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チョ・ヨンジュ氏の心情日誌(2018-06-04)

2018.06.04(月)

最近「枠をはずせ」という言葉を何度も聞く。みんなが言うところの枠とは何なんだろう。
教授が早く来いと言うので友達と一緒に研究室に訪ねて行った。私に聞こえるように「何が大変で、分からなくて、受け入れられなくて、そんな選択をしたのか。理解できない」と(イム・ヒョウォン)部長のことを皮肉って言った。私は気分が悪くなったので答えなかった。すると「何を考えているんだ」と言われた。瞬間、複雑な思いがして、悲しくなり泣いてしまった。いや…、私にもよく分からない。私には、部長は無知だとか欲心があってそんな選択をするような人じゃないと分かっている。きっと何かを知って、確信を持ってのことだろう。ところが皆が部長のことを変人扱いする。それが嫌でもあり、怖かった。私も何が何だか分からない。それをどう説明したらいいのか。「部長はそんな人じゃない!」と言いたくても私にはまだ分からないことが多すぎた。

教授は、時間があるのかと私に尋ね、レストランは、遠くにある場所を選んだ。普段なら近くにある適当なところで食べるにもかかわらず。教授の車の中で「独生女論が一体何なのか」と聞いた。「独生女論」と言ったとたんに笑われた。「それを知ってどうするんだ」と言われた。「それも私が書いたと言うのかい」と言われた。「そんな言葉聞いたことない、そんなことは聞いたことがないですよ」と答え、教授は「質問するな」と言った。食事をしながら様々な質問をしても、教授は「静かに食事をしよう」と言った。教会の悪い話を聞きたくないのか、それとも、聞いても言うことがないのか。

教授は「散歩でもしよう」と言った。柳寛順記念館に連れて行ってくれるそうだ。教授は大変な時や悩んだ時に甲寺もよく行くけどここにも来るらしい。教授は私に、「柳寛順がどのようにして独立運動をしたのか知っているのか」と質問した。「知らない」と答えると、「案内文を読んでみるように」と言われた。内容はすごかった。

柳寛順は独立運動に参加した後、故郷にもどって小さな部屋で村の子供たちや友人と太極旗を作り、15日程度の短い期間で隣村だけではなく、数々の村に独立運動の火種をつけたという。
祖国の自主独立だけを考えながら、地域の指導者と地域住民を導いて独立運動をしたという内容だった。実際に彼女の行動は3千人の人が共に街に出て太極旗を振って独立運動をするという結果を生んだ。教授は「このような基盤の上にお父様が誕生された」と付け加え説明してくれた。柳寛順像の前で「柳寛順にそれができたのは、自分の考えからだと思うか。彼女に可能なことだったと思うか。すべては神様が共にあって導いてくださったからだ」とおっしゃった。
「ヨンジュも今ここで死ぬか。ここに撒いてあげようか。柳寛順に挨拶に来た人たちから拝まれるのもいいんじゃないか!」と言われた。「私に余計なことを考えるなと言いたいんだろう」と思って「はい、早く死んで、ここに撒かれて、拝まれたい」と言ったら、「バカなことを言うんじゃない。ヨンジュは柳寛順よりもいい人だ。柳寛順は真のお父様に会えずに死んだじゃないか。ヨンジュは真の父母のおかげで生まれたんじゃないのか。どうだ、柳寛順の方がいいのか、チョ・ヨンジュの方がいいのか。チョ・ヨンジュは柳寛順よりもいい人じゃないか」と言われた。散歩をしながら部長の行動を「正しくないことを正しくないと主張する正しい二世の行動」だと思っていた私に、教授の言葉が「え?もしかして教授は応援してくれてるんだろうか。期待してるんだろうか」という風に聞こえた。違うと思うけど。

寮に戻りながら今まで聞いた噂について尋ねた。教授の答えはすべてが曖昧だったが「これまでの数多くの裁判で、教会側が勝ったことはないそうですね」と聞くと、「天の法でもう一度審判されないといけない」と言い、「お母様と顯進様がつい最近アメリカで会われたらしいですね」と聞くと、「顯進様が戻って来られないと。すべてをお母様にお返しして戻って来られなきゃダメだ」と言われた。教授の答えは私にとってはどうでもよかった。

質問の状況を既に全部把握しているところが不思議だった。事実、顯進様側の人が嘘を言いふらすこともできることだ。「裁判に勝った」「顯進様はお母様に、今、手紙を書いて、会ったりもして」ということが嘘なのかもしれない。ところが教授も知っているということは、それは嘘ではなく、実際に起こっている現実だということだ。

「統一家の多くの指導層は、このような内容をすべて知っているのだろうか」 私は実際、この前まで裁判が行われているという事実を知らなかった。「家庭連合の中で起こっている不正、不正腐敗も知っているということなのだろうか」、「だから皆、いつも合わせたように答えが同じだったんだ…」

教授のことはとても尊敬するし、好きだけど「質問するな」という言葉はちょっと辛い。これからも質問はたくさんあるだろうと思うし、教授に質問できなければ、私は誰に聞けばいいんだろう。

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