出てくることになります。

なぜなら私の一生はこの摂理歴史において、お父様の摂理的経綸で、正にそのど真ん中の中核の道を歩いてきたからです。だからそうせざるを得ません。

なので父母様と真の子女様のその貴い遺業と、その貴い位相が傷つけられるのではないかと思い、耐え忍ぶしかなくて…。耐えられるところまでは耐えようとしてきました。

その後『事必帰正』の本を出して、またこのように祝福家庭に宛てた書信も送りました。耐えられるところまで耐えながらも、いつも(この葛藤が)早く収拾されることを願い、生きておられる神様がおられるのだから、うまく帰結されるのではないかと思い待っていましたが、様々な状況や特にお父様聖和以後の状況を見ながら、ますます回復が難しいと思い、昨年初めにこの本を出版しました。

事実はこの本を読んだら分かりますが、私はこの本を出しながらも、一方ではこれは恥ずかしい自分自身の自画像であり、恥ずかしい統一運動の自画像ですが、これを私自身書かざるを得ない内容は、何よりも聖和されたお父様のその尊貴であられた位相と、その偉大な業績がこのように傷つけられたまま埋もれて過ぎ去ってはならないという思いが切実でした。

さらには摂理の中心でお父様をお助けしてきたその立場として、将来の(祝福)家庭の前にも、歴史の前にも、世界の前にも、真実はそのまま歴史的な記録として残さなければならないという思いで、恥ずかしい自画像ではありますが、これは明らかにするしかないという思いでこの本を書きました。

本当にこの本が書かれるまで、私の心はとても複雑で混乱していましたが、そういう歴史的な召命として何としても、尊貴なるお父様の遺業と位相はしかるべく明かされなければという思いでした。

ところが今年になって祝福家庭に書信を出す際にその冒頭に「最後の手紙になりそうだ」と書きました。この年齢ですし、また今は時代が変わっていますし、また書信を出そうとも考えていなかったので、最後の書信になるかもと言いながらこの書信を出しました。

公的にそれは、現在お母様が進んでおられるその道と、み言葉と、様々な決断を見ると、お母様ご自身がお父様と関係を切って、お母様ご自身が神様の摂理と関係がない道に入っておられ、お母様ご自身が原理と反対の非原理的な道に確実に入っておられるので、現統一運動がお母様を中心としたものであるとすれば、沈没直前の船のようなものです。

しかし沈没する船に乗っている家庭たちは、その水に溺れて沈んでしまうということを、感じていないような気がして、それがとても残念でこの書信を書きました。

第二編以降へつづく

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