教理研究院は、ONE TRUTH有志の会の公開質問状に対し、4月6日、以下のように返答した。

ーーー引用開始ーーー

真のお父様のみ言に基づいて「第4アダムは顯進様である」と語られた真のお父様のみ言は存在しないと指摘しました。それに対して、旧「顕進様を支持する有志の会」は、「確かに『第4次アダム』に関して言うなら、お父様が直接、公式的な場で『第4次アダムは顯進だ』と明言されたことはない」(参照:https://align-with-god.org/blog/archives/544)と述べて、お父様が直接明言された事実がないことを認めました。それにも関わらず、今回の公開質問状の「最後に」の部分で、再び「第4 アダム・顯進様と共に……」と、み言に存在しない文言を、その〝根拠〟を示さないまま述べるのは、至極〝恥知らず〟〝鉄面皮〟と言わざるを得ません。本来なら、旧「顕進様を支持する有志の会」のブログで、教理研究院の指摘に対して、真のお父様が直接的に語られたみ言を引用しその根拠を提示するなど、誠意ある「回答」を期待していました。

ーーー引用終了ーーー

これまでONETRUTH有志の会は、第4アダムに対して6回も文章を掲載し、顯進様が第4アダムであることを論じている。お父様が公式席上で語られたみ言になかったというだけで、第4アダムが顯進様ではなかったということになるとでもいうのだろうか。メシヤの使命とは何か、なぜ祝福家庭は真の子女の前にカインの子女なのか、原理的・摂理的に見て顯進様が第4アダムであることに間違いはないと確信するものである。違うと思う読者は、これまでONE TRUTH有志の会がブログに掲載してきた以下の文章を読み、深く考えていただきたい。

第4次アダムに関する考察(vs教理研究院)

教理研究院の批判に答えるPart1(2)第4次アダムは誰か

投稿者: hjnlove 投稿日: 2019年7月20日

教理研究院の批判に答える PartⅡ(1)第4次アダムは誰か

投稿者: hjnlove 投稿日: 2019年8月24日

教理研究院の批判に答える PartⅢ(1)第四次アダム圏時代―その本質的意味

投稿者: hjnlove 投稿日: 2019年10月26日

教理研究院の批判に答える PartⅢ(2)第四次アダムの勝利圏―新時代を開いたのは誰か?

投稿者: hjnlove 投稿日: 2019年10月30日

教理研究院の批判に答える PartⅢ(3)第四次アダム圏時代の中心―父母様か?子女様か? 

投稿者: hjnlove 投稿日: 2019年11月4日

教理研究院の批判に答える PartⅢ(4)第四次アダムとは誰か ―お父様か?息子か?

投稿者: hjnlove 投稿日: 2019年11月8日


3件のコメント

若枝 · 2021年4月17日 3:30 PM

顯進様がお父様に侍っている頃はよかったのですけれどね。2009年の前と後とで、お父様の顯進様に対する評価は変わってしまったと思います。顯進様は今は第4アダムの位置からは外れてしまっていると思います。

    daichi · 2021年4月17日 6:00 PM

    >若枝さん
    2008年~2009年に何が起こったのかという事実に対する理解が分かれていますので、お父様の顯進様に対する評価がなぜ変わってしまったのかを考えることが重要だと思います。

tomy4509 · 2021年4月17日 11:48 PM

2009年どころか2000年の時すでに顕進氏はお父様から離れていた、と故・神山威氏にいわゆる「ボート会議」(2010年7月)で語られていました。

ところで、その2000年9月24日から26日にかけて「三時代転換一体祝福式」がありました。24日には「祝福権委譲」の儀式も行われました。この時のみ言を挙げては顯進氏にそれがなされたかのような錯覚を持たれた支持者らの文章も見かけましたが、この時は興進様へのそれでした。この時のみ言等は『祝福家庭 19』(2000 冬号)に掲載されいましたので、その一部の引用から推察してみたいと思います。

—–>引用開始
 二〇〇〇年九月二十四日、天宙清平修練苑で「三時代転換一体圏祝福式」が挙行されました。真のご父母様はまずは準備として、舞台に上がる階段上段から順に十二歳から十六歳までの未祝福の女子・男子、祝福を受けた二世の女子・男子、祝福を受けた一世の女性、五十歳以上の男性、高齢の女性、西洋人の高齢の男性、それぞれ十二名ずつ、計九十六人を配置されました。中央には顯進様のご長女信愛様とご長男信元様、その前に興進様のご長男信哲様と薫淑様が立たれました。興進様のご家庭から順番に敬礼をされ、家庭盟誓の唱和、そして最後に、真のご父母様が祝祷されました。
(同、P.6)
—–<引用終わり

この時には顯進氏の長女・長男は配置された列の前に並んでいましたが、顯進氏自身の名はその列にはありませんでした。1998年7月の副会長就任式が「第四アダム」を継承したとあれば、興進様家庭と並んででしょうが、そうではありませんでした。

実際のお父様のみ言(同P.19)からの敬礼の順番は、興進様家庭、そして、次に列の代表者たちだけでなく顯進氏と霊肉界の祝福家庭が一緒に(同列で)敬礼を捧げるようにとの指導をされていました。
また、その時の真の父母様の祝祷からは興進様の名はありましたが、顯進氏は見ることは出来ませんでした。このことから見ても「第4アダムは顯進氏」とは言い難いものがあります。

「第4アダムが顯進氏」ということであれば、父母様は特別に顯進氏を中央最前列に立たされての儀式となっていたでしょうが、そうでなかったことについて「有志の会」はどのような説明をされますか?

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