事必帰正

第7章 誰が神様の夢の主人でしょうか

文顯進会長が開いていく未来

第7章 序文

文顯進会長は、私が歩んできた人生において、公私共に、お父様の次に重要な方です。現在、私の子供たちは皆、文顯進会長のもとで公的な人生を送っています。

過去10年間、家庭連合内部で起こった混乱の中心には、いつも文顯進会長の姿がありました。もしかすると、私との特別な縁によって、さらに大きな苦難を経験しなければならなかったのかもしれません。

この章では、文顯進会長に対する私の立場がどのようなものなのか、詳細を明かしていきます。これが、「過去の世代と未来の世代をつなげる」意味ある記録になることを願います。

文顯進会長の呼称については、信仰的関係の中で長い間使用してきた「顯進様」という呼称を併用したいと思います。はるかに年下であるにもかかわらず、どうして「様」という字をつけるのか、不思議に思う方もいらっしゃることでしょう。しかしこれは、お父様を人類の救世主として信じ、真の父母として侍りつつ、その方の家庭を真の家庭として侍ってきた、私の信仰的伝統に立脚した表現であることをご理解いただければ幸いです。

1987年、縁の始まり

1987年、縁の始まり

私は時に、文顯進会長の舅と呼ばれることがあります。真の父母様ご夫妻の主礼で、私の3番目の娘、郭全淑(クァク・チョンスク)が文顯進会長と聖婚したからでしょう。昨日のことのようですが、あれからもう31年が経ちました。お二人は9人の子の親となり、数えで50代に差しかかってお孫様までできて、祖父母になられました。

振り返ってみれば、決して平坦な歳月ではありませんでした。

31年前の1987年当時の頃を思い起こしてみたいと思います。

古希(70歳)間近となったお父様が、米国のダンベリー刑務所で苦しい獄中生活を送られた後、それ以前よりもさらに忙しく米国と韓国を行き来しながら、神様の摂理活動の陣頭指揮を取っておられた時でした。私もまた、世界宣教本部長として、米国のニューヨークを拠点に、世界中を慌ただしく巡回していた時代でした。

息をつく暇もなく過ごしていたある日の明け方、お母様が電話をくださいました。

「今日は少し早く、夫婦で一緒に来てください。全淑に一番良い服を着せて連れてくるのですよ」

家には特に良い服がなかったので、普段着ているものの中で一番新しい服を着せて、一緒にイーストガーデンにいきました。2階のリビングルームでは、ご父母様と一緒に顯進様が待っていらっしゃいました。

一緒に上がってきた娘に、お父様が突然尋ねました。

「私があなたを顯進とマッチングしようと思うのだけれども、あなたはどう思うの?」

「はい! ご父母様のみ言葉に喜んで従います」

お父様はこのような答えが返ってくることを予想しておられたようで、満足げに微笑まれました。短いながらも、両家の顔合わせはこれで終わりました。私はご父母様が事前に言及なさったり、そぶりを見せられたことがなかったのでびっくりすると同時に、恐れ多く感じられました。

その日はちょうど恩進様の誕生日を祝う日で、朝からイーストガーデン1階のホールに幹部たちが100人余り集まっていました。2階から降りてこられたお父様は、すぐに顯進様の約婚を発表されました。顯進様と私の娘を立たせて真の父母様に敬礼を捧げさせ、互いに敬礼をするようにした後、約婚の祝祷をしてくださいました。最後に約婚の礼物を交換し合い、互いに接吻するようになさいました。ご父母様はすでに約婚記念礼物まで全て準備した上で私たちを呼ばれたのでした。

その日は朝から夕方まで、参加できなかった家庭連合の幹部たちまで皆呼んで、一日中約婚を祝う時間を持ちました。

夕方遅くなって家に戻った私たち夫婦は、リビングルームに息子娘を集めました。家族がいつも敬礼式をするその場所で、天の前に敬礼を捧げ、顯進様の約婚に対して感謝の祈祷を捧げました。そして全淑氏を上座に座らせてから、私たち夫婦が礼を尽くして敬礼を捧げました。

「今朝までは私たち家族の一員として過ごしましたが、今日から真の家庭の一員になられました。これから聖婚式までは私たちの家に滞在されますが、この点を肝に銘じて過ごしていただきたく思います」

そうして、その場にいた他の子たちにも敬礼を捧げさせました。

「これからは全淑氏を妹や姉として対さずに、真の家庭の一員として対さなければならない」

その日以降、6人兄弟のうち4番目であった全淑氏に対する私たち家族の呼称は「全淑様」に変わりました。

私は全淑様を育てながら、一度も叱った覚えがありません。いつも着こなしはきちんとしていましたし、机はきれいに整頓されていました。姉、兄たちと、やんちゃな弟、妹たちに挟まれていても、いつも物静かに自分の位置を守る性格でした。私たち夫婦の長所をはるかに越える天稟と資質、洞察力を持って生まれたと感じていましたが、今考えてみると、神様の特別な恩恵によって準備された子であったように思います。

当時10代後半だった顯進様は背が高く活動的な方でした。最も尊敬し、慕っていた興進お兄様を、3年前に交通事故で失った衝撃と心の痛みを抱えていたにもかかわらず、ソウルオリンピック出場のための乗馬訓練に余念がありませんでした。

私はイーストガーデンで偶然出会うと「おじさん(韓国語でアジョシ)」と呼ばれましたが、聖婚以降もしばらくの間、私の呼称は「おじさん」でした。私もまた顯進様を婿と考えたことがなく、真の家庭(真の父母様と真の子女様たち)に対する祝福家庭としての私の気持ちにも変わりはなかったため、そのような呼称も負担には思いませんでした。

人の中には私に対して、「文総裁と姻戚になり、また一番成功している文総裁の息子が婿になったのだからどんなに良いでしょうか。今後の人生が開けましたね」と言う人もいました。

これまでに私が経てきた苦難を知る人はそのようなことを言いませんが、当時、私にそのように挨拶する人は少なくありませんでした。内情も知らずに言っていることでしょう。その度に、そんなことを言ってくれるなと首を横に振りました。

顯進様は、妻の実家だからといって、私や私の家族に対して特別に便宜を図る方ではありませんでした。むしろ、より厳格な基準で対されました。最近この歳になり、家庭連合からあらゆる罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びていることで、幾度か顯進様から慰労の言葉をかけられましたが、以前であれば考えられないことでした。

真の家庭に3番目の嫁として入り、イーストガーデンでご父母様に侍り、実質的な長男の嫁の役割をするようになった全淑様も、毎朝毎晩、お父様にお目にかかるために出入りする私に、視線を向けることはありませんでした。私が住んでいた家は、イーストガーデンから5分ほどの所にありましたが、聖婚後7年間、一度も実家を訪ねることはせず、常に真の家庭の嫁の役割に精誠を尽くし、努力しているようでした。

私としてはそのような姿が不憫でもあり、また本当に貴く感じられました。

文顯進会長を後継者に

文顯進会長を後継者に

1990年代に入り、お父様が率いてこられた統一運動は、全般的に質的な大変化と革新を繰り返していました。

1990年と1991年、お父様はゴルバチョフと金日成それぞれに会い、摂理的な和解をされました。その上で1993年、成約時代の宣布と共に、ご自身がメシヤ、再臨主、真の父母であることを宣言された後、1994年に協会創立40周年を迎えて革命的な発表をされました。40年前に立てた世界基督教統一神霊協会、いわゆる統一教会の看板を下ろし、世界平和統一家庭連合を公式的に出帆(1996年)したのです。歴史上お父様ほど、当代に世界的な宗教基盤をつくった方もいませんが、そのような基盤のある宗教の看板を自ら下ろした方もいないでしょう。

宗教の看板を下ろしたお父様は、一番最初に、祝福の門戸を広く開いてくださいました。「文鮮明総裁」といえば、世界どこに行っても「合同結婚式」で有名な方ではありませんか。私たちはこの結婚の儀式を「祝福」と呼びます。神様を中心に永遠なる夫婦の契りを結び、神様が願われる真の家庭を成すことを誓う儀式です。

私も1961年にお父様から36家庭の祝福を受けましたが、祝福を受けるためには非常に厳しい資格条件を満たさなければならないのが統一教会の伝統でした。ところがお父様は、家庭連合の出帆と共に、この祝福の門戸を広げ、世界的な祝福運動を展開されたのです。

このように摂理的に大きな変化と革新を主導した1998年7月19日、顯進様は世界平和統一家庭連合の世界副会長に就任されました。就任式でのお父様の感激的なみ言葉と祝福からみた時、これは単純な世界副会長の任命を超えて、内外にご自身の後継者を公認・発表された内容です。対外的には世界会長である私や私たち全てがお父様の後継者である顯進様に侍り、新しい時代を迎えたのです。

ニューヨークのマンハッタンセンターで開催された就任式に、全世界から400人余りの内外の指導者が参席したこの行事を、お父様は非常に重要に考えておられました。祝辞を通して、「神様の摂理史における天宙史的な事件」と言及されたほどでした。

当時のお父様は、家庭連合指導者たちの世代交代を断行し、40代前半の指導者たちを大挙前面に配置されました。この時、韓国を代表した指導者が黄善祚氏、米国を代表した指導者が梁昌植氏、日本を代表した指導者が大塚克己氏でした。3人とも、1982年に6000家庭の祝福を受けた40代前半の指導者たちでした。お父様はこの3人の指導者を呼び、「顯進様と一つになって進んでいくこと」をことさら強調し、念を押されました。

年上の息子がいるのになぜ3番目の息子を後継者に立てたのか、不思議に思う人もいることでしょう。神様のみ旨を成すための摂理的な責任を負い、生涯開拓してこられたお父様の立場から、ご子女様のうち1人を後継者に立てるということは、その息子が父の摂理的責任を継承することを意味しています。責任の一部ではなく全体をということです。

後継者選定において一番重要な基準は、「その方が父の後を継いで摂理的な責任を果たせるかどうか」です。ご自身の努力で全ての条件を満たす息子を立ててこそ、摂理が次の世代でも継続的に発展することができるのです。

顯進は生まれつき恵まれた息子

お父様は顯進様が特出していることを昔からよくご存知でした。私に一度このように話されたことがありました。

「顯進は生まれつき恵まれた、天が送ってくれた息子だ。指導者として器が非常に大きく主観がはっきりしている。大きなことをする人なのでよく育てなければならない」

お父様は幼いときから顯進様を格別に強く育てられました。難度の高い訓練を通して将来の準備をさせました。10代の頃から多方面に渡り鍛錬してこられたその姿を、私もまた近くで見守ってきました。米国にいらっしゃるとき、お父様はときどき遠くの海に出ていき、数日、数ヵ月に渡って波と戦いながら精誠を捧げられるのですが、指導者にもマグロ釣りを通した海洋修練を受けさせることがありました。米国東部の大西洋沿岸に位置するボストンに、このための前哨基地がありました。顯進様は少年期からこの修練に参加されたのですが、14歳でマグロ釣りボートのキャプテン(船長)になり、厳しい修練過程を消化されました。このような修練を積まれたのは、男性のご子女様の中でも顯進様ただお1人です。

重さが数百キロにおよび、人の身長よりも大きいマグロを獲ろうとすれば、ボストンの港から遠く離れた海までボートを運転して行かなければなりません。明け方の4時になると、地域の漁民たちと競争するように陸地を離れ、遠海に向けて出発しました。互いに良いポイントを確保するための競争を繰り広げながら、約2時間ボートを走らせ、大西洋の遠海に出ると、マグロがよく獲れる「海中高原」という有名なポイントに200台近くのマグロ釣り漁船が集まります。腰を据えて錨(いかり)をおろした後は、一日中休む暇もなく、その日の日課をこなしていくのです。

のんびりと釣り竿を垂らして、海の景色を鑑賞しながら鼻歌を歌う、そのような余裕を楽しむ時間ではありません。深海に住むマグロが朝食を取るために、中間サイズの魚が集まっている海中高原へと上ってくるのですが、その前にマグロが好きなイワシを大きな釣り針に丸ごと刺して流しておかなければなりません。適当に仕掛けを投げればいいのではなく、海中高原の地形、海流と海風まで緻密に計算して投げ込まなければならないのです。一隻の船で、深さを変えて、普通12本ほどの釣り糸を一定間隔で垂らします。本当に壮観です。

子供の手の指くらいのとても丈夫で太い釣り糸を使います。マグロの当たりが来て凄まじい速度でラインが引き出される時に絡まないように、かごの中にきちんと重ねておかなければなりません。マグロを引き寄せるために、強い日差しを受けながらひどい臭いのするスケトウダラを切って、絶えず海に投げ込むことも忘れてはいけません。

準備を全て終えたからといって、誰もが容易くマグロを獲れるわけではありません。1ヵ月間1匹も獲れず、徒労に終わることもよくあることでした。そんな中で、突然マグロが餌に食いつく瞬間、白くて大きいウキが矢のように素早く海のなかに落ちていくとともに、かごの中の太い釣り糸が瞬く間に海の中に吸い込まれていきます。船に乗っている人たちは喜びの歓声を上げながら、各自、任された役割に従い、一糸乱れずに動きます。誰かが錨に風船をつけて船から放り込んでおかなければなりません。マグロが力尽きるまで重い船をひいていくようにするためです。またある人は残りの釣り糸を迅速にたくしあげます。釣り糸同士絡まってはいけないからです。周りの船も、羨望と嫉妬が混じった眼差しをマグロのかかった船に向けながら、自分たちの釣り糸を皆巻きあげて、道をあけるのです。

釣り針に苦痛を感じているマグロは、海の中を物凄いスピードで力いっぱい走ります。

太い釣り糸が早いスピードで引き出されるのですが、ここで下手をして体が絡まってしまったら、間違いなく海のなかに落ちてしまうでしょう。命を失う危険もあります。30分から1時間前後、熾烈な死闘を繰り広げて、マグロを釣り上げるのですが、その達成感は言葉では言い表せないものがあります。

お父様はそのような大変なマグロ釣りに、指導者たちとご子女様まで連れていかれ、長い時間修行されました。神様の摂理に対して精誠を捧げる一方で、強靭な生存訓練をするためでした。

親であれば大抵、子の安全を最優先に考え、可能な限り危険のない環境で教育しようとするのではないでしょうか。お父様の教育方法はそれとは全く違いました。だからと言って、顯進様がさまざまな言い訳をして逃げ回ったならば、お父様も器がないと判断して、いち早く断念されたかもしれません。

「この親にしてこの子あり」というように、顯進様はお父様の気質をそのまま持って生まれた方でした。諦めるということを知らない、何にでも粘り強く、最高の目標に挑戦する性格の持ち主でした。

重要なことがある度に、顯進様は大自然の奥深くに入っていかれ、精誠を捧げるのですが、それは幼い頃からお父様を通して経験し、受け継いだ方式そのものでした。

顯進様の家庭を近くで見守る度に、私はいつも心温まるような感動を覚えました。お父様から受け継いだ内容と経験に、創意工夫を加味して子女たちに伝授している、立派な子女養育の姿勢は、実に見ていて感動させられるものでした。

顯進様は、ご父母様から立派な品性とすらりとした容姿だけでなく、壮健な体格まで受け継いでおられます。学生時代には、アメリカンフットボールをはじめ、さまざまなスポーツに卓越した才能を見せ、大韓民国の乗馬国家代表選手として、88年のソウルオリンピックと92年のバルセロナオリンピックに、2回連続で出場しておられます。学業においても常に頭角を現され、世界最高学府と呼ばれるコロンビア大学で歴史学を学び、ハーバード大学MBA(経営大学院)まで卒業した才子です。また、UTS神学大学院修士課程を首席で卒業されました。このような息子がいるということは、お父様にとって常に誇りであり、摂理を経綸していくにおいて心強かったことと思います。

顯進様がいわゆる「金のスプーン (*19)」で、何の苦労もせずに育ち、親の七光りで後継者の位置に上ったと考えている人がいるかもしれません。それはお父様の基準や絶え間ない努力で、最高の資質を培ってきた顯進様の立場からすれば、とんでもない誤解です。

過去10年間、顯進様は統一家から、筆舌に尽くしがたい反対と迫害を受けてきました。そうした中においても、世界を舞台にして人類平和のための幅広い活躍を繰り広げ、特に韓半島の平和統一のために身を投じてこられました。その事実だけを見ても、なぜ顯進様がお父様の後を継ぐ息子として選ばれたのかが、よく分かります。

私は家庭連合をはじめ、お父様が創設されたさまざまな団体の責任を担ってきました。公的な立場で働きながら、いつも一つの考えを持ち続けていました。それはいつか、お父様のご子女様の中でお1人が立たれれば、その方にこの全ての責任を託さなければならないということです。顯進様が準備を整えられ、1998年、公的な責任を担い、お父様の後を継ぐ方として認められた時、その時の喜びと感謝の思いは言葉では言い表せないほど大きいものでした。摂理歴史において、「この地上に真の父母と真の家庭が顕現すること」が神様の願いの中の願いであるように、真の父母として来られたお父様のご子女様が成長して大人になり、摂理的な責任を担われるということは、余りにも当然なことだったからです。


19.金持ちの親のおかげで、特に努力しなくても贅沢な生活ができる人のこと。

神様の夢の主人

神様の夢の主人

家庭連合の世界副会長の責任を担った顯進様は、それ以降、お父様が経綸なさる摂理運動の全領域へと責任を広げて行かれました。それは顯進様ご自身の意志というよりも、息子に早く相続させ、父子が一つになって神様のみ旨を成そうとされるお父様の意志がより強かったように思います。お父様は2000年初めから「母子協助時代は過ぎ、父子協助時代が出発する」とおっしゃいました。このような摂理的な流れからも、なぜ顯進様を立てられたのか理解することができます。

今年で21年目になりますが、顯進様は神様のみ旨のための公的な分野で、変わらず責任を果たしておられます。それは決して短くない歳月でしょう。

顯進様について一言で表現するなら、「神様の夢の主人」という言葉になるのではないかと思います。

最も近い場所で、最も長い期間、私が見守ってきた顯進様は、まさしく「神様の夢の主人」でした。

顯進様がくり返しこのように話されるのを、聞いたことがあります。

「最高の孝子とは父母の夢に一致し、その夢の主人となって、渾身の力を尽くしてそれを必ず成しとげる人です。皆さんは一番最初に神様の夢に一致し、神様の夢の主人とならなければなりません」

家庭連合で「真の父母様に対する絶対服従が最も高い孝子の基準」だと強調するとき、顯進様は「真の父母様を神格化して食口たちを盲目的な信仰の奴隷に転落させるな」と厳しく忠告しながら語られました。

顯進様にとって神様の夢の主人とは、神様のために最高の孝子として生きる人のことです。自らの責任分担として、父の夢を成して差し上げる息子をいうのです。顯進様は正に、そのような孝子の生き方をされている方です。

顯進様の公的な路程を見守りながら、非常に貴いと感じたいくつかの内容があります。

真の家庭の構成員の他の誰よりも、高位指導者の誰よりも、お父様の夢とみ言葉、また摂理観に対して完璧に一致しておられる傑出されたお方です。さらに第一に、何よりも顯進様はお父様に如何なる位置や地位も要求されませんでした。

第二に、お父様から多くの責任を託されながらも、一切お父様の援助に頼ろうとはしませんでした。

誰であろうと、大きな責任を担うようになれば、自然に位置や財政的支援をお願いするものですが、顯進様はそのようなことが全くなく、常にご自身が全ての責任を持ち、自ら解決しようとなさいました。この方特有の主人意識でした。事務室を構えて座って指示するよりも、お父様に似て、現場を回りながら実践をもって模範を示されました。

顯進様は公的な責任を持たれたときから、指導者と食口、特に二世たちに「神様の夢の主人になろう」と強調されました。何らかの目標を成そうとする本当の動機は「位置」ではなく、目標に対するオーナーシップ、すなわち「主人意識」から出てこなければならないというのが持論でした。そしてこれは自然に、盲目的な服従にだけ慣らされた教会文化を正しく革新しようとする試みへとつながっていきました。

顯進様は、家庭連合指導者の意識が相当ずれてしまっていることに対してかなり悩まれ、これに対してくり返し厳しく叱責されました。

「位置ばかり欲しがる人たちが余りにも多いです。与えられた責任は、お父様の権威を借りて簡単に遂行しようとするのみで、その一方で、良くない結果に対する責任は、そのままお父様に返しているのです」

ある時、私にそのような悩みを打ち明けられたこともありました。

顯進様は、特権意識に慣らされた祝福子女の文化についても叱責されました。真なる指導力と霊的な権威を持つためには、特権意識を排除し、各自の責任で正しい先例を立てなければならないというのが持論でした。

「私が一番嫌悪する単語は、特権、体面といったものです。二世は特権意識があってはなりません。父母が苦労したから子供たちは余り苦労せず、良い位置につかなければならないというのですか?それが家庭連合を駄目にし、子供たちまで駄目にする道です。子をより立派に育てようとするなら、父母以上に苦労させなければならないでしょう。何より指導者は体面を優先に考えてはなりません。このような文化は、定着時代には、全て捨ててしまわなければならない荷物なのです」

そばで見てきた立場から断言しますが、顯進様はこのような哲学を、ご自身の子女様たちにも極めて厳格に適用しておられます。

顯進様は、真なる主人意識がなければ、正常な目標に向かって力強く進んでいくことができないと言われました。主人意識の欠如が統一運動全体に大きな危機をもたらす可能性があると見たのです。

ところが、家庭連合を革新しようとする顯進様の試みと努力は、事あるごとに困難と反発にぶつかりました。到来した新しい時代に、父の夢を成して差し上げる主人となることを勧める顯進様の革新的努力は、これまで、全てをお父様の恩恵に頼ってきた既得権を持った人々の考えと衝突することが多かったのです。そのことによって、むしろ

「自分だけの基盤を構築して、お父様と違う道を行こうとしている」という誤解を受けたりもしました。しかし、顯進様は歩みを止められませんでした。その代わりに、愚鈍なほどに最も原則的な正道に固執されました。簡単な道を選ばない人に困難が付きまとうのは、ある意味、当然の結果なのかもしれません。

お父様が建てた基盤は誰のものか

多くの人が顯進様に、助言にならない助言をしました。適度に周りに合わせたり、多少頭を下げてみてはどうかと。そうすれば、全ての組織と人々が顯進様の側に立つでしょうと。しかし、顯進様はそうした声を聞き入れるそぶりも見せませんでした。ある時は、やられてばかりおられるのが余りにも気の毒で、私もそれと似た助言を1、2度したことがありました。そのたびに、顯進様は私自身が恥ずかしくなるようなことを語られました。

「郭牧師、お父様が立てた基盤と人々は全て誰のものですか。お父様のものですか。私のものですか。この統一家の食口たちのものですか。全ては神様のものです。私たち全ては神様の側に立たなければならないのです」

顯進様はいつも正道を歩まれ、途中で倒れれば再び立ち上がり、終始一貫した道を進んでこられました。その過程の困難を減らすために、自らがお父様の後継者であることを掲げたことは、公的な場でも私的な場でも、一度もありませんでした。

公的な場であろうと、私的な場であろうと、顯進様のポジションはいつも「神様のみ旨の主人」でした。

他の人と違って、「私が後継者なのだから、皆さんが私に従わなければならない」ではなく、「このみ旨を成したい切実な心があるならば、私と共にそれを成していこう」というのがこの方のキャッチフレーズだったのです。

み旨を説明したり、ご自身が事業を展開する過程においても、一切、お父様の名を利用しようとはしませんでした。真の父母様の指示だといえば、付き従う食口が大多数でしたが、顯進様は絶対にそうしませんでした。「これはお父様の意向であり、お父様の指示なので、皆さんはこれをしなければならない」といった言葉を、私はこの方から聞いたことがありません。正道を歩む貴い姿勢です。

このように、顯進様はご自身自ら、常に神様のみ旨と摂理に焦点を合わせる模範を示してくださいました。このことがどうして必要なのかを力説し、動機を与えることで、その結果として人々から自発的な参加を導き出してこられたのです。

このように、大変な過程を経て人々を教育し、成功的な結果を出すと、いつもそれを神様、お父様、真の家庭によるものとして栄光をお返しする顯進様であられました。決してご自身をひけらかす方ではありませんでした。

祝福家庭のアイデンティティを呼び覚まし、統一家の若者を養成し、2008年頃までUPFを中心に、世の中がお父様を尊敬することができる基盤をつくりましたが、舞台裏で陣頭指揮を取られた顯進様ご自身は、実際に現場では、自分が現れて自らを誇ろうとはしませんでした。そのため、顯進様が一体何をされているのか、よく知らない一般食口も多くいました。

このような内幕を詳しく知っているある人が、ご自分の広報も少しはなさってくださいと助言しましたが、10年以上もの間、マスコミのインタビューさえも受けなかった方です。多くの記者が家庭連合の後継者に対して関心を持って、インタビューを要請しましたが、この方は一度もご自身を主張したり、取りつくろってよく見せようとはしませんでした。ただ黙々とお父様の息子として、後継者として、神様のみ旨の前に、恥ずかしくない模範と先例を立て、最高の実績を神様と真の父母様の前にお返ししようとされる道を歩んできたのです。

しかし、「至誠天に通ずる」であり、真実は必ず顕れます。

平坦ではない道を歩き、その過程ごとに、多くの誤解と試練がついてまわりましたが、いつも顯進様は堂々と成功的な実績をもとに天を動かし、お父様に大きな希望と感動を捧げられました。顯進様に任された責任の一つひとつが、このように価値ある苦労の上にもたらされたものだったのです。このことに関して私が覚えているエピソードをいくつか紹介します。

私の手帳に書かれた記録によれば、2006年10月、顯進様に大きな変化がありました。

ソウルオリンピック重量挙げ競技場で世界平和青年連合指導者大会が開催された日、当時、青年連合世界会長職についていた顯進様が、約2000人の青年指導者に対して演説をされました。一般的な講演とは全く違う雰囲気でした。演壇から下り、客席の通路を往来して、聴衆と近くで呼吸しながら熱弁をふるっていました。顯進様の卓越した演説は、世界のどこに行っても最高のものとして認められていますが、10年前もそうだったのです。

「感動的な演説でした」

「文総裁のご子息には本当に驚きました」

この日の演説に触れた著名人が、口々にそのような感想を述べました。代表的な平和大使数名は私にわざわざ電話までしてきて、「今日の文顯進会長の演説は実にすばらしかった」と賛辞を伝えてきたりもしました。

「文総裁が立てた息子さんがどのような人なのか知りたかったのですが、演説を聞いて本当に感嘆しました。総裁はこれ以上、未来の心配をされなくてもよさそうですね」

聴衆の心をつかむ顯進様の演説に、お父様も深く感動されました。

前年の2005年、天宙平和連合(UPF)を創設されたお父様は、その頃、全世界の平和大使を組織する仕事に重点を置いていらっしゃいました。将来、顯進様が、その仕事を引き継ぐのにふさわしい能力を備えていると判断されたようでした。その行事の翌日、青年指導者を招待した朝の訓読会で「平和大使を組織し教育する責任」を顯進様に与えられたのです。

自分の言葉で語られる顯進様の価値

数ヵ月後の2007年3月17日、お父様はUPFが主管する国際指導者会議(ILC)を米国ハワイで開催されました。その時、UPF世界議長だった私に突然、指示されました。

「今回のILCではあなたの代わりに、顯進に基調演説を任せてみることにしよう」

顯進様としては、世界最高の指導者の前にデビューする機会となりました。

顯進様は全世界から招待された約500人のそうそうたる指導者たちの前に立ち、原稿もなしに、聴衆を圧倒する演説を披露されました。演説時間はそれほど長くありませんでした。顯進様は多くの指導者たちの前で少しも気後れされることなく、最初から最後まで、お父様の息子として堂々としておられました。演説の最後に、どれほどすばらしくお父様を証されたか、私は子供のように心が躍り、嬉しくて仕方がありませんでした。

その場で私が一番感動したのは、「神様の摂理と原理の精髄を貫くみ言葉の内容」でした。

私は1950年代から原理講師として生きてきた人です。誰よりも長い期間、お父様のすぐそばでみ言葉と指導をたくさん受けてきました。そのような私が顯進様のみ言葉を聞いて、はっきりと悟ることができました。

「神様の摂理と原理、そしてお父様の教えを理解する次元が私たちとは根本から違うのだ! 」

世の中の人々には馴染みのない原理的な用語を繰り返し使う私たちとは違い、顯進様は世の中の指導者も違和感を感じずに受け入れることのできる、独自の明確な表現と用語で原理と摂理の内容を整理していました。それを多様な文化形式と習慣の下にある人たちの心に響く広く深い言葉と表現で表していました。最も普遍的な言語で、一貫した説明をしていたのです。それは、既存の神学的なフレームで原理とお父様の教えを伝えようとしてきた私たちの限界を、はるかに越える水準でした。それゆえに、顯進様はよくUTS神学者に、「過去の限界に縛られたユニフィケーショニズム(Unificationism)という神学的拘束から脱しなさい」と勧められたのではないかと思います。ところが彼らはこのようなアドバイスを、ただ批判としてのみ受け入れていました。非常に残念なことです。

顯進様が神様のみ旨と原理を理解し、体恤した過程は、私たちとはかなり違っていました。

例えば、顯進様は「自然が私の教会」という言葉をよく言われました。幼い頃から大自然の中での直接的な体験と経験を通して、かなりの悟りが蓄積されたのだと思います。

これに関するエピソードが一つあるのですが、2017年、米国の有名なキリスト教の牧師2人が、大自然のなかで精誠を捧げる顯進様の日程に同行したことがありました。その中の1人が、非常に大きな悟りを得たと感動されながら、次のような話をしました。

「これまで神様の真理のみ言葉を聖書の中でだけ探そうとしていましたが、今や私の考えを直さなければならないようです。神様の普遍的な真理をこの大自然の中でも見いだすことができました。大自然は私にとって、生きたもう一つの聖書になりました。私は文顯進会長が大自然の中で体得した原理を信じます」

誰かの言葉を借りて話すのではなく、原理と摂理、そしてお父様の夢を、体得した自分だけの言語で話される顯進様の価値を、一番最初に公認された方がお父様でした。それゆえに、顯進様に、世界最高の指導者たちを対象に原理教育をせよといわれたのでしょう。

ところがこのような顯進様のみ言葉に対して、讒訴する家庭連合指導者たちがいました。

ある指導者はお父様に「顯進様の教えはお父様の教えと違う」と言い、また他の主要幹部は「顯進様と話して見ると、真の父母様に対する理解が違っている」と言及することすらためらいませんでした。

彼らは顯進様のみ言葉を理解しようとするよりも、先入観を持って文字的に分析し批判しました。さらにはお父様の教えさえも、キリスト教神学と原理的術語の枠にはめて、顯進様のみ言葉がその枠から外れていると非難したのです。

考えてみると、お父様はすでにどのような結果が出るかを予想され、顯進様を国際指導者会議の基調演説者として立てられたように思います。そのような信頼によって、顯進様が自然に統一運動の頂点にある組織、UPFの中心になるように導かれていったのでしょう。

その結果に非常に満足されたお父様は、次のようなみ言葉をくださいました。

「毎月17日に、このような国際指導者会議を開催し、顯進が責任を持ち、世界最高の指導者と平和大使を管理して教育するようにしなさい」

そうでなくても、家庭連合、CARP、青年連合などに責任を持ち、多忙な日々を送っていたのですが、顯進様はさらにお忙しくなっていかれたのです。

何よりも驚くべき事実は、顯進様は与えられた役割にだけ忠実な人物ではなかったという点です。

顯進様はすでに神様のみ旨の主人であり、父の夢を相続した息子でした。

UPFを革新しながら、父が夢見てきた究極的な生涯の目的を成して差し上げるということに焦点を当てて、目標実現のための具体的なロードマップを持っていました。

顯進様の積極的なオーナシップとリーダーシップに対して、UPFと因縁を結んだ世界最高の指導者たちは自然に敬意を表しました。そして顯進様を満場一致でUPFの共同議長に推戴したのです。

お父様の厚い信頼と世界指導者たちの惜しみない協力のなかで、顯進様はUPFでも、磨き上げた実力とリーダーシップを余すところなく発揮していきました。

この時、お父様は事実上、代表的な摂理機関の責任を全て顯進様に喜んで任せられていたのです。

危機をチャンスに変えるリーダーシップ

危機をチャンスに変えるリーダーシップ

特に顯進様は危機をチャンスに変えるリーダーシップに秀でておられる方です。

お父様が数十年間、南米で精誠を捧げ、遠い将来を予見されて、パラグアイに大規模な投資をされた内容がありました。パンタナール地域の60万ヘクタールの広大な土地です。南米圏全体を教育するためのご計画があり、南北米のキリスト教圏を連合させて、世界平和実現の先頭に立てようとする大きな志がそこに込められていたのです。

ところが2007年頃、指導部がその土地の管理を疎かにしたことと、パラグアイ政府のとんでもない誤解によって、土地が没収されるという事件が発生しました。翌2008年初めにお父様は、いち早くこの問題を解決するようにと、顯進様に全権を委ねられました。

そこで顯進様は当時のブッシュ米大統領の弟であり、教育関連の非営利活動をしていたニール・ブッシュ氏と共に、パラグアイ入りしました。私もこの時、顯進様に同行したのです。

パラグアイ大統領に談判

ニカノル大統領は、お父様と私たちの運動に対して否定的な見解を持っているようでした。ほぼ2時間に渡り激論が交わされましたが、そばで見守っているだけでも手に汗握る緊張の連続でした。

顯進様は押したり引いたりしながら、非常に智慧深く大統領を説得していきました。特に退任を控えた大統領に、最も意味のあるレガシー(Legacy 業績、遺産)が何であるかをはっきりさせながら、パラグアイ政府がこの土地の私有財産権を保護しなければならない理由を明確に説明されました。

外国資本の投資誘致が切実であるパラグアイの国益を深く考えさせる機会を与えたのです。

結果的に、大統領の誤解は解け、危機は解消されました。

「文博士との経験は非常に特別でした。このように堂々と一国の大統領を説得することができるとは、本当に驚きました」

会談の場から出てきたニール・ブッシュ氏は感動してこのような感想を漏らしたのです。

パラグアイの土地問題を解決したことだけでも物凄いことですが、顯進様の慧眼はその程度で終わりませんでした。火急の問題を処理した後、顯進様の関心は別の部分に集中していました。

「どうしてお父様はこのような見捨てられた地、世界で最も貧しい南米の小国の未来を思われ、精誠を捧げられたのだろうか」

地球儀を取り出し、大韓民国の正反対の地域に位置したパラグアイの地図を見られた顯進様は、「お父様の大きな志を、今分かったような気がする」

と意味深長な言葉を残されました。

それから6ヵ月後、顯進様の一つの構想が、ついにパラグアイで顕在化しました。2008年最初のGPF行事が7月、パラグアイで開催されたのです。

追い出されなければ運がいいというほど難しかった宣教地域パラグアイで、2008年最初のGPF行事を開催するなど、誰も思いもつかなかった発想ではないでしょうか。

ところが、驚くべき歴史は、パラグアイ1ヵ所だけではありませんでした。2008年の間に、世界各地で成功的なGPF行事が行われたのです。

顯進様が行く先々で、世界の最高指導者たちが感動し、この運動に参加しようとしました。その中の1人が、ブラジルに2,500万信徒を持った、南米最大のプロテスタント教団を率いるマノエル・フェレイラ師でした。顯進様に初めて会ってから3ヵ月後に行われたパラグアイでのGPF行事に参加した彼は、この行事に大きな感動を受けた余り、式順の最後に電撃的に登壇し、数千人の聴衆の前で「ブラジルにおいても文顯進会長を招待してGPF行事を開催する」と発表したのです。

この歴史的な場面を私も現場で見守っていました。フェレイラ師が顯進様の手を持ち上げて聴衆の歓声に応える場面を、今でも鮮明に覚えています。

フェレイラ師は今も顯進様に声援を送っておられます。

大きな家ともいえるキリスト教から、お父様はどれほど多くの悲しみを味わってこられたことでしょうか! 今、ご子息が、南米を代表するキリスト教の偉大な指導者と一つになって、お父様の長きに渡る悲しみを洗い流して差し上げているのです。本当に感激しました。

フェレイラ師は、ご自身が約束した通り、その年の12月、ブラジルの首都ブラジリアでGPF行事を盛大に準備し、顯進様をこの行事の主賓として招待しました。行事の全ての費用をご自身のブラジル教会が負担し、教団所属の牧師500人余りを招待して顯進様を紹介したのです。

GPF行事がこのように新たな次元の運動を引き起こすだろうと信じた人は、顯進様以外に誰がいたでしょうか。私自身も信仰が足りなかったのですから、UPF指導者たちは言うまでもなく信じていなかったことでしょう。だからなのか、2007年9月、ニューヨークで内部のUPF指導者会議が開催された際、顯進様はその場に集まった指導者たちに語られました。

「皆さんの中でお父様の夢を成して差し上げる自信があり、具体的な計画を持っている人は、今この場で話してください。もし皆さんにそのような自信もなく、計画も立てられていないのであれば、今の私の計画に従って動いてください。私はお父様の夢を目標期間内に必ず成して差し上げる自信があります。また、それを成すことができる計画も持っています! 」

それから約10ヵ月後、私は世界中で開催されるGPF行事が大きなブームを巻き起こす、驚くべき成果を目撃しました。その時、顯進様があんなにも自信を持って指導者たちを説得した理由がよく分かりました。

今後40年はあなたが導いて行かなければならない

息子の活躍を見守られるお父様の喜びと信頼は、言葉では言い尽くせないほど大きなものでした。特に完璧な英語を駆使しながら、神様とお父様の夢を中心に、世界各地で自由に堂々と交流される姿は、実に誇らしかったことでしょう。

「過去40年は私が導いてきたが、これから40年はあなたが導いていかなければならない。祝福もあなたがしなければならない」

いつだったか、米国巡回を終えて帰国した顯進様に、お父様はこのように話されました。直接聞いた話ではなく、私の息子、珍滿が顯進様と共にお父様にお目にかかるため、麗水に行った時、数人の幹部がいる場で、お父様がそのようにおっしゃられたそうです。これまでは、胸の中にだけしまっておいた内容ですが、もう明らかにしても良いでしょう。

2008年3月、顯進様は非常に重要な手紙一通をお父様に差し上げました。

顯進様の摂理観と、今後、ご自身が展開する活動計画を総合的にまとめた長文の手紙でした。

手紙を全てお読みになられたお父様は、「全体的な神様の摂理の流れと脈絡に精通している」と言われ、大いに満足されました。そして顯進様の前途を祝福されました。

しかし、不幸なことが起こりました。

家庭連合と教権指導者は、このような忠実な息子をわずか1年で「反逆した者」として追いやっていきました。祝福家庭を神様の夢の主人にし、より大きな未来に挑戦しようとした顯進様の努力は、最終的に危機的局面を迎えるようになるのです。

その結果、統一運動全体に深い暗雲が立ち込めました。

顯進様は、2009年半ば以降、独自の道を歩んできました。

過去10年間、家庭連合からあらゆる反対と迫害を受けながらも、黙々と世界的な基盤を築いてきました。

過ぎ去ったことに対して、「もし、こうであったならば」と語っても意味のないことでしょう。それでも、このような想像をしてみたりします。

もし統一家全体が一つになって、2008年に顯進様が起こした運動の風を発展させ続けていったとすれば、どれだけすばらしい結果がもたらされたことでしょうか。

お父様は勝利的な基元節を実体的に成しとげられたのではないでしょうか。

試練の中で輝く価値

試練の中で輝く価値

2009年から本格的に吹き荒れた統一家の混乱と葛藤の中で、最も重要な本質は、「お父様の伝統と遺業」に関する内容です。統一運動の求心点であり聖域であった真の家庭が葛藤の真っ只中に巻き込まれる、嘆かわしい事態でした。

家庭連合世界会長の交代

このような葛藤が遠からず「津波のように押し寄せてくること」を、顯進様は誰よりもよく見抜いておられました。すでに2006年、お父様に送った手紙を通して、深刻化する兆候を吐露していたのです。
「お父様、重要なのは、私でも國進でも亨進でもありません。『天のみ旨が成就されるか否か』です。『真の父母様の真の家庭が正しく立つかどうか』です。

お父様、私はお母様と争いたくはありません。私は兄弟たちとも争いたくはありません。しかしこのまま放置すれば、長期的に見た時、神様のみ旨、お父様が生涯を投入して築かれた基盤が、摂理の最終目標に向かって行くことができず、全て引き裂かれるようになってしまうことでしょう」

手紙の文章を読んでみると、内部の葛藤の根源がどこから始まったのか、充分に推測することができます。すでに2006年から葛藤の深い溝が生じていたのです。

当時お父様は、手紙の内容を真剣に受け止めておられなかったようでした。ご自身が、そのような状況を充分に主管できると信じておられたようです。

時が流れ、お父様は目に見えて気力が衰え、事案に対する判断と決定に多くの混線が起きていました。清平の天正宮に移住された後は、さらに孤立していかれました。そうして顯進様が憂慮していた状況が、現実に現れ始めたのです。

2009年から本格化する大混乱を予告するように、2008年4月中旬、急な変化が訪れました。

末の息子である亨進様が、家庭連合世界会長に就任されたのです。

公式的には、当時の世界会長であった私が離任したのですが、実質的には世界副会長として家庭連合を率いてきた顯進様を押しのけたも同然でした。このような重大な人事交代を控えて何の議論もされず、さらに顯進様には公式的な連絡すらありませんでした。突然の通知を受けたのですから、ただ当惑するばかりでした。さらに、離就任式の行事がわずか3、4日後にあるという伝言を受けました。

私の危惧はさらに深まりました。今回の人事交代が決定されるまでの背後の事情をある程度推測することができたからです。

しかし、すでに発表された内容を巡ってお父様を訪ね、相談するというのは、私の信仰の原則に反することでした。ただ心中深く、思い悩むばかりでした。

当時、顯進様はこうした事の詳細を知らされないまま、南米6ヵ国を巡回中でした。「1

2千人の南米の平和大使を組織し教育しなさい」という、お父様からの特別な要請があったからです。

後で分かったことですが、顯進様はコスタリカからパナマへ出発する前日にこの知らせを伝え聞いたそうです。離就任式の4日前でした。2日間のパナマでの公式日程を終え、一睡もできずに夜を明かされたといいます。早朝に、同行していた指導者たちを呼び、「私がどうすべきだと思うか」と一人ひとり尋ねられたと聞きました。

「ここで私が全てを手放すなら、お父様のレガシーは母と亨進中心に決定されていくでしょう。逆に、私が今のような道を進み続ければ、お父様のレガシーは守られますが、真の家庭とこの運動は2つに別れるようになるでしょう」

多くの人は、亨進様の就任を(1998年の顯進様の場合のように)、真の子女様の1人が公的責任を担うものとして理解しました。しかし、顯進様はそうではありませんでした。将来、私たちの運動の中で、どのようなことが起こるかを明確に見通す一方、将来自分がどのような道を歩むことになるかということもよく分かっていたように思います。

顯進様は天宙史的津波を避けなかった

巨大な天宙史的津波が押し寄せていましたが、顯進様はそれを避けようとはしませんでした。お父様の夢と伝統と遺業を守ることさえできるのであれば、正面からぶつかる覚悟ができていたからです。それゆえに、顯進様は黙々と次の巡回地に向かって歩みを進められたのでした。

南米6ヵ国の巡回を成功裏に終えた顯進様は、3ヵ月後から世界的なGPF運動の風を起こし、このような顯進様の活躍と成果を、お父様は心から喜ばれました。しかし、お父様を取り囲む人々の相当数はそうではなかったようです。

顯進様が頭角を表すことを警戒する余り、甚だしくは、歪曲された情報を吹き込み、お父様と顯進様の間を引き裂こうとする者もいました。彼らが頻繁に使った嘘がありましたが、それは「顯進様はGPF行事を通して、真の父母様ではなく、自分自身を現そうとしている」というものでした。

このような声が聞こえてくる度に、顯進様としてはどれだけやるせない思いだったことでしょうか。顯進様がGPFを始めたのは、言うまでもなく、「神様のみ旨を成しとげようとされるお父様の偉業を助けるため」でした。お父様個人を賛美したり、ご自分をひけらかすための手段などでは決してありませんでした。

顯進様が他の思いを抱いていたとすれば、GPF運動は全く違う結果をもたらしたことでしょう。

わずか6ヵ月にもならない間に、全世界の多くの人々がこの運動を歓迎し、協力した理由は何だったでしょうか。全ての人が共感するビジョンと使命を中心として、この運動が進められたからではありませんか。顯進様は、今もこの原則を徹底して守っておられます。それゆえ、世界を舞台にGPFはますます発展しているのです。

一方では、亨進様が家庭連合世界会長に就任すると共に、教派中心の統一教会に戻そうとする露骨な試みがなされ、もう一方では、お父様の超宗教的な平和理想の伝統を守っていこうとする顯進様のGPF運動が世界に拡散していきました。

それはあたかも、衝突に向けて互いに向かい合って走る、2台の列車のような様相を呈していました。

専用ヘリコプター墜落事故は天の警告

これを警告するかのように、予期せぬところで大規模な事故が発生しました。

真の父母様の専用ヘリコプターが墜落した事故です。ヘリコプターが爆発した大事故でしたが、ご父母様を含む乗客全員は大きな負傷もなく、奇蹟的に救助されました。しかしその事件は、私を含め多くの人にとって、大きな衝撃でした。

お父様が乗っておられたヘリコプターは、世界でも最高に安全な機種でした。そのようなヘリコプターが墜落したというだけでも信じがたいことでしたが、その上、搭乗者全員が救助されたということは、他に例を見ない大変珍しいことでした。

当時、家庭連合世界会長だった亨進様は、これを「7回死んで生き返ったメシヤの偉大さ」として説明しましたが、私の考えは違いました。この事故を通して、天がお父様に何らかのメッセージを伝えていると判断したのです。私だけでなく、多くの人が以心伝心で、そのようなフィーリングを受けたようでした。

事故の当事者であるお父様もまた、明らかにこのメッセージを読みとられたことでしょう。事故直後、顯進様と國進様、亨進様まで3人のご子息がお父様の病室を訪れた際、3人に願われる意味深い言葉を語られたそうです。

「兄弟が互いに一つになれ。兄を中心として、弟たちが兄の右腕、左腕となって、互いに心を合わせていくようにしなければならない」

顯進様は、そのようなお父様のみ言葉を私に伝えると、この話を他の人には公開しないでほしいと頼みました。そして、その理由をこう説明されました。

「お父様が頼まれたからといって、兄弟間の秩序が正されるのではありません。弟たちが自ら進んで兄の権威を認めなければならないし、私も兄の責任を果たさなければなりません」

この言葉に100%納得せざるを得ませんでした。変わることなく大変な道を行かれようとするその姿に、胸が痛まざるを得ませんでした。

今回は奇蹟のようなヘリコプター事故で終わりましたが、今後この葛藤が解決されない場合、さらに不幸なことが起こる可能性があるのではないでしょうか!

残念ながら、状況は少しも良くなる気配がありませんでした。

2009年に入り、家庭連合はさらに手のほどこしようのない混乱に陥りました。それ以降、10年近く続く、統一家の暗黒期が始まったのです。

1月に開催された万王の王神様解放圏戴冠式は、亨進様を後継者に立てようという儀式に変質して広く宣伝されました。

3月に招集された束草集会では、偽の霊界メッセージまで登場させ、顯進様の立場をなくそうとしました。

8月に、顯進様がUCI理事職から金孝律氏と朱東文氏を解雇すると、直ちにUCIに対する資金の支援を全て中断し、これによって「ワシントン・タイムズ」は大きな経営危機を迎えました。

10月には亨進様がUPF世界会長職につきましたが、統一教はUPFを統一教宣教のための下部組織に転落させ、衝撃を与えました。

GPFの独立、言葉では言い表せない迫害の始まり

内部の混乱が長引き、さらにひどい状況になると、顯進様は2009年11月、教会(家庭連合)との関係を整理してGPF活動にのみ専念することを決意しました。私もまた「ついに来るべきものが来た」と思いました。

その年の12月6日、天正宮訓読会を最後に、公的立場のなかった私は、その後、公式の集会に参加することがなくなりました。

1958年に入教し、お父様に初めてお会いしてから、長い歳月をかけて、私の全ての人生を公的職務に費やし、お父様の一挙手一投足に合わせて生きてきました。これを突然辞め、お父様を迎えて開かれる訓読会にさえ参加しなくなったことに、言葉では言い表せない複雑な心境を抱きました。しかし顯進様と顯進様のご家族が通過してきた事情に比べれば、私の境遇は、はるかにましな方でした。

全ての公職から退き、GPF活動に取り組まれた顯進様に対して、家庭連合は言語に絶する非難と攻撃を加え始めました。

忠実に公職を遂行してきた方が、あっという間に異端者・爆破者として追いやられ、公開の場で堕落したアダムにされました。他でもない実の兄弟から、文顯進ではなく「郭顯進」と皮肉られ、「郭錠煥とその家族に振り回されて操縦されている」という、話にもならない非難を聞かなければなりませんでした。それだけでなく、顯進様とその方に従う人には、存在もしない「郭グループ」というレッテルが貼られました。

陰でこのようなことを言っていた人たちは、次第に大胆かつ露骨な公開の場での非難を始め、ついには全世界を回って食口を集め、非難講演まで続けていきました。

祝福家庭や真の食口であれば、真の家庭の長子である顯進様に対して断罪し、審判する前に、客観的に深く考えてみることが最低の道理ではないでしょうか。顯進様の最大の関心事は、財産を守ることだったでしょうか。自分の位相だったでしょうか。当時から今に至るまで、顯進様にとって重要だったのは、真のお父様が守ろうとなさった神様のみ旨と伝統でした。

顯進様にとって最も苦しかったことは、自分に向けられた家庭連合の低俗な誹謗や攻撃ではありませんでした。

真の父母と真の家庭の位相と権威が崩れているという事実に、何より顯進様は胸を痛められ憤りました。しかし、この痛みと怒りを外に表すのではなく、内に秘めて鎮め、無念さを訴えるのではなく、沈黙を守りました。それは真の父母様と真の家庭を守ろうとしたからであり、何よりもお父様を守って差し上げようとしたからでした。

GPF活動を続ける中で、マスコミとのインタビューの機会が何度かありましたが、顯進様はただの一度も、父母様に対する不満や寂しい思いを言及したりはしませんでした。自分の立場について、一度たりとも弁明することはしませんでした。

国際的行事の際に顯進様が泊まられる部屋には、いつもご父母様の写真がテーブルの上に置かれていました。どんな状況でも、ご父母様に対する顯進様の基準は、変わったり揺れたりすることはありませんでした。

2013年、マレーシアでGPF行事が開催された時のことです。

ある日、韓国から来た記者が顯進様にインタビューしたのですが、ある記者がリビングルームに置かれているお父様ご夫妻の写真に気づいて尋ねました。

「いまでもご両親を愛していらっしゃるのですね」

家庭連合から激しく排斥されているのに、両親を恨んでいるのではないかという誘導質問でした。

「親なしで生まれてくる子がどこにいますか。この方々は私の父母です。今も当然、この方々を尊敬し愛しています」

家庭連合は顯進様をひざまずかせるために、引き続き嘘と不義と偽善に溢れた行動をすることをためらいもしませんでした。

当初は、お父様の指示事項を前面に押し立てて、顯進様が服従することを要求し、これが通じないとなると、何と30回余りの訴訟を起こして、力で顯進様を屈服させようとしました。訴訟で負け、資産を全て奪われれば、それ以上行き場のない顯進様は、自分たちにひざまずいて戻ってくるだろうと信じたのです。

勘違いするからと言って、そのような勘違いがどこにあるでしょうか。

お父様が、なぜ顯進様をご自身の後を継ぐ長子として祝福なさったのか、彼らは全く分かっていなかったのです。

容易いとき信仰を持つことは簡単だ

見守る私としてはただただ、残念でなりませんでした。

ご父母様を守って差し上げ、お父様の夢を成して差し上げようとする孝子のなかの孝子を、母まで介入して父と息子の間を引き裂き、兄弟間の葛藤を触発されるとはどういうことなのか。

結局、大規模な訴訟まで主導して、息子を監獄に送ろうとされるとはどういうことなのか。

顯進様は絶対に屈しません。ご父母様を守るために我慢して沈黙しましたが、神様のみ旨を受けて進めることにおいては、決然たる態度を取られます。

いつも真理と義と善の側に立とうとしました。

いくら状況が厳しくても、神様のみ旨の側に立ち、原則と正道を守ってこられました。

「一体どこからあのような意志と決断が出てくるのだろうか」

「過去約10年に及ぶ天宙史的な混乱のなかで、一度くらいは揺れたり、悩み煩うことがなかったのだろうか」

「自暴自棄になり、全てを辞めてしまおうと思ったことはなかっただろうか」

そのような質問に対する答えを、顯進様と私の長男・珍滿が交わした会話を通して見いだすことができると思います。

葛藤が熾烈を極めていた時、珍滿は顯進様のそばを守ることは迷惑をかけるだけだという手紙を書いて、去ろうとしていました。親に従い、ただ神様のみ旨と真の家庭だけを見つめて、信仰の道を歩んできた彼も、自分が侍ってきた顯進様が一瞬にしてそのように罵倒され、自分の家族全体がサタンとして追いやられる状況は耐えがたかったからです。恐らく珍滿にとって人生最大の正念場であったと思います。

この時、顯進様は、去ろうとする珍滿をモンタナの山荘に呼んで、数日間一緒に過ごしながら、多くの会話を交わしたそうです。

珍滿が心の奥底にある話を打ち明けると、顯進様は語られたといいます。

「珍滿! 今こそあなたが誰なのか、神様に対するあなたの信仰がどれだけ真なるものであるのか、確認できるいい機会なのだ。容易い時に信仰を持つことは簡単だ。苦しい時の信仰が本物なんだよ。私たちはどんなことがあっても、摂理の中心である神様を忘れてはならない。今、サタンは自己憐憫と傲慢で全体を試練している。自己憐憫と傲慢こそ、サタンが入る2つの扉だ。この扉を堅く閉めて鍵をかけなければならない! そして、いつも神様の前に感謝と謙遜な姿勢で立たなければならない。私は一度も自分の境遇を悲観したり、この事態を恨んだことはない。状況が難しければ難しいほど、この自然の中で、より強く神様をつかんで、神様のみ旨に一致するのだ。私は周りの状況を主管することができない。しかし、その状況にどう対処していくかは、私が責任もって主管することができる。あなたがここで負けてしまったら、後であなたの家族にどんな顔をして会うつもりなのか。さあ、ここで力を出して、また戻って行こう」

顯進様に会って戻ってきた珍滿は、この内容を兄弟たちに言って聞かせ、私の息子を激励してくださったその貴いメッセージは、海を越えて私の耳にまで届きました。

私たちの家族によって、より大きい誤解と苦痛を経験していらっしゃるにもかかわらず、顯進様は全くそのようなそぶりを見せない方でした。逆に自分の元を離れようとする私の息子をそんなにも大切にし、最後まで責任を持たれる方でした。

「ああ! 顯進様がまさにこのような基準と姿勢で、今の困難を克服しながら歩んでおられるのだ。だから神様は顯進様を祝福せざるを得ず、前途を明るく開いてくださるしかないのだ」

こうして私は、深い感謝の涙を流さざるを得ませんでした。

私はたとえお父様のそばを離れている身であったとしても、変わらない心で、真のお父様であるあの方に、感謝の祈りを捧げながら過ごしています。

「お父様、あなたは『いつどのような状況が展開しても私は行く』と言われましたね。たとえ神様が変わったとしても、『私が神様を振り向かせてでも、この道を行く』と言われました。あなたの息子が今、その道を行っておられます。あなたのお心が慰められますように」

お父様の秘書室長だった金孝律氏が、公式の場で顯進様が「お父様を否定し、自分が真の父母になろうとしている」と非難していた時でした。

お父様でさえ、このような言葉をそのまま聞かれ、顯進様を誤解し、公開の場で非難されていた時でした。

それにより、多くの人々が混乱していた時でした。

しかし、顯進様に従ってきた指導者と祝福家庭は、このような顯進様の揺るぎない姿勢と正しい指導によって、非常に大きな力を得たのです。

私はすでに自分が行く道を決めました

私はすでに自分が行く道を決めました

10年前、モンタナの山荘で顯進様の40歳の誕生日を静かに記念した頃、若い指導者40人余りが山荘を訪ねたそうです。彼らは自ら顯進様のような道を行こうと決意した人たちであり、遠くにおられる顯進様の力になりたいと思い応援しに行ったのです。

顯進様は喜んで彼らを迎えました。

「おお、遠くから来たな。せっかくきたのだから、モンタナの自然をたくさん見て帰りなさい。行きたい人は、私と一緒にすぐそこの前方に見える山に散歩に行こう。前に見えるすぐそこの山とはいえ、かなり大変なはずだ。心の準備をしっかりしておきなさい」

一行は顯進様の案内で、かなり急な山道を登ることになりました。厳しい登山訓練で鍛えられた顯進様の速度について行こうというのですから、指導者たちもかなりハードだったことでしょう。モンタナは海抜1700メートルにもなる地域であるため、息をするのも容易ではないからです。

山の中腹に休める小さな山小屋が見えると、顯進様は言われました。

「大変だろう?登山はこの程度で終えよう。ここでしばらく休んでいこう」

皆が息を整え、遠い山の景色をながめていると、顯進様はこうおっしゃったそうです。

「私はすでに自分が行く道を決めた。皆さんも自分の行く道を決めなさい」

この短い一言に、その場の指導者たちは、変わりもせず、揺れてもいない顯進様の姿を確認することができました。

そして数ヵ月後、顯進様は数十年間過ごしたニューヨークを離れ、家族と一緒にシアトルに移って定住しました。

「ロサンゼルスのような大きな都市が多くあるのに、なぜシアトルに決められたのですか」

私は一度、尋ねてみました。

「シアトルは近くに山が多くあります。自然の近くにある都市です。モンタナとは560マイルほど離れていますが、車で10時間しかかかりませんから、いつでも行けます。大きなことをする指導者は、自宅やオフィスにいてはいけません。高い目標を成そうとすれば、精誠をより投入しなければなりません。モンタナはそのような準備をするのに最適な場所です。子供を教育するにもいいです」

顯進様は続けて語られました。

「これから東部中心の時代は過ぎます。お父様の平和メッセージを見てください。これからは環太平洋時代です。太平洋を眺めるここシアトルこそ、南北統一と南北米の摂理のための前進基地でしょう。韓国も、ニューヨークから行くより4時間近いですし、韓国の僑民やヒスパニック系がここ西部に多く住んでいます。それでかなり前から、こちらに移る計画を立てていたのです。どこに定着するかは私も分かりません。皆このように、天が導いてくださるのです」

私は顯進様が困難な状況をまぬがれるために、しばらくこちらに来ていらっしゃるのではないかと簡単に考えていましたが、この言葉を聞いて感心した余り、膝を打ちたい気分になりました。

「やはりお父様が立てた息子でいらっしゃるのだな。この混乱の渦中においても、目の前に迫った現実ではなく、今後進むべき方向と目標を定め、そこに自分自身を合わせるとは! 」

それ以来、珍滿と珍孝など私の子供たちも、ニューヨークの生活基盤を少しずつ整理し、荷物をまとめて、顯進様がおられる場所に移住しました。顯進様に従った二世たちと指導者たちは、そのように続々とシアトルに移住し、一般食口も次第に増えていきました。

顯進様は、ほとんどの所帯道具をニューヨークの近くの倉庫に保管して、すぐに必要な服や物だけを持って、借家に住み始めました。4年以上、GPF運動と南北統一運動の基盤を築いていかれる間、家を購入されませんでした。

家族全員が入って住むにはとても狭い、皆一緒に座って食事する空間さえ足りない所だったそうです。そこを訪れた指導者たちは、一様にきまり悪い思いをしましたが、顯進様は気にされませんでした。むしろご自身に従って移住してきた祝福家庭が早く定着できるように、全淑様と一緒にいろいろと力を尽くして助けておられました。

「今シアトルの不動産はかなり安く、ニューヨークより税金も少ないです。可能ならば借りずに、長期の住宅ローンで家を買った方がいいです」

具体的なアドバイスもくださって、移住してきた食口も皆、各自の事情に合わせて家を購入したのですが、今では住宅価格が大きく上がり、顯進様のおかげで恵沢を受けたといいます。

4年ほど過ぎて、顯進様の家庭も借家から抜け出し、10人を越える大家族が一つの場所で住める家を購入されました。一昨年、私たち夫婦が顯進様のご自宅に招待された時、顯進様が言葉を濁されました。

「私の自宅には一番最初にご父母様を招待したかったのですが…」

赤くなった目頭から、悲しくも深い孝心を読み取ることができました。

シアトル祝福家庭コミュニティの出発

いつのまにか、シアトルには、顯進様の家庭を中心とする祝福家庭のコミュニティが形成されるようになりました。そのため、顯進様は、祝福家庭と一緒に礼拝を捧げ、子女教育まで担当する家庭教会を出発しました。

シアトルの北、エドモンズ市に2階建ての家を借りました。1階のリビングと部屋一つを隔てる壁を取り除いて、素朴な聖殿を作ったのですが、60人程度が椅子を置いて座ればいっぱいになる広さでした。

私と妻が一緒に息子たちの家に行った時は、必ず日曜日の礼拝に参加します。古くて素朴ですが、敬虔な聖殿の風景に、草創期の若かりし頃のお父様をお迎えし、食口が所狭しと集まってみ言葉を聞いた、当時の雰囲気が自然と思い出されました。珍滿の長男・必善(ピルソン)が背筋を伸ばして顯進様のみ言葉を聞いている様子を見ると、若い頃の自分の姿が思い出されました。60年前、20代で入教した時、私もちょうどあのようだったなと、感慨を新たにしました。

顯進様が主管なさる日曜日の礼拝は、朝6時の訓読会から始まります。顯進様ご夫妻は、いつもお子様やお孫様を皆連れて参加する模範を見せておられます。朝早く始まった礼拝は、午前10時まで、ある時は昼食の時間まで続いたりもしました。

ある日、そこでの礼拝を終えた顯進様が語られました。

「私はお父様に『み言葉をもう少し短くしてください』とお願いしていたのですが、今は私も話がだんだん長くなっています。でも仕方がないですね。ここに来ている指導者たちも教育しなければならず、さまざまな家庭も教育しなければなりませんから。特にこの場は、私の子供たちまで教育を受ける場ではないですか。祝福家庭が原理を皆知っていると思ったのですが、後になってみたら、そうではありませんでした。これからは原理を正しく教えなければなりません」

お父様がそうであったように、顯進様の原理指導は、全ての人が簡単に理解できる語彙を使い、顯進様特有の明快な解説と共に進められます。

昔から統一家の食口と若者たちを摂理の主人として真っ直ぐに指導してきた方でした。天宙史的な葛藤が起こったからといって、教育をおろそかにされるはずがありません。初めて行かれる見知らぬ環境であっても、いつも祝福家庭とその子女たちを正しく指導なさる顯進様から、私はお父様の香りを感じることができました。

顯進様の教育はいつも理論ではなく、実生活に適用される生活原理に焦点が当てられています。特に祝福に対して多くの説明をなさいましたが、それは神様の祝福とは条件的に受ける通過儀礼や教会儀式ではなく、「神様が夢見られた理想家庭を実際に成す道に参加すること」だという教えでした。私たちが「神様のみ旨に一致して、原理のみ言葉通りに生きれば、神様が許された三大祝福の内容が、各自の生活の中で実際に実を結ぶようになっている」という真理もまた強調されました。

ある時は、第一祝福である個性完成に関連して、子供たちが各自の人格と個性を正しく形成するにあたり、「なぜ神様に対する謙遜と感謝の信仰姿勢が重要な影響を及ぼすのか」を次のように説明されました。

「全く同じ状況でも、瓶の中に水が半分しか残っていないと見ることもでき、まだ半分も残っていると見ることもできます。ある危機が迫ると、それを困難と認識するのか、機会として受け入れるかの違いは、個人の人生の究極的な結実に対して、重要な影響を与えます。全てのことに謙遜と感謝の信仰的な姿勢を持っていれば、皆さんの人格は、どのような状況でも正しい立場をとるようになります」

顯進様は最近、「男性と女性の本然の関係と役割について、家庭連合内外で、多くの混乱が起きている」といわれ、男女の関係に対しても、多くの原理的な指導をなさいました。

「神様の二性性相を代表した男性と女性は、それぞれユニークで違うように創造され、お互いを必要とする相互補完的な性格を持っています。愛の中で相手が必要とする部分を満たしてあげ、相互補完的な関係を結ぶ時、真なる平等圏を経験し、無限の価値を持つようになるのです」

まだ100人にもならない小さなシアトル・コミュニティで、顯進様は数年間、ご自身の家庭からコミュニティの祝福家庭に対してまで、さまざまなみ言葉で指導されました。特に子供たちを対象にした教育プログラムが定着するように、気を使っているご様子でした。

そして、その結果は本当に驚くべきものです。子供たちといっても合計数十人しかいませんが、そのなかで米陸軍士官学校(ウェストポイント)に入った子供たちが9人もいるのですから。夢のまた夢という言葉があるほど、入学が難しいことで有名な米陸軍士官学校ではありませんか。

一つのコミュニティで、このように短い期間に連続的に若い人材が発掘されるとは、全く貴く珍しいことです。

『神様の夢の実現』出版記念会

偽りの勢力による無差別的な非難が続くと、顯進様はご自身のみ言葉が収録された本を出版されました。

「私が何を語ってきたのかを本当に知りたければ、家庭連合指導者たちの言葉だけを聞くのではなく、私が20年以上もの間、語ってきたみ言葉を直接読んでみてください。10年前のみ言葉と20年前のみ言葉、そして今語っているみ言葉が違うかどうか見てみてください。私のみ言葉には少しの変わりもありません」

講演文集『神様の夢の実現』の出版を記念するために韓国を訪問された顯進様が語られたみ言葉です。

私は誰よりも先にその本を手にして読み、顯進様が19歳の頃から39歳までに語られた内容を丁寧に読みながら、重ね重ね感心せざるを得ませんでした。

50年以上、私はお父様に最も近くで侍り、公式的な場や私的な場で数多くのみ言葉を聞いてきました。また、1998年以降には、顯進様からも直接多くのみ言葉を聞いてきました。ですからこの場で明らかに断言することができます。お二人のみ言葉は互いに矛盾することなく、完全な調和と共鳴を成しています。

最近でも顯進様のことをよくわからないという人がいれば、私はためらいなくこの本を読むことを薦めています。この本には、誰も否定することのできない「顯進様の歴史的な真実」が込められているからです。

ある意味、『神様の夢の実現』は、私にとってとりわけ心の痛い本でもあります。

「お父様がこの本を読まれたならばどれほど良かっただろうか。誰かがこの本を一度でも読んで差し上げることができたなら、顯進様に対する誤解が解けただろうに」

2011年6月1日、『神様の夢の実現』の出版記念会がソウル市江南区にあるマリオットホテルのグランドボールルームで開かれました。

この日を前にして家庭連合はやきもきしたようです。家庭連合の本部から現場に公文が送られ、「真の父母様の指示なので記念会には絶対に行かないように」という指示まで出されていました。

一方、私は別の意味で、若干の懸念がありました。

「マリオットホテルの大ホールを借りるとは、顯進様と共にいる二世たちも肝が大きいものだ。家庭連合がお父様を前面に立ててまで、顯進様のことを堕落したアダムであると非難する中で、こんなに広いホールを埋めることができるのだろうか」

ところがその日、驚くべきことに500人余りの食口たちが顯進様のみ言葉を直接聞きたいと集まってきたのです。場内を埋め尽くした聴衆はとても真剣な顔をしていました。顯進様が本当にお父様のみ言葉に逆らって出て行ったのか、それを直接確認したいという雰囲気とでもいいましょうか。

その日、顯進様は決して自分の立場を説明したり、家庭連合側の指導者を非難したりはしませんでした。最初から最後まで、以前の姿のまま、神様のみ旨とお父様の夢が何なのか、真の孝子が行かなければならない道とは何なのかを説明されました。

「私がなぜ、これほどまでに涙が出るのか分かりません」と言いながら、数年ぶりに再会した祝福家庭と二世たちを励ましてくださる、その時の感激と感動をいまでも忘れることができません。

「皆さんは、私がなぜこの本を出したのか分かりますか。それは、私たちがどのような人なのかをもう一度思い出すためです。もう一度、私たちが天の基準のある誇らしい息子娘として立つためです」

「以前、真のお父様は私にこのように語ってくださいました。『統一教会とこの全ての基盤は私のものではない。これは全て神様のものであり、人類のものである。自分勝手にできるものではない。私がこのように苦労し犠牲になってきたのは、私と私の家族のためではなく、何よりも神様のみ旨を想ってのことだ』私はUCIを私のものであるとは思っていません。私は、UCIが真のお父様のものであるとも考えていません。私は、UCIは神様のものであると思っています。GPFも私が始めましたが、これを私のものであるとは考えていません。私はGPFが神様のみ旨である『神様の下の一家族』の夢を成就するために、全人類を対象にした運動であると考えています。私の目標は、全人類が神様の夢の主人となれるようにすることです。その夢は全ての人類のものでなければならないのではありませんか」

「お父様は何のためにこのように狂ったように、先頭に立って私たちの前に全ての基盤を築いてこられたのでしょうか。なぜでしょうか。神様のみ旨と神様の夢のためでした。それでは、真なる孝子とはどのような人ですか。お父様の夢を実現することのできる人です。真のお父様がその基準を私たちの前に立てて来られました。皆さん、祝福中心家庭は息子娘の立場ですか、僕(しもべ)の立場ですか。皆さんが子女として孝の道を行くことを望むならば、お父様と同じ夢を持たなければなりません。そうしてこそ家庭が存続し、神様の摂理が一世代で終わってしまうのではなく継続して前進して行くのです。今日、皆さんを訪ねたのは、まさにこのような内容のゆえです」

『神様の夢の実現』出版記念会における顯進様のみ言葉から

お父様と息子の出会いを妨げる人々

時には公開書信で、時には公開の集会で、時にはシアトル家庭教会で、顯進様は祝福家庭たちにみ言葉を語り続けられました。時と場所は違っても、誰かを責めるのではなく、食口全員の未来と子女たちの将来までも心配され、祝福家庭を目覚めさせるためのみ言葉でした。

「私のために祈るのではなく、皆さんのために祈って下さい」

顯進様は、天宙史的混乱によって信仰が揺れる祝福家庭を心から心配されました。顯進様に対して後ろ指を指し、非難してきた人たちを正しい道に導こうとされました。

2009年11月4日、お父様に送られた手紙で「偽りと偽善のカードで積み上げられた家は永遠ではありません」と明らかにされたように、顯進様は将来、真実の全てが明らかになった時、多くの祝福家庭の根本信仰が揺れ、乾いてしまうという事実をよくご存知だったのです。

特に顯進様は盲目的な信仰に慣らされた日本の食口を非常に心配されました。

2010年のある日、日本の神山威会長がシアトルを訪問したことがありました。心配の多い神山会長の前で、顯進様はこのようなお願いをされました。

「私の心配をするのではなく、日本の食口たちを原理的に教育してください。神山会長、私はお父様の息子です。私はお父様から離れてもいないし、いつの日かお父様の夢を私が成就して差し上げます。今、家庭連合はお父様の名前であらゆる非原理的なことを行っています。今後、真実が明らかになれば、大きな混乱が津波のように押し寄せてくることでしょう。信仰の根が深くない日本の食口は、お父様に対する根本的な信仰さえも失ってしまうかもしれません。神山会長はお父様が誰なのか、お父様の教えが何なのか、よく知っている方ではありませんか。日本の食口が倒れてしまわないように教育してください」

このような顯進様の願いに神山会長は、数年間、癌と戦いながら、食口の教育に最善を尽くされました。この方が霊界に旅立たれた後、日本の食口たちに、正しい信仰を指導してくれる大きな指導者がいないことが口惜しいばかりです。

顯進様の4大根本質問

祝福家庭のために顯進様が指導されるみ言葉の中で、白眉(はくび)といえば、「神様のみ旨と摂理に対する4つの根本的な質問」を挙げることができます。

顯進様は、家庭連合に天宙史的混乱が発生した原因の一つに「祝福家庭の原理的無知」があるとされました。36家庭をはじめとする祝福家庭の先輩たちや長老たち、牧会者、神学者たちが、自ら神様のみ旨と摂理と原理に精通していると自負していますが、今日、彼らが理解している内容や彼らの行動を見ると、決してそうであると言えないのが現実です。祝福家庭がそのような人たちに指導されているので、摂理とは全く関係のないことを神様のみ旨であるかのように盲目的に服従してしまうという結果を招いてしまいました。

このような状況に直面された顯進様は、祝福家庭が自らの責任で正しい原理観と摂理観を持って行動するために、4つの基本的な質問を提示されました。2011年に出版された『神様の夢の実現』英語版の序文に初めて紹介された内容です。

第一に、摂理の中心は誰か。

第二に、メシヤの使命は何か。

第三に、真の父母と真の家庭の顕現の意義は何か。

第四に、祝福家庭のアイデンティティと責任は何か。

2013年2月12日に発表された公開書信を通じて、顯進様は核心的内容を端的にまとめられています。

第一に「摂理の中心は誰か」という質問では、顯進様は神様が中心であることを明らかにされました。顯進様がこのような質問を投げかけたのは、今日、多くの祝福家庭が摂理の中心が真の父母様であると間違って理解し、さらに神様さえも忘れて生きているからです。顯進様は、彼らが、お父様が制定された最も重要な名節である「神の日」よりも「真の父母様御聖誕日」を最も盛大に記念していることに非常に大きな衝撃を受けられました。

第二に「メシヤの使命は何か」という質問ですが、原理で説明するメシヤとは、復帰されたアダムであり、神様の真なる息子の位置に立つ方です。メシヤの使命は、神様の理想が反映された真なる家庭を形成し、その家庭によって全人類が神様の子女となる道を開き、彼らを神様の下の一家族として連結させることです。顯進様はこのような内容こそが真のお父様のレガシーに対する正しい理解であると説明されています。

第三の質問は「真の父母と真の家庭の顕現の意義は何か」というものですが、顯進様はこれを「神様の本然の創造目的が実現され、真の愛、真の生命、真の血統を中心とした新時代の正しい先例が確立されること」であり、「人類歴史において初めて、神様の本然の理想が、霊界だけでなく地上で実体的に実現できること」を意味していると語られました。また「人類歴史の新たな夜明けが来ることを示す」という脈絡から、真のお父様は神様の理想家庭を中心とした平和な時代が到来する後天時代の開闢を宣言されたと語られました。

第四の質問である「祝福中心家庭のアイデンティティと責任」に関する質問で、顯進様は、祝福家庭とは神様の本然の血統に接木された、拡大された真の家庭の一員であると説明されています。顯進様は、このような祝福家庭は、自分の家庭の中で真の生命と真の血統を守り、毎日、真の愛を実践する中で、神様の本然の真の家庭理想を成さなければならない責任があると説明されています。そして、このような責任を果たすために最も重要なことは「盲目的な服従だけが要求される僕(しもべ)の信仰」ではなく「主人の信仰」であると強調されています。

神様の摂理に関する4大根本質問と回答の内容を聞く度に、感嘆するほかありません。

今、この時代にあって、特に祝福家庭が胸深く刻まなければならない内容をこのように簡単明瞭に提示することができるでしょうか。どうすれば、現家庭連合の根本問題をここまで正確に指摘しながら、祝福家庭が正しい原理観と摂理観を持てるように、正確に核心だけを捉えることができるでしょうか。

1950年代から原理講師として全世界を回り、多くの人たちを相手に原理講義をしてきた私でさえも、原理を理解する顯進様の深さにはついていけません。私は喜んで認めるしかありませんでした。

「これがお父様の後を継ぐ息子として選ばれた方と私たちとの根本的な違いである」と。

このように顯進様は、家庭連合全体から迫害を受けながらも、祝福家庭を正しい道に導くためにあらゆる努力を傾けてこられました。

皆さんはご存じないかもしれませんが、顯進様が最も精誠を尽くされ、努力された部分は、真の家庭に起こった問題を収拾することでした。お父様が生きておられた時は訪ねていって直接お会いし、この事態を解決しようと大変努力されました。

「お父様は、神様のみ旨のために生命をかけて来られた方です。ですから、私はお父様に協助しなければならず、お父様に会って神様のみ旨と摂理について率直にお話しなければなりません。お父様に率直に話せるのは私しかいません。お父様もこのような私をよくご存じです。ですから、私が何か申し上げると注意して聞いてくださるのです。今、お母様と弟たちがしていることをお父様が正確に知れば、すぐに全てのことを変えられるはずです。しかし、時間がありません。お父様の健康を考えれば、今後、さらに機会がなくなるかもしれません」

いつかシアトルを訪ねた時に顯進様が私に語られた話です。私としては、天がそのように導いてくださることを固く信じ、それ以降の過程を心配しながら見守るしかありませんでした。しかし、簡単なことではありませんでした。顯進様がお父様に送った手紙もきちんと伝達されず、お父様周辺の指導者は言うまでもなく、食口までもが顯進様を排斥している状況ですから、いつでも行けば、お父様に会えるというものではありませんでした。

2009年9月10日、顯進様が米国ラスベガスに訪ねていかれ、お父様にお会いしようとされたことがありました。お父様もまた息子が来るという知らせを聞いて、その日を楽しみにしておられたことでしょう。

ところが、約束の当日、常識では理解できないことが起きました。

真の父母様側からの使いであるという3人の家庭連合指導者が朝早く顯進様を訪ねて来たそうです。お父様にお会いするには「真の父母様の指示に絶対服従する」という文書にまず署名をしなければならないということが条件だとのことでした。

顯進様は署名することはありませんでした。彼らの罠であることを知っていたからです。

「コリアンドリーム」の誕生

「コリアンドリーム」の誕生

2011年10月29日、顯進様は重要な国際行事を前にして、釜山ボンネッコルの聖地を訪ねられました。顯進様に対する家庭連合の非難活動が極に達していた頃です。

この日、少数の食口が顯進様にお会いするために全国津々浦々から訪ねて来ました。

「私がここに来たのは皆さんに会うためではありません。国を生かすための精誠の種を植えるためです」

薄暗くなった「涙岩」の上に座って、食口を見回しながら、顯進様は語り始められました。

「今、家庭連合では天宙史的混乱が起きていますが、私たちは変わらず摂理のタイムテーブル(時刻表)に従って生きなければなりません。具体的には、11月に開催されるグローバルピースコンベンション(GPC)の行事で南北統一問題に関するフレームワークを立てることであり、今後、南北統一問題を最も重要なイシューとすることです。南北統一だけが問題ではありません。さらに一歩進んで、統一後、どのような国が誕生するかがより重要な問題です。今、私たちが蒔く種が韓国の未来を決定するでしょう」

当時、韓国社会は統一に関心すらありませんでした。このような情緒を反映するかのように、韓国で南北統一運動を始めようとされる顯進様に、社会指導層の人士たちから似たようなアドバイスが続きました。

「韓国でGPF活動を成功させるには、統一運動ではなく、人々が関心のある福祉問題に焦点を当てた方がいいでしょう。最近、韓国の人たちは統一運動には関心がありません」

顯進様は耳を傾けて周辺の話を聞かれましたが、決して世論の流れを追いかけるようなことはされませんでした。ソウルの某マスコミの会長など大韓民国を代表するそうそうたる人士たちに会う場で、顯進様はこのように強調されました。

「私が南北統一運動をするのはGPFの利益のためではありません。それが神様のみ旨であり、父が生涯をかけて行ってきたことだからです。私たちの民族の前に偉大なる変化の時が訪れようとしているのを感じます。その変化に先立ち、大韓民国の国民全体が準備して、来たる運命を主体的に導いて行かなければなりません。見ていてください。統一は私たちのすぐ目の前に近づいています」

近くでその場面を見ていた私は「どうしてあれほど堂々と、自信を持って語られるのだろう」と感心せずにはいられませんでした。そして、お父様にこのような息子を与えられた神様の摂理を実感せずにはいられませんでした。

11月29日、大韓民国の国会で開催されたGPCで、顯進様は統一された韓半島の未来国家を導くビジョンとして「コリアンドリーム」を初めて明らかにされました。

「今こそ、統一運動の灯を再び灯す時であり、全国民が参加して新しい次元の統一運動に発展させていかなければならない時です」

それから20日後の12月19日、北朝鮮の金正日総書記の突然の死に、韓半島の情勢は再び揺れ動きました。以後、金正恩国務委員長の登場と度重なる北朝鮮の核実験で、7年間、韓半島問題は世界から注目されるようになりました。米国で相当の期間生活して来た私の経験からすると、米国人が最近のように韓半島問題を深刻に認識したことはありませんでした。

顯進様はこれを危機ではなく機会であると見られました。今こそ、韓民族全体が一つになって、平和的な南北統一を夢見る時であると見られました。そして大韓民国の国民はもちろん、世界の市民が参加する統一天使(統一を実践する人々、Action for Korea United、AKU)運動を組織し、これを韓国社会で最も影響力のある民間統一運動として定着させました。

ところが、実際に「市民主導型の統一運動」を展開する過程において、顯進様は、深い悩みに陥りました。その悩みがまさにこのようなことでした。

「神様の摂理史から見た時、統一は私たちの目の前に迫っています。明日統一されたとしても不思議ではありません。問題は、私たち国民が準備できていないということです。どのような国をつくるのか、統一されたビジョンもなく、お互いに分裂しているのが現実です。彼らを一つのビジョンで統一しなければなりません。そうしなければ、私たちはこの国に神様が望まれる国、全人類の前に貢献することのできる国を立てることはできないのです」

「コリアンドリーム」が開く大きな夢

顯進様が2014年に著述した『コリアンドリーム』は、このような背景から誕生した力作です。顯進様のこの本は、ジンギス・カンの言葉ではじまります。

「1人の人が見る夢は夢で終わるが、全ての人が見る夢は現実になる」

『コリアンドリーム』は、出版されるやいなや大きな反響を呼びました。「大韓民国出版文化芸術大賞・今年の本」にも選ばれ、2018年には、米国防情報局(DIA、Defense Intelligence Agency)が、140ヵ国で活動する1万7千人のDIA所属専門家のための推薦図書に指定しました。国防情報局は推薦の記事で『コリアンドリーム』をこのように説明しました。

「長期的な不透明性が台頭する今日、文顯進のコリアンドリームは韓半島が直面している問題について革新的な解決策を提示している。彼は、何千年もの間一つの民族を形成してきた建国の原則と文化に基づいて、平和を実現する画期的な方法を説明している」

私はこの本を何度も読みましたが『コリアンドリーム』こそが、どんな力よりも強く、韓民族を新しい道に導く時代精神を代表していると確信します。今後、『コリアンドリーム』が韓国人だけでなく、世界人類の前に大きな影響を与えるだろうと確信しています。

米国で最も影響力のある保守学者の1人であり、韓国に精通した人として知られているヘリテージ財団の創設者エドウィン・フュルナー氏は、『コリアンドリーム』推薦の辞で次のように述べています。

「米国の建国精神と一致する弘益人間の精神に立脚して、統一された国を夢見る著者、文顯進氏の『コリアンドリーム』に魅了されました」

また、インドで最も影響力のある英字新聞の一つである『サンデーガーディアン』の編集長マダブ・ナラパット教授も『コリアンドリーム』のビジョンに感銘を受けた世界的学者の1人です。

「韓半島で平和的に南北が統一されることは不可能だと私は思っていました。ところが、文顯進会長の講演を聞いて、私の考えが変わりました。アジアの歴史では既に5千年前に弘益人間といった偉大なビジョンがあったということは、アジアの大変な誇りです。文会長の弘益人間と『コリアンドリーム』をインドにも広く伝えたいと思います」

GPFは『コリアンドリーム』の内容を積極的に伝え、広く統一運動の熱気を効果的に拡散させていくためのさまざまな取り組みを試みました。その中の一つが「新しい統一の歌」を作って普及させることでした。1980年代半ばにアフリカ難民のための慈善資金を集めるために、当時のトップスターたちが集まって歌い大ヒットしたポップソング「We Are The World(私たちは一つの世界)」のように、大韓民国の国民だけでなく、全世界の人々が愛する統一の歌を作ろうという構想でした。

そして2015年、金亨錫(キム・ヒョンソク)作曲家らが参加して「ワンドリーム・ワンコリア」という美しい曲が作られました。「EXO」や「防弾少年団」を含む大韓民国最高のKポップ歌手がこのプロジェクトに参加し、当時、野党の代表であった文在寅大統領もこの歌を共に歌いました。

その年の秋、国内の某大手企業が後援する中で、上岩洞にあるソウルワールドカップ競技場で統一コンサートが開催されました。その日、3万人の聴衆の前でこの曲が発表されました。

約1年6ヵ月後の2017年3月には、KBSと共にフィリピンのマニラで「One K グローバルピースコンサート」が開催されました。グラミー賞を6回受賞した世界的な音楽プロデューサーであるジミー・ジャムとテリー・ルイスが制作した新しい統一の歌がこの時に発表されたのです。

顯進様の積極的な統一運動は、2018年の平昌冬季オリンピックに向かっていました。

1988年、東西和合の象徴であったソウルオリンピック以降、世界史に大きな変化が起こり、東西冷戦の象徴であったベルリンの壁が崩れ、共産主義が崩壊しました。韓国で30年ぶりに再び開催されるオリンピックに対して、顯進様は偶然ではなく、神様の摂理の中にある深いみ旨を読んでおられました。平昌冬季オリンピックの後、韓半島に驚くべき変化が訪れるかもしれないという可能性と、近い将来に南北統一が実現されるかもしれないという可能性を信じたのです。

時は2018年、南北首脳会談と米朝会談。その後、多くの人々が北朝鮮の核問題の解消や南北経済協力などに大きな関心を持っています。事実、米朝会談以降、韓半島の状況は武力対立の可能性の減少や南北協力のジェスチャー、北朝鮮の非核化の約束の不履行などで楽観論と悲観論が混在し、正しい解決策を見つけることが困難になりました。こうした中、顯進様は今年12月12日、ワシントンD.Cで「ワンコリア国際フォーラム」を開催され、韓半島問題の明確な状況分析に加えて、北朝鮮の核問題を解決するための強力な解決策を提示されました。すなわち、米国は韓半島政策において、「北朝鮮の非核化」という偏狭な短期目標を超えて、韓国人のアイデンティティのルーツとなる「弘益人間」の理想に基づく韓国主導の平和統一を支持し、世界各国の協力と支援を導かなければならないと力説されました。そのフォーラムに参加したヘリテージ財団の創設者であるエドウィン・フュルナー博士や他の多くの政策立案者や専門家が、顯進様の基調講演に共感し、より包括的な韓半島政策について議論しているといいます。

顯進様は、さらに偉大な青写真を描いておられます。3.1運動100周年を迎える2019年を期して、私たちの民族が再び驚くべき夢を見ることができるように準備するということです。

100年前の3.1運動は、インドのマハトマ・ガンジーによる非暴力運動に影響を与えました。ガンジーの影響を受けたマーティン・ルーサー・キング牧師は20世紀の公民権運動の新しい地平を開きました。

このように、顯進様は3.1運動100周年を期して「コリアンドリーム」を21世紀の世界平和を念願する人類の時代精神とする計画を持っておられるのです。

「ワンファミリーアンダーゴッド」の旗の下で輝く 顯進様の世界的活動

「ワンファミリーアンダーゴッド」の旗の下で輝く 顯進様の世界的活動

2014年11月には、南米パラグアイで南米諸国の首脳たちの集まりであるラテンアメリカプレジデンシャルミッション(LAPM)会議が開催されました。2012年に米国アトランタで顯進様の主導により発足したLAPMは、その後、急速に活動の幅を広げています。

行事は、GPFとパラグアイ最高のシンクタンクであるIDPPSとの共同で開催されました。ちなみにIDPPSは、パラグアイの国家開発と南米共同繁栄のために、GPFのビジョンに共感する指導者によってパラグアイに設立された団体です。

その年の9月に韓国で『コリアンドリーム』出版記念会を終えてモンタナに戻られた顯進様は、この行事にとても精誠を尽くされました。南米の首脳たちが集まる場で自身の構想を明らかにできる非常に重要な機会だったからです。

韓国からは顯進様のGPF活動を後援する数人の指導者が招待され、この行事に参加しました。3年前に亡くなった韓国政界の大物、李基澤(イ・ギテク)前民主党総裁もその1人でした。

開会式には南米全域から訪れた13人の元国家元首が参加しました。一国の大統領を務めた方々らしく、風采が立派で個性とカリスマにあふれた方々でした。顯進様はパラグアイのオラシオ・カルテス大統領と共に、壇上の前列中央に並んで座られました。

基調講演の時間になると、顯進様は用意された原稿を発表されました。壇上では誰も席を立たず、顯進様の短くない演説を聞きました。カルテス大統領は自身のスピーチさえ省略して、顯進様の演説内容を最後まで聞いていました。

開幕式が終わり、カルテス大統領は顯進様と南米の首脳たちを2階の別の部屋に案内し、自由な会話を交わすことができるように配慮してくれました。会話の席では、まず元大統領たちがお互いの存在感を表わすかのように、平和に対するそれぞれの意見を明らかにしました。

彼らの意見を全て聞かれた顯進様が、一次元違う平和理想で全体の意見を統合し、リードされました。多少の考えの差はあったものの、カルテス大統領が顯進様の見解を積極的に尊重し、支持する立場を取って仲裁しました。パラグアイで顯進様とGPF運動がどれほど大きな信頼を得て、どれほど大きな影響力を与えているのかを改めて確認できる誇らしい場面でした。

国家の最高指導者を務めていた方々が心から顯進様のリーダーシップを尊重し、GPF運動のビジョンに共感する姿に、その場に共にいた李基澤総裁はとても驚いたようでした。顯進様が南米でこれほどまでの基盤を持っているとは夢にも思っていなかったことでしょう。総裁の感想はこうでした。

「長い間米国で暮らした若い韓国人指導者が亡父の志を引き継ぎ、韓国で最も関心のない分野である南北統一運動をするということも新鮮であり素晴らしいことであるが、その若いコリアンが韓国の正反対の地にまで足を運び、南米の首脳たちと肩を並べて南米の発展と世界平和を熟考しているとは大変驚きました。文総裁はすごい息子に恵まれました。文顯進会長を見直しました。年齢とは関係なく、心から文会長を尊敬するようになりました」

李基澤総裁も長年野党の指導者として、民主主義の信念を守るために多くの困難を経験した方ではありませんか。だからこそ、自らが所属する組織や家族が反対する中で、GPF運動を行う顯進様がいかに難しい立場なのか、よく理解できたことでしょう。

アフリカ・ケニアで収めた成功

パラグアイでの行事の成功について話そうとすると、自然と4年前の2010年の状況が思い出されます。

2010年は、顯進様を非難する人々の活動が最も激しく展開された年として、後世に記録されることでしょう。お母様の介入によりお父様の異端者・爆破者の自筆文書が作成され、その場面を撮影した動画が流布され、顯進様は堕落したアダム、郭錠煥はサタンであるとする非難と共に、牧会者に強制的に忠誠を誓わせるビデオが撮影された時期でした。

深刻な人格殺人行為が強行されただけでなく、訴訟も始まりました。

そのような状況下にあって、顯進様は幾万もの凄絶な事情を何も語らずに消化されながら、超然として、自らがなすべきことをなさいました。各大陸別に主要国を訪問し、直接GPF運動の基盤を築き、準備された指導者を探し求められました。驚くべき闘魂であり、誰も真似することのできない平常心でした。

顯進様は常に自然の中で神様と交感し、精誠を尽くして来られました。

どんな困難をも克服し目標を達成していくことのできる力と知恵とを、そこに見出して来られたのです。

多くの人が条件として精誠を尽くしますが、顯進様が自然の中で精誠を尽くすのは次元が違います。神様との関係を確かなものとし、神様のみ旨に自らを100%一致させるための過程でした。目標にしたことを必ず達成するための万全の内的準備を、実体的に備える期間でした。

そのような生活をされるので、顯進様はどんな波が打ち寄せてきてもビクともしない巨大な岩のように、自らの位置を守りながら、屈することなく前進することができたのです。

2010年の後半にケニアのナイロビでGPC行事を開催することを決定された顯進様は、ケニア政府の協力を得るために、2010年2月16日、ケニアのムワイ・キバキ大統領に会って支援の約束を取り付けました。ケニアの国営放送はその時の会談に関する大統領室の発表を全国に放映し、ケニアGPC行事が政府次元で準備されることが知らされました。最近の顯進様の基盤から見ると、さほどのことではありませんが、当時としては状況も難しかった上、GPFが独自に発足してから3ヵ月にもならない時期だったため、大変な快挙でした。

キバキ大統領が顯進様の提案を快く受け入れることができたのは、ケニアでGPFが見せた注目すべき成果のゆえでした。GPFは、2008年からケニアの「種族間の葛藤と紛争の問題を解決するための具体的なプログラム」を進めており、国連からもその実績が認められています。

また、キバキ大統領の心を動かす上で、ケニアで最も尊敬されている2人の指導者の役割も大きかったと言えます。2009年12月にフィリピンでの第1回GPC行事で顯進様と縁を結んだ方々でした。

1人は、ケニアで事業に成功し、東アフリカ経済人連合を率いていたコムクラフトグループのマヌ・チャンダリア会長。インド人で夫人と共に篤い信仰を持ちながら多くの慈善活動を展開し、マザー・テレサとも親交の深かった方でした。

もう1人は、ケニアの国教とも言える聖公会の最高責任者エリウッド・ワブカラ大主教。フィリピンで顯進様と単独会談した方です。その時、大主教は顯進様に「あなたのアジェンダは何ですか」と丁重に尋ね、顯進様は大主教の目を見つめてこう答えたそうです。

「私にはただ一つのアジェンダしかありません。それは『ワンファミリーアンダーゴッド(神様の下の人類一家族)』の夢を成すことです。これは神様の神聖な夢です。大主教もこの夢の実現に同参してくださることを願います」

チャンダリア会長の手配により顯進様と会ったキバキ大統領は、どうしても顯進様の背景が負担に感じられたようでした。そのため、自らの精神的指導者ともいえるワブカラ大主教に意見を求めたといいます。

「大主教、韓国から来た若い指導者をどう思いますか」

大主教は顯進様に会った瞬間の記憶を蘇らせ、キバキ大統領に決定的なアドバイスをしたそうです。

「大統領、彼の背景は私も知っています。しかし、前回のフィリピンでの行事で彼の考えを理解することができました。彼がしていることは今、ケニアでも非常に必要です」

大主教の意見に支えられた大統領は、最終的にGPC行事を積極的に支援することに決めました。

2010年11月18日に開催されたケニアでのGPC行事は、ケニアとエチオピアの2人の現職大統領、そしてケニア首相と全閣僚が参加する中で、成功裏に行われました。40分ほどあった顯進様の基調講演にキバキ大統領は大きく感動し、GPC開催成功のニュースは、その演説の内容と共に、ケニアの在外公館を通じてアフリカ諸国に伝達されました。

また、この行事にナイジェリアの大統領特使も参加しましたが、これをきっかけにGPF活動はナイジェリアにまで広がります。数年後、ナイジェリアのアミナ・サンボ副大統領夫人が積極的に後援する中、GPF活動は本格的にスタートしました。

ナイジェリアはアフリカの主要な大国ですが、イスラームとキリスト教に分かれ、過激なイスラーム勢力であるボコ・ハラムの挑発が後を絶たないなど、常に宗教対立の絶えない厳しい国です。GPFはナイジェリアの慢性的な宗教紛争の問題を解決するために大きく寄与してきました。

敬虔なイスラム教徒であり副大統領夫人でもあったサンボ夫人は、2013年にマレーシアで開催されたGPCの行事に30人以上の代表団を率いて参加しました。その時に費やされた費用全額をサンボ夫人が負担しました。

顯進様に会ってサンボ夫人はこのように語りました。

「文顯進博士、『ワンファミリーアンダーゴッド』のビジョンは、神様からのメッセージだと私は考えています。あなたは神様のメッセージを伝えているのだと誇りを持って構いません」

ケニアGPCの後、ウガンダでもGPF運動が始まりましたが、ウガンダのヨウェリ・ムセベニ大統領は特別な関心を持って、毎年、世界で開催されるGPF行事に代表団を派遣しました。ムセベニ大統領は4年前からウガンダで東アフリカ諸国の首脳を招待して、ウガンダ政府とGPFが共同主管する指導者会議(GPLC)を開催することを提案してきました。費用は全てウガンダ政府が負担するとのことでした。

ムセベニ大統領がGPFと顯進様のリーダーシップに注目したのは、国連からも認定されたケニアとナイジェリアで成功裏に展開されているGPF活動の実績ゆえです。さらに、GPFのビジョンをモットーにした道徳的革新的リーダーシップが「アフリカのルネサンス」を成し、アフリカを腐敗と紛争のない豊かな地域に変えることができると見たからです。

彼は顯進様の心を動かし、今年の8月1日と2日にウガンダの首都カンパラでGPLCが開催されました。ウガンダの大統領、南スーダンとブルンジの副大統領、ケニアとタンザニアの公式国家代表など、東アフリカ地域を代表する現職国家首脳が一堂に会し、この地域では過去最高の国際的行事であったと言っても過言ではないでしょう。ウガンダは国会の日程までも休会し、主要な政府省庁が全てこの行事の成功のために物心両面の支援を惜しみませんでした。

驚くべきことに、これは政府と5つの国際的な民間団体が共同で主催した行事であり、その行事の中心は顯進様でした。開会式の壇上にはウガンダ大統領をはじめとする国家首脳がいましたが、最も中心には顯進様がおられ、顯進様が基調講演をされました。アフリカの指導者たちを感動させる名演説でした。特に、この演説でさらに感激したのは、顯進様はアフリカの問題の解決策と今後の方向についてのみ言及されたのではなく、韓国でコリアンドリームを中心に展開されている南北統一運動と3.1運動の精神を紹介し、アフリカ大陸の指導者の積極的な支持と参加を呼びかけました。

韓国からは政界の重鎮である数人の議員が行事に出席しましたが、彼らは一様に顯進様のアフリカにおける基盤と韓国人としての愛国心、統一運動への情熱に感動したようでした。彼らも大韓民国を代表する最高の愛国者、政治家家門の末裔でしたが、亡父の精神と使命、リーダーシップをそのまま継承し、世界のために歩まれる顯進様に対して、心から尊敬の思いを示しました。

顯進様は、遠く韓国から訪れた国家指導者たちと個別に会い、こう質問したそうです。

「私は今、韓国だけではなく、このように世界的な基盤を持って南北統一を支援していますが、皆さんは私と共に生命をかけて、統一運動に力を合わせることができますか」

行事ごとに大きな成功を収め、国際的な活動で基盤を広げて行かれる顯進様を眺めながら、私は長い間お父様に侍って国際会議を準備し進めてきた者として、自らの力不足をとても恥ずかしく思いました。公的な立場にあった時、お父様の声援や全面的な財政支援など、教勢全てを挙げての協力体制のもと、それなりにやってきたと思っていた私の実績と、今家庭連合からの支援どころか、反対や人格的な侮辱まで受けながらも、ひたすら天の加護の下、奇蹟のように成してこられた顯進様の成果とは、比べものにもならないからです。

顯進様の真価を知った世界の指導者たち

さまざまな困難の中で、短期間で世界的な基盤を築いた背後には、顯進様の真価を見極めた、準備された指導者の参加と協助がありました。

2009年11月4日、顯進様がお父様に手紙を送られ、これからは独立してGPF運動を展開していくと語られた時も、周りの反応は非常に冷ややかなものでした。お父様の基盤のない顯進様によるGPF運動の成功を期待する人は、家庭連合内にほとんどいませんでした。

しかし、その予想は1年も経たずに完全に覆されてしまいました。顯進様のGPF運動は家庭連合からは何の援助もないまま大きな成果を収め、世界各地で急速に基盤を築いていきました。これに焦った家庭連合は、顯進様がされる行事ごとに反対しました。ブラジルでは刑事訴訟まで起こし、顯進様が入国できないように妨害したのです。しかし、反対すればするほど、多くの人が現れ、顯進様の活動を助けました。

黙々とお父様のみ旨を継続しようとする息子を、他でもないお母様と兄弟たち、そして家庭連合の指導者といわれる人々が絶えず反対し妨害したという事態を、神様はどのように思われたでしょうか。

顯進様がそのようなあらゆる困難を越えることができた力は、まさに「神様が共にいらっしゃる」という実感からくる慰めと励ましではなかったかと思います。

このような事情のゆえに、釜山ボンネッコルの涙岩で顯進様はこう語られました。

「この時代に霊界は生きています。全世界で今、霊界が役事しています。考えてみてください。私がどれほど多くの迫害を受けていますか。彼らがどれほど誤った行動をしているのかをこの神聖な聖地で口にしたくはありません。本当に見たくもないことを全て見てきました。それでも本当に驚くべきことは、天は生きており、準備された人たちが続々と登場し、私を助けてくれているということです。食口たちが摂理を忘れてしまっても、天は多くの人を準備しているのです」

そのみ言葉は決して誇張ではありませんでした。家庭連合は顯進様の真価を知ることができず、忠実な天の息子を追い出してしまいましたが、むしろ世界にはこのような顯進様を暖かく受け入れた方々がいました。辺境にいる義なる指導者たちも顯進様の志を理解し、共に力を合わせました。

顯進様が志を曲げることがないように、格別なメッセージを送り励ましてくださった方もいます。ブラジル最大のプロテスタント教団「アセンブリ・オブ・ゴッド」を起こしたマノエル・フェレイラ師がそうです。2010年、分裂した状況を知らずに家庭連合の招待を受けて、お父様の90歳の御聖誕記念行事に参加したフェレイラ師は、顯進様がその場にいないことを知り、「何か難しい事情がある」と気付いたそうです。ブラジルに戻った後、フェレイラ師は顯進様に次のような手紙を送ってきました。

「文顯進会長、ワンファミリーアンダーゴッドのビジョンは、あなたの父が神様から与えられた使命です。どのような困難があってもこれを最後まで守り進展させてください」

2008年4月、フェレイラ師は顯進様に会うために直接連絡し訪ねて来ました。1時間余りの初めての出会いを通じて深い霊的共鳴を得た2人は、その後、GPF運動の心強いパートナーとなって共に協力し合っています。フェレイラ師を魅了したのは、顯進様の汚れのない霊的リーダーシップとワンファミリーアンダーゴッドの神聖なるビジョンでした。

2008年頃、顯進様は米国でもう1人の有名なクリスチャン牧師と出会いました。ロバート・シュラー牧師です。世界的に知られているシュラー牧師の長男であり、父親と同じ名前の方です。

ロバート・シュラー牧師は父親が立てたクリスタル教会の担任牧師であり、教会の危機を前にさまざまな変化と革新を試みたものの、内部の反発に遭って担任牧師職から解任された人です。顯進様と似たような境遇でした。

そのような痛みの中で、彼は顯進様が展開するワンファミリーアンダーゴッドの運動に大きな感銘を受けました。家族や家庭連合からは想像もできない反対と迫害を受けながらも、恨むことなく黙々と神様のみ旨のための道を歩まれる顯進様と、宗教と国家を超えて協助する世界的な人物たちに接する中で、心から顯進様を助ける決意を固めるのです。

その後、ロバート・シュラー牧師は夫婦で、米国の有名なキリスト教指導者と顯進様との間の橋渡しとなり、彼らに顯進様の活動を紹介する重要な役割を果たしてきました。2017年に顯進様が韓国で家庭平和協会を創設した時は祝辞もし、顯進様の家庭を訪問した時のこと、家族が為に生きる愛の生活をしていたことなど、エピソードも紹介しました。

家庭平和協会創設の行事にはインドネシア最大のイスラーム団体であるナフダトゥル・ウラマー(NU)のサイド・アキル議長が出席して注目を集めました。インドネシアに8000万人のイスラム教徒会員がいることで知られているNUは、私とも格別な縁のある団体ですが、顯進様とNUの議長がそれほどまでに親しい間柄であることを知り、非常に驚きました。

長い間、お父様に侍って超宗教活動をしながら、私は中東やアジアなどのイスラーム圏最高位の宗教指導者たちと交流し親交を築いてきました。その中でもインドネシア大統領とNU議長を務めたアブドゥルラフマン・ワヒド元大統領とは深い因縁がありました。彼は2000年の初めに現職大統領としてお父様の行事に出席するために韓国を訪問し、韓国政府を当惑させた方です。

同年、米国で9.11テロが起こった時、お父様が未来のキリスト教とイスラーム間の宗教戦争を心配され、宗教和合と統一のための世界宗教指導者会議を開催する意向を明らかにされました。その時、彼の協力によりインドネシアで世界イスラーム指導者会議を開催することができたのです。おかげで世界的な最高位のイスラーム指導者と学者が「9.11テロは、少数の過激分子の仕業でありイスラームの根本的な教えとは全く違う」という立場を世界の前に発表することができました。誰にも何もできなかった当時の状況にあって、多くのイスラーム圏の指導者はお父様を心から尊敬しました。

ところが2009年12月末にワヒド議長が亡くなってからは、NUとの関係は疎遠になっていました。人口2億6千万人の世界最大のイスラーム国家でありながら、憲法で信仰の自由が保障されているインドネシアを、顯進様は将来の宗教和合を通じた平和運動に非常に重要な役割をする国であると見られました。そして2010年4月、インドネシアを訪問してGPF活動を始めたのです。それ以降、インドネシアから聞こえてくる顯進様の活動ニュースに接し、「神様は実に奥妙に働かれる」という思いがします。

GPF行事で顯進様がインドネシアを訪問することになった時のことです。インドネシアのチャンドラ博士(平和大使)が、新たに選出されたNU議長のサイド・アキル議長に顯進様を紹介しようとしたのですが、肝心のサイド議長に連絡がつきません。当時、彼は就任準備のために執務室に行くことができず、自宅に留まっていたといいます。ほとんど諦めかけていた時、チャンドラ博士がワヒド元大統領の逝去100日目の追悼式に参加することになりました。そこでサイド議長の夫人に会い、彼女を通じてようやく連絡が取れたのです。

チャンドラ博士はサイド議長に、「文鮮明総裁の息子がGPFの活動でインドネシアに来ているが、彼を紹介したい」という旨を伝えました。ワヒド前総裁から文総裁に関する多くの話を聞いていたサイド議長は快諾し、直ちに顯進様に会ってくれました。「貴い方が来られたので家に直接招待したい」とまで言われたのです。

翌日、顯進様はサイド議長の自宅を訪問され、GPF活動の内容とワンファミリーアンダーゴッドのビジョンについて紹介されました。全ての説明を聞いたサイド議長は文会長の手を握り、世界平和運動を共にすることを快く約束してくれました。そして「下半期にインドネシアでGPFとNUがグローバルピースフェスティバルの行事を共同開催すること」にも合意してくれたのです。

考えてみてください。2人は初めて出会い、対話を交わしたわずかな時間で、このような大きな志を共にしたのです。神様の役事なくしてこれをどう説明できるでしょうか。ワヒド元大統領が霊界から橋渡しをしたとまで言う人もいました。

以後、サイドNU議長は、顯進様がされるGPF活動に継続的に代表を派遣して積極的に後援し、特に2017年の家庭平和協会創設大会では、すでに予定されていた北京に行く日程まで調整して、直接、創設大会に参加し祝賀してくれました。

世界各国の人士たちがワンファミリーアンダーゴッド運動に奇蹟のように参加していることに対し、顯進様は神様と霊界の協助であるといつも神様に感謝されています。

このように言うのは当然のことかもしれませんが、ある面「神様と霊界が協助せざるを得ない内容」があるからであり、また「世界的な人物が顯進様に感動する理由」がそこにあるからではないでしょうか。絶えず精誠を尽くし、神様の崇高なワンファミリーアンダーゴッドの夢を成就するために全力を尽くされる霊的リーダーシップが、世界の指導者たちが偏見なく感動し応援する理由でしょう。

このような渦中で、真の家庭と家庭連合の食口のことを考えざるを得ません。

初めて会った人でもそのように顯進様の真価を知って共に仕事をするというのに、数十年間も顯進様を近くから見ている人々が、客観的に検討したり、行跡に関する研究もせずに、断定的に彼を裏切り者として十字架の道に追いやるとは……。天と人類の前につくづく恥ずかしく思います。

「よく知らなかったのです。真の父母様の指示なので仕方がありませんでした」

そう弁明できるかもしれませんが、それは自分自身の良心と信念に基づいて正義の道を選んだ人々の前に、祝福家庭という共同体を最も醜いものとしてしまっているのではないでしょうか。

私はまた、2009年12月のフィリピンでの感激的な場面が思い出されます。

第1回GPC行事のためにフィリピンを訪問した時、各界の平和大使の代表が顯進様を訪ねてきました。文顯進会長が家庭連合から不当に追われていることを知り、とても驚いていました。また、アジア大陸会長の龍鄭植(ヨン・ジョンシク)氏が顯進様に失礼な行動をとったことを知り、激怒している雰囲気でした。

しかし、顯進様は特に何も語られず、むしろ家庭連合指導者の誤りに関して、彼らに代わって謝罪されました。その時、数年前に逝去されたドミンゲス女史が席から立ち上がり、決然として話しました。

「ドクター・ムーン。私は、あなたが今までここフィリピンをはじめ、世界を回って何をしてきたのかよく知っています。私の良心はそのようなあなたが真実であることを信じています。ドクター・ムーンが教会からどのような処遇を受けようと、私は最後まであなたを信頼し、共にありたいと思います」

フィリピン政府機関で働くドミンゲス女史は、顯進様がフィリピンを訪ねるたびに空港に出迎え歓迎してくれました。この日、ドミンゲス女史に続いてチュア博士、マクシノ将軍ら平和大使の代表が同じ趣旨で、顯進様を信頼し支持することを明らかにしました。感謝するばかりで顯進様は特に何も語られはしませんでしたが、内心は複雑だったと思います。この事態を自ら責任を持とうとされるばかりで、他の人にまで荷をおわせるような顯進様ではありません。

歳月が流れ、故人となってしまった人もいますが、今でもそのような一人ひとりが、誰ひとり例外なく顯進様と一つの家族となって、同じ道を歩んでいます。

義を重んじる祝福家庭の登場

時間が流れるにつれて、祝福家庭から「真実に向かう叫び」が聞こえ始めました。すると家庭連合は彼らを真の父母の名前で脅迫し、除名すると脅しました。しかし、良心の声を抑えることはできないものです。顯進様が正しく、家庭連合が間違っていたことを悟った祝福家庭は、恐れることなく立ち上がって真実を叫びました。

私は、このような祝福家庭が世界の各地にどんどん増えていく様子を見ました。そのことを通して、天が生きており、霊界が動いていることを感じました。

私が特に貴く感謝することは、若くて優秀な二世の指導者が顯進様と共にあるという事実です。公的に最も模範となる道を歩んできた実力のある二世が、顯進様と共にあるということは、非常に希望的であるとしか言えません。

顯進様は彼らが真なるリーダーシップを持ち、祝福家庭として正しい先例を立てられるように強く指導されています。顯進様の近くにいるからといって特別視したり特権を与えるのではなく、自ら資質と実績を備えることができるように、第一線に立たせ、強くチャレンジさせています。ある日曜日の朝、顯進様は訓読会の集会に集まった二世指導者たちに対してこう語られました。

「皆さんは統一家の二世たちと比較するとはるかに優れているかも知れませんが、世の中に立つにはまだまだ足りないところが多すぎます。皆さん自身が資格を備えなければ、私は世の中から最もふさわしい人を探し立てるしかありません」

祝福家庭の中で、特に神山威会長が顯進様の真実を知らせる活動を始めたという知らせに、私としてはただ複雑で申し訳ない気持ちになりました。こうしたことは、韓国の36家庭の元老の先輩たちが率先して行わなければならないことなのではないでしょうか。多くの者が無視し、あげくの果てはいまだに顯進様に反対しているので、結局は神山会長に重い荷を背負わせることになったのではないでしょうか。

神山会長はお父様とお父様のみ言葉をとても愛された方でした。非常に純粋で、きれいな信仰をしてこられた方であったと思います。

代々受け継いできた篤いキリスト教の信仰を基に、日本キリスト教界を代表するかのように入教された方です。日本では12家庭の一員として祝福を受け、日本会長も務められ、日本食口を代表して米国で真の父母様の役事に参加され、お父様のダンベリー刑務所での受難路程も共にされた貴重な方でした。お父様を理解する次元が非常に深い神山会長でした。

お父様が聖和されてから、果たして誰がお父様の後を継がれる方なのだろうかと真剣に悩んでいた神山会長は、はっきりとした結論を得たといいます。その方こそまさに顯進様でした。

自らが悟った真実をためらうことなく食口たちに伝えました。家庭連合から除名されることも怖くなかったそうです。癌が転移し治療が難しくなると、病院に入院せず、自宅で毎日鎮痛剤を投与しながらみ言葉を伝えるという闘魂を発揮しました。

インターネットにも馴染みがなかったにもかかわらず、お父様のみ言葉を伝えるためにFacebookの使い方を学び、毎日、思い出の詰まったお父様の写真とみ言葉でFacebookを更新しました。そのおかげで全世界にいる4千人ほどの日本食口が神山会長のFacebookを通して、み言葉に接することができたのです。

臨終に近づき、起き上がる力もなくなり、ベッドに横たわりながら過ごしていたものの、いつもワイシャツを着て正装していました。いつ誰が来てもみ言葉を伝える準備ができていなければならないということでした。

最期を迎えた時、自分にスーツを着せて、自分の両手を合わせるようにして欲しいと頼みました。息を引き取るや否や、スーツ姿でお父様のところに走って行き、み言葉を伝えることをすぐに始めたいと言っていたそうです。死が恐ろしいどころか、「むしろ懐かしいお父様に会えるという思いで心がときめく」と言われた方でした。

神山会長は、最後に全世界の食口たちに、特に真のお母様に送る別れの映像を通じて、真のお母様が真のお父様のみ旨に戻ってこられることを涙で訴えました。全ての食口が顯進様を中心に一つにならなければならないということをはっきりと強調しました。

神山会長が臨終を迎える1ヵ月前、ニューヨーク近郊にある彼の家を訪問した私は、最後に心からの慰めと励ましを送りました。彼の地上での生活は、本当に原理的で明るく整理されていると、その時感じました。神山会長は最後まで日本食口を心配し、このように頼みました。

「先に逝くことを申し訳なく思います。日本食口をよろしくお願い致します」

顯進様は、神山会長が祝福家庭として最も偉大な先例を立てて逝かれたと手紙を送ってくださり、特に家庭平和協会の名で聖和式を行ってくださいました。

日本の祝福家庭の中で、真実を前に勇気をもって立ち上がったもう1人の長老がいます。

日本で最も草創期に入教し、初めての路傍伝道講師となり、原理講師として活躍した櫻井節子夫人がそうです。神山会長と同じ12家庭の祝福を受け、夫は日本統一教会の会長職を務めた櫻井設雄氏でした。櫻井会長は残念ながら早くに聖和されましたが、2人は日本食口から最も尊敬されていた祝福家庭でした。

櫻井夫人はつい数年前まで、日本家庭連合の母のような存在として、本部の祈祷団を取りまとめ、全国を巡回しながら多くの食口の牧会に当たっていました。

以前、日本を訪問した時に会ったことがありましたが、神様とお父様と摂理の前にいまだに正しい姿勢を持っている方でした。

櫻井夫人はある時、顯進様に侍る次男を通じて真実の全てを伝え聞きました。その後、2017年に韓国で開催された真の神の日の行事に参加し、顯進様のみ言葉を直接聞いて、顯進様に侍ることを決めたそうです。

これにより、日本協会では大きな騒動が起きました。日本の徳野英治会長が直接夫人を訪ねて説得したり圧力を加えたりもしましたが、櫻井夫人は一切動じることはなかったようです。体格は小さいですが泰山のような信仰のある方です。

また、櫻井家庭の長男は20年以上、日本本部で祝福家庭と二世教育に責任を持ってきた立場でした。お父さんに似た優れた二世指導者でした。その彼が顯進様を支持する声を上げた時、日本家庭連合は即刻、彼を解任しました。二世全体が動揺するのではないかと怖れてのことでした。

人格的にも信仰的にも優れた人々が、果たして地位や名誉、物質を見て動くと思うでしょうか。そんなことはありません。

現実的な大きい不利益を甘受しながらも、顯進様に侍ると立ち上がった理由は何だったのでしょうか。

真実を知ったからです。

神様のみ旨と一つになって歩まれる顯進様を知ったからです。

文総裁の正統性を備えた長子であり後継者

試練の中で輝いた家庭

顯進様は、時間を見つけては自然の中に入って神様に精誠を尽くし、そうでなければ忙しく世界を駆け回るため、家に滞在する時間が余りありません。しかしながら、幼い子女様たちも少しも寂しがらずに、そのような顯進様を尊敬しています。顯進様がどのように生きてこられたのかをよく知っているからなのでしょう。

神様のみ旨のため、真の父母様のために生きてこられた顯進様を家庭連合が不当に追い出したのですから、子女として恨みに思うこともあるかもしれません。しかし、顯進様・全淑様夫妻は、この困難をどのように克服するのかを示しながら正しく育てられました。子女様は如何なる環境にあっても、神様と真の家庭を代表しているということを忘れてはいけないと指導されました。小さなこと一つでも、いつも率先して行うようにされました。

2017年5月、祝福家庭と共に非常に意味深い行事が行われました。

ニューヨークのハドソン川沿いに位置する米陸軍士官学校(ウェストポイント)の卒業式の日でした。

顯進様の家庭の1人の子女様が卒業することになり、主要な指導者たちとニューヨーク近郊に住む祝福家庭が招待されたのです。その場に参加した私は、顯進様が過去10年間、最も厳しかった時期に家庭をどのように守ってきたのかを一目で知ることができました。

米陸軍士官学校は、将来指導者になることのできる最高の人材が入るところとして知られています。州出身の国会議員の面接を受け、推薦されなければならないなど、その準備過程は大変です。入学後は厳しく激しい教育課程を履修しなければ卒業することができません。毎年脱落者も多く、その過程の厳しさは、「最下位で卒業する同僚に全学生がお祝いの拍手を送る」という伝統からも分かるでしょう。卒業後も米国と世界各地を移動しながら、少なくとも5年間は服務しなければならず、当事者はもちろん、家族全員が犠牲を覚悟しなければならないといいます。

この学校に、顯進様の家庭から2人の子女様が入り、2011年と2017年にそれぞれ卒業しました。祝福家庭の子女たちに対する顯進様からの積極的な推奨で、私の子供たちの家庭、新淑、珍滿、珍孝、美淑の家庭からも6人の孫たちがこの学校に通うことになりました。

すでに卒業して将校として服務している孫もおり、今年入学したばかりの孫もいます。全額奨学金で通うため経済的にも大きな助けになりますが、顯進様の家庭の先例がなければ夢にも思わないことでした。

指導者になるための近道はない

顯進様夫妻が息子たちに陸軍士官学校への進学を勧めた理由は、米国の教育機関の中でウェストポイントが指導者養成機関としては、最も素晴らしい伝統と教育システムを備えているからです。

顯進様は指導者になるための近道はないと語られます。ただで与えられるものではなく、自らの優れた生き方を通して「獲得」する価値です。こういった基準と伝統を、顯進様はご自身の家庭に最も厳しく適用してこられました。いつだったか子女様たちにこのようなことを語られました。

「指導者は、自ら全体のために苦労と犠牲の道を最も先頭に立って行かなければならない。これが真の家庭の伝統であり、文家に伝えられた伝統だ。文家の伝統は、常に為に生きる生き方にある。文家はお腹がすいて訪ねてくる人を追い返したりはしなかった。文家の先祖には国のために犠牲になり、苦労の道を率先して歩んだ人が多かった。文潤国ハラボジがそのように生きられた。お前たちも文家としてそのように生きなければならない」

そのような教えのごとく、顯進様の家庭の子女様たちはとても立派に成長しました。

特に長男の信元様は軍の指揮官として服務中に最高の評価を受け、顯進様が誇りに思うほどでした。アフガニスタンに服務中の時などは、部隊員全員を事故もなく安全に導き、紛争地域に入って学校を建てるなどの功績が認められて、青銅星章が授与されました。

2011年、米陸軍士官学校を卒業した感想を述べた時、信元様は顯進様を「真なる原理の人」と証されました。幼い頃から今まで、ずっとそばで見てきた父親が「常に神様の真理と正義と善を中心として生きて来られた方であった」という意味なのでしょう。陸軍士官学校の士官候補生時代、神様のみ旨と真の父母様のために生きてこられた顯進様が、ご自身の家族と家庭連合から凄絶な苦難を強いられるところを見てきた信元様でした。

大尉に進級した信元様は、弟である信重様の将校任官宣誓式を直接主管し、それを見守る顯進様ご夫妻の目元にはうっすらと涙が浮かんでいました。その日、信重様は顯進様ご夫妻に感謝を述べ、特別な贈り物をしました。ジョージ・ワシントン将軍がフォージ渓谷で祈っている場面を描いた名画です。絵の後ろには顯進様に捧げる言葉が書かれてあり、今一度、顯進様ご夫妻を感動させました。

「Man of Destiny(運命を決める人)」

父親が神様のみ旨を代弁する生涯を生きてこられた方であること、どんな逆境にも屈せず自らその運命に責任をもって開拓してきた方であることを、自らの誇りとして表わしたのです。

いつのまにか成長した2人の息子が顯進様の生涯を証す姿を目の当たりにして、私は神様の前に心から感謝の祈りを捧げざるを得ませんでした。

多くの困難を乗り越えて、メシヤとしての責任と使命を果たすために生きて来られたお父様は、神様の懐に戻って逝かれました。

しかし、地上ではお父様の息子とその家族が、このようにしっかり立っておられるではありませんか。神様のみ旨と理想を実現しようとされたお父様のみ旨は、息子を通して継続され、発展し、成就されるものと確信します。

「真の神の日」に鳴り響く宣言

過去10年間続いた受難の過程の中、顯進様は試練の全てを神様の愛で乗り越えられました。自ら収めた勝利の実績で、神様の理想を代表する真の家庭の位相と、お父様のみ旨を継承した子女としての位相を、守ってこられました。

私は生涯、信仰の道を歩みながら、私の話ではなく私が侍ってきた方の話を主にしてきました。生涯お父様の教えに従い、ただただお父様だけを見て生きてきました。どこに行ってもお父様を誇ることが嬉しく、私の人生がどのように過ぎていったのかも分からないまま生きてきました。

そんな私でしたから今、素晴らしくお父様の後を継いでいらっしゃる顯進様が、どれほど嬉しく誇りであるか知れません。遠い昔、草創期の教会に入教して、お父様にお会いした時、その時の歓喜と希望を、私は顯進様を通してまた感じています。

私が今まで見てきた真実を今、全ての人が知る時が来ました。

顯進様が歩んできた生涯と、顯進様が発表したみ言葉と、顯進様が繰り広げてきた内容は、やがて、眠っている祝福家庭をもう一度目覚めさせてくれることでしょう。その高貴な価値は世の中の多くの人々を真なる道に導くでしょう。

2017年、第50回真の神の日を韓国で記念しながら、顯進様はお父様の摂理的な使命と責任と権威を継承した長子であることを明らかにされました。1998年、お父様の後を継ぐ方として選ばれて以来、20年が経って、その事実に直接言及されたのです。

これまでにも、いくらでもこういった事実を前面に出して、ご自身の歩む道を楽にする機会はありましたが、顯進様は決してそのような方法を取られませんでした。むしろ難しい道を自ら望んで歩まれました。摂理の中心人物として、神様が共にすることのできるあらゆる資格を実体的に備え、天と地が自然屈服して、祝福することのできる過程を経てきました。

そうして摂理的なこの時、ご自分が誰なのかを自ら発表されたのです。

誰もこれを讒訴することはできません。

失われた天の所有権を全て取り戻す道が今、開かれようとしています。

第50回真の神の日に顯進様は、神様が摂理の中心であることを改めて明確にされました。神様を中心として、崩れてしまった真の父母と真の家庭の基盤を再び立て直すことも、明らかにされました。

これまで、顯進様の道を阻み反対してきた祝福家庭を審判する代わりに、悔い改めの過程を通して、祝福家庭本来の姿に回復させ、神様のみ旨に一致して新しく出発することができる道を開いてくださったのです。また、摂理的に責任を果たせなかった家庭連合の使命を継続するために、「家庭平和協会を創設すること」を宣言されたのです。

それから10カ月後、世界的な宗教指導者たちが共に祝賀する中で、大韓民国ソウルグランドヒルトンホテルにおいて家庭平和協会創設大会が盛大に開催されました。この日、顯進様は亡き文鮮明総裁のみ旨と理想を、家庭平和協会を通して継承していかれることを宣言され、目頭を熱くされました。

神様が相対する摂理の中心人物

摂理的観点から見て、神様が相対できる摂理の中心人物はどのような基準を持って選ばれるのでしょうか。

神様の真の愛・真の生命・真の血統の実体を探し、相対に立てることが創造理想でした。そのような方が地上に顕現した時、私たちはその人を神様の真なる息子として永遠に記憶するのです。

そのような生涯を送られた方がイエス様でした。お父様もまたそのような生涯、90年余りの熾烈な生涯を生きられ、そして聖和されました。

顯進様は真の家庭の長子であり、神様の息子としてのアイデンティティをしっかり守られました。如何なる試練の前にも屈せず、神様の真の愛を実践し、手本となる生涯を生きておられます。

さらに「神様を中心とした人類一家族」の理想を実現するために最善を尽くされています。

特に、顯進様は全祝福家庭が神様の真理と義と善の実体となり、神様を中心とした理想家庭を成就することを願っておられます。言葉だけで教えるのではなく、誰よりも先に神様の前に実体対象として、神様のみ旨と摂理に一致し、真理と義と善の実体となって、真の家庭理想を中心とした平和理想世界を構築するために力を尽くしておられます。

顯進様は真の愛・真の生命・真の血統の実体として立たれ、真のお父様のみ旨と使命を受け継ぎ、真の父母、真の師、真の主人の道を歩まれる真なる息子です。一生を通じてお父様を証すために生涯を生きてきた私が、誇りに思いながらそれを証します。これこそが真のお父様の残された最も貴重な伝統であり、遺産であり、その方の実体的な生に対する証です。

2018年は、顯進様が公的な生涯を出発してから21年目になります。

40年前、米国で名節の祝賀公演を終えて、壇上に上がられたお父様が歌を歌われた時、興を添えるために素晴らしいダンスを踊った若い顯進様の姿を今も覚えています。

真の家庭が困難に見舞われた時、嫌なこと全てを背後で背負われた、語ることのできないこれまでの事情を今でも鮮明に覚えています。

公的な責任を担い、最も大きな実績を立てられたにもかかわらず、ご自身をひけらかすことのなかった、その控えめな公人としての振る舞いをいつも尊敬しています。

全淑様と家庭を成し、いつのまにか30年以上も苦楽を共にし、9人の子女を産み、神様の理想が込められた真の家庭を成してこられた美しい歳月を、私たちは長く長く記憶しなければなりません。

過去10年間、天宙史的混乱の中で陰湿な攻撃と誤解と反対を受けながらも、自ら全てのことに責任をもって解決してこられた、その涙の歴史を決して忘れてはなりません。

この記憶が、いまだに明るく生きていることを私は感謝します。

また、私の人生を整理するこの本を通して、喜びの思いで結論を語りたいと思います。

顯進様は誰よりも原理に精通し、生活原理に明るい方です。

神様の摂理に関する確固たる観とお父様のみ言葉に対する研究、理解は、誰もついていくことができないと確信します。

この方こそ、疑いの余地なく、真の父母である文鮮明総裁の正統性を備えた長子であり、後継者なのです。

第4次アダム圏時代の中心人物

第4次アダム圏時代の中心人物

お父様は摂理の進展に伴う各時代ごとに摂理の意味を詳しく教えてくださいました。しかし、私たちがそのようなみ言葉を聞いても摂理の時を実感することができず、悟ることができなかったことは1度や2度ではありません。「第4次アダム圏時代」に関しても同様です。

「第4次アダム圏時代」について初めて語られたのは、家庭連合が発足した1997年4月10日以降のことです。つまり「世界基督教統一神霊協会」の時代を経て「世界平和統一家庭連合」の時代が開幕し、初めて「第4次アダム、第4次アダム圏時代」が明らかにされました。

1998年7月19日、そのような中でお父様は、米国ニューヨーク・マンハッタンセンターで顯進様を世界平和統一家庭連合の世界副会長として就任させられました。

その日、お父様は祝辞を通じて「今日のような集まりは、統一教会の歴史においても先生の一生においても初めてのこと」であると語られました。そして「神様の願いがあったなら、このような日があることをどれほど待望したであろうか」という表現で天の前に感謝されました。そしてお父様は、顯進様が摂理の第一線に登場したことはまさしく復帰摂理の完成であると同時に、神様、お父様、顯進様へとつながる公的責任の任命は「天宙史的異変」であると摂理史的な意味を付与されました。

そしてお父様は第3次アダムとして、顯進様に摂理のバトンを渡されながら、天の直系子女が家庭を中心として第4次アダム勝利圏を受け継ぎ、「ここから(第4次アダム圏時代の)出発が始まるという事実は驚くべきこと」であると感嘆されました。そして「堕落の限界線を越えて第4次アダム圏、蕩減の解放時代として、地上天国時代に移ることができる境界線に立ったことは驚くべきこと」であるとさらに感嘆されました。

最後にお父様は、顯進様の摂理的な責任と役割に関して「お父様が果たせなかったことまで」成就してほしいと頼まれました。そして、お父様よりも数千倍、数万倍よくなるようにと祝福してくださいました。

この日の就任式でお父様は、感慨深い口調で任命状を朗読され、顯進様に、直接、世界平和統一家庭連合世界副会長の任命状を授与されました。

この日、顯進様は、20分ほど就任の挨拶をされました。顯進様は、真の父母様のさまざまな苦難の路程を回顧されながら、特にお父様のダンベリー路程を語られた時には言葉が詰まってしわれ、何度も涙を拭われたので場内の雰囲気が粛然としました。

そして、顯進様は家庭連合を率いていく責任課題について明確に宣言されました。

それは、先ず第一に、教育分野において草創期からみ旨の道を歩んできた一世のための教育プログラムを開発するということであり、第二には、統一家の二世たちを蘇生させ、世界の若者のための新たなビジョンを提供することであるとされました。

顯進様は「歴史の起点に立つこの時点において、私と共に立ち上がり、衰退しつつある世界を希望と生命の世界に再び導くために挑戦しよう」と語られ、「2千年代が、再び人類が神様の心情の懐で生きることのできる新しい歴史時代になることを切に願う」と語られ、就任の挨拶を終えられました。

顯進様のみ言葉を聞いた参加者たちは、家庭連合の将来に無限なる希望を感じ、歓声と力強い拍手を送りました。その日の感動が生きている、顯進様による家庭連合世界副会長就任の辞をここに紹介したいと思います。

顯進様の就任の辞 - 家庭連合世界副会長 (1998年)

愛する真の父母様、内外貴賓の皆様、世界平和統一家庭連合の会員の皆様、そして紳士淑女の皆様、世界的な組織の副会長に選任され、今日、皆様の前に立つことは、私にとって非常に光栄なことであります。

家庭連合は父の生涯路程の最後の結実を結ぶものなので、今回の選任は、私にとってより一層意味深いものであります。神様を中心とした家庭を通して、この地に神の国を立てようとしてこられた父母様を助けて差し上げることが、私の生涯の究極的目標でした。今日の就任を通して、私はついに、父母様のこのような救世活動に同参できるようになったのです。

最初に、この日を祝ってくださるために、今日ここにお集まりいただいた皆様に感謝の気持ちを伝えたいと思います。私はこのような温かい歓迎、そして皆様の深い声援と支持に深く感銘を受けました。本当にありがとうございます。

世界平和統一家庭連合の会員の皆様、今日、私たちは新しい千年を迎える岐路に立っています。皆様の過去3年間にわたる努力により全世界に肯定的変化の種を蒔いてきましたが、いまだに世界では戦争、社会では倫理的衰退、そして家庭の崩壊といった問題に憂いています。毎日のように私たちは、地域主義的、人種主義的、民族主義的、さらには宗教的対立に対するイメージとニュースの洪水に接しながら生きています。

このような葛藤は、人間世界に対する冷笑と敗北主義の火花を起こしつつ、全世界に、私たちの地域社会に、あるいは私たちの家庭に起こっています。高い離婚率や10代の妊娠、薬物服用、少年犯罪、そしてエイズなどの驚くべき統計数値は、このような悲惨な状況を証明しています。

このような猛攻撃の実際の犠牲者はまさに家庭です。ですから、神様を中心とした家庭を確立し、世界平和を成就しようとする家庭連合の使命は、今日の世界の多くの問題を解決する上で非常に重要であると言えます。

父は非常に幼い頃から、人類の苦しみだけでなく神様の悲惨な状況を解決する鍵は、神様を中心とした理想的な家庭、すなわち真の家庭の形成にあることを知っておられました。父の教えによると、完全な形の家庭は神様の理想の最高の現れです。このような基礎的社会単位の中で、個人としての男女の目的は、夫婦をなし、愛の実である子女を持つことによって初めて完成されます。さらに、その時に初めて、子女、兄弟、夫婦、父母の関係の形で表現されるすべての心情圏が完成されるのです。

私たちが誰であり、人生においてどのあたりにいるのかにかかわらず、私たちは皆、誰かの子女であり、兄弟であり、夫婦であり、そして父母なのではないでしょうか。つまり、私たちは家庭内で、最も基本的な心情的関係を体験することができます。そしてこのような心情的関係は私たちに、信仰、信頼、服従、憐憫、許し、謙虚さ、そして最も重要な、無条件の真なる愛を教えてくれます。また、家庭内で社会意識が育てられ、世界観が形成されるのです。

もしこのような根本的社会単位に欠陥が生じたならば、その時には、それが人類社会全体と世界全体に影響を与えるのではありませんか。私が思うに、答えは非常に明確です。最初の人間の家庭で起きた問題は、人類歴史を経て、氏族、民族、そして世界を汚しました。父は、人類の最初の家庭を復帰し、人類が再び神様の懐の中で安息することができるように、これまでの60年間、休むことも知らずに苦労してきました。

父が3年前に世界平和統一家庭連合を誕生させるまでに耐えてきた十字架は計り知れず、誰も経験したことのない痛みそのものでした。息子として、私は父が耐えてきた犠牲をあまりにもよく理解しています。父は、父がそれほどまでに切実に助けたいと願った人たちによる嘲笑と誣告、さらには獄中生活までも耐えなければなりませんでした。

私は、父がダンベリー刑務所に入るためにイーストガーデンの家を出て行かなければならなかったその日を、いまだに鮮明に記憶しています。私はその当時、わずか14歳でした。私はその時、父を侮辱し、さらには投獄までした米国に対してどれほど大きな怒りを感じたかを覚えています。そして私はまた、ご自身の犠牲を通じて、神様が米国をさらに祝福してくださるだろうと語られながら、私と私たち兄弟姉妹をどのように慰められたか、その父の姿も覚えています。

私は、父が生涯にわたって受けたような迫害に耐えることのできる人は、この世の中には誰もいないと思います。しかし父は誰に対しても、ひどい感情や一抹の悪意さえも持ってはいません。先駆者の道を歩む父は、ひるむことなく今日の私たちのために道を整えてくれました。残念なことは、この道を整えるその代価として、多くの血と汗と涙が流されなければならなかったことです。

世界平和統一家庭連合が立てられるまでの大きな苦難の内容があったことを考えた時、今日、このような選任を、私は何の条件もなく受けていると感じずにはいられません。人生の試練をまだまだ経験しなければならない若者として、私には学び準備しなければならないことがあまりにもたくさんあります。私には経験不足の一面もありますが、若い覇気と共に、父の役に立てるよう固く誓った強く熱い思いで補っていきたいと思います。

私には世界平和統一家庭連合に積極的に貢献することのできる2つの領域があると考えています。一つ目の領域は教育の分野です。息子として、私は父の偉大な生涯を直接目撃することのできる幸運に恵まれました。私は現在の食口だけでなく、初期の頃の多くの食口が見せてくれた献身と信仰にいつも感銘を受けてきましたが、父が語る信仰、愛、服従の基準に合わせて生きる上で、多くの食口が困難に合うところを見てきました。父が生きてきた基準に近くから接しただけでなく、自分自身もそのような基準に合わせて生きようともがいてきたので、そのような支援の必要な方に指導と協助を提供することができる唯一の位置にいると思っています。

第二に、私には、統一家の二世を蘇生させるだけでなく、世界の若者たちのための新たなビジョンを提供しなければならない明確な責任があると思っています。私は二世が、統一家はもちろん、世界の希望の源であると固く信じています。なぜなら、彼らは父の業績の直属の相続者だからです。しかし、今までは体系的な教育と開発過程が完備されず、若者たちが統一家の相続者としての生得権を受け継ぐことができるように準備させることができなかったことは事実です。その結果、多くの人が幻滅を感じ脱線するようになりました。

私は平和と愛の世界を成就するにあたり、歴史的人物として自身の価値を認めることができるよう、二世をもう一度鼓舞し、現在のような状況を打開することを固く誓います。このような二世の若者たちを育て、彼らが神様の理想を代表する時、彼らは世界の若者たちの前に新しい代案的な生の基準を提供することができるようになるのです。

今までの3年間に渡って、世界平和統一家庭連合は合同祝福式や再誓約式だけでなく、学術、宗教、政治、言論などの分野で和合と理解を増進させようとする多くの努力を通じて、数億の生命に影響を与えてきました。このように歴史の浅い組織が世界の問題を解決するにあたり、このような影響力を発揮したという前例を見たことがありません。

家庭連合の成功は、「平和と調和の新しい世界建設のための礎石として、神様を中心とした家庭を創造するため」という趣旨文からその起源を知ることができます。私は皆様が、このようなスローガンを胸深くに刻み、このメッセージを全世界に広め、父の生涯の使命を完結することができるように、私と共に前進してくださるようお願いいたします。

愛する家庭連合の会員の皆様、私たちは新しい時代の春を迎えました。今日、私たちが撒いた種は、将来、収穫されることでしょう。歴史の起点に立っているこの時点で、私と共に立ち上がり、衰退しつつある世界を希望と生命の世界に再び導くために挑戦しましょう。

私たちが新しい千年を迎える今のこの時、60億の人類が罪悪と憎悪、葛藤の重いくびきから解放され、喜びの歌を歌うことのできる、そのような日が来ることを確信しながら共に前進しましょう。2千年代が、再び人類が神様の心情の懐の中で生きることのできる、新しい人類歴史の時代となることを切に願います。ありがとうございます。

<1998年 7月19日>『統一世界』1998年8月号 54-58ページ

神様の下の一家族

それから20年間、顯進様は「神様の下の一家族」というビジョンを実現するために先頭に立ち、心を痛めてこられました。顯進様は神様の理想を一言で要約して、One family under God(神様の下の一家族)を成就することであると語ってこられました。

私は上で、顯進様が自分の言葉でみ言葉を語られたことに大きく感動したと言いました。しかし、顯進様の優れた能力について一番感動された方は真のお父様でした。
「私が見るからに彼(顯進様)も素質が多くあります。書いた原稿を見るとそうです。ですからハーバードを認めなければなりません。なんと前後をすべて合わせてすべての結論が『OneFamilyUnderGod』で理論に合うようになっています。学士・博士、大学総長数百人が集まっても感嘆する内容を短時間に組み合わせて話をするのです。それほどに訓練されています」
『文鮮明先生御言選集』608巻 124ページ
(2009年2月21日)

さらにお父様は「神様の下の一家族」というビジョンで、統一天下が可能だと語られました。

「『One Family under God(神様の下の一家族)』という言葉がどれほど驚くべき言葉でしょうか! ワンファミリーアンダーゴッド、神様の生命の根がそこに広がっています。そのように解釈してこそ、愛の理想相対を見つけることができるのですが、その愛の理想相対を見つけることができなければ、統一天下はできません」
『文鮮明先生御言選集』613巻 255ページ
(2009年7月7日)

顯進様は、2009年に「神様の下の一家族」のビジョンを世界的に実現するためにグローバルピース財団を創設しました。そして注目すべき成果と発展を遂げました。

その過程で経験しなければならなかった数々の困難の中で、いくつか例を挙げて説明しましたが、顯進様はどのような状況でも絶望したり、挫折したりしませんでした。顯進様はいつも摂理に対して主人意識を間違いなく持っておられました。神様のみ旨を必ず成就して差し上げるという使命感で武装して生きてこられました。お父様が成就しようとされた夢を顯進様の夢と責任であると考えられながら、苦難を突破してこられました。

グローバルピース財団の創設に続き、2017年12月2日には、大韓民国ソウルで「家庭平和協会」を創設されました。顯進様は基調講演で、「この創設大会のテーマは、『神中心の家庭に基づく新しいスピリチュアルな意識の創造』であり、このテーマは、この新しい組織のビジョンをよく表すと共に、今日の世界が直面している難問題に対してシンプルかつ深遠な解決策も提示しています」とされました。そして「真の変革を成しとげるためには、グローバルピース財団の努力と、その使命を補完することができる新たな組織」として、「家庭平和協会」を創設することになったと語られました。

私はここで顯進様が提示された「今日の世界が直面している難問題に対するシンプルかつ深遠な解決策」の一部を共有したいと思います。なぜなら、このメッセージには、真のお父様の生涯の努力を受け継いでいくという顯進様の強い決意があり、1998年に世界平和統一家庭連合世界副会長として就任した時の約束、すなわち神様を中心とした家庭に基づく平和理想世界実現という神様の夢を成就することのできるビジョンが込められているからです。

家庭平和協会創設大会 - 基調演説 (2017年)

(スピリチュアルな覚醒の必要性)

…先進国世界の物質主義的・世俗的文化では度々、自己犠牲や自制、持続的な人間関係よりも、即時的満足を重要視します。また、ソーシャルメディアとインターネット上の非人間的仮想世界の出現により、利己的で極端な個人主義へ向かう憂慮すべき傾向が表れています。人との交流や深い内省を減少させるという理由から、多くの人々はこのようなテクノロジーの発展による社会的効果を憂慮し、こうした傾向が長期的にもたらす影響について懸念しています。そして何より深刻な事は、テクノロジーが世界の全ての問題を解決できるという共通認識が広がりながら、人間のスピリチュアルな意識に基づく人生の根本的な意味と本質を破壊するテクノロジー主導のユートピア理想が拡散されているということです。

しかしこのスピリチュアルな意識こそが、人類に新しい次元の啓発された知性をもたらした人類歴史上の全ての「大覚醒」の基盤であったのです。ユーラシア大陸の「パクス・モンゴリカ」からヨーロッパの宗教改革と啓蒙主義に至るまでに、信教・通商・思想の自由と、個人の功績・才能の重要性という普遍的理想が誕生し、育まれ、発展していきました。

このような理想が、基本的人権と自由を擁護するアメリカ合衆国を誕生させ、西洋を特徴づける理想になったのです。いつの時にも、歴史的意義のある発展を促進したものは、スピリチュアルな真理の追究でありました。

新しいスピリチュアルな意識の不在は、人種、民族、宗教、経済、イデオロギー、党派による重大な社会的亀裂のなかにある最も先進化された国々の社会構造を分裂させる原因となっています。財産、テクノロジー、豊富な商品とサービスは、物質的なニーズを満たすことはできても、真理や意義を求める精神の欲求を満たすことはできないということを、多くの人々が悟り始めています。このニーズを満たそうとすれば、人はその魂を「覚醒させる」しかないのです。

(神中心の家庭の重要性)

家庭は、人間に絶対的に必要な身体的・情緒的・精神的ニーズに応える社会の最も基礎的な構成単位です。したがって家庭が、人生において重要で有意義であるということは普遍的に言えることです。我々が誰として生まれ、どのように育ち、何より重要な、最も深い関係がどのようなものかを定義するのも家庭です。それ故に家庭は自然に、個人、家庭、社会、国家、世界における全ての有意義な変革の出発点になるのです。

神が全ての真理、正義、善の根源であられるため、そうした理想を反映する家庭を築くには、神の臨在と祝福が不可欠です。基本的人権と自由という理想が、人間の制度ではなく創造主に由来するように、人間の完成は、神の目的に一致しているときにのみ可能なのです。真の自由と、人間の本質的な価値は、精神と良心の命令を認識し、それに従って生きるときに、はじめて実現するのです。こうした理想は、まず家庭のなかで育み、体験する必要があり、それから社会、国家、世界へと広げていくことができます。

そのような家庭を通して、人類は啓蒙される機会を得て、平和と共栄の世界の建設に積極的に参加するようになるのです。そうした家庭において、普遍的原理と価値観が実在するようになり、神の真理と正義と善が現れます。このような家庭の変わらない本然の目的は、創設大会の「神中心の家庭に基づく新しいスピリチュアルな意識の創造」というテーマを実体化することを意味しています。

(わが父の使命を継ぐ)

皆様、本日は、私にとって大変意義深い日です。この日は全世界の男女と家庭、伝統宗教、様々な組織から来られた皆様が、共に神中心の家庭を育む決意を表明する、人類史において一時代を画す日です。一方でこの創設大会は、私の父が生涯をかけた仕事を継ぎ、続けていくという私個人の決意を意味しています。

父は、全人類が神中心の家庭を築けるよう導くグローバルな運動を起こすために、世界平和統一家庭連合を創設されました。公のスピーチで、父はよくこう述べていました。「神が人類を創造した究極的な目的はどこにあると思いますか。それは真の愛を中心とした理想家庭の完成を通して喜びを感じることでした。…神様と一つの家族を成し、永遠に喜びを感じて生きる道である…」

父がこのミッションを明確にし、実現しようとしたとき、父が直面した困難を私はこの目で見てきました。父は、全人類が平和と幸福のなかで共に生きる道を見いだせという神の召命に応えることに、全生涯を捧げられました。父の献身は一民族や一宗教のためではなく、全人類のためのものでした。父は一般大衆から誤解されることが多く、利己的な政治意図を持った支持者たちによって利用されることさえありました。それでも父は最後まで、神と人類に対する決意を固く守られました。その父の息子として、父の夢と同じ夢を持つ者として、私はこの夢を成し遂げることを誓います。

1998年に、「世界平和統一家庭連合」の世界副会長に任命されたとき、天と人類の前に、私は約束したのです。「神中心の家庭の形成を通して神の王国を拡大する私の両親の夢を推し進める」と。世界平和統一家庭連合は、父の立てた本来のミッションにそぐわないため、これ以上家庭連合を通して活動することはできませんが、今日家庭平和協会を創設することを通して私はその約束を守っています。

このスピリチュアルな運動は、私の父を生涯突き動かしたビジョン、即ち、人類が One Family Under God(神の下の一家族)として生きる平和理想世界の夢を前進させることでしょう。

(行動の呼びかけ)

今日、我々は歴史の転換点に立っています。今、世界において、人類のスピリチュアルな意識の新たな大覚醒の機が熟しています。しかし同時に、神聖な制度であるべき家庭が、現代文化のなかで作用する様々な破壊的勢力によって我々の目前で弱体化し、社会の絆が崩壊しつつあります。その結果、世俗的なものであれ宗教的なものであれ、人間だけによって作られた制度が、すでに存在していた人類の分裂を深めているのです。

神中心の家庭は、神性を回復し、本然の創造目的に一致しているため、全ての肯定的な人間の発展において中心的役割を果たします。このような家庭がなければ、人類は道徳的判断が出来ず、この時代の難題に立ち向かう確信も持てず、我々の子供たちと孫たちのための明るい未来を建設することもできないことでしょう。人間社会が進む道は、我々がこの真理をどれだけよく理解し、それを行動に移すために、今日どのような選択をするのかによって決まります。

宗教的・人種的・文化的・経済的緊張ゆえに、人類がより分裂を深めている今この時、我々は共通の目的を見いだし、全ての人が神の息子娘として尊重される世界に向けて協力しなければなりません。信仰と良心を持った者として、我々は教理やイデオロギーの違いを乗り越え、世界の偉大な宗教伝統の由緒ある教えに含まれている普遍的原理や共通の価値観を認知しなければなりません。何よりも、我々は共通の創造主へ向かうよう人類のスピリチュアルな意識を啓発し、OneFamilyUnderGod(神の下の一家族)の世界を築くために協力していかなければなりません。一度に一家庭ずつ進めていくのです。

家庭平和協会の公式出帆において、私と手を結んでください。神が喜び住まわれる家庭、神の光と平和が世界中に広がる家庭を立てることによって、平和の時代の到来を告げる努力を共にして行きましょう。

皆様に神の恵みがありますように。ありがとうございました。

家庭平和協会創設の基調講演からもわかるように、顯進様は20年を1日のように、神様の夢を成就したいという不屈の信念で最善を尽くしてこられました。顯進様に対して申し訳ないという思いと共に、感謝の思いでいっぱいです。

今も私の耳元で木霊のように響く言葉があります。お父様が顯進様にお願いされた一言です。「父が果たせなかったことまで果たしてくれ」と語られた遺言のような言葉です。

神様は人類の父であり、師であり、王ですが、いまだに王の役割を果たせず、父の役割を果たせず、師の役割を果たすことができないことを、お父様は一代で神様が喜び安息できる孝子・忠臣・聖人・聖子の家庭、人類の前に手本となることのできる真の家庭を成し、神様の前に捧げることを望まれた基元節を目前にして忽然と聖和されました。基元節を中心として神様に侍ることのできる天一国の勝利の旗を立て、祖国光復の日を約束されたお父様。お父様がそれほどまでに願われた基元節はもちろん、罪の影すら見えない創造本然の世界である第4次アダム圏時代を導いていくことのできる指導者がいるとすれば、果たして誰なのでしょうか。

真のお父様がかつて開かれた第4次アダム圏時代に、真のお父様の遺業を任され、宿命的使命に責任を持つことのできる人は一人しかいません。その方がまさに顯進様です。顯進様は神様と真のお父様と縦的に一致した長子であり、第4次アダム圏時代の中心人物です。

すべての祝福家庭はもちろん、特に、二世、三世をはじめとする将来の世代は、必ず顯進様を中心として侍り、真のお父様の遺業を完成しなければなりません。

終わりに

私のこれまでの信仰路程を通して真の父母様の摂理路程を見つめる中で、ここ10年余りの間に起こった統一家の不幸な事態に関して、特に重要であると思った内容について、可能な範囲で、もれなく記録しようと努めました。

本文で、私は個人的な信仰路程をはじめ、真の父母様の業績と遺志、統一家の試練と混乱、昨今の家庭連合の状況、そして最後に、顯進様のビジョンと活動について証言しました。私はこの本を書きながら、多くの反省と悔い改めの時間を持ちました。しかし、一つだけ確かなことは、この本は誰かを審判するためのものではなく、統一家の混乱の原因を正確に明らかにし、再びこのようなことが起こらないように、次世代に警鐘を鳴らすためのものだということです。

私は、生きた神様と霊的世界を信じる者として、全ての事態の責任に対する最終審判は、ただ天のお父様の所管であることを告白せずにはいられません。しかし、2千年前の新約の使徒行伝のような記録が必要であることを悟り、この記録を残しました。誰かが記録に残さなければ、歳月の中で虚しく消えていきます。そうすることは成約時代の摂理に同参した祝福中心家庭として責任を負う姿勢ではないと思いました。

私が真の父母様に至近距離で侍り、復帰時代と成約時代の摂理において重要な責任者の役割を果たしてきたことは、私と私の家庭の資産だけではないと思っています。祝福中心家庭において全ての信仰生活の足跡には公的な意味があります。それゆえ、上記のような公的な記録を残すことにより、天の前に率直な心情で、私自身、責任を果たせなかった内容を告白し、許しを求める意味も少なくありません。

事実、統一家における今の試練は、私たち祝福中心家庭全員に責任があります。私たちが真の家庭を、その善なる垣根となって、天の摂理の永遠な勝利基盤として立てて差し上げなければなりませんでしたが、そうすることができませんでした。多くの家庭連合指導者が政治的になり、汚染され、摂理を蹂躙しました。

全体目的よりも個体目的にとらわれ、原理の正道を歩むことができませんでした。真の家庭と真の子女様を己の欲望と権力のために利用し、誤った道に導きました。これはサタンの侵入を受けた世俗的な欲望、私心の発露によるものです。

今、私たちがどちらに属しているのかが重要なのではありません。このような混乱の渦の中に私たち全員が属しているという事実が、その責任から自由でないことを意味します。事案に応じて責任の軽重はあるかもしれませんが、決して責任から自由ではないことが私たちの直面している運命です。

神様の摂理歴史の中で、今のような恥ずかしい事態は決してあってはなりませんでした。しかし、すでにこのような事態が起こった以上、その真相を明らかにし、賢く収拾し、神様の摂理を進展させることが、摂理の完成期において全員に託された運命であり、責任であると考えます。

皆さんもご存知のように、神様の摂理完成は必然的です。人間の責任分担の如何によって、その時期が延長されることもありますが、本質は変わりません。統一家で、私たちが今、迎えている試練は、神様の長き摂理歴史の中で見れば一瞬に過ぎません。このような試練はすぐに過ぎ去ることでしょう。そして試練の終わりには光明たる新天地が始まることを確信しています。全てのことが事必帰正になることを私は信じています。

皆さんがここまで、この本を開かれた心情で読んでくださったとするならば、多くの真実を知ることができたことでしょう。全ての事実を知ることは本当に耐え難いことです。しかし、統一家において神話化されたものが壊れ、素顔が露わになる中で、心情的に傷ついた方もいらっしゃることでしょう。しかし、知らぬふりをして、顔を背けたところで、解決されるものではありません。

これまで真実に近づくことをためらったり、真実を知っていたとしても、既存の家庭連合の体制の下から飛び出すことを恐れている人たちもいることでしょう。しかし、私たちは皆、最終的には神様の側に立たなければならず、今は皆さん自身の信仰の決断が求められる時です。

出エジプトの心情で、安逸な信仰生活から脱することをお願いします。祝福中心家庭としての皆さんの永遠なる生命と後孫の運命が決定される選択の瞬間を、冷徹に原理的に迎えてほしいと思います。神様以外に、誰も天的な運命を左右することはできません。家庭連合や教権などはなおさらもっての外です。

孵化するまでの快適な保護膜であった卵の殻を自ら破り、新しい生命の誕生の時を迎える雛のように、皆さんも腐敗し変質した家庭連合の殻を破って、信仰の本流を探さなければなりません。そして、神様の摂理完成に貢献する責任を必ず果たさなければなりません。

統一家の信仰の初心に帰り、天の摂理の本然の目的を探し出して、生き返らなければなりません。生涯をかけて、神様のみ旨に従ってきた私たち全員の熱望と奮闘が、真なる実りを結ぶようにしなければなりません。

神様の6千年の恨を解怨し、人類を救うという祝福中心家庭本来の使命を、私たち全員が共に果たして行きましょう。このような摂理の正道を私たち全員が再び歩めることを切に願いながら、ここで筆を置こうと思います。天一国主人である全ての祝福中心家庭に神様の祝福と恩恵が共にありますことをお祈り致します。

著者紹介「郭錠煥(カクチョンファン)」先生

著者は、文鮮明・真の父母様に最も近くで侍り、様々な機関の最高位職を務めて責任を果たしてきた。

国際文化財団理事長、国際宗教財団会長、米国UPI通信社とワシントン・タイムズ会長、世界日報初代社長と発行人および副会長、世界平和教授アカデミー世界会長、鮮文学院理事長、米国ブリッジポート大学理事長、統一財団理事長がそれに含まれる。

特に、世界平和統一家庭連合と超宗教超国家連合世界会長、天宙平和連合と世界NGO連合会世界議長を務め、「神様の下の人類一家族」理想を実現するために尽力した。

また、アジアサッカー連盟社会貢献委員長、韓国プロサッカー連盟会長、FIFA戦略委員会委員として、韓国と世界のサッカー界発展のために貢献した。

著書には、国内外の公式大会の演説文をまとめた『世界平和のビジョン』、自伝的エッセイ集『明日を創る者の勇気』、韓国語・英語版『原理講義案』、英語版『The Tradition』(伝統儀礼・儀式集)、冷戦時代に共産圏で地下宣教活動をした宣教師たちと共同執筆した『蝶作戦』など多数ある。

現在は、韓国プロサッカー連盟名誉総裁と 国際非営利団体 Service For Peace International 理事長を務めている。

-事必帰正