前回記事『この目で神の救いを見た』に、反応をくださった方がいました(以下、Aさんとします)。

Aさんは恐らく組織としての家庭連合に限界や矛盾を感じておられるのでしょう。「自分は家庭連合派ではない」としながら、しかし「お母様がいらっしゃる家庭連合が正統派だから」と、所属は家庭連合においておられるということでした。

Aさんは丁寧な文面で、記事に対するご自身の主張(なぜお母様に従い、家庭連合に身を置くのか)を三点にまとめて伝えてくださっていました。今回の記事ではその中の第一番目に答えてみたいと思います。

Aさんだけでなく、多くの祝福家庭が以下のように考えているのではないでしょうか?

「霊界に行ったら、神様と真の父母様は一体になって光り輝いておられ、私たちの父母として存在しておられる。私たちはその父母のもと、親も子もみんな兄弟姉妹の関係になる。」

いかがでしょうか?今回はこのような「真の父母観」が正しいかどうかを論じてみたいと思います。

「過去にも未来にも一組の空前絶後の真の父母」

この表現はAさんが使われた表現です。「空前絶後」とは「以前にも以後にもない唯一の」ということですから、「真の父母は後にも先にも唯一、文鮮明総裁・韓鶴子総裁だけである」という意味になりますね。

そのような意味で捉えられるお父様のみ言葉を以下に紹介します。

「真の父母は、永遠に唯一です。以前も、以後も、二度と現れません。一度だけです。過去に真の父母はなく、未来にもいません。真の父母の実体が存在するのは、永遠に一回だけです。」(1993年3月23日)

「真の父母というのは、2組はあり得ません。1組しかいないのです。過去には存在せず、現在に1組だけ存在し、後代にも存在しません。歴史上に1組しかいない父母の名をもつ真の父母が現れたという事実は、歴史上、これ以上喜べることはない出来事です。」(1995年1月1日)

一方でお父様は「真の父母」という言葉を異なるニュアンスで用いられることもあります。次のみ言葉はどうでしょうか?

我々も真の父母の路程を歩むのです。そのようになっているのです。同じです。『私』もこれから根を下ろし、幹になって、枝を伸ばし、花を咲かせ、実を結ぶのです。すべてが同じです。これは、我々もこれから真の父母になるということです。これからそのようになるというのです。ですから、我々はどれほど誇らしい人たちでしょう!」(1990年5月27日)

またお母様も90年代の講演で以下のように語られています(当時の講演文はお父様が書かれ、それをお母様が読まれていたため、実際にはお父様のみ言葉です)。

「今、夫と私は、最初の真の父母として成約時代の到来を宣布することができました。」(1993年5月13日~12月22日「真の父母と成約時代」)

「最初の真の父母」ということは、次があるということです。つまり、真の父母様のモデルに見倣うことで、いずれは全ての祝福家庭の夫婦が真の父母になっていくという意味ですね。

このようにみ言葉を確認してみると、お父様は「真の父母」という言葉を二つのニュアンスから使っておられることが分かります。

①人間始祖の堕落以降、初めてアダムとエバの失敗を蕩減復帰し、男性と女性の理想像を完成された「空前絶後の最初の真の父母」

②完成した男性と完成した女性が夫婦となり、完全な神様の似姿として完成した「全祝福家庭が目指すべき真の父母」

では、①と②の間にはいかなる差異があるのか、原理講論の表現を借りて説明します。「キリスト論第二節(二)創造目的の完成から見た人間とイエス」からです。

「我々はここにおいて、完成した夫婦と真の父母様とは、いかなる差異があるかという点を考察してみることにしよう。完成した夫婦は、創造原理から見れば、神が完全であられるように完全になって、神のような神性を持つはずの価値的な存在である。完成した夫婦は、唯一無二の存在であり、全被造世界の主人であるがゆえに、彼らなしには、天宙の存在価値も、完全になることはできないのである。したがって、完成した夫婦は、天宙的な価値の存在である。真の父母様は、正に、このような価値をもっておられる方である。しかし、真の父母様がもっておられる価値がいくら大きいといっても、既に列挙したように、創造理想を完成した夫婦がもっている価値以上のものをもつことはできない。このように真の父母様は、あくまでも創造目的を完成した父母(夫婦)として来られた方であることを、我々は否定できないのである。原理は、これまで多くの食口が信じてきたように、真の父母様を神と一体であると信じる信仰に対しては異議がない。なぜなら完成した夫婦が神と一体であるということは事実だからである。また原理が、真の父母様に対して、そのお方は創造目的を完成した父母(夫婦)であると主張したとしても、そのお方の価値を決して少しも下げるものではない。ただ、創造原理は、完成された創造本然の夫婦の価値を、真の父母様の価値と同等の立場に引き上げるだけである。

いかがでしょうか?価値を中心にシンプルに表現すれば、

「真の父母の価値」=「完成した夫婦の価値」=「完成した祝福家庭の価値」

ということになります。

もちろん、これは本然の価値から見た話です。復帰摂理歴史から見れば、真の父母様が人類史上で初めて真の父母として完成し、真の血統をこの地上に連結してくださり、救いの門を開いてくださったという意味では、いつまでも感謝と尊敬の対象であることに異論はありません。

しかし神様は真の父母様だけでなく、すべての人に最高の祝福を与えてくださったのですから、すべての祝福家庭は真の父母様と同様に神様に最も近い子女の位置に立っていくようになるのであって、神様との心情の距離において、「真の父母様の次」ではないはずなのです。

『平和メッセージ』でも至るところで以下のように語られています。

「神様の前に人間は、絶対的な真の愛の相対として創造されたということです。そこは、正に神様が父となり、人間は息子、娘となる軸が立てられる所なのです。もし、それよりもっと高く貴い所があれば、人間の欲望は、またそれを追求することでしょう。しかし、そのような所はありません。全知全能であられる神様が、最高のものは御自身のために隠しておいて、御自身の子女であり、愛の絶対相対者であるアダムとエバには、二番目に良い所に立てて創造したということは、想像すらすることもできません。(平和メッセージ1「神様の理想家庭」)

つまり私たちすべてが最も高く貴い所を与えられているのですから、真の父母様がどんなに貴いとしても、それ以上ではないのです。

もともと原理講論はクリスチャンに向けて書かれたもので、イエス様が神様ご自身ではなく、創造目的を完成した一人の男性であることを明らかにしていました。

ところがその原理を学んできたはずの私たちが、いつの間にか真の父母様を神格化し、人間を超えた領域に置いて曲解してきてしまったところがあります。

そのことを踏まえて、次のことを考えてみましょう。

霊界では真の父母様だけが父母で、その他の人類はみんな兄弟姉妹?

最初の命題に戻ります。以下の「真の父母観」は正しいのでしょうか?

「霊界に行ったら、神様と真の父母様は一体になって光り輝いておられ、私たちの父母として存在しておられる。私たちはその父母のもと、親も子もみんな兄弟姉妹の関係になる。」

上で確認したように、真の父母様はあくまでも私たちと同じ人間であり、神様ではありません。

「父親は霊界に行けばお兄さんになります、お兄さん。また、息子は弟になるのです。ですから、父が天のお父様と呼ぶのも、息子が天のお父様と呼ぶのも同じなのです。神様の前では、だれもが息子になるのです。それゆえ、同じ息子ですが、父が先に出てくるので、横的面においては兄の立場に代わることができるのです。ですから、真の父母が真の父母の立場を完成したということは、息子の立場の完成にもなるのです。(続く)」 (2000年9月24日)

お父様は生前、神様を「天のお父様」と呼ばれました。神様の息子だからです。そして私たちも同じように神様の息子・娘ですから「天のお父様」と呼ぶのです。(※「天の父母様」という呼称についてはまたの機会に論じることができればと思います)

ですから完成した天上天国(霊界)においては、神様が無形の父母としておられ、私たち人間は真の父母様も含めてみんな兄弟姉妹の関係を結んで生きるようになるのです。

ですから祝福権についても、お父様は上のみ言葉の続きで以下のように、委譲されていくものと語られています。今まで見てきて分かるように、真の父母様も真の子女様も、そして祝福家庭も、完成した暁には完全に神と一体であり、その価値に変わりはないからです。

「(続き)霊界に行こうが、地上に行こうが、同じ価値的内容を伝授、一体化させる役事をするのです。真の父母が霊界の長子である興進君を呼んで、このように祝福を受けた家庭を立てて共に統一的宣言をすることによって、先生が祝福してあげて今後興進君が祝福するのですが・・・。興進君がいなくなれば、顯進君がお父様の代わりに祝福をしてあげることができる時代に入るのです。(「祝福移譲」宣布, 2000年9月24日)

まとめ

「お母様がいらっしゃる家庭連合が正統だ」と多くの祝福家庭が考えています。その理由の一つに、真の父母様を真の子女様や祝福家庭と別格の、神のような存在として捉えているということがあります。祝福権についても同様に、真の子女様や、いずれは祝福家庭に委譲されるものであるという理解がありません。

そこで今回は真の父母とは完成された夫婦であることを示し、真の父母様だけでなく、真の子女様も、そして祝福家庭全員が完成に至れば同等の価値を持つということを示しました。

次回以降もAさんの他の主張を取り上げつつ論じてみたいと思います。

カテゴリー: 原理的観点

2件のコメント

坂口哲男 · 2020年9月17日 6:52 PM

「お母様がいらっしゃる家庭連合が正統だ」と多くの祝福家庭が考えています。その理由の一つに、真の父母様を真の子女様や祝福家庭と別格の、神のような存在として捉えているということがあります。祝福権についても同様に、真の子女様や、いずれは祝福家庭に委譲されるものであるという理解がありません。・・・最後の一文間違っています^^。祝福家庭に移譲されているからネットで世界を結ぶような親の話し合いの場が具体的に実行されています。何の根拠でそのようなことを書かれているのか?理解に苦しみます。シェアまでされ方がいらっしゃいます。ちゃんと書いてくださいね。

風の国 · 2020年9月20日 11:26 AM

祝福権について、私の考えを投稿したいと思います。

祝福権については、祝祷権とマッチングの権利を分けて考えることができ、今回の記事はあくまでも祝祷権に関して説明しているものと思います。

家庭連合の方々は祝福において、家庭ごとにマッチングのみならず、祝祷を含む祝福式を執り行っておられるのか分かりませんが。。。

ただ、確かに、お父様のみ言葉によれば、すでに祝福家庭の父母が子女を祝福してあげる時代に入っていると見ることもできるかと思います。少なくとも最終的に本然の世界ではそうなるべきですね。

しかし、だとすれば尚更、顯進様夫妻にはその権限があるということになりますね。

このコメントを読んでおられる祝福家庭の中で、お母様や天の父母様聖会(家庭連合)の間違いに気づきながらも、祝福故に家庭連合に籍を置いている方もいらっしゃるのではないかと思いますが、その必要はないということです。

実際、祝祷権までの自覚、あるいは自信がなくて、マッチングは父母が行ったとしても、祝福式に関しては、やはり真の父母の役割を果たしておられると自分が信じる方(つまり真の父母様や子女様)に、子女の祝福式を執り行っていただきたいと感じておられる食口の方も多いと思います。

私もOne Truth 有志の会の会員です。問い合わせしてみられたらいかがでしょうか?

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