第2章では、基元節へと摂理を進められたお父様・顕進様の歩みから、現代復帰摂理の方向性を再確認していきます。
統一教会とは何か?
本来、1945年〜1952年の7年間に キリスト教が再臨主を受け入れていれば、一気に人類一家族世界を実現できるはずでした(第一次摂理)。
しかし、神様が準備されたキリスト教の基台が崩れてしまったため、お父様はやむを得ず荒野路程をスタートされました……。
1952年〜1992年までの40年間とは、失敗する前の原点に摂理を巻き戻すため、予定になかった統一教会を立てて歩まれた蕩減路程です。
それは、本来歩むべき公式路程出発のための、世界的基盤を造成する歩みでありました。
つまり、もともと「統一教会」というものはお父様の予定にはなく、あくまでもキリスト教の失敗を蕩減復帰するために立てられたものです。言い換えるならば、マイナスになったものをゼロに持ってくるための歩みが統一教会でした。
1954年奨忠壇公園のある北鶴洞にバラックを借りて「世界基督教統一神霊協会」と看板を掲げました。このような名称をつけた理由は、いかなる教派にも属したくなかったからです。だからと言って、もう一つ他の教派を作る考えは更にありませんでした。…(中略)…しかたなく教会の看板を付けたにすぎず、いつでもその看板を外したい思いです。
平和を愛する世界人として p.132
以下は、お父様の宗教に対する捉え方が分かるワシントン大会のみ言です。
すでに超民族的に結束した米国は統一世界のモデルです。米国に対する神の祝福は、米国だけのための祝福ではなく、神様が皆同じ子女として全世界の兄弟姉妹たちに分け与えなければならない祝福であるということをはっきりと知って、世界的に築いたキリスト教の基盤の上に世界指導国家としての責任を果たし解放された国家としての使命を果たさなければなりません。
これは結局米国が徹頭徹尾神主義に帰り共産主義と共産世界を解放し地上天国建設の旗手にならなければなりません。米国は今日、覚醒しなければなりません。明日では遅いのです。
お父様にとって、キリスト教は敵ではありません。イエス様の願いを彼らと同じように果たそうとされたのが、お父様です。宗教を超えて国を超えて、超宗教の平和理想世界を築きたいというのが、お父様の夢でありました。
お父様は、「皆が統一教徒にならなければならない」などとは、一度も語られませんでした。
なぜならば、摂理の方向性が そのようになってはいないからです。
【1993〜2000年】成約時代と摂理的大転換期の到来
キリスト教基盤の失敗を蕩減する40年間(1952〜1992年まで)の後に、摂理的な時代圏は新たなステージを迎えます。
1993〜2000年は、荒野時代を終えて定着時代に入り、お父様が再臨主としての本然の使命を出発することのできる時、創造目的を実現することのできる時になりました。
そのためお父様は、この時期に「世界平和」と名のつく組織を 矢継ぎ早に創設していかれました。それは、本来お父様が成そうとされていた目的が 世界平和の実現であったためです。
91年 | 世界平和宗教連合 世界平和連合創設大会 |
92年 | 世界平和女性連合 |
94年 | 世界平和青年連合 |
94年→97年 | 世界平和統一家庭連合創立 |
96年 | 世界平和島嶼国家連合創設 世界平和半島国家連合創設 世界平和大陸国家連合創設 |
97年 | 世界平和武道連合創設 |
99年 | 世界平和超宗教超国家連合 |
祝福も統一教会の行事ではなく世界化され、真の家庭運動が推進され、カイン圏に出て行き たくさんの平和大使を任命していかれました。
93.01.01 | 成約時代宣布 |
94.05.02 | 家庭盟誓制定 |
95.03.31 | サンパウロ宣言 (子女責任分担時代) |
97.09.11 | 4次アダム圏時代宣布 |
98.07.19 | 文顕進様 家庭連合副会長 就任 |
そして 1998年7月19日、文顯進様が家庭連合副会長に就任されました。
(お父様は本来、顯進様を世界会長として立てようとされましたが、顯進様ご自身が「副会長として学ぶ期間が欲しい」ということで、副会長に任命。)
顯進様の世界副会長就任に際し、お父様は数ヶ月間の準備をされ、内外の指導者500名以上を招待してお祝いされました。
【映像】顕進様の副会長就任式
原理的に見た場合、「顯進様の世界副会長就任」の意義とは何だったのでしょうか?
それは、神様・真の父母様・長子へと続く三大王権の縦的軸が立った天宙史的儀式だということです。
第1章にて述べた通り、神様の夢とは「善なる三大王権」を立てることでした。 アダムとエバの堕落によって神様の夢は破壊されてしまいましたが……、実に6000年という歳月を経て、神様が待ちに待ち焦がれた「真の家庭の四位基台」が、とうとう出現したんです!
神様の喜び、そして、神様の心情を誰よりもご理解されているお父様の喜びは、計り知れません。
アダム家庭において、神様が一代であればアダムが二代であり、アダムの息子娘たちは三代でありますが、三代をみることができなかったことが堕落なのです。
三代の歴史をもう一度起こすためのものが救援摂理と復帰摂理の完成であると考えるとき、この三代を中心として天の公的な責任を任命するということは天宙史的な事件であると考えます。
1998年7月19日 お父様のみ言
今は大転換の時期です。このような歴史観を中心として悪なる世界全体を完全に片付けて変えなければならない大転換時期にあるために根本を良く知らなければなりません。
1998年7月19日 文鮮明先生御言葉選集294-208
顯進様の世界副会長就任によって摂理的大転換の時を迎えることができたのですから、文鮮明先生御言葉選集1998年7月19日のタイトルは、「今は大転換時期」と命名されました。
荒野時代を越えて 創造本然の平和世界を実現する新時代は、「真の家庭の根本基台が立つ」という神様側の大勝利によって幕が上がりました。
・・・こうして顯進様は公的な歩みを出発されたのですが、その歩みは始まりから試練の連続でありました。
1998年 洪蘭淑氏事件(=孝進様の奥様による告発本の出版)により、孝進様と教会全体が危機に陥りました。その当時、米国指導者たちが公式的にとった姿勢は「孝進様と教会は何の関係もない」というものであり、孝進様を捨てようとしたのです。
しかし顯進様は断固とした姿勢でイーストガーデンの指導者会議に臨み、「私の死体を踏み越えない限り、兄を追い出すことはできない」と、孝進様を守られました。
さらに、アラスカで精誠を尽くされ、米国指導者と食口に特別書簡を発送。「洪蘭淑氏に対する真の愛の原則を守って欲しい」と依頼されました(2001年9月9日)。
2000年3月31日、顕進様はW-CARP世界会長に就任。同年4月〜8月に渡り 世界9カ国20都市を巡回され、定着時代におけるパラダイムの転換を発表(相続と発展ツアー)。そして二世圏を縦的軸へと連結されました。
それでこのような時代を迎えるために、先生が今現在、青少年らを全面に押し出しているんです。 これが4次アダム圏です。分かりますか。 それで転換したなら2世、顯進を中心として収拾するのです。
父母の位置では是非を判断できません。 抱いて峠を越えてこそ、法で、治めることができるのです。 知っていても、あなたたちを処断しなかったために戦いをしないというのです。 だから顯進も批判するのです。 間違ったことは全部直せというのです。
2000年5月16日 お父様
当時、多くの二世たちが一世(及び 教会)に対して恨みを持っていました。しかし顯進様の人生こそ、憎しみを受ける人生そのものであったと思います。決して銀のスプーンをくわえて生まれて来たわけではありません。米国でもお父様が迫害されていたため、学校に行けば顕進様を殴るために人の列ができていたほどでした……。
しかし、為に生きること、彼らのために何ができるのか、父母様のために何ができるのか、祝福家庭のために何ができるのか、と祈られ、その恨みを解いて行かれたのです。
そのお姿を通して 多くの恨みを持っていた二世たちが、批判だけをしていた立場から、「顯進様のように自らの問題として責任を持とう」と、統一運動に戻ってきました。顕進様は一世の蕩減の苦労を理解され、その基盤の上に立って行かれました。
相続と発展ツアーが終わった後、お父様は 霊界では興進様 / 地上では顕進様 に、祝福権を委譲されます。
この祝福を、天地の平面基準で同等な価値を伝授するからには、真の父母が行ったすべてのことを長男である興進君が行うことができ、興進君が行うからには弟である顯進君も行うことができる、そのような時代になったのです。
2000年9月24日 祝福委譲宣布式
そして顯進様が祝福権を伝授された後、祝福家庭子女に対する祝福権が 父母たちへと相続されます(2001年1月4日)。
真の家庭の三代が立ち、顯進様が祝福権を相続され、その上で「祝福家庭がアベルの子女と一つになる」という条件を立てることによって、養子の立場でしかない祝福家庭が 自らの子女に対する祝福権を相続することができるのです。
このようにして父子協助時代が到来しました(2000年11月11日)。
皆さんの家庭がそのモデルになっているので、国家基準の内的モデルの形態において各自の家庭がこれを超えることができる条件が母親と息子が一つになることです。母子協助でしょう?
このように一つになれば、母は、長子に任せてあげる故に父子協助時代へ越えていくのです。父子協助時代になれば、ここで全て終わるのです。
2000年1月5日 文鮮明先生御言葉選集314-229
父子協助時代の意味を確実に理解しなければなりません。これが最後です。息子が後にアボジの後を継ぐようになれば、オモニも息子に仕えなければならないでしょう?そうなるのです。
2000年12月23日 文鮮明先生御言葉選集340-46
このようにして顯進様は立っていかれましたが、決してご自分がお父様の後継者であるとは主張されませんでした。
そうではなく、主人意識(オーナーシップ)を持ち責任分担を完遂しようとされました。そして、真の父母様のレガシーと真の家庭の摂理的位相を高めていかれました。
当時、私たちは真の家庭に対して大いに希望を抱き、真の家庭を尊敬していたはずです。そうして、真の家庭の位相と価値が確定されていったのです。
【2001~2004年】基元節に向けた12年路程 其の一
父子協助時代へと突入した2001年〜2012年、お父様と顯進様は緊密に相談しながら、摂理のロードマップを創っていかれました。
最初の四年は内的摂理(内部を固める)、
次の四年は外的摂理(世界に出ていく)、
最後の四年は実体完成摂理として数カ国の国家変革を成して基元節を捧げる。
という、天一国創建のための12年路程です。
2001年、顯進様はリーダーを教育するところから始められました。2001年3月10日より指導者21日特別修練会が開始。以下はその時の顯進様のみ言です。
二世時代を責任持ち、耐えなければならないその責任を考えてみてください。私がやりたいからやっているのですか? それでもこれは、父母様が立て、父母様が始められたから、それを守るために……。
ですから、私がこの責任を負って、前に立っているのは私が皆さんに全てをかけたということなのです。皆さんが不足なことを知ったとしても、神様が働かれることのできる人は、皆さんしかいません!!真の父母様が誰に投入されたのですか!!
今日が正に教会の真なる指導者として生まれ変わる最初の日です。
2001年3月10日 文顯進様
ところが危機が訪れます。
米国のある指導者がお父様に、「顯進様の教えは 真のお父様の教えとは違う」と讒訴したのです。
このように祝福家庭が責任を果たせない時は、いつも真の家庭が犠牲となります。
オモニを中心として先生の家庭が犠牲になりました。皆さんの代わりに蕩減を受けるのです。先生が門を皆開けておいてかえりみない息子娘を サタンから全部皆守らないでどうしますか?
統一教会人たちが自分の命をかけて幾重にも垣根になり保護しなければいけない責任があるにも関わらず、36家庭も何家庭も全部自分の息子娘を重要視しました。息子娘を産むようようになれば先生の息子娘より重要視してはいけないのです。妻から息子娘みなそうしなければなりません。
そのような観点から統一教会人たちが責任を果たしたとみますか、果たせなかったとみますか?「果たせませんでした。」ひとつも果たせなかったのです。
2000年12月23日 文鮮明先生御言葉選集340-42~43
2001年4月28日 顯進様家庭の信禮様が昇華(享年1歳)。
お父様も、「顯進家庭の三番目の娘として幼な子の立場で行きますが、家庭・教会そして天地が一つになれなかった全ての事実を代身し…」と語られました。顯進様はご自分の子女が亡くなったという以前に、お父様の孫が亡くなったと心を痛められました……。
顯進様は日本の問題が深刻だったのでお父様に訴えましたが、今は時ではないと叱られ、ならば二世だと、CARPと二世局に投入されました。
STFとJr.STFによる心情文化革命を起こしていかれ、コアバリューを教育、リーダーシップパイプラインを構築されました。
「簡単にリーダーになってはならない。少なくとも7年はかかる。カインのために生きる真のアベルにならなければならない。率先して犠牲の道を行く。それでも行くのか?」
「はい!リーダーになりたいです!」
当時の若者たちのスピリットは、このようなものでした。
そして、全世界のCARP組織を改革。伝道を革新され、経済自立の方向性を打ち出し、大学キャンパスでの運動を展開していかれました。
顯進様は小さな教会をも訪問され、若者に投入されました。そして「一番若いのはお父様である」と語られ、若者だけでなく全祝福家庭を 共に連れて行こうとされました。
こうして、天一国創建のための「外的摂理」へと移行する2005年を迎えました。お父様の期待と要望はとても高く、真剣に南北統一を実現しようとされておられました。
ところが、当時 多くの教会指導者たちは、このお父様の心情と相対基準を結べずにいたのです。「どうせ失敗しても、また条件的に宣布だけをして行くのだろう」と……。
しかし顯進様は違いました。どんなに高い目標でも、私が果たさなければならない私の目標だ、と考えておられ、強い信念と確信を持っておられたのです。
【2005~2008年】基元節に向けた12年路程 其の二
お父様は "外的摂理のための期間" の最初の年(2005年)に UPF(=天宙平和連合)を創設、その共同議長として顯進様を立てられました。
統一教会 → 家庭連合 → UPF という流れで摂理は進展して行き、UPFは摂理の最終機関です。摂理の方向性は、カイン圏の救いのため 外に出て行く時代を迎えていました。
2006年10月22日、顯進様は平和大使に対する最初のメッセージを語られました。このメッセージは、家庭連合の信仰を持たない平和大使の心をも揺り動かすものでした。
翌日、それを聞かれたお父様は大変喜ばれ、全年齢の平和大使組織の教育責任を 顯進様に任命。お父様は顯進様を熱く抱擁されました。
顯進様は ILC(=国際指導者会議)においてもお父様を証しされましたが、既存の家庭連合リーダーたちとは 全く違う観点で語られました。
お父様を「一つの宗教の創設者」としては紹介されず、「親なる神様の夢を果たす息子」として紹介されたのです。
「イエス様も神様の息子として、神様の夢を果たすために来られた。私の父も神様の息子として、神様の夢を果たすために歩んでいる。皆さんもその夢を共に果たしていって欲しい」と。
そしてお父様の普遍的な教えと活動を紹介されました。「原理」というものは、統一教会だけの教義であってはなりません。
それを聞かれたお父様は、また喜ばれ、2013年3月17日まで毎月ILCを開催し、国際的な最高指導者達を顯進様が直接教育するように特別指示をされました。(2007年3月17日)
このようにして、統一運動の普遍化・世界化が加速していきました。顯進様はお父様の普遍的なビジョン・教え・活動の本質的要素が、他の主要な宗教の教えや文化・伝統とも共鳴することができ得るように表現して行かれました。
さらにお父様は、世界のキリスト教の基盤が繋がっている米国に、顯進様が責任を持つように要請されます。(米国のキリスト教基盤が連結されれば、世界次元の超宗教運動を成功できる為です。)
それで顯進様は、メガチャーチツアーをお父様に提案されました。
そして、ロサンゼルスからツアーを開始。
ロサンゼルス大会では途中でスピーチを中断され、10〜15分間も沈黙されました。「あらゆる人種の人々に、どうやってお父様の教えの核心的な部分を伝えることができるだろうか?」と考えておられたのです。
顕進様が神様に祈られ、出てきた答えが
「ワンファミリーアンダーゴッド (=神様の下の人類一家族世界)」でした。すなわち、神様から与えられたビジョンです。
キリスト教牧師が「ワンファミリーアンダーゴッド、アージュ!」と叫ぶ時、神様はどれほど幸せを感じられたでしょうか。
キリスト教は神様の血と汗と涙の結実でありましたが、そのキリスト教が再臨主を迫害する群れとなってしまいました……。
しかし遂に、お父様と顯進様が父子協助の歩みをする中で、メガチャーチのリーダーたちが神様の摂理に繋がってきたのです! これは神様の大きな喜びであったに違いありません。
そして、UPFの三大イシューを発表されます。
- 中東平和問題解決
- 韓半島の平和な南北統一
- 精神的な価値高揚を通じたUN MDG活動
国連としてもUPFの成そうとしていることは大歓迎です。ただし国連は 神様を始め霊的な内容を除外していたため、UPFがアベル国連としての役割を果たしていかなければなりません。お父様は、UPFを「全摂理機関の最上位の組織」とされました。
顯進様はUPFの使命を果たすために 平和のためのNGO団体を創設され、2008年には世界ツアーを挙行。
2008年の後半期だけでも、パラグアイ、アメリカ、ケニア、モンゴル、マレーシア、韓国、日本、ブラジル、フィリピン、 etc...、多くの国々を巡回され、この時代において 神様を歴史のメインストリームに取り戻そうと奮闘されました。
多くの人々が熱狂し、顯進様と共に「ワンファミリーアンダーゴッド」を叫びました。この報告を受けたお父様は大変喜ばれ、パンフレットに「顯進王」とまで書かれたのです。
統一運動の反対国でも「ワンファミリーアンダーゴッド」のビジョンは受け入れられていきます。
人間的な努力だけでは平和を取り戻すことはできません。神様を中心として真の平和を成し遂げるために、「ワンファミリーアンダーゴッド」のビジョンを伝えて行かれました。
これが、仏教と神道の伝統を持つ日本でも、カトリック国家のフィリピンでも、ユダヤ・キリスト教国家の米国でも、ユダヤ国家のイスラエルでも、多宗教多民族国家であるマレーシアでも、旧共産圏であるモンゴルでも、反対されるのではなく、受け入れられていきました。これは驚くべき勝利です。
結果として 国家指導者たちが、「ワンファミリーアンダーゴッド」のビジョンが自国の問題解決に大きな影響力があることを、認識するようになりました。そして統一運動の指導者たちも、基元節の勝利を信じられるようになってきました。
もしも この平和運動が あと四年間続いていれば、摂理はどうなっていたでしょうか?
- 父子協助時代において、お父様と顯進様は完全に一体化しておられました。お父様は顯進様のされることを大変喜ばれ、全権を任せておられました。
- 2009年からの偉大な構想・ロードマップをお父様と顯進様は持っておられました。顯進様はただただ、お父様の基元節の理想を成して差し上げるために歩んでおられました。
- 統一家の指導者と祝福家庭が 顕進様(そして、その背後にいらっしゃる神様)を信じて共にするならば、神様の国を建てる夢を現実にすることが可能でありました。
しかし、この時すでに統一家の内部では、顯進様を追い出すための陰謀が同時進行していたのです……。
第3章では、復帰摂理の完遂を妨害したサタンの業を、時系列で整理し解説していきます。